日記2020/08/08「地獄という名のシングルベッド」

▼ご無沙汰しています。ちょうど一週間前から発熱してずっと寝込んでいましたが、ようやく昨日熱が下がり、今日に至って外出もできるようになりました。
 時期が時期のため新型コロナウイルスの感染を疑われ、自分でももしかしたらそうなんじゃないかと非常に不安になっていたのですが、保健所や医師に何度か問い合わせたり検査をする中で、どうも違うようだ、ということになりまして、なんとか隔離を免れた私です。

▼今回発熱して、いくつか苦しいことがありました。
 まず一つに、先述しましたが「自分が世間を騒がせている殆ど未知の感染症に罹患したのではないか」ととても不安になります。僕の場合は自粛生活に馴染みきっていて、人の少ない時間に散歩をしたりコンビニに買い物をしに行く程度の行為で十分にストレスを解消できているので、特に不便を感じてはいませんでしたし、そんなですから人の大勢集まる所への出入りはほぼありませんでした。
 それでも今の御時世、急に発熱すると同居する家族は診断が確定するまで自宅で待機となり、もし新型コロナならそのまま長期の出勤停止を言い渡されることになります。自分のせいで身内の経済活動まで制限されるわけです。それに近所の人達は、露骨に我が家との接触を避けるでしょう。避けるだけならまだいいですが、それ以上の事も無いとは言い切れません。(致死率こそそう高くないものの)治療法も確立されてはいないという恐怖に、自分の責任で家族がとんでもない目に遭うという絶望感。これはなんとも筆舌に尽くし難いものがありました。

▼二つ目。8月に入り急激に気温が上がったため、どんなに高熱が出て具合が悪くても、暑くてまともに身体を休められませんでした。それに、運悪く発熱したのが土曜であったため、そこから丸2日ほど病院に行けず、抗生剤や解熱剤を受け取れなかったのです。ただひたすら暑く、汗が出ないため熱も下がらず、それでいて浅い眠りから覚めると脱水と感冒症状のためにひどい頭痛がする、という状況がしばらく続きました。

▼これらの要因により、僕は一週間ずっと、肉体のみならず精神もいたぶられ続けました。布団を被らないと寒気が止まらなくなるが、布団を被ると全身くまなく火傷したように熱く、痛くなる。しかも「コロナかもしれない」「だったらどうしよう」という、脳味噌一杯のゆるやかな絶望付き。こんな状態では人間は寝られません。まあ身体に限界が来てそのうち眠りには落ちるのですが、すぐに目が覚めてしまいます。今まで色んな病気や災難に見舞われてきましたが、今回ほど『生き地獄』という言葉が似合う状況はなかったかもしれません。きっと地獄があったらこんな風な苦しみが永劫に続くのだろうし、これが業病というやつかもしれない、と真剣に考えるほど追い詰められました。普段は安らぎと休息を提供してくれるはずの、二〇年もののシングルベッドは、昔親戚を看取った夏の病室のような、不健康な汗と死の香りを濃くまとっていました。

▼昨日の朝、ようやく熱が下がって、寝具の殆どを取り替えて窓を開け放ちました。窓の外からは炭と刈られた芝の香り、鳥の鳴き声、少し冷えた風が流れ込み、僕の部屋の死と病を散らしてくれました。誇張抜きで、生者の世界に戻ってきた、そうはっきり感じたのを覚えています。
 夜、ベッドに潜り込んだ時には、久方ぶりに嗅ぐ、「まともな」一日の終わりの匂いがしました。うまく言えませんがそうとしか表現しようのない感覚で、日の終わりにも匂いがあるのかとちょっと感動しました。少なくとも、そこはまだ地獄からは遠い場所の香りでしょうから。

▼俺は長々と何を語っていたんだろう。寝ます。

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