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#135 深海

人生の中で一番リピートして聴いたアルバムは、間違いなくMr.Childrenの「深海」だ。大学に入学したばかりのころ、三畳の一室で延々と聞いていた。

なぜ三畳の部屋に住んでいるのか。自分でも突っ込みたいところだ。
国立大の後期試験で入学が決まったため、通常のアパートはもう空いていなかった。食事付の寮のような謎の物件にわたしは押し込められた。

ただでさえ三畳のスペースしかないのに、机とベッドと収納棚が備え付けられている。監獄のような場所。実際にその部屋を訪ねた者たちは、口をそろえて監獄だと言った。

書いていて、すでに嫌になってきた。大学生活はろくな思い出がない。
わたしは孤独で、することがなくて、かといって、頼れる人が誰もおらず、コミュニケーション障害と心の不調もさく裂して、監獄に独りでいるしかない状態だった。
生きる力があまりにも貧弱で、何のコミュニティーにも所属することができなかった。思い出すと今でも恐怖だ。何度この時期をやり直したとしても、何ともできる気がしない。絶対に大学時代などやり直したくない。

この監獄で、大学の生協でなにげなく買った「深海」を流し続けた。ミスチルはこの頃すでにクロスロード、イノセントワールド、Tommorrow never knowsなどを立て続けにヒットさせ、曲単位ではわたしもよく聴いていた。だが、特別好きなアーティストというわけではなかった。

「深海」は、大ヒットシングル、Tommorrow never knows、シーソーゲームをあえて収録しないという異色のアルバムだった(その次のアルバム「ボレロ」に収録された)。
サウンドも異色で、あえてレトロな音作りにしたという。コンセプトアルバムというわけではないのだけど、彼らにしては珍しくストーリー性を感じさせる構成だ。少し前にサザンの桑田圭祐氏と「奇跡の地球(ほし)」を一緒につくったこともあって、サザンばりの、過去最高にクセのある歌いまわしをしている。

当時の周囲からの評価は、「暗い」「ミスチルおわった」。
わたしとはまるで逆の評価だったことを覚えている。
1曲目の「シーラカンス」から最高だ。

「あーるひとは言う!」「とはいえ、君が!」
たいしてたくさんの音楽を聴いてきたわけじゃないのに、メロディへの詞の乗せ方がとてつもなく斬新に思えた。

何度聞いても飽きなかった。アルバムを丸ごとひとつの曲として聴いた。だから単品でミスチルを聴こうと思ったとき、このアルバムの曲を選ぶことはほとんどない。有名曲「名もなき詩」くらいか。

わたしは好き嫌いのレベルではなく、アルバムと一体化していた。
この頃、「深海」に出会わなければわたしは死んでいた。20代のころ何度も思ったことなので、本当に死んでいたのだと思う。原理はわからないが、一体化とは癒しなのだろうか。HPが1→0にならなかった。ずっと1のままではあったけれど。

そこまでシンクロできたのはなぜかというと、ソングライターの桜井氏もまた苦悩のなかにいたからだろう。ブレイクしたあとの苦悩。加えて、外からは知ることのできない個人的なストーリーがありそうだ。

深海のアルバムジャケットは印象的だ。海の底に椅子がぽつんとあるのだが、あれは電気椅子。孤独のなかでひとり死ぬしかない。わたしの状況はそんなおしゃれなものではないが、三畳の監獄のなかで永遠の孤独に震えていた。

音楽との完全なる同期、音楽による救い。わたしの奇跡体験のひとつだ。この体験は、あとにも先にもこれだけ。深海も何年かしてほとんど聴かなくなってしまった。

なお、桜井氏の魂と一時期同化したわたしの感覚によると、桜井氏は「深海」以降も激しく苦悩している。アルバムでいうと、「ボレロ」「DISCOVERY」「Q」。Q収録の「not found」は非常に痛々しい。

彼の魂がはっきり救われたと感じたのはシングル「HERO」だった。闇が晴れる境界だと理解できた。そして「HERO」収録のアルバム「It's Wonderful World」は非常に穏やかな音楽だった。
なるほど、闇を抜けたら、そこはWonderful Worldなんだな。

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