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虹をつかもう ――染――

17

翌日から、一軍、二軍の合同会議とでも言うべきものが、活発になった。
リーダーは、レーダーチャート総合力最強のワン。その立ち姿は、狼のごとく雄々しく、逞しい。

もはや漫画雑誌を開いていても、なにも頭に入らない。何かが起ころうとしているのは容易に想像がつく。その会議に議題を付けるなら、「エイリアン退治」。彼らからは、冗談を言う余裕が感じられ、戦況はまだ、こちらに有利なのだと分かる。

しかしぼくは、教室からなるべく出ないように徹底した。トイレでさえも素早く、階上の三階に行っている。一階だと、相手が外に出る際に遭遇する可能性がある。

二日が経った。
努力の甲斐あり、まだ渦中の政治家息子の姿は拝んでいない。ぼくは、一軍、二軍の様子から、見えざるモンスターの動向を、推測するしかなかった。

何事もなければいい。噂は噂にすぎない。が、聞こえてくる声の断片をつなぐ限り、どうやら、戦況は思わしくないようだ。五組のだれが殴られた、拉致された(拉致って、言葉の使い方は正しいのか?)、女子が暴行された。本当なのだろうか……。

この学校の話とは思えない。が、少なくとも、不良連合は、冗談を言う口調ではなくなっていた。

震源地の五組はどうなってしまったのだろう。三日が経ち、話題が、四組に移っている。たしか四組のあそこにも、小規模だが、不良で名のとおったグループがある。

他国で起こっている戦争が、ゆっくりと近づいてきているような不気味さがあった。今はテレビのモニターのなかの出来事。だけど、確実に身に迫っている。

新たな支配者の登場により、クラスの序列が崩れつつあった。ビリーが嬉しそうだ。雰囲気で分かる。最近、不良一軍に絡まれておらず、解放されたとでも思っているのだろう。

おまえは本当にわかってないな……。空気の読めないところが、ある意味、才能だよ。

机にいても、まるで落ち着かない。これまでとは異なる感覚が、ぼくを襲う。気を紛らわせようと、天女木原を見る。イヤホンを耳に入れ、いつものように自分の世界にこもっている。

変な女、変な女……、唱えてみたが、どう控えめに見ても、彼女は美しい。彼女が築く孤独さえも、繊細なガラス細工を思わせた。エイリアンの触手がいつか、彼女に届くのだろうか。

砕けるガラスの音。引き裂かれた夕陽の衣。最高芸術を、躊躇なく破壊してしまえる悪の存在。さらに、憂鬱な気分になる。

仙人七瀬。ぼくは、彼に対する関心が高まっている。彼はすでに、モンスターと遭遇しているのだろうか。それでも、いつものように振る舞い、そしてすり抜けたのだろうか。

ぼくには、ひそかにイメージがあった。我が道をゆく仙人。それを呼び止める人狼、ワン。二人の戦いの構図。――が、それはきっと叶わない。

ワンVS侵略者。あるいは、仙人VS侵略者。
そうなる気がする。

ぜひ、どちらかが侵略者を倒し、決勝で二人、戦ってもらいたい。仙術使えるんだろ? 盛口宅での、七瀬の不思議な登場を思い出した。

ぼくもずいぶんと都合がいい。彼を十六位につけていたくせに。

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ワンVS侵略者。その対戦カードはなかった。

代わりといってはなんだが、その週のうちに、スリーこと藤沢が教室から消えた。現在、面会謝絶だと、担任がそう知らせた。事故であるとも。
事故? どんな事故だよ、具体的に言えよ。

塾の、歴史好き眼鏡氏の言葉が思い出された。「――なんでも許される」
こういうことなのか? 秘密裏に処理されてしまうってこと? 
わからない。ぜひ、眼鏡氏をアドバイザーとして迎え入れたい。

先週まで、教室は普段どおりだった。事件は放課後、もしくは週末に起こったのだろう。トップの二人が、このことに噛んでないはずがない。その政治家息子と衝突する場面があったとして、彼らは、きっと、藤沢を矢面に立たせた。人間関係から容易に想像がつく。

だが、藤沢は、〈腕力〉だけをとれば、ワンと同等かそれ以上に思える。侵略者にあいつをぶつけるのは分かる。その藤沢が、負けた。あのがたいをぶち壊す人間。藤沢は力だけではない。柔道の技術だってある。

空手のインターハイ二位を倒したという噂を思い出す。侵略者は、格闘技経験ありと見ていい。金持ちのボンボンが、格闘技に興味を持ち近代的なトレーニングを受けた、あるいは、有名な格闘家に指導を受けたのか。

どれだけのクラスメイトが現場に立ち会った? 事情を知っている?
授業中、かったるそうに机に座る、ワンとツーのしらじらしい横顔を見る。

――ここで重要なのは、侵略者はすでに端の一組まで触手を伸ばしたのだということ。いや、伸ばし終えた。ワン、ツー、その他一軍のやつらは、なぜそんなに落ち着いている? すべてが終わってしまったかのようだ。

訪れたのは、平和――、ではない。クラスの空気が重い。一軍が騒ぐ様子は、一見、これまでと変わらないように見えるが、笑い声に湿り気がある。ツーに感じていた、あの嫌な感じに近い。

二軍が、露骨に荒れる。彼らは虚勢こそがすべて。クラスの空気が変容していった。スポーティたちが、妙に小さく見える。彼らのランクを、それぞれひとつずつ落とすべき気がしたが、そんな余裕は、ぼくにこそない。

机の上には、これからは、しっかり手元に残っているのだろう漫画雑誌がある。スリー藤沢との〈コネ〉が消えた今、ぼくの序列は、下から数えて、ビリーのすぐ次となった。

「木村くん、しばらく遊んでやれなくて悪かったな」ねったりとしたツーの声。
ビリーが、今さらのように目を丸くする。はじまる……。

教室の空気は、悪化した。ウイルスが空気感染するように。感染源の親玉が学校の最深部にいて、それをもらってきた上層部がここにいて、そこからさらに広がる、といったふうに。

険悪な空気。教室にあふれる大音量は、かつてのような、笑い声には聞こえない。怒声に近い。ヤクザ嬢が舌打ちをしてくれることを期待したが、音楽のボリュームを上げることで対応したようだ。不機嫌そうな様子は、以前とあまり変わらない。

不良グループの、力関係がきびしくなった。ワンが、不良二軍のトップ、ちょっぴりずんぐりナイン君を殴った。獣のような腕。ナイン君が壁に激突する。

「最近、甘いんじゃねえか」前後の脈絡が不明だが、その力を誇示するようにだ。ナイン君は、額を床にこすりつける。その後、配下の不良二軍を陰で殴るのだろう。

ここに進学校の面影は残っていない。一軍のオシャレ坊主5番も、二軍12位のスポーツ崩れを殴った。

本当に冷静な人間がこの状況を見たらなら、ワンも誰もみんな、見えない恐怖に駆られているだけなのだと分析できたのかもしれない。

ひゃはは、と笑うツーだけが特別。そんな余裕のある人間は他に存在せず、序列に従い、上の者に怯えるだけ。すぐに女子からも不登校が出だした。

その頃だった気がする。爆弾事件の最初のものが起きたのは。

このときはまだ、爆弾と表現すべき代物ではなかったが、なにもかもが異様だった。

===
クラスの力関係(数字は、何番目の権力者という意味)

不良一軍:人狼ワン(1)、ツー(2)、藤沢(3→リタイヤ)、
     オシャレ坊主(5)、6
不良二軍:ずんぐりナイン君(9)、10、12、13、14
スポーツ:フォー氏(4)、7、舟木(8)、11
その他:仙人七瀬(15↑)、ぼく(16↓)、ビリー(17)

人狼ワン(1番)
〈腕 力〉5
〈頭 脳〉4
〈イカレ〉3
〈コ ネ〉4
〈オーラ〉3
〈愛 嬌〉2


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