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TRUE LOVE(#song1-3 紳士の旅立ち)

===(あらすじ)===
ぼくは友人のダルシムとドライブに出かけた。目的地は日本三景、天橋立。BGMは、ローリングストーンズと過去の思い出話。ダルシムはある夏の事件を延々と根に持っている。海の家のバイトで出会った女子高生、夏子をめぐる不毛な確執だ。途中で自殺の名所に立ち寄ったとき、ドライブにそっと3人目が加わる。美人ギャルの幽霊まふゆ。彼女は真実の愛(TRUE LOVE)を求め成仏できずにいる。現在と過去、謎の悪霊の入り混じるカオスのなか、真実の愛は果たして見つかるのか――?
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TRUE LOVE

「ロックスターになりてえなぁ」プロジェクト

Introduction

ここに三葉の写真がある。いったい何年前の写真になるだろう……。
その一葉には旅先のよくわからない銅像が映っている。なんだこれ? 他の二葉にも意味がないと思わせるためのカモフラージュだ。
問題はもう一葉の写真。何度みても、なにこれ! 思わず目を背けたくなる恐ろしい写真だ。一刻も早くこの世から消却したいが、これは写真ではなく「TRUE LOVE」という概念らしいので、わたしは焼き払えずにいる。
最後の一葉は不思議な写真。左半分に少し若いころのわたしが映り、反対側には何もない。理由がある。
目を閉じると、せつなくも眩しい光が浮かび上がる。

奇妙なドライブ――ある現在 1

――さて、
すごい状況のドライブである。
快晴マークがぽんぽんと続けて並んだゴールデンウィークのまっさなか、カップルと親子連れで賑わう行楽地を、三十前の男と男が行く。片方の男が住む福井市内のアパートを根城とし、同じくその男の愛車で行く、二泊三日にわたる二人旅である。
なぜ男二人という組み合わせはこうもバツが悪いのだろう。女二人なら、むしろ絵になるし、男だけでも人数が多ければ、バカ旅行という趣向に映る。
一方、男二人……。
もしここで吹き出した輩がいたならば、全然、甘い。僕もまあ、この状況にいたるまでは、ごく想定範囲での自虐的な笑みを浮かべていたのだが……。

――疾走するスポーティセダン。その色、シルバーメタリック。
運転席をのぞき込んだ。速度計の針は、時速九十キロ付近にある。
車に詳しくない僕でも、子供のころに乗ったファミリー向けの大衆車や、数年前に購入した軽自動車と、このスバルカーの違いはわかる。
サスペンションの性能の違いってことで片付ければいいのだろうか。運転席の男に訊ねれば、求める以上の詳細な解説が返ってくるだろうが、特にはいい。この友人とは人生会議をしなければならないのである。

会議を行う材料としては、自らの恥があればあるほどいい。引かない程度の不幸もたくさん必要。変人と見なされるのを恐れ、胸にしまいこんだ妄想があればあるほどいい。この歳で全身全霊をもって、誰からも求められていない何かを追求できる関係は、実に貴重だ。

だが、そんな求道者も片方脱落する。
運転席の男はこの夏、結婚する。結婚とは人生の墓場であるから、人生の先の先の、曲がり角をぐっと入ったところを見据えた人生会議の参加資格を失うのだ。なお、僕には現在、彼女すらいない……。

この男、お相手からは完全に尻にしかれ、束縛を強いられている。車に乗り込んでからも、メッセージの着信音が何度か鳴った。
最新の一通を見せてもらう。
「早く返事かえせ!」の一行。
笑える。
お相手からは気の強さがうかがえるし、この男はこの男で気が弱い割に、女からのシンプルかつ強烈な文面を目の当たりにして平然としているのである。
男の持つ独特の性質のために、女は束縛しきれていない。彼らの、妙なバランス感を持った関係が浮かび上ってきて、微笑ましく、お似合いに思う。

僕らはこれまでのように気軽に会うことはなくなるだろう。
なのに、お互いの口数は少ない。理由がある。
少なくとも僕のほうには――。

先ほどから度々訪れる沈黙を心地よく思わなかったのか、斜め前から訛った声が飛んできた。「プラスポ。かもめ、今年もやるんか?」プラスポとは僕のこと。
話題がないからなのか、別の意図があるのか、昨日も答えたはずの質問に、やや苛立ちながら僕は答える。「言わなかったっけ、去年たたんだんだよ」
早々に会話を切る。この話題は危険なのだ。
とはいえ、運転手にしたら退屈なのはよくわかる。何の面白みもない道だ。先ほどから景色が金太郎飴のようである。
「ほおかあ」男は言った。

――僕らの地元は北陸石川県の能登半島にある。大学入学と同時に上京した僕も、小さいころに聞きなれた言葉なら、多少訛っていてもそう感じないのだが、この男、年々福井訛りが強くなる。福井の会社に就職したのだから、当然と言えば当然だが、易々と郷に従ってしまうには、クセが強い。

北陸三県のなかでも一線を画した絶妙なニュアンスは、コピーしようと思ってできるものではない。男は、俺も苦労したんや、と、その成果であるイントネーションを手のひらでカクカク描きながら解説してくれるが、まるでわからない。それは放っておくとして、僕は何か大切なことを忘れていないだろうか……。
そうだ、目的地を語っていない!
物語の目的地は見えなくとも、地理上の目的地はある。

今日はドライブの二日目であり、僕らは京都府の日本海側、天橋立(あまのはしだて)に向かっている。なぜならそこは日本三景だからだ。
特にそれ以上の理由もなく、詳細は、現地の観光用パンフレットで調べることにしている。名所のスポットを解説した看板もあちこちに立っていることだろう。

「ダルシム、音楽変えてもいいか?」斜め前に訊く。
ダルシムとは、この友人のこと。かつて僕が命名した。
ダルシムが僕の選曲に反対しないことは知っているが、一応スバルのオーナーであるダルシムの顔を立てる。親しき仲にも礼儀ありだ。

自分の言葉に口元がゆるむのを感じる。ダルシム、ダルシムと、正体不明の言葉を繰り返していると、本年度、やや不調な人生会議にて、その突破口を開くべくイメージが温まってくる。
この男は色白い優男であり、ダルシムという小麦色、南アジアのイメージ(僕が勝手に思っている)とはほど遠い。われながら、ナイスなネーミングであると思う。
しかし、熱もすぐ冷める。
――理由がある。

旅程――計画

いつだったか、僕は自分に問うた。
日本三景と聞いて思い浮かべるのは? 
松島、宮島、――――うーん、あとひとつなんだったかなあ。かろうじて、「あまのはしだて?」と答えが出てくる。
いつかの人生会議、ダルシムにいたっては、「日本三景って何?」僕が、アホか、と顔で返したのにも気づかず、「兼六園のこと?」と答えたような気がする。
それは日本三大庭園だ!

兼六園など(兼六園に非があるわけではないが)、石川で高校まで過ごせば、小中高とそれぞれのステップできっちりバス旅行の目的地に設定され、大学に進学してしまえばおさらばできるかと言えばそうではなく、友人が石川を訪れたときに案内せざるを得ず、その来園回数は二桁を超えるのが、石川に籍を置く者の定めだ。
だから日本三景なのだ。ノーモア兼六園なのだ。

天橋立に白羽の矢が立ったのは、それが意外な場所にあることがわかり、友人のダルシムと結びついたから。
名所の住所は、京都府宮津市。
僕はどうも地理感覚に乏しい。だから京都なんて言うと、東北の松島くらいに遠い気がしていた。その松島にしても感覚的に言っているだけなのだから、なんとも。

言い訳がましいかもしれないが、この地理感覚のなさは、自分の趣味に起因するように思う。ひとことで言えば、ノー・ライフ・ノー・ミュージック。日の光を浴びないタイプのノー・ミュージックだ。
野外フェスとか行かないの? と訊かれてしまうかもしれないが、そんなことしてる暇はない。制作に忙しいのだ。多重録音で、楽器と楽器を足す。三和音に音を足す。言葉と言葉を足してはつむいでゆく。一曲が言葉だらけ。まだまだ足し足りない。いっそ小説を書いて音楽に足してやろう。と、そんなことをしている。
あ、普通に会社員です。バンドメンバーは上司だったりします……。

なにかの拍子に調べた。京都府はいわゆる「京都」のイメージから内陸に思わせておいて、北側は日本海まで突き抜けている。天橋立は、その日本海側にある。
一方、福井県。これがまた変な形をしている。一見それなりに素直な輪郭に見えるのだが、西側の日本海に面した部分が、しつこく細く西に伸び、ついには、京都府とくっついてしまう。

かねてからダルシムに、福井に遊びにこいや、と誘ってもらっていた。だが僕の偏見で言わせてもらうなら、福井単独ではパンチがない。自殺の名所、東尋坊くらいしか名所を思いつかない。遠いし、面倒だ。
そこに今回、天橋立が登場することで、こんな旅程がととのった。

一日目、東尋坊と福井県その他。
二日目、遠出して天橋立。
三日目、帰る

それなりに内容が充実する。我ながらいいアイディアだと思った。
こんなことになるとは知らずに――。

奇妙なドライブ――ある現在 2

まずは気を落ち着けねば……。
それには音楽だ。
彼の車に乗るとき、BGMは僕が選択すべきだと思っている。ダルシムはセンスがないのだ。放っておくとだいたいは、旬を絶妙に外した曲や、雰囲気にまったくそぐわない曲が流れてしまう。

今は、というと、オフコースがかかっている。偉大なバンドであるから、オフコースはいいとして、「さよなら」って冬の曲じゃないのか? サビだ……ほら、しかも真冬じゃん。
わたし? 呼んだ? と声がした。ような気がしたが、それには答えず、ダルシムに突っ込みを入れる。
男は動ぜず、「今、はまっとるんや」と返してきた。知るか。

――ねえ、呼んだ? 質問には答えること! でないと、わたし怒るからね
――すいません、まふゆさん。
――さん付けはいいから。
――すいません。    

こちらの事情は置いておいて、こんな情景に合わせるのなら、さわやかなAORがいいだろう。ジャーニー、ボストン、フォリナー。まだまだ思いつく。
福井市内のダルシム宅を出て、せいぜい三十分。目的地はまだまだ遠い。アルバムをゆうに、五枚は聴けるだろう。
僕は音楽を切り替える。
イントロが鳴るや否や、「それ、やめてくれ!」ダルシムがめずらしく声を荒げた。露骨な不快感のあらわれ。
「なっちゃん思い出す!」
その瞬間しまったと思い、また同時に驚いた。
これは海外の、そうとうマニアックなロックバンド。彼が聴いたのは、あのとき一度しかないはずだ。それを、覚えてるのか……。

予想通り、
「あのときの俺の気持がわかるか!」
……はじまってしまった。
「俺は本当に傷ついたんや!」
スイッチが入ると彼は止まらない。何年前の話だと思っているんだ。
「プラスポがちょうどその位置すわってたんや」
「そういえば……」

僕は現在、後部座席にいて、運転席のダルシムと斜めの位置になるように座っている。それがまたダルシムに過去を思い出させるようだ。僕だって助手席に座るほうが自然だと思うが、そうもいかないのだ。
理由がある。

「あんときファミレスでな、俺のなかでかかった曲はこれやで」
ダルシムが選曲の主導権を奪い返す。
チャカチャーン、と派手なイントロが鳴り、往年の大ヒットドラマの主題歌が流れた。いわゆる「月9」最盛期のころだと思う。歌い手はまた、ミスター・オダ。元オフコースの偉人である。今日は小田祭りだな……。

そして例年のごとく、脈絡なく彼の恨みつらみを聞かされる。そして例年のごとく、下手に逆らわず、「ああ、うん」と適当に相槌を打つ。
自分は当事者だからついていけるのだけれど……。
気になって隣のシートを見た。

これで、六年間、彼から同じ話を聞かされていることになる。なぜこんなに恨んでいる人間と遊びに出かけてくれるのか謎だが、そういうおおらかさが、彼の性質であり長所であると言える。
彼の話には、かなり被害妄想が入っていると思うのだが、「なっちゃん」が本当に彼を嫌っていたとするならば、その肌の白さのせいだろう。なっちゃんとは「夏実」。当時、女子高生だった。なまっちろい肌は「夏」に似つかわしくない。
車内がダルシムの哀しみの色に染まらぬよう、頃合いを見て、BGMをストーンズに変える。こんな晴れた日には、荒く、軽快なロックも、なかなかいい。

奇妙なドライブは、はじまったばかりだ。
男二人、身軽に出かけたつもりが、スバルには、過去のたくさんの荷物が乗っている。かもめ、なっちゃん、あの日の曲、ダルシムの恨みつらみ、淡い色のキャミソール――。
プラスすることは、基本的によいことだと思うのだが、どうも……。

すべてが奇妙だ。BGMに、オフコースとストーンズが交互に流れる。なまっちろい男たちが、ダルシム、プラスポと呼び合っている。僕らの座席の位置も奇妙。会話の内容も……これは元々かな。

状況を決定的に奇妙にしているのは、乗車人数は二人ではなく、実際には三人だということ。しかも場違いな、若い女の子。ギャルだ。やや淡すぎるきらいのある、ピンクのキャミソールが、僕の隣にすわっている。
「ねえねえ、『かもめ』の話、もうちょい詳しく!」
うーむ、なんとも奇妙なドライブ。
何から説明すればよいものか……。

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【おまけ】
オフコース「さよなら」

【作者コメント】
主人公まふゆさんのイメージをAIで作ってみました。
AIとはいえ、イメージを形にするのはけっこう難しい……。何度も試行錯誤しました。もともとはグラビアアイドルを参考にキャラクター造形しましたが、アニメーションで表現するならだいたいこんな感じなのかと。作中でも早く登場してほしいものです。


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