見出し画像

仕事つくる#21 ”主体性を持つ”とは

やあ、私です。
昨日、西粟倉村に3年前に地域おこし協力隊制度で移住した二人の兄さん方が「あわくラジオ」という週一ラジオをスタートしました。内容は超ローカル向けで、「村では白軽トラ台数が多すぎて、白軽トラを運転することはステルス効果が抜群」とか(笑)。

金曜20時、GW前に何を話しているんだよと。ただ、これ癖になるな〜。

YOUTUBEリンクはこちら!
https://www.youtube.com/watch?v=cUSbQLideNs&fbclid=IwAR3ico-icF3ibyqWP_4tNpAe7CFHRSIeUyUUhAIwnZ5HGS-9PTs5dlb6L94

**********
本日の内容に入る前に、私が企画しているレスリングウエアブランドMAMOのブランドミッションを紹介させていただく。

自ら輝くアスリートを応援しスポーツの価値を高めていく

”自ら輝く”とは、誰に依存するでもなく自らで考え行動するという意味だ。これは主体性のあるアスリートといい換えることができる。

そういったアスリートの数が増えれば、今取り沙汰されている体育会系の悪しき伝統がもたらす社会問題が減少する。また、自ら輝くアスリートは競技引退後も社会で活躍すると思われ、彼らの活躍は同時にスポーツの価値を高めることにつながると考えている。

以上がMAMOのミッションの意味なのだが、本日のnoteでは主体性という言葉がはたして何をさしているかについて考えてみようと思う。


ビクター・フランクル博士の発見

人間は、他の生物と違い唯一主体性を持つことができる生き物である。昔から部活動や職場などでよく「主体性を持って取り組め」などといわれてきたが、「主体性」が抽象的表現として使われがちで具体的に何を指しているのかよくわからない。

ここで紹介したいのがビクター・フランクルという心理学者の発見である。

フランクル博士はユダヤ人で、第二次世界大戦時に強制収容所に送られ、筆舌に尽くし難い経験をする。その地獄の中で、彼は究極の真理を発見するに至るのだが、それが、刺激と反応の間にはスペースがあるということだ。以下スティーブン・R・コヴィー博士の「7つの習慣」から引用する。

ある日、フランクルは裸にされ、小さな独房に拘禁されてしまった。そこで彼はナチスの兵士たちが決して奪うことのない自由―人間の最後の大いなる自由―を発見したのである。看守達はたしかに彼のおかれた環境のすべてをコントロールすることができたし、彼の身体を思うがままにすることができた。しかし、フランクル自身は、自分の状況を客観的に観察することが出来る「自覚」のある人間であった。彼の基礎的なアイデンティティーそのものは健全で、損なわれてはいなかった。だからフランクルはその状況下で自分はどう影響されるのかを自分で選択することが出来た。彼に起きた出来事、あるいは受けた刺激と、それに対する彼の反応との間には、彼の自由、すなわち反応を選択する能力が存在していたのだ。


反応をコントロールする

動物は刺激に対して反応する生き物だ。それについてはパブロフの犬の実験が有名である。一方で、人間は受けた刺激に対して反応を選択することができる。この人間のみが持つ能力を自覚することは非常に重要なのだ。

また失敗した  →  俺はどうせセンスのない人間だ
部下がいうことを聞かない  →  腹が立つから叱りつけよう

これでは動物と何も変わらない。人間はもっと主体的に考えられる。

また失敗した  →  失敗の原因を分析し改善しよう
部下がいうことを聞かない  →  なぜ理解してもらえないか一度話を聞いてみよう

受ける刺激はコントロールできない。しかし、反応は自由に選択でき、コントロールできる。「主体性を持つ」とはつまり、受けた刺激に対して最良の反応を選択することなのだ。


主体性のあるアスリートは社会で活躍できるという仮説

一人のアスリートが、厳しい指導者の元で鍛え上げられているとする。

そのアスリートが主体性を持っていなかったら

「指導者に怒られないように、練習を頑張らなくてはならない」

という感情になる。これは状況が違うだけで、ナチスの兵士達に強制収容されて希望を失ったユダヤ人と同じである。

一方、そのアスリートが主体性を持っていたならば

「この環境を選んだのは自分だし、目的達成のために環境を利用しよう」

という考えを持つ。

同じ指導者の元で同じ練習をするので、どちらも同じように強くなるかもしれない。しかし、この差が最も顕著になるのが競技を引退してからであると思うのだ。それは、本noteのテーマである「仕事をつくる」時に発揮されるのがまさしく主体性だからである。仕事は誰かの役に立ってはじめて成立するものだ。つまり「仕事をつくる」とは社会に貢献することだと私は考えている。

現役時代から主体性を持っているアスリートは、社会に貢献できる力を持っている。だからこそ、私はそういった選手を応援したいのだ。まとまりがなく乱暴な文章になってしまったが、MAMOからのメッセージを少しでも汲み取っていただけたらうれしい。

本日はこのあたりで、

ではまた。

**********
半田 守
1990生、京都府出身。6歳からレスリングをはじめ、網野高校卒業後、専修大学へ進学しレスリング大学日本一になる。2018年から岡山県西粟倉村に移住し
自然エネルギーの勉強をスタート。同時にレスリングウエアブランドMAMOを立上げ、現役選手にエールを送り続けている。
MAMO:https://www.mamo-wrestling.com/
twitter:@handamamoru
note:”仕事つくる”をテーマに連載中!

読んでいただきありがとうございました。
よろしければ、フォローもよろしくお願いします!
**********

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?