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うそつきサイキック 第二話

 一時限目の休み時間に、教室にいるのが耐えきれずに廊下に出ると。

「おっと」

 うっかり誰かとぶつかりそうになる。
 相手は鈴木先生だった。

「ごめんなさい」
「いや、ぶつからなくて良かったよ」

 そう言って笑顔を見せる鈴木先生の心の声が聞こえてくる。

【ちっ、クソガキが。前を見ろ、前を。あー、だから子どもは嫌いなんだ!】

 え、これ、鈴木先生の声?
 うそでしょ?
 ぽかんと口を開けていると、鈴木先生はその場を立ち去る。
 私のすぐ隣を先生が通り過ぎる時、さらに心の声が聞こえた。

【あーあ。このクラスは本間のバカがいるから生徒イジメができないなあ】

 先生の心の声がさらに聞こえる。

【次は一年一組の授業か。じゃあ田中辺りにたっぷりと嫌味を言ってやるか】

 私はごくりと生唾を飲み込む。
 それから小さくなっていく先生の背中を見た。
 知らなかった。
 鈴木先生、なかなかのクズっぷり。
 もしかして、それを知ってて本間君は、あんな態度を取っていたの?
 いやいや、まさかね。
 私みたいに心の声が聞こえるわけじゃないだろうし。
 そう思い直して、私はトイレへ行った。
 あーあ、教室に戻りたくないなあ。  
  
 本間君にいつ絡まれるのかと震えながら教室に戻ってみたら、案の定、心の声がうるさいことうるさいこと。
 でも、みんなの声が混ざってしまうので、一人の一人の心の声は聞きとれない。
 最初は自分の悪口が聞こえてくるんじゃないかと思ったけど、その心配はないようだ。
 そもそも私、悪口言われるほど目立ってもいないしね。

 そーっと本間君のほうを見てみると、不機嫌そうに机に両足を投げ出して、椅子にふんぞり返っている。
 もちろん、彼の席の周囲には生徒はいない。
 まるで見えない壁があるみたいだ。
 さっきの鈴木先生の授業の後だから、余計に機嫌が悪そう。
 もし、あの先生の本音を知ったら、本間君はどうするんだろうか。
 自分だけ鈴木先生の秘密を知ったら、このことは黙っておいてやる代わりに一発殴らせろと言ったあとでお金をむしり取るのかな。
 まあ、あの先生なら本間君にそうされたところで同情はできないけども。

 本間君にビクビクしながら、二時限目、三時限目と過ぎていく。
 まだ私は無事だ。
 本間君に絡まれてはいない。
 そこでふと思う。
 そもそも別にこっちから本間君にちょっかいを出したわけでもないし、例のお調子者のようにケンカを売ったわけでもない。
 話してすらいないのだから、本間君が絡んでくる理由はないんじゃないか?
 鈴木先生のパターンみたいに、特に自分から何もしていないのに(過去に何かがあったのかもしれないけれど)一方的に絡まれるならとっくにされてるだろう。
 あと、私はへんてこ能力はあってもあんなにクズでもないし。

 テレポートを見られて、一瞬で消えるところを見られたんだとしたら、本間君が好奇心で絡んでくるなら即私のところに来そう。
 それがないということは……。
 私のこと、実は怖いとか?
 アイツ、超能力つかえるからさすがの俺も怖いわー、宇宙人かもしれないしー、みたいに思ってるとか?
 ありうる!
 私は希望が見えてきた気がして、なんだか心がぱあっと晴れてきた。
 この能力も、案外、役に立つんじゃないの?

 お昼休みになった途端、私の足取りは軽かった。
 だって本間君は私に絡んでくるどころか、こちらを見もしないから!
 もう私には興味ないか怖がってるかのどっちかだ。
 ああ、厄介なことに巻き込まれずに済んで良かったー。
 そう思い、男子よりも大きめのランチバックを持って教室を出ようとした瞬間。

【あー。今日は帰ったらクレープでも作ろうかなあ】

 その声に振り返ると、後ろにいたのは本間君だった。
 うそ? 今の本間君の心の声?
 私がそう考えると、本間君は驚いたように目を見開く。
 それから彼は、「そういうことか」と呟いた。

【おい。もし、この声が聞こえてるんなら、今から屋上に来い】

 本間君の心の声に、私は思わず後ずさり。
「待ってるからな」とだけ言い残し、本間君は教室を出て行った。
 本間君って、他人の心の声が聞こえるの?!
 超能力者だったの?!
 そして私の能力もバレてしまった!

 このまま、家に帰ってしまおうかと思った。
 だって、本間君に屋上への呼び出しをくらったということは……。
 無事では済まない、ということだ。
 私は本間君の重大な秘密を知ってしまった。
 さっきの状況からすれば、本間君は他人の心が読める。
 それを、ずっと誰にも知られないようにひっそりと隠してきた。
 私みたいに。
 だけど、私にバレてしまった。
 自分の秘密を知った人を、本間君ならどうするか。
 きっと、口封じをするに違いない。

 少なくとも、『俺の能力を誰かに喋ったら、お前と、お前の家族は……どうなるかわかってるだろうな?』くらいは言われる。
 それとも屋上へ行った途端にクロロホルム的なものを嗅がされ、背中の刺青の仲間たちがやってきて重りをつけられて海に沈められる。
 そう考えた途端、一気に寒気がした。
 良くて脅迫、悪くて死。
 そんなことがわかりきっているのに、屋上へ行くのは危険すぎる。
 誰かに着いて来てもらおうか。
 でも、巻き込まれたくないからみんな断るに決まっている。
 先生だって手を焼く問題児だというのに。
 私はそこで大きな大きなため息を一つ。
 つまり、屋上には一人で行くしかないようだ。

 まるで死刑囚のような足取りで階段を上がり、屋上へと続く重い扉を開く。
 そっと屋上を覗いてみれば、本間君がこちらを背にして立っていた。
 そして、扉が開いた音に反応してこちらを振り向き、歩いてくる。

「あっ! 来てくれたんだね!」

 そう言った本間君は、とびきりの笑顔だった。
 まるで飼い主の帰りを待っていた子犬のよう。
 私は思わず拍子抜けしてしまう。
 ううん、もしかしたら、これも本間君の作戦かもしれない。
 笑顔で私を油断させてそれから、ポケットに隠した鋭利な刃物を取り出し――。
 そこで、本間君が笑いだした。
 一体、なぜ笑っているのかわからず、半ばパニックになった私に本間君は言う。

「んなことしないって!」
「えっ? なにを?」
「だから、鋭利な刃物なんて隠してないし、日河さんに危害を加えるつもりはないよ」

 そこまで言われて、そういえば本間君は心が読めるんだった、と思い出す。
 それに私も心の声が読めるんだった。

「俺さ、仲間を見つけられてうれしいんだよね」

 本間君はうれしそうに言うと、私から少し離れた。

「ここまで下がると、俺は他人の心の声は聞こえないんだ。大体、二メートルくらいかな」
「私もそこまで離れると聞こえない」
「そっか。同じなんだな」

 本間君は目をキラキラと輝かせて私を見た。

「あの」
「ん?」
「私に、何か用事なんじゃ……」
「ああ、そうそう」

 本間君はそこで言葉を切って、両手を忙しなくもじもじと動かして続ける。

「ついさっき、日河さんが俺と同じように心が読めるって確信したから、それで話しでもしようかなと思ったんだ。ごめんね、ちょっと口調が乱暴になったから怖かったよね」
「私が心の声が読めるだなんて、勘違いだとか、思わなかった?」
「だって、昨日、急に俺の目の前で消えたよね?」
「ああ、うん。やっぱ見てたよね」
「驚いたよ。でも、日河さんはなんてゆーか、前から同族っぽい雰囲気があったから」

 私はそこで気づいた。
 じゃあ、本間君も日替わり能力があるの?
 もしかして、仲間?

「俺と同じ、心を読める能力に加えて、テレポートもできるなんてすごいな」
「えっ?」
「超能力者だよね?」

 本間君の言葉に、私は曖昧に頷いた。   
 日替わり能力を超能力と呼ぶなら、間違ってない。
 間違ってないけど、そもそもいつもはしょぼい能力ばっかりなんだよね。
 そう言おうとしたところで、本間君がニコニコしながら言う。

「俺以外に心が読める人間に出会ったことないからさー。こうして距離取ってるけど。やっぱ心読まれるのは恥ずかしいよなー」
「そうだよね」

 私は本間君を見ながら思う。
 じゃあ、本間君がこうして私と二メートルの距離を取っているのは……。
 自分の心が読まれるのが恥ずかしいのと、私の心を読まないようにするための配慮?
 なんで? 本間君って不良で血も涙もない人じゃなかったの?
 それとも、本当は良い人なの?

「俺みたいに心が読める人がいて良かったなあ。しかもこーんな身近に」
「なんで、良かった、なの?」
「えっ? そりゃ他人の心が読めるからこその苦労話とか、面白い話とか、色々と語れるからだよ!」

 本間君はそう言うと、目をキラキラと輝かせて、ぐっと拳を握った。
 こんな無邪気な笑顔を見せる彼を見ていると、とても校内を震え上がらせる不良には見えない。
 心なしか、口調も普通の男子みたいになってるし。
 むしろ普通の男子よりもなんだか、かわいいし。

「そういうわけで、これから情報交換しような!」

 本間君はそう言うと、にっこりと笑った。
 やっぱり、不良ってのはただの噂で実は良い人なのかも。
 うんうん、そうだよ。
 私のこと、心が読める超能力者って勘違いしてるけども。
 それはまあ、いずれ説明すればいいか。
 そんなことを考えていると、本間君はスマホを取り出してこう言う。

「あっ! ごめん! 今日はこれから用事あるんだった!」
「用事?」
「ちょっと校長室に呼び出されててさー。だるいけど行かないと親呼び出しにでもなったらマズイからね」

 それだけ言うと、本間君は屋上を出て行った。
 校長室呼び出しって。
 バリバリ不良ですやん。

第三話

 


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