塾に行けば、あの人に会える。
塾のない日は、私はとても退屈だし、何よりも寂しい。
ああ、あの人の顔が見たいと、とおまじないをしたこともあったな。
話を少し戻そう。
中学三年生の一学期に、私は塾に通いだした。
母が気まぐれに「行ったほうがいい」と言ったからだ。
幼なじみで仲の良いミカちゃん(仮名)も同じ塾に行くというので、とりあえず行くことにした。
ちなみに、塾に行かなくていいほど頭が良かったのではなく(むしろ真逆だ)塾に行っても、もう進学できる高校が限られていることを私は悟っていたし、何よりめちゃくちゃ面倒だ。なぜ学校から帰ってから勉強しに行かねばならないのだ。
塾は、男子4人と女子3人の合計7人の小さなもので、授業は数学と英語のみ。
おまけに、そこの7人全員、同じ中学だった。
最初は、普通に授業を受けていたのだが、なにせみんな顔見知りのため、授業中にこそこそ話すことが多い。
ある日、森野(仮名)という男子が、「〇〇って本当、嫌なんだよな」と怒っていたのが後ろの席で聞こえた。その〇〇ってのは私のクラスメイトで、こっちが何もしていないのに悪口は言ってくるし、すぐにキレるし、控えめにいって厄介の塊のような男子だった。
その厄介の塊に悩まされていた私は、思わず森野に「わかる!」と同意してしまった。
森野は、とても驚いていた。
だって森野の話し相手は、隣の席の男子だったのだ。
そして驚くのも無理はない。
私と森野は、小、中と同じではあるものの、同じクラスになったことはないし、もちろん会話もしたことはない。
でも、厄介の塊に困らされていた私は、全力同意し、あろうことか口に出していた。
ここで白状しよう。
実は、私は森野の顔がめちゃくちゃ好みだった。色白であっさり顔。いわゆる醤油……いや塩顔だろうか。
とにかく、私は森野の顔が好みだった。二回言うな。
森野は学校では人気者で、地味な私とは住む世界が違う。
だから、見ているだけだったが、塾が偶然にも同じなってチャンスだと思ったのだ。
そして、実際に話しかけてしまった。
森野の本来の話し相手の男子は、気を利かせてくれて「なんか〇〇(私の苗字)まで同意してるってことは、本当に困ってるんだなあ」と話を再開させてくれた。ありがとう!
これがきっかけで、私と森野は塾ではよく話すようになった。
ただ、私と森野は学校では話すことはなく、あくまで塾だけだ。学校で仲良く会話をしていると、噂になり面倒だし、森野自身は私と噂になるのは不本意だったはずだ。
私と森野は、塾で授業にコソコソ話したり、筆談をしたりするまでに距離が縮まった。
森野が飲んでいた缶ジュースを差し出し「これ、飲んでみろよ! すげえ美味いから」と笑顔でいったのを、全力で拒否した。
だって間接キスになるし……恥ずかしいと思う私に、全力拒否の私を森野は不思議そうに見ていたっけ。
そこで私はほんのりと「森野は私のことを女子として見てないのか」とわかってしまった。
森野と仲良くなればなるほどに、私の視界にいかに自分が女子としていないのか、理解できてしまう。
森野と仲良くなれて嬉しい反面、自分の片思いは成就しないと確信してしまうのが辛い。でも、もっと仲良くなりたい。
そんな時、森野の好きな人が判明した。
長くなったので後編に続きます。
後編はこちら。
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