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ストレスが大きいと書けないというか、アイデア自体が浮かばない。

母が急病で入院した。
数日前まで愛知の実家に3泊4日でいて、一度、栃木の家に帰ってきた。
こっちでもともと入っていた病院の予約(二件)を消化し、準備をしたらまた来週には愛知の実家へ行くつもりだ。

今度は一カ月はいられるようにしようかな、と。
家には夫がいるので猫たちの世話なんかの心配はないし。

そんなこんなで慌ただしい状態で4月に突入していた。
なんかもう1週間経過したんだか2週間経過したんだかよくわからない。

母が順調に回復しており、面会はできないけれどラインでは母と連絡を取ってもいいそうなので、母からのメッセージがいつも通りなのは安心する。

だからこそ、私は一度、栃木に帰って自分の病院を消化して荷物を~なんて悠長なことを言っていられるのだが。

どうも栃木に戻ってからも創作モードに切り替わらない。
愛知にいる間、2時間だけ改稿の時間を取れて、あっちで書いたのはそのぐらい。
栃木に帰ってきてからも、改稿はちょこちょこするけど、こちらは〆があるし、4巻の改稿なので頭を切り替えている。

だけど、新作を書くとか、そういうモードにはならないな、と思った。
そもそもアイデアが浮かばない。
浮かばないというか、アイデアを考えようという気持ちまでいかない、というか。

母が入院したことにより、母の体調の心配はもちろん。
今まで後回しにしていた実家の問題や、これからのことを考えてしまう。
私が今、考えてもどうにもならないことは分かっている。
しかし、実家から帰ってきからどうも考えることが今後の問題というか、不安なことばかり。

だから創作のアイデアを考える、までに至らない。
つくづく小説を書くということは、自分の中では精神が安定しているもしくは楽しい気持ちの時に限定されているんだなあと実感した。

4巻の改稿は終わって今日、担当さんに送った。
次の改稿は、今回よりも多くないだろうから愛知でもできそう。

愛知にはパソコンを持っていくから、小説を書ける状態ではある。
改稿を優先するとして、時間があってもショートショートや短編を書けるんだろうか。
そもそも愛知には実家の手伝いで行くので、パソコンを開く時間が今よりも短くなるわけだけど(でもツイッターはスマホで見ている)

あと、実家で改稿をしていて思ったのは、環境が変わると私はあまり書けない。
集中力が続きにくい、というか。
それも慣れの問題だと思うけど。
枕は変わっても眠れるのにね!(というかどこでも眠れる)

やっぱり実家とはいえ、家のように自分が使いやすくした環境と異なる。
それはそれでストレスになるんだろうなあ。

こういう時に本当に実感するのは……。
どこでもドアがほしい!

どこでもドアがあれば、家と実家を簡単に行き来できる。
必要な時に実家に行けばいい。
どこでもドア、ほしい……!

冗談はともかく。

今は母が順調に回復していき、退院が早まることを祈るばかりだ。

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