怪盗クロトカゲ

中3の時の演劇部文化祭本公演のために書き下ろした台本「怪盗クロトカゲ」です。
初のミステリー仕立ての作品でこれまでで書き上げるのに一番苦労した作品です。途中で「もう無理ぽよ」て投げ出しそうになったものの、最後は気合と根性と天才的発想で書ききった思い入れのある作品です。
でも気合が入りすぎて書き終わってみたら3万文字近くの超長編になっちゃいました。てへぺろ。まあ一番セリフの多い主役を演じたのも私なので演者のみんなも許してくれるに違いない・・・!とはいえみんな忙しい中で1時間半近くの台本を演じきってくれたのには感謝してます。

そしてこれが私の演劇部での最後の作品になりました。
そんな渾身の作品「怪盗クロトカゲ」、長くて読むのも大変ですがぜひ読んで楽しんでください。

怪盗クロトカゲ    脚本:はなうさ りん

めったに当たらない占い師:岩井
岩井の親友の刑事:波越
新人刑事:中村
週間文夏の記者:平井(最初と最後はメタ平井)
新進気鋭の画家:西園寺リサ
画廊の支配人:雨宮

冒頭

メタ平井:時は年号が大正から昭和になったばかり、大きなビルが並び立つ東京新宿大通りから少し入ったこの路地も夕暮れ時で帰りの途につく人々でいっぱいです。
おや?そんな中、何やら行き交う人々を呼び止めようとしている人がいますね。
・・これから起こるここでの出会いがあんな事件に繋がるなんて、まだ誰も知る由もないんですけどね。ではみなさん。後ほどお会いしましょう。

下手にはけるメタ平井

雑踏の中、占い師が呼びこみをしている

岩井:いらっしゃーい、みなさんお馴染み大占い師、岩井ですよー
岩井:僕が占ったらたまにビシッとあたる、大占い師、岩井ですよー、試してみませんかー
岩井:どんな悩みも一発で解決!この僕に任せてみませんかー
岩井:よし、こんな時は占いだ!こんなに悩んでいる僕を占ってみましょう!うーーーーーん、はっっ!!分かりました。ずばり、僕は占をしたいのに占えなくて悩んでいる!ほら、見事に当てましたよ!こんなにすごい僕の占いどうですかー??

上手から男が足早に通り過ぎようとする

岩井:そこのあなた、占いどうですか?占い一丁どうでしょう?

無視をしてそのまま通り抜けようとする男

岩井:ちょっとちょっと、占いですよー。遠慮しないでさあ!

かなり強引に男を遮ろうとする占い師、軽く肩がぶつかってびっくりするくらい派手に遠くまで吹っ飛ぶ(占い師はとても弱い)
それを一瞥してそのまま下手に抜けていく男

岩井:なんだよー。いてて。まったく。ちょっとくらい占わせてくれてもいいのに・・
岩井:みなさーん、占いですよ。一家に一台、占いはどうですか?
岩井:あー、みなさん!大ニュースです!なんと!あの超絶有名占い師の僕の占いが、なんと!いまはタイムセールで大変お安くなっております!通常価格1億円のところ、なんと本日この瞬間に限り1000円となっております!空前絶後の大チャンス!このビッグウェーブに乗らない手はない!

下手から周りを見渡しながら女が歩いてくる

岩井:あ、そこのあなた、なんか困ってそうな顔してますね、その悩み、僕が当ててみせましょう、そして解決してみせましょう、ささ、どうぞどうぞ、このたまにビシッとあたる大占い師岩井にお任せください
リサ:たまにしか当たらないなら大占い師じゃないんじゃ??
岩井:まあまあ、当てた実績があることが大事なんですよ。なんといってもあの世間を騒がせた「怪盗クロトカゲ」は僕のおかげで捕まったんですからね。ご存じないですか?まあいいや、ささ、おすわりください、もう今日はこれで店じまいするんで大サービスしますよ、1000円でどうですか?
リサ:怪盗クロトカゲねえ・・まあ1000円くらいなら・・
岩井:じゃあ占いますよー、まずここにお名前をフルネームで、あと生年月日もお願いします
リサ:はいはい(紙に書く)
岩井:はい、ありがとうございます(目をつぶっている)おお、見えてきた、見えてきましたよ、あなたのお悩みが!
リサ:そんなすぐにわかるんですか
岩井:はいはい、見えてきましたよー、まずあなた、日本人ですね!
リサ:そりゃ顔みたらだいたいわかるでしょ、日本語で会話してるし
岩井:おお、これは!あなたの家のお部屋!天井ありますね!
リサ:そりゃそうでしょうね
岩井:もっと見えてきましたよ!あなたのお部屋、壁もあるじゃないですか!
リサ:そりゃそうでしょうとも!壁がなくて天井がある部屋ってどんな部屋ですか!さっきから見えてきた!って言ってますけどどんな占いなんですか?名前と生年月日全然関係ないじゃないですか!っていうかせっかく書いたのに目つぶってて見てないし!
岩井:僕が独自に開発した画期的な占いですよ。こうやって名前と生年月日を書いてもらって色々想像してると見えてくるんですよ
リサ:もう想像してるって言っちゃったよこの人
岩井:おお、また見えてきた見えてきた
リサ:まだやります?
岩井:あなたの可愛がってるペット、ゾウですね!
リサ:そんなわけないでしょ
岩井:こんなでかいゾウを飼ってるなんてすごいですねえ
リサ:だから飼ってないって
岩井:なるほど、わかりました!あなたの悩みはこのゾウの結婚相手はアフリカゾウにするべきかインドゾウにするべきかですね!僕はアフリカゾウをおすすめしますけど
リサ:いいかげんにしてよ、そんな悩みなわけ無いでしょ!ちょっと期待した私が馬鹿だったわ。あーあ、時間を無駄にした!(怒って立ち去る)
岩井:あ!ちょっと!料金支払ってくださいよー!せっかく占ったのに!
岩井:あーあ、今日も全然だめだったなー

上手から男が近づく(刑事)

波越:おーい、さっきのは客か?珍しいなお前ん所に客がいるなんて、なあへっぽこ占い師!
岩井:うるさいポンコツ刑事!この大占い師をへっぽこ呼ばわりするな
波越:ちっとも当たらないへっぽこ占い師が何言ってんだ。どうせさっきの客も怒って帰ったんだろ?
岩井:違いますー!あの人はお金払ってないから客じゃないですー!
波越:なんだよ、金払ってもらえなかったのか?そりゃだめだろ。なんなら俺が捕まえてきてやろうか?
岩井:いいよいいよ、会おうと思えばたぶんまた会えるから
波越:なんでそんなことわかるんだ?
岩井:さっきの人、靴も服もセンスが良いものを着てるのに爪はマネキュアも付けてなかった。あの年頃の女の人には珍しいよね。それに目の下にもクマがあって少し疲れた感じだった。お金は持ってるんだろうけど今は身の回りに気遣う余裕がない。たぶんあんまり寝てないんじゃないかな。鉛筆を右手で持ってたから右利きだと思うけど右手の指先に少し色が付いてた。あれは絵の具かな?だから恐らく彼女は売れっ子の画家で今は何かを創作中なんじゃないかな。
波越:なんでだよ。いい服着てて寝不足で指先が汚れたやつなんかいくらでもいるだろ。なんで売れっ子の画家ってわかるんだよ?
岩井:だって彼女が抱えてた本は今月発売のアート雑誌だったし、それに・・・・その雑誌で特集されてるのが「西園寺リサ」の作品だからね(女が書いた名前の紙を見せながら)
波越:なんでお前は画家のことまで知ってるんだよ
岩井:仕事柄、いろんな話題を知ってないと話にならないんでね
波越:占い師みたいなセリフ言うんじゃねえよ
岩井:占い師だよ!
波越:しかし、ちょっと見たくらいでよく分かるもんだな。お前はその推理力だけは大したもんだ。探偵になった方が儲かるんじゃないか?
岩井:こんなの推理じゃないよ。単なる勘。誰でもわかるよ。それに僕は探偵なんていう誰も聞いてもいないのにドヤ顔で自分の推理を語りだしたり、隙あらば腕時計に仕込んだ麻酔針で人を眠らせたりアポトキシン4869で体を小さくされたりするような迷惑な奴にはなりたくないよ。
波越:おまえ、それ特定のやつ・・・
岩井:(食い気味に)なんといっても占い師という世界で最も尊い仕事こそが僕に相応しいのさ!なあ、どうせ暇なんだろ?飯食いにいこうぜ。もちろんお前のおごりな。その膨らんだ胸ポケット、今日給料日なんだろ?さあ、行こう行こう!(下手にはける)

波越:胸ポケットを見ながら触ってためいき

波越:ったく(走って下手にはける)

テーマソング

後輩刑事が上手から飛び出してくる

中村:せんぱーい、早く早く!早く行かないと怒られますよー!
波越:ったくうるさいよお前は、だいたい朝早すぎるだろ
中村:全然早くないです。もう夕方ですよ。
波越:うるさい!俺にとっては早いんだよ。朝まで飲んでて寝たのついさっきだぞ
中村:朝まで?よく一人でそんなに長い時間飲んでられますね
波越:一人じゃねえよ。昔からの連れに奢らされてたんだ
中村:へー。先輩優しいんですね
波越:まあなー。ていうかお前誰だ。
中村:はいっ。ご挨拶が遅れました。私、本日付で新宿署に配属になりました中村と申します。まだ駆け出しの新人ではありますが、先輩のお役に立てるよう精一杯頑張る所存であります!父は同じく警察官でありまして、教師をしております母からも立派な父と同じように皆様のお役に立つようにと厳しく言われておりまして、そのため私としても出来る限りたゆまぬ努力をし続けて今日まで参りました結果、憧れておりました刑事にようやくなれたという次第でありまして・・・
波越:もういいもういい!・・・お前が真面目な新人てことはよく分かった
中村:はい。今日が初めての現場なので緊張してますが、先輩と一緒なので楽しみでもあります
波越:ん?なんでだ?
中村:いやー、だって。有名じゃないですか。数々の難事件を鮮やかに解決してきた名刑事!私の前の職場でも先輩のことはよく噂になってましたよ
波越:んん・・・ま、まあな。噂の敏腕刑事とは俺のことだ。よろしい!では今日は俺の一挙手一投足を見逃さないようにしっかり学んでいきなさい
中村:はいっ
波越:ところで、今日はこれからどこに何をしにいくんだ?
中村:え?部長から何も聞いてないんですか?
波越:さっき起きたばっかりって言っただろ。それに俺は事件のことは聞かずに現場に行く主義なんだ
中村:さっすがー。さすがですね先輩!まず現場の声を聞く。それが事件解決の第一歩になるってわけですね。
波越:(小声で)ホントは内容聞いてもあんま覚えてられないからだけどな
中村:え?なんですか?
波越:なんでもない。なんでもないぞ。さあ、今回の事件について教えてくれたまえ。
中村:え?まず現場の声を聞くんじゃないんですか?
波越:こ、これはお前の勉強のためだ。現場に着く前に状況を一旦整理しておくことが新人には大事なことだ。だから今回の事件について、丁寧に言ってみなさい
中村:おお、なるほど。そういうことですね。
中村:今回ですが、事件といえば事件なんですが、まだ犯罪が行われたわけではありません。報告書によると本日正午過ぎ、この先の西園寺画廊に泥棒が入りそうだと通報が入ったらしいです。「泥棒が入りそうだ」と妙な表現になっているのには理由がありまして、まだ絵画が盗まれたわけではなく「今夜中に盗みます」という予告状が届いたらしいのです。まだ事件が起こっていないので警察としてもおおっぴらに動くわけにもいかず、まずは名刑事である先輩に任せたいと刑事部長は仰っておりました
波越:ったく、めんどくせえなあ、今夜中ってことは今日の夜に来るってことか?
中村:そういうことになりますね
波越:ほんとにそんな奴来るのか?わざわざ盗むことを先に言う泥棒なんか普通いないだろ
中村:たしかにこんなルパンみたいな真似をする奴はだいたいいたずらなんですが、万が一のために確認はしておけ、とのことです
波越:なんでだよ。どうせ今回もいたずらだろ
中村:実は最近、似たような予告状が送られてくる事件が複数件発生しているらしいんですよ。実際は何も起こらず、つまりはいたずらなんですが、なんでこんな妙なことが多発するのか不思議だと思いませんか?もしかしたら今回は本物かもしれない、と部長は考えたのかもしれません。まあこれはあくまで噂なんですが・・、なんでも今回通報をしてきた西園寺氏は部長の古くからのご友人らしく、今回は無視できないようです
波越:ったく、無視できないなら自分でやりゃいいのにあのたぬき部長
波越:まあどうせいたずらだろうし、今から行って話を聞いて今夜盗まれないように見守ってればいいわけだな。盗みに来なければ事件解決、盗みに来たらそいつを捕まえれば事件解決、簡単だ。
中村:さすがです先輩
波越:ん?ところでお前さっき西園寺て言ったか?中村:はい、そう書いてありますね。それが何か?
波越:いやー、その名前どっかで聞いたような気がするんだけどなー・・・だめだ。全然思い出せない
中村:そんなこともありますよ。さあ、先輩。もうすぐ現場に着きますよ
波越:しかしここらへんの道は入り組んでるなあ
中村:古い町ですからね。細い道が多くて車は少し離れた大通りまでしか入って来れないみたいですよ

そこに、2人に近づく記者

平井:お!誰かと思ったら波越さんじゃないですか!
波越:なんだお前か、こんなところで何してんだ?
平井:いやね、なんでもこの先の西園寺画廊に予告状が届いたなんていうじゃないですか!しかも狙うはいま話題の西園寺優作幻の作品ときたもんだ。こりゃ何か面白いことが起きるぞと思って取材にいくところなんですよ
波越:おい、どうなってんだ、警察の情報がダダ漏れじゃねえか!
中村:おかしいですねえ?まだどの報道機関にも話してないのに
平井:そこは蛇の道は蛇ってやつですよ
中村:お二人はお知り合いなんですか?
平井:あ、どうも。申し遅れました。私、週間文夏で記者をやってます平井と申します。浪越さんとは長年仲良くさせてもらってます。彼が関わった事件は面白い記事になりますからね。
中村:ああ、あなたがあの平井さんですか!先輩のすごさを知ったのは平井さんの記事が最初だったんで、ぜひ一度お会いしたいと思ってました!いやー、感動だなあ!
平井:いやいや、そんな大したもんじゃないですよ、ところであなたは初めてお見かけしますが新人の方ですか?
中村:はい!申し遅れました!私、本日付で新宿署に配属になりました中村と申します。まだ駆け出しの新人ではありますが、先輩のお役に立てるよう精一杯頑張る所存であります!刑事として働くことが幼少期からの夢でありまして、この夢がかなった今は実に感無量であります!刑事になったからにはよりいっそう地域のみなさまのお役に立てるように邁進すると共に、みなさまに迷惑を掛ける悪人どもは片っ端からブチ殺して・・・
波越:もういいもういい!
平井:いまものすごく危ないこと言おうとしたような気がしますが・・・
中村:なにか問題でもございましたか?
平井:ま、まあいいや、お二人はこれから西園寺画廊まで行くんですよね?
波越:まあな、今回は俺が担当だよ
平井:お!いいじゃないですか!これは面白いことになりそうだ!
波越:なにも面白くねえよ。どうせいたずらだ。さっさと帰って寝たいんだよ俺は。
平井:まあ行ってみないとわからないじゃないですか。どうでしょう?今回も浪越さんにご一緒させてもらえないですかね?
波越:どうせ無理やり付いてくるんだろ?いいよ。でも俺の邪魔だけはするなよ
平井:しませんしません。ありがとうございます。あれ?そういえば今日は相棒は…。
中村:え?先輩には相棒がいらっしゃるんですか!それはぜひお会いしたいです!
波越:あいつは相棒なんかじゃねえよ。あいつ金ねえから俺に奢ってもらうために現場に毎回来てるだけ。まあ、たまに、たまにな?あいつの言ってることを少し参考にしたりしなかったりすることはあったりなかったりするけどな。でもそれだけだ。
中村:なーんだ。相棒じゃないんですね。
平井:まあまあ、中村さんも一度会ってみるといいですよ。面白いから。
波越:とにかく今回はあいつの出番はない!だいたい、今朝までメシ食わせてやってたんだからこれ以上奢ってやる筋合いはない!
中村:ああ、昨日からずっとご一緒だったのはその方だったんですね、でもぜひ一度お会いしたいので機会があればご紹介ください
波越:そんな機会はしばらく来ないと思うけど、まあいつかな
平井:お、そんなこと言ってる間に見えてきましたよ、西園寺画廊
波越:そういえばお前、さっき今回狙われているのは幻の作品、とかなんとか言ってなかったか?
平井:そうですそうです。今回泥棒に狙われてるのは西園寺優作の未発表の作品らしいんですよ。なんでもつい先日、画廊の倉庫から偶然見つかったとかで、いままで誰にも知られていなかった作品としてかなり話題になってます。
中村:報告書によりますと、今回狙われているのは平井さんの仰る通り西園寺優作の未発表作品で題名は「曇天の花」だそうです。もちろん未発表作品ですので題名が付けられたのは作品が見つかった後らしいんですが。
平井:西園寺優作にはかなりファンが多いですからね、未発表だったということもあってその「曇天の花」には既にかなり高額で買い取りたいと声がかかっているらしいですよ。噂では5億以上とか。
波越:5億!たかが絵にそんなに金をはらう奴がいるのか!
平井:そんなわけで、今回はただのいたずらでは終わらない!というのが記者の勘なんですよ!
波越:残念ながらお前の記者の勘ははずれる!なんせ俺様が来ているからな!泥棒が来ても来なくてもあっさり解決して終わりだ。
中村:さすがっす!先輩!
平井:あっさり解決できると良いですねえ。期待してますよ!名刑事!(これからの展開がどうなるかをまるで知っているかのようにニヤニヤしながら)
中村:さあ、もうそこの角を曲がったら西園寺画廊です。先輩のご活躍、期待してます!あー、楽しみだなあ。
波越:よーし、お前ら!ついてこい!
中村:はいっ!!

下手に走っていく二人
(急に記者が客席に向かって語る)

平井:こうして不可解な予告状が届いた事件現場にかけつけた2人の刑事、大胆な予告状を送った泥棒の正体は一体何者なのか?そして名作「曇天の花」は本当に盗まれてしまうのか?すべてはこの2人の刑事の手腕にかかっている!次回タイトル「曇天の空に浮かぶは花か金か」みんな!絶対、見てくれよな!!

下手から顔だした刑事

波越:おい!なにやってんだ!早く来いよ

我に返った感じで記者が慌てて下手にはける

画廊の中で佇む女
憂鬱な眼差しで画廊に飾られたいくつもの絵を眺めながら、最後に「曇天の花」の前に立ってふうっとため息をつく
(曇天の花は西園寺優作の使用していた絵筆などと共に展示されている)

ピンポーン

リサ:はい、どちら様でしょうか?
中村:先程お電話頂いた新宿署から参りました
リサ:あ、ありがとうございます。鍵は開いておりますのでそのままどうぞ

上手から3人が入ってくる

波越:いやー、どうもこんにちは。新宿署から参りました波越と申します
リサ:はじめまして。西園寺リサと申します。あなたがあの浪越さん!あなたのような有名な方に来て頂けるなんてとても心強いです。刑事部長さんに無理をいってお願いしたかいがありました。
中村:ほら!やっぱりあの噂はほんとうだったんですよ!部長と西園寺さんは昔からのご友人だったって!
平井:おや、これは聞き捨てならない話ですねえ。あの堅物で有名な刑事部長さんが、こんなお若い女性とただならぬ関係とは!
波越:失礼ですが、あなたと部長はいったいどんなご関係で?
リサ:あら、お聞きになっていませんか?実は私の父の西園寺優作と部長さんは10年以上前からのゴルフ仲間だったんですよ。部長さんは浪越さんのこともよく父に話をしていたそうですよ。最近面白いやつがいるって。一昨年、父が他界してからもなにかにつけて私のことを気にかけて下さって、今回のこともどうしていいか分からず部長さんに相談したら、浪越さんに任せるから大丈夫だ、て言ってくださったんです。
波越:なるほど、分かりました。そういうことでしたらこの名刑事・浪越にすべてお任せください。どんな事件だろうと一瞬で解決してみせましょう。
リサ:ありがとうございます!・・ところでこちらのお二方は?
平井:申し遅れました。わたくし、週間文夏で記者をしております、平井と申します。今回は浪越さんに無理をいって同行取材をさせてもらっております
リサ:ああ、あの浪越さんの事件をよく書いてらっしゃる平井さん!よく読ませてもらっています。一度お目にかかりたいと思っていました。
平井:いやあ、こんな素敵な女性にまで私の記事を読んでもらっているなんて。こちらこそお会いできて嬉しいです。
リサ:それであなたは??
中村:はい!私、本日付で新宿署に配属になりました中村と申します。まだ駆け出しの新人ではありますが、先輩のお役に立てるよう精一杯頑張る所存であります!長年の夢でありました刑事になるという目標を叶えた今、これからの時代はやはり芸術をたしなむ人間でなければならないという新たな目標をたった今掲げておりまして、つきましてはぜひ今度私と一緒にお食事にでも行って・・・
平井:ちょいちょいちょい!堂々と仕事中にナンパしちゃだめでしょ
中村:(目が覚めたように)はっ!私はいま一体何を・・・
リサ:面白い方ばかりですね、浪越さん
波越:おい中村!ちゃんと仕事しろ!
中村:はいっすいません。ではまず今回の事件、いや今までの経緯についてご説明頂けますか?
リサ:はい。私がこの画廊に来たのは今日のお昼過ぎなんですが、来てみたら机の上にこの紙が置いてあったんです。ここに絵を盗みに来るって書いてあって、もうどうしていいかわからなくなって部長さんに相談したんです。
中村:こちらがその紙ですね?なるほど、ふむふむ。「今夜0時に「曇天の花」を盗みます。怪盗クロトカゲ」と。なんですかこの怪盗クロトカゲって。ふざけた名前ですね。
波越:ん?怪盗クロトカゲだと?
平井:あれですよ浪越さん、あなたの相棒の占いが奇跡的にあたった例の事件!
波越:あー。あれか。あいつも間抜けなやつだったよなあ。
中村:なんです?怪盗クロトカゲをご存知なんですか?
平井:いや、別の事件なんですけどね。昔いたんですよ。怪盗クロトカゲって奴が。ペットショップに行っては売り物の小さいトカゲを盗んで外に逃がしてやる行為を繰り返してました。
中村:ちっさ!やってることがちっさ!全然怪盗じゃないし。
平井:それで最後はペットショップの店員に見つかって捕まっておわり。あまりにつまらなすぎてどこにも報道されてないくらいですからね。
中村:そんなやつが今回みたいな大胆なことするわけないし、別人ですね
波越:たぶんな
中村:えー、話を戻しますが、つまりあなたがこの予告状を見つけるまではここは無人だったというわけですね?
リサ:そうですね。私が鍵を開けて入ってきた時は誰もいませんでした。
中村:何か心当たりはありますか?誰かこの絵を狙いそうな人とか
リサ:いませんね。この絵は最近父のアトリエから見つかったらしくて、私もよく分からないんです。
平井:父、というとあの西園寺優作さんですね
リサ:そうです。この奥に父が使っていたアトリエをまだそのまま残してあります。
中村:なるほど。わかりました。いまのところ、手がかりは無し・・・と。

3人のやりとりの間、画廊の中をウロウロと歩き回る波越

波越:はいはいはい。なるほど。もう見えた。この俺にはこの事件の全貌が見えている!
中村:え?もう分かったんですか?さすが先輩。すごいっす。
波越:いいか中村。事件の犯人には特徴がある!その特徴を考えれば今回の犯人もすぐに分かってしまうのだ!
中村:なるほど!その特徴を教えて下さい!
波越:いいだろう!この俺の名推理をよく聞いておけ!まず犯人の特徴その1!犯人は必ず現場に戻る!つまり現場にいる人間の中に犯人がいるのだ!そして犯人の特徴その2!第一発見者が犯人の可能性が高い!
中村:なるほど!勉強になります!
波越:つまり今回の事件、いまのこの場所にいる人間の中に犯人がいるわけだ。そして第一発見者もここにいる。ということは!
中村:ということは!
波越:予告状を送った怪盗クロトカゲはお前だ、西園寺リサ!
中村:はい?
波越:よーしそこまでだ怪盗クロトカゲ!この俺が相手で運が悪かったな。これで事件解決だ。逮捕する!
中村:(困った感じで平井に話しかける)ちょっと何を言ってるんですかこの人?
平井:さすがは浪越さん!この絵を狙ったのは彼女だと見抜いたわけですね!
波越:そうだ。お前もこれほど早く事件が解決できるとは思ってなかっただろう!はっはっは!
平井:ところで浪越さん、彼女はこの絵の作者の西園寺優作さんの娘さんなんですよね?
波越:そうだな。それがどうした?
平井:優作さんはもう亡くなっているので彼の絵は娘であるリサさんのものになっている
波越:まあそういうことになるな
平井:自分の持ち物をわざわざ盗む必要は?
波越:ないな
平井:つまり彼女は怪盗クロトカゲでは?
波越:・・・ない
波越;・・・・・・なーんてな。そんなことを俺が分からないわけないだろう。冗談。ほんの冗談。え?ちょっと信じちゃった?
中村:なんなんだこの人は・・
波越:西園寺優作、西園寺リサ・・・西園寺リサ・・・はっ!見えた!もう完全に見えた。犯人を探す上で最も重要なポイントは何だと思う?中村?
中村:え?えーと、なんでしょう?
波越:動機だ。西園寺リサから絵を盗んでやろうという動機を持っている人間を俺は知っている!・・・というわけでちょっと逮捕してくるからお前ら待ってろ!・・よーし、逮捕だー!!

走り去る波越

リサ:ふふ、おもしろい方ですね
中村:一体どうしちゃったんですか先輩は??
平井:いいのいいの、いつもあんな感じだから
中村:いつもああなんですか?噂と全然違うんですけど?
平井:まあまあ。見てたら分かるから。

嫌がる岩井の手を引っ張って戻ってくる波越

岩井:おーい、なんだよ急に、いてて、ひっぱるなって
波越:うるさい、ついにお前も年貢の納め時だ。この俺様の前で犯罪を犯すとはいい度胸だ、今すぐ逮捕してやるからな
岩井:なんだよ逮捕って
波越:はーいみなさん、おまたせしました。犯人を逮捕して連れてきました!
岩井:お、ここ西園寺画廊じゃん、あ、平井さん、お久しぶり
平井:どうもー
中村:誰なんですかこの人は?それに犯人って
波越:こいつはちっとも当たらないへっぽこ占い師の岩井だ。そしてこの事件の犯人でもある!
岩井:へっぽこって言うな!それになんで僕が犯人なんだよ?
波越:うるさい!犯人は黙ってろ!
中村:さっき先輩が言ってた犯行の動機がある人間ってこの人のことなんですか?
波越:そのとおりだ!こいつは昨日インチキな占いをしたせいで西園寺さんを怒らせて占い代金を支払ってもらえなかったのだ!こいつは占い代金の仕返しに絵を盗んでやろうという強い動機がある!つまりこいつが犯人だ!
中村:ちょっと言ってる意味が・・・
平井:岩井さん、占いの代金の件は本当ですか?
岩井:ああ、まあそれは本当だけど、事件てなんのことだ?
平井:今⽇のお昼過ぎに彼⼥が画廊に来てみたらこんな予告状が机に置いてあったらしいんですよ。この曇天の花を盗むって。
波越:おい!勝⼿に犯⼈に話しかけるんじゃない!
平井:いいじゃないですか。岩井さんなんだから。それでこちらのリサさんがお知り合いの刑事部長さんに相談したそうです
浪越:おいっ!まあいいか。そういうことだ犯人め。この方はな、いつも部長から噂を聞いていたこの憧れの名刑事様の活躍を心待ちにしているのだ!無駄な抵抗はやめてさっさと観念するがいい!!(決めポーズ)

(浪越の話を全く聞いていない素振りの岩井)

浪越:おいっ!聞けよっ!

(浪越を無視したまま)

岩井:で?この紙は昨⽇までは置いてなかったんですね?
リサ:はい。そんな話は聞いていません。あと昨⽇は取り乱してしまって失礼しました。
岩井:あー、べつにいいですよ。怒らせるのは慣れてますから。
岩井:なるほど。だいたい分かった。ったく・・。

岩井は波越と対面して話し出す

岩井:さすがは名刑事。どうやら僕もここまでのようだ。
波越:ついに観念したか。往生際が良いのは感心だ。
岩井:ところで波越、お前は昨日の夜のことを覚えているか?誰と一緒にいた?
波越:馬鹿にするな、昨日のことをもう忘れてるわけないだろう。お前だよ。
岩井:そうだな。昨日彼女に占いをした後から今朝までずっと一緒にいたな。
波越:ちょっと飲みすぎたよなー。
岩井:まあな。それでこの予告状はいつここに置かれた?
波越:昨日まではなかったんだからまあ今日だろうな
岩井:今日までずっとお前と一緒にいた僕は予告状を置くことは?
波越:できない
岩井:つまりこの事件の犯人は僕では?
波越:ない・・・・なーんてな。だよなー。うん。知ってる知ってる。そんなわけないよなー。ずっと一緒にいたもんなー。お前なわけないよなー。冗談だよ冗談。え?信じちゃった?
中村:まじでなんなんだこの人は・・
平井:面白くなってきましたねえ

慌てて部屋に入ってくる男

雨宮:リサさん!大丈夫ですか?
リサ:雨宮さん、来てくださったんですね
雨宮:そりゃそうですよ。曇天の花が盗まれるなんて一大事を聞いたらすぐにかけつけますよ
リサ:ありがとうございます
中村:あのー、あなたは?
リサ:こちらの画廊を任せている雨宮さんです。父の代からずっとなのでもう5年以上になりますね。私は普段ここにはほとんど来ないので雨宮さんに任せっきりになっています。
雨宮:どうも、雨宮と申します。ところであなた方は?
中村:こちらは波越刑事、私は中村と申します。で、こちらが記者の平井さんでこちらが占い師の岩井さん、です
波越:やあこんばんは。私が名刑事・波越です。よろしく。
雨宮:警察の方は分かりますがなぜ記者と占い師が?
リサ:いろいろあったんですよ。みなさん力を貸してくださってるんです。
雨宮:まあリサさんがよければ私は構わないですが・・
中村:では状況を整理させてください。まずリサさん、あなたは今日お昼過ぎにこの画廊に来た時にこの予告状を見つけた。そしてすぐに警察に相談をした。合っていますね?
リサ:はい。実はその前に雨宮さんに連絡して画廊に泥棒が入るらしいとお伝えしました。これがいたずらかどうかも分かりませんし、わざわざお休みの日に来て頂く必要もないと思いましたので・・
中村:あ、今日はお休みなんですか?
雨宮:はい。今日は画廊の定休日なんです。なので私は久しぶりに箱根の別荘に遊びに行っていたんですが、リサさんから連絡があって急いで戻ってきました。
中村:なるほど。では雨宮さんにお伺いしますが、昨日あなたが画廊から帰る時には予告状は無かったんですね?
雨宮:はい。私がここを出た時には間違いなく机には何も無かったはずです。
中村:ちなみに、こんなことをする人間に心当たりは?
雨宮:ないですね
中村:わかりました。やはり予告状が置かれたのは昨日の夜から今日のお昼までの間ということですね。そしてお二人とも犯人の心当たりはない、と。
波越:そうか。そういうことか。なるほど。不足していたピースがようやく埋まったようだな。ついに俺の天才刑事IQが爆発する時が来たようだ。よーし、こーい。ばくはーつ、ばくはーつ、ばくはーつ・・・しろよ!早く俺の天才刑事IQ爆発しろよ!
平井:まあまあ、波越さんの天才刑事IQは最後に爆発してもらうとして、岩井さんはどう思います?
岩井:なんで僕に聞くんだよ。このバカ刑事IQにやらせとけよ
平井:いいじゃないですか。せっかくみんな集まってるんだし。ね?
岩井:僕にだってそんな大したことわかんないよ。みんな分かってることだろうけど、まあ休みの日を選んでこれを出すってことは画廊のことは前もって下調べはしてるだろうね。画廊の中のことなんて入らないと分かんないから少なくとも一度はここに来て下見をしてるはず。画廊に入っても違和感が無い人物となると、犯人はあまり若くない人なのかもしれない。それに予告状の時間は深夜0時、そんな時間に公共の交通機関は無いし絵を抱えてタクシーも使わないだろうから移動するなら自家用車だろうね。ていうことは犯人は少なくとも18歳以上で車を持っているか借りられる人ってことになる。犯行予定時刻が分かってるならその時間でこのあたりに走ってる車を片っ端から調べれば犯人に当たるんじゃないかな?どうせその時間なら車の数も多くないだろうし・・・。

驚く中村と雨宮

平井:ね?面白くなってきたでしょ?
雨宮:深夜0時?
平井:はい。予告状にはそう書いてありましたね。ほら。

予告状の内容を見て驚いた様子の雨宮
ゴーン・・ゴーン 時計の音がなる

リサ:あら、もうこんな時間
岩井:腹が減りましたね。ここに来る途中の大通りにラーメンの屋台があったな。ラーメン食いてえ。
波越:まだ捜査の途中なんだからだめに決まってるだろ
岩井;なんでだよ。僕は警察でもなんでもないただの一般人だぞ。ラーメンくらい食わせろ。
中村:私が行って買ってきましょうか?
波越:いいよいいよ、甘やかすなこんなやつ
リサ:なにか食べるものがあるかちょっと見てきますね
中村:あ、すいません。お気遣いなく・・・

リサが部屋から出ていく

画廊の奥にある「曇天の花」のそばに行く4人
岩井はこの絵をじっくり観察、表も裏もよく見る、そして画廊の中を歩き回る

平井:これがあの西園寺優作の幻の作品、曇天の花ですか
雨宮:はい、素晴らしいですよね。なぜこの作品を先生は生前発表しなかったのか不思議です
平井:これは最近見つかったとのことですが、発見されたのは雨宮さんですか?
雨宮:そうです。この画廊の奥は先生のアトリエなんですが、画材が仕舞ってあった倉庫の中でこの作品を見つけた時は本当に驚きました
平井:そしてすぐにこのことを発表して業界の話題を集めた、と。幻の作品だったこともあって一気に注目を浴びて価格が上昇しましたね
中村:それでこの絵の価格が5億になってるんですね!
雨宮:十分その価値はあると思っています。リサさんのアイデアで皆さんにこの曇天の花を見て頂く時に生前の先生も思い出せるように先生の使われていた絵の具や筆なども一緒に展示しているんですよ
波越:たかがこんな絵一枚が5億ねえ・・。俺にはさっぱり理解できん。
岩井:まあ絵画ってのはそういうもんだよ。雨宮さん、この本は西園寺優作さんの書かれた自伝ですよね?前に読んだことがあるんですよ。久しぶりに見たなあ。
雨宮:先生のことご存知なんですね
岩井:ええまあ。商売上、いろんな話題を知ってないとやっていけないもんでね。
波越:占い師みたいなこと言うんじゃねえよ!
岩井:占い師だよ!
岩井:それから雨宮さん、僕は以前にもこの画廊にお邪魔したことがあるんですが・・・
雨宮:そうなんですか。ありがとうございます。
岩井:その時と比べると、なんというか画廊の雰囲気が・・・
リサ:寂しくなったでしょ

振り返るとリサが飲み物とお菓子を持って戻ってきていた

岩井:ええまあ、寂しくなったというか、なんというか
リサ:いいんですよ。父が生きていた頃はもっとここは活気がありましたし、従業員の数ももっと多かったですしね。今ではみんな辞めてしまって雨宮さん一人だけ残ってくれています。
リサ:さあみなさんどうぞ、こんなものしかありませんでしたが・・

椅子に座ってコーヒーを飲みお菓子を食べる
しばらくの間、みんなの周りで運動したり変な動きをする波越

岩井:ここの絵は優作さんの作品のレプリカばかりですね
リサ:よく分かりましたね。そうです。元々は本物があったんですけどみんな売れてしまって・・・
雨宮:先生の作品はとても人気で購入されたい方が多いんですよ。画廊なので何も飾らないわけにもいかず、仕方なくレプリカを置いているんです
中村:へー。そうなんですね。素人の私が見るとみんな本物に見えます
平井:でも今やリサさんも人気画家じゃないですか。リサさんの絵をこちらには置かないんですか?
リサ:ここは父の画廊ですから。ここに来られる方はみんな父の絵を楽しみにしているんですよ。生前、ここには自分の作品だけを置くように言っていたと雨宮さんから伺ってますし。
平井:え?そうなんですか?
雨宮:はい。そう仰ってましたね。この曇天の花は久しぶりの新作でもあるのでこうやってみなさんに見て頂けて先生も喜んでいると思います

少し大きな音を立ててカップを下ろすリサ
無言で少しの時間がたつ
腕時計を見て時間を気にする様子の雨宮

平井:雨宮さん、なにかこの後ご予定でもあるんですか?
雨宮:ああ、いや。予定というか、まだ仕事が残っていることを思い出しまして・・。ちょっとの間失礼してもよろしいですか?
リサ:こんな時間までお仕事させてしまって申し訳ないです
雨宮:いえいえ、これが私の仕事ですから

部屋から出ていく雨宮

波越:こんな時間まで仕事をするなんて信じられんな
平井:こんな時間でも運動をかかさない波越さんには言われたくないと思いますよ
波越:うるさい!これは運動ではない!・・・呼吸だ!
中村:ちょっと言っている意味が・・・
岩井:リサさん、本で読んだことがあるんですが優作さんは左利きだったとか?
リサ:ええ。本当によくご存知ですね。
岩井:いや、雨宮さんも左利きだったので思い出しただけです
平井:え?よく分かりましたね
岩井:だってさっきコーヒーを飲む時も左手で取っていたし腕時計も右手に付けてたろ?だから多分左利きなんだろうなーって
中村:・・・本当に占い師の方ですか?
岩井:占い師だよ
波越:全く当たらないけどな
岩井:うるさい!

平井が中村に語りかける

平井:やっぱり岩井さんがいると面白いでしょ
中村:もしかして先輩の相棒って・・・
平井:そう。この岩井さんが波越さんの相棒ですよ。今まで数々の難事件を解決してきた名刑事の本当の姿は刑事と占い師のコンビってわけです。
中村:そうなんですね!噂に聞いていた先輩のイメージとはだいぶかけ離れててちょっとがっかりしちゃいましたけど
平井:まあまあ、波越さんもすごい人には変わりないから。
中村:そうなのかなあ・・

部屋に戻ってくる雨宮

雨宮:こんな時に途中で抜けてしまい申し訳ございません
中村:いえ、大丈夫ですよ。まだ予告時間までは時間がありますから(腕時計を見る)ってもうこんな時間?あと1時間も無いじゃないですか
リサ:本当にこの絵を盗みにやってくるんでしょうか?
波越:まんまと来やがったら俺様が一瞬で逮捕してやる
岩井:どうせいたずらだと思うけどなあ。最近、似たようないたずらが多いんだろ?
中村:そうですね。今までのものはすべていたずらだったようです
岩井:な?どうせ今回もいたずらだよ。もう腹減ったしみんな帰った方がいいんじゃないか?
雨宮:私もいたずらだと思います。こんな時間までみなさんにご迷惑をおかけするのも申し訳ないですし、もう帰っていただいても構いませんよ。
岩井:よし、雨宮さんもこう言っていることだし、帰ろう帰ろう
平井:まあまあ、どうせここまで来たんだし最後までいましょうよ。0時になって誰もこなければそれで解決ですし。そしたらみんなでラーメン食べて帰りましょう。
岩井:えー。そこまで待ったらもう腹減って動けなくなるよ
波越:うるさい!ブツブツ文句言ってないでお前も俺と一緒に呼吸しろっ
岩井:やだよ
中村:我々としてもいたずらであることを見届けたいので、予告時間まではここにいさせてください
雨宮:そうですか?(ため息)わかりました。
岩井:仕方ないなあ。っと、ちょっとお手洗いをお借りしますねー
リサ:お手洗いはそこを出て左に行った所にありますのでお使い下さい
岩井:ありがとうございます。ではでは失礼・・・
波越:ったく、こんな時にトイレなんて緊張感のないやつだな
平井:ああやっていつも冷静でいてくれるのが岩井さんの良いところですよ
リサ:みなさんはとても仲が良いんですね。羨ましいです。私には心を許せる友人は一人もいませんので・・
中村:ではぜひ私とお友達からよろしくお願いしますっ
平井:こらこら、またナンパしてる!
中村:はっ!私はいま一体何を・・・
リサ:ふふ、面白い方ですね
平井:リサさん、画家としてもとても人気があるのにご友人がいないなんて信じられないです
リサ:私にはずっと絵しかありませんでしたから。昔は父に厳しく指導されるたびに絵のことを嫌いになりかけていましたが、今では父との繋がりを感じられるのは絵だけになってしまいました。それなのにこの画廊にはもう父の絵はほとんど残っていない・・・

気まずそうな雨宮
その時部屋が真っ暗に(暗転)

リサ:え?何ですか?
雨宮:停電?
波越:暗いの怖い!暗いの怖い!暗いの怖い!
中村:先輩、おちついて
波越:暗いの怖い!暗いの怖い!暗いの怖い!
平井:大丈夫だから落ち着いて下さい波越さん!

ぱっと部屋の光が戻る
部屋の隅でおびえて丸くなって震える波越

リサ:大丈夫ですか?波越さん?
波越:・・はっ!な、なにを言っているのだ?この俺様が暗闇ごときで怖がるわけがないだろう。あれは敵を油断させるための高度な心理戦なのだ
中村:だめだこの人・・
雨宮:急な停電でもあったんですかね?

部屋に入ってくる岩井

岩井:びびったなー。なんだったんだいまの停電
平井:さすがの岩井さんも今の停電には驚いたみたいですね?
岩井:そりゃいきなり真っ暗になったらびっくりするだろ普通
波越:ふんっ、だらしないやつだ、あの程度の暗闇で取り乱すとは!刑事たるもの常に冷静でいなければならないのだ、お前も俺を見習え!
中村:私はいま猛烈に「お前が言うな」と言いたい!
岩井:僕は刑事じゃなくて占い師なの!
岩井:それより時間は大丈夫?もうそろそろ予告時間になるんじゃないか?
中村:あっ本当ですね。みなさんあと少しで0時になります。怪盗クロトカゲが侵入する可能性もあります。油断しないで下さい!
波越:いつでも来い!俺はこの絵のそばにいて近づくやつを捕まえてやる
中村:じゃあ私はここで外から入ってくる人がいないか警戒しておきます
リサ:私はどうすれば良いでしょうか?
中村:リサさんは危ないので別の部屋にいて頂いても大丈夫ですよ
リサ:いえ、みなさんとご一緒している方が安心するのでここにいさせてください
中村:わっ私と一緒にいる方が安心・・・そんな、そんな急に告白されても私は・・・
平井:こらこら、誰も告白なんてしてないですよ
中村:はっ!・・失礼しました。では危なくないように奥に行っておいてください
雨宮:私は一応絵のそばにいることにします。いざとなったら守らなければなりませんので。
中村:わかりました。よろしくお願いします。
岩井:じゃあ僕は関係ないしここに座ってコーヒーでも飲んでるよ
平井:ちょっと岩井さん、みなさんが警戒してる時にそんなことを!
岩井:だって僕は警察でもなんでもないし、怪盗とやらが来ても戦えないしね。平井さんも同じでしょ。一緒にここで座ってみてようよ
平井:うーん、まあそうですね。お役に立てるとは思えないですし、私もご一緒します
岩井:というわけだ。まあ頑張ってくれ諸君
波越:偉そうに言うんじゃねえよ。いいから俺様の活躍を期待しておけ。
岩井:おー!がんばれー!

チッチッチッチッチッ(時計の音)
ゴーン
0時になった

平井:・・・・なにも起きませんね
岩井:ほらー。言ったとおりじゃん。いたずらだよ。いたずら。
中村:どうやら本当にいたずらだったみたいですね、ほっとしたような、ガッカリしたような
波越:ふん、怪盗クロトカゲとやらも俺様にびびって逃げてしまったようだな!
リサ:良かった。いたずらだったんですね。みなさんが危ない目に合わなくてよかったです
雨宮:ほ、本当ですね。よかった。単なるいたずらだったのか。
岩井:で、これからどうする?やっぱりいたずらで何も起きませんでした、って部長さんに報告して終わりってことで良いのかな?
中村:そうですね。今回の件は元々部長からの依頼でしたし、リサさんに何事もなく終わったと報告したらきっと安心してくれると思います。
波越:俺としてはふざけた怪盗クロトカゲってやつを逮捕してやりたかったけどな!
平井:今回は記事にはできなさそうですね。やっぱりいたずらでした、じゃあ面白くないですから。あ、そうだ。せっかくだしリサさんのインタビュー記事を書かせてもらえませんか?リサさんは新進気鋭の人気画家ですし、今回はこの曇天の花もありますからね。
リサ:私のことなんかで良ければ何でも聞いて下さい。
平井:ありがとうございます!じゃあ今日はもう遅いですし、また明日にでも改めてお伺いしますね。
リサ:わかりました。よろしくお願いします。
岩井:なあ、それより事件も終わったことだしラーメン食べよう!ラーメン!
波越:お前はさっきからラーメンの話ばっかりだな
岩井:だって腹減ってるんだよ。もう僕はラーメン食べるまでここから動けない!動けないからな!
平井:そんなわがまま言わないで下さいよー
中村:じゃあ私が大通りの屋台まで行ってラーメン買ってきますよ。
岩井:お!気が利くねー。じゃあ僕はチャーシュー麺!
波越:おい!俺の後輩を気軽に使い走りにするんじゃねえよ。俺は普通のラーメンな!
中村:はいはい。他のみなさんはどうされますか?
平井:いや、私は大丈夫です
リサ:私も結構です
雨宮:私も食べたくないのでいらないです
中村:じゃあ2人分ですね。急いで行ってきます!
岩井:あー、ちょっと待った中村くん。あそこの屋台のオヤジは気が短いから気をつけないと駄目だぞ。僕が気に入られるコツを教えてあげよう。内緒だけどな。
中村:あ、そうなんですか?ありがとうございます。
波越:そんなもん、内緒にしなくても誰も聞きたくねえよ

中村に耳打ちする岩井、うなずいて出ていく中村

岩井:ラーメン!ラーメン!あー。早く食いたいなー
リサ:そんなにお腹が空いてるんですね
平井:そんなに横でラーメン楽しみにされるとなんか私も食べたくなってきました
岩井:あげないよ!チャーシュー麺は僕だけのものだ!
波越:俺のラーメンも俺だけのものだ!
平井:そんなことわかってますよ

いきなり暗闇になる部屋(暗転)

平井:また停電?
波越:暗いの怖い!暗いの怖い!暗いの怖い!
岩井:おちつけ波越!
波越:暗いの怖い!暗いの怖い!暗いの怖い!
リサ:きゃっ
平井:大丈夫ですか?
雨宮:うわっなんだお前!うわあーー・・・

部屋の明かりが戻る
部屋の隅でまた怯えてうずくまっている波越
曇天の花が消えている
机の上には紙が一枚

平井:え?曇天の花がなくなってる?
リサ:暗くなった時に誰かに押されたような気がします
波越:・・はっ!おのれ怪盗クロトカゲ!暗闇に乗じて絵を盗み出すとは卑怯な!
岩井:あ、なんかここに置いてある
岩井:なになに?「絵は頂いた。私の邪魔をしようとした男も一緒に連れて行く。私を探したりすればこの男の命は無いと思え」だって?
リサ:あ、雨宮さんがいません!
平井:邪魔をした男っていうのは雨宮さんのことなんですね
波越:おのれ!人質を取るとは卑怯な!これじゃあ手が出せないじゃないか!
リサ:雨宮さんは無事なんでしょうか?
岩井:クロトカゲを探さなければ無事ってことなんじゃないかな。そう書いてあるし。
平井:と、とにかくこれからどうすればいいか考えましょう!そうだ!まずは署に連絡して応援を呼んだほうが良いんじゃないですか?
岩井:いや、たぶんその必要はないと思うよ
波越:なんでそんなこと分かるんだ?
岩井:だって、ほら

岩井が指差した先は部屋の入り口
そこから中村が怪しい男を捕まえて入ってくる、その後ろには曇天の花を持った雨宮

平井:中村さん!どうしたんですか?ていうか誰ですかその人?
中村:岩井さん!岩井さんの言った通りでしたよ!
岩井:だろ?
波越:どういうことだ?
中村:さっき岩井さんに言われたんですよ。たぶんもう少ししたら大通り近くの車に大きな荷物を持って慌てて乗り込もうとする奴がいるから捕まえろって。そいつが怪盗クロトカゲだからって。言われた通りに大通り近くを見張っていたら本当にいたんですよ!いやーびっくりしたなあ。
波越:お前、そんなこといつ話してたんだ?
岩井:内緒話をした時にちょっとね
雨宮:そっそうなんですよ。さっき暗くなった時に無理やり連れ出されて絵と一緒に運ばれそうになったんですよ!
謎:お前!
雨宮:ほ、本当に危ないところでした。刑事さんのお陰で助かりました!絵も無事です!

みんなが絵に気を取られた一瞬で謎の男は身を翻し中村を羽交い締めにする。手にはナイフを持っている。

謎:よーしお前ら動くな、動いたらこいつの命は無い
中村:先輩!私のことなんかはいいから構わずこいつを逮捕・・・しないでくださーい。死ぬのは嫌でーす。助けてくださーい。
謎:いいから黙ってろ。よしお前!その絵を持ってこっちに来い、傷つけるなよ。大事な絵だからな。
雨宮:わ、わかりました。

絵を持ちながら謎の男に近づいていく雨宮
みんなの注目が絵に集まった瞬間、おもむろに展示していた絵筆を取り曇天の花に大きな線を書くリサ

謎:おっお前!なんてことしてくれたんだ!

謎の男の注意が一瞬逸れる、その瞬間

岩井:波越!!
波越:おう!

一瞬の隙をついて中村を押しのけ謎の男を投げ飛ばして押さえつける波越

波越:ったくめんどくせえことしやがって。俺様から逃げられると思ったか。逮捕だバカめ。
中村:ありがとうございますー、さすが先輩
平井:やっぱりここ一番は強いですね、波越さんは
岩井:日頃無駄に運動してるだけのことはあるな
波越:運動じゃない!呼吸だ!
波越:さあ、これでもう逃げられないな。

椅子に縛られる謎の男

平井:それより、お父さんの大事な絵を汚してしまって大丈夫だったんですか?リサさん?
リサ:いいんですよ、絵なんかより中村さんの命のほうが大切ですから
中村:わっわっ私の命の方が大切・・・それってつまり愛・・・つまり告白・・
平井:違いますって、毎回めんどくさいなあんたは
雨宮:大丈夫なんかじゃない!なんてことしてくれたんだ!これはいまここにある唯一の西園寺優作の作品なんだぞ!
岩井:そんなことよりそこの男を尋問しなくてもいいのか?刑事さん達?
波越:おい、お前が怪盗クロトカゲてことは分かってるんだ。こんな大胆な真似をして軽い罪ですむと思うなよ
謎:怪盗クロトカゲ?なんだそりゃ?そんなもん知らねえよ。俺は何も知らねえし、何も話さねえからな
中村:少なくとも刑事に向かって暴力を振るったことは間違いないですからね。尋問は署に行ってからじっくりやりましょう。さ、先輩。
波越:おお、そうだな。

岩井:こうして怪盗クロトカゲは警察に捕まり、絵は盗まれませんでした。めでたしめでたし。
岩井:っていうことでいいの?ほんとに?
波越:どういうことだ?
岩井:だってその人怪盗クロトカゲじゃないし。
中村:え?岩井さんが言ってた通りにしたらこの人を逮捕できたじゃないですか。なんで違うんですか?
岩井:え?だって絵を盗んだのはこの人じゃなくて雨宮さんでしょ?
雨宮:え?
中村:え?
岩井:またまたー。みんなも気がついててわざと黙ってたんでしょ?
波越:何を言ってるんだお前は?
平井:岩井さん、いつものように分かりやすくおしえてもらえますか?分かりやすくですよ?
岩井:え?めんどくさいなあ。みんなも分かってるとは思うけどまず最初からおかしいよ。リサさんは雨宮さんに「絵が盗まれそう」とだけ伝えたんだよね?だったらここに到着したらまず絵があるかどうかを真っ先に気にするはず。でも雨宮さんはここに来た時に絵について全然気にしてなかった。まだ絵があるって知ってたからだよ。
平井:いや、でもそれはついうっかり絵のことを言うのを忘れていただけかも
岩井:あと予告状について中村さんが質問したとき、「机の上には何もなかった」って答えてますよね?なんで机の上に予告状があったって知ってるんですか?
雨宮:そ、それはリサさんからそう聞いて・・
岩井:さっきも言いましたけどリサさんは絵が盗まれそう、としかあなたに伝えてないんですよ。そうですよね?リサさん。
リサ:はい。そうです。
岩井:机の上に予告状があるって知ってるのは発見したリサさんとその話を聞いた我々以外には、予告状を置いた本人しかいないでしょ。
岩井:あと決め手はこれ。最後に残した怪盗クロトカゲからの手紙。これはまずいなー。
波越:どういうことだ?
岩井:たぶん雨宮さん焦ったんだろうね。いるはずのない刑事たちがいるしなかなか帰ろうとしない。いたずらだろうって頑張って主張したのにね。
中村:まあ、あの状況だと帰るわけにはいかないですからね
岩井:みんな帰らないしこのままじゃ盗めないから何かするだろうなと思ってたら部屋の電気のブレーカーに仕掛けがされてた。タイマー式で時間になったらライトが消えるようになってたよ。
平井:なんでそんなこと知ってるんですか?
岩井:さっきトイレにいくふりして画廊の中を見回ってみたら見つけたんだよ。どんな細工か分からなかったから試しに動かしてみたらライトが消えちゃってびっくりしたけど
波越:あの停電はお前のせいか!
岩井:そうだよ。すまん。お前が暗い所嫌いなのは知ってたけどな。
波越:くっ暗いところなんか全然怖くないやい!
岩井:で、仕掛けの意味はわかったからもう一回付けておいたんだよ。
中村:なんでですか?そのまま外しちゃえばよかったのに
岩井:どうやって盗み出すのか気になったんだよ。でもちょっとだけタイマーをずらしておいた。0時になっても動作しないようにね。
平井:あ、だから0時になっても何も起きなかったんですね
岩井:いやー、あの時の今日イチ焦った雨宮さんの顔面白かったなー
中村:岩井さん、むちゃくちゃ性格悪いですね・・・
岩井:で、最後はどうするのかなって思ってたら絵を持っていなくなるんだもん。そうくるかーって思ったね
平井:で、なんでこの手紙が決め手になるんですか?
岩井:これ、たぶんここに着いてから慌てて用意したやつだからこの画廊にあるものを使うしか無かったんだろうね。ほら、この手紙、何かの紙に書いて切ってあるでしょ。これを切るのに何を使ったと思う?
平井:ハサミ、ですか?
岩井:そう。ハサミ。さっき話したと思うけど西園寺優作は左利き。この画廊には西園寺優作が使っていたアトリエがそのまま残されている。そこに置いてあるハサミは当然、左利き専用のものってことになる。ここにいる人間で左利きなのは雨宮さん、あなたしかいないんですよ。だから、この手紙を準備できたのはあなただけなんです。ほら、雨宮さんがクロトカゲだってみんな分かるでしょ?
雨宮:ち、ちがう。私は何も知らない。犯人はこいつだ。こいつが絵を盗んだんだ!
波越:はいはい。往生際が悪いな。どうせこいつと裏で繋がってたんだろ。詳しいことは署でゆっくり聞かせてもらう。ほら、こい。
中村:では私達はこの二人を連れて署に移動します。岩井さん、本当にありがとうございました。
雨宮:おいリサ!お前!自分がしたこと分かってるのか!西園寺優作の最後の作品だぞ!5億だぞ5億!
波越:うるさいうるさい!言いたいことは後でじっくり聞いてやる

画廊を出ていく4人

リサ:(小さい声で)バカな男・・・
平井:いやー、まさか雨宮さんが犯人だったなんて。でもみなさん無事で良かったです。
岩井:まあね。いざとなったらあのバカ刑事がなんとかするだろうと思ってたけどね
平井:なんだかんだ言って岩井さんは波越さんのこと信頼してますね。さっきだってお二人の息ピッタリだったじゃないですか。
岩井:ふん
平井:リサさんも驚かれたでしょう?
リサ:ええ。ずっと信頼していた雨宮さんが絵を盗もうとするんなんて・・・
平井:ショックですよね。わかります。中村さんを助けるためとはいえ、大切なお父様の絵を汚してしまったわけですし
岩井:ああ、それは大丈夫だよ
平井:なにが大丈夫なんですか?
岩井:それ、偽物だから
平井:え?
岩井:またまたー。そんなのすぐ分かるでしょ?ほら、この絵、よく見たら分かるけど最近描かれたものだよ。まだ絵の具が完全には固まっていない。それに長い間アトリエでホコリにまみれていたにしては全体的に綺麗すぎる。あと僕は専門家じゃないからはっきりとは言えないけど、たぶんこの絵を描いた人は右利きだと思う。とてもうまく真似てはいるけど左利きの優作さんの線とは違う。まあこれはプロに鑑定してもらえばすぐに分かると思うよ。とまあ色々理由を言ったけど、(絵を裏にする)このキャンバスは何十年も前のものにしては新しすぎるからすぐ偽物って分かるよ
平井:そう・・なんですか?え?でもなんでそんな偽物が?だって曇天の花はつい最近見つかったんですよね?どういうことでしょう?
岩井:そりゃ、描いた人に聞くしかない。ね?リサさん?
平井:え?まさかこの絵を描いたのは・・
岩井:リサさんだよ
リサ:さすがですね?岩井さん(微笑む)
岩井:こんなの誰でもわかりますよ。それより、そろそろ本当のことを話してくれませんか?最初から全部分かってたんですよね?
リサ:やっぱり、部長さんから聞いていた通りの方ですね。岩井さん。
平井:え?最初から分かっていた?どういうことですか?
岩井:要するに、この事件は全部リサさんが計画してたの。まあある意味ではリサさんが怪盗クロトカゲってことになるかな
平井:すいません。全然意味がわかりません。最初からわかりやすく、わかりやすーく説明してもらえますか?
岩井:え?また説明するの?今言った通りだよ。最初から全部リサさんが計画して実行したの。
岩井:リサさん、最初に僕に会ったのも偶然じゃないですよね?
リサ:はい。
岩井:昨日の夜、僕の素晴らしい占いの宣伝を無視した失礼な奴がさっきの暴れてた男。そしてあの男が歩いて行った方向からあなたは来た。あの男の後を付けていたんですか?そして恐らくあの男と雨宮さんが話しているのをあなたは見た。
リサ:そうです。前からあの男と雨宮が会っているのは知っていました。曇天の花を盗み出す計画を立てていたんです。昨日は具体的な時間まで話をしていました。
平井:それが今夜0時だった、というわけですか
リサ:そうです
岩井:それを確認したあなたは僕の所へやってきた。占いを聞いて怒ったふりまでして、僕に色々とヒントを与えたんですね。
リサ:ええ。きっと岩井さんなら気がついてくれると思っていました
平井:え?ヒントってなんですか?
岩井:わざと右手に絵の具を付けたままにして、自分の絵が特集されている雑誌まで持って、僕に自分のことを気づかせた。この偽物が完成したのは昨日だったんですね?
リサ:はい。急いで描いたのであまり良い出来ではないんですけどね
平井:待ってください。そもそもなんでリサさんは岩井さんのことをご存知だったんですか?
岩井:リサさんは以前から波越のことを部長から聞いていた。だったら間違いなく僕のことも聞いているはず。だから今回の事件の参加者として僕を招待したかったのさ
平井:探偵役、として?
リサ:はい
岩井:実に不本意だが、そういうことになる
リサ:私から浪越さんにお願いして岩井さんをお呼びしようと思っていたんですが、途中でご自分で連れてきてくださったのでとても助かりました。逮捕だー!というのは予定外だったので笑ってしまいましたけど
岩井:逮捕される身からすると全くおもしろくはない
平井:あの、リサさんが岩井さんのことを知っていたというのは分かったんですが、なんでリサさんが全部計画したことになるんですか?
岩井:順番が逆なんだよ。リサさんは今日の昼過ぎに予告状を見て部長さんに相談したんだよね?でもリサさんが僕に会いに来たのは昨日の夜だ。つまり昨日の夜の時点で予告状があることを知っていて、今日の事件に僕を巻き込むために会いに来たってことになる
平井:ああ、たしかに順番が逆だ
岩井:それに雨宮さんに対してわざと少ない情報だけを伝えた。「絵が盗まれるかもしれない」ってね。雨宮さんがこのトラップに引っかかることを予想してたんだよ
平井:そしてそれに岩井さんが気がつくことも予想してたんですね
岩井:手の平で踊らされてる気分だよ
岩井:それから雨宮さん、今夜0時って予告状に書いてあるのにすごく驚いてたよね。たぶん雨宮さんが準備した予告状には「今夜 「曇天の花」を盗みます」としか書いてなかったんだと思う。リサさん、雨宮さんの予告状に書き足しましたね?
リサ:はい。いつ実行するのかは知っていましたので。
岩井:あと怪盗クロトカゲっていうのもリサさんが付け足したものだ。昨日僕があなたに怪盗クロトカゲのことを話したからですね?こんな名前知ってるのは僕と浪越と平井さんくらい。これも僕へのヒントだったってわけだ
リサ:そうですね。
岩井:ついでに言えば雨宮さんに予告状を出すように仕向けたのもリサさんだと思う。絵を盗む方法なんて他にいくらでもあったはずなのにね。リサさん、雨宮さんに最近色々な所で予告状のいたずらが起きてるって話したでしょう?
平井:雨宮さんを罠にはめた、ていうわけですね。でもよくこのタイミングでそんな珍しいいたずらが多発しましたね?
岩井:予告状を送るなんていたずらが偶然何度も起きたりするかな?僕はこれまでに起きた予告状のいたずらも全部リサさんがやったと思ってるけど、まあそれは今となってはどうでもいいことだね
平井:そこまで全部準備をしてまで雨宮さんを逮捕させたかったんですか?リサさん?
リサ:・・あの男だけは絶対に許せなかったんです。このすっかり変わってしまった父の画廊、これはすべて雨宮のせいなんです。この画廊は元々、父の絵をみなさんに楽しんでもらうための場所だったんです。父は自分の作品の中で気に入ったものだけをここに置いて決して売ったりはしなかった。私もこの画廊にある父の絵が大好きでした。でも雨宮は父が亡くなってから好き勝手に売ってしまって、もう一枚も父の大切な絵が残っていないんです。それに・・
岩井:金の横領・・・ですね?
リサ:はい。さっきの男は雨宮と組んで父の絵を高額で売ったディーラーなんです。絵を売ったお金は二人で山分け。雨宮は画廊のスタッフも全員解雇してしまいました。
岩井:箱根の別荘も自慢げにつけてた高級時計も、全部そうやって横領した金のおかげだったわけだ
リサ:父の大切な絵を売って、父の大切な場所を駄目にして、その上せっかく見つかった父の最後の作品まで盗もうとするなんて、どうしても許せませんでした。でも、ほんと馬鹿な男ですよね。最後までこの絵が偽物だって気が付かないなんて。でも一番バカなのは、あんな男を信用してしまった私自身なんですけど
平井:雨宮さんとあのディーラーの横領についてはこれから警察で調べれば全部明らかになると思いますよ。売られてしまった絵を取り戻すことは難しいかもしれないですが、この場所を最後に守れたことを喜びましょう
岩井:まあ、やり方はあまり褒められたものじゃないけどね。リサさん、怪盗クロトカゲになってみた気分はどうですか?
リサ:うふふ、悪くはないですね。怪盗クロトカゲ。今回は私の予想通り岩井さんには全部見抜かれてしまいましたけど、次はまた別の機会に岩井さんに挑戦したいと思います。
岩井:何度も言ってますが僕はただの占い師ですよ・・・まあでも人が死んだり傷ついたりしない勝負であればお付き合いしますよ。
平井:おっ!名探偵対怪盗クロトカゲの勝負再び!ですね!ぜひその時は私にご連絡を。

平井:おっともうこんな時間だ。私は今から社に戻って今回の一件を記事にします。西園寺優作の作品を巡る横領事件。腕がなるぜー。
リサ:楽しみにしてます。じゃあ私はこの食器を片付けてしまいますね。
岩井:僕はもう少しここにいてもいいですか?
リサ:はい。好きなだけいてください。名探偵さん。

食器を持って部屋を出ていくリサ
荷物を持ち、部屋を出ていこうとする平井、おもむろに立ち止まり岩井の方を振り向く

平井:岩井さん!
岩井:なんだよ急に。
平井:実はずっと考えていたことがあるんです。いつか記者を辞めて小説家になろうって。ただ、自分に面白い話が書けるか不安でなかなか思いきれずにいました。でも今回の岩井さんと波越さんの活躍をみて決心しました!今回の記事を最後に、私は小説家になります!いいですか?
岩井:いいですかってなんだよ。平井さんがやりたいならやればいいじゃん。応援するよ。
平井:いいんですね?岩井さんをモデルに名探偵が活躍する推理小説を書いても!
岩井:は?何言ってるんだ。僕は占い師であって探偵なんかじゃない。勝手にモデルにされても困る。
平井:いいえ!岩井さんの活躍は小説になるべきなんです。実はもう主人公の名前も決めてあるんですよ。明智っていう名前の名探偵なんですけどね。
岩井:僕がモデルっていうのは承知しかねるが、まあ平井さんが書きたいように書いたらいいよ
平井:ありがとうございます。ついでにもう一つお願いしても良いですか?小説家としてのペンネームを付けたいんですけど良いのが思いつかないんですよ。何か良いアイデアありませんか?
岩井:なんでそんなことまで僕が考えなきゃいけないんだ。うーん、じゃあ平井さんの好きな作家の名前をもじってペンネームにするってのはどうだろう?
平井:おお。それ良いですね。いただきます。うーん、好きな作家、好きな作家・・。やっぱりエドガー・アラン・ポーあたりかなあ。エドガー、エドガー、江戸川・・・。まあいいや。じっくり考えて決めます。では、社に戻ります!また連絡しますね!

部屋を出ていく平井
偽物の曇天の花をじっくり見る岩井、体を捻ったりしながら眺める
西園寺優作の本を手に取りパラパラとめくる
そこに本物の曇天の花を持って入ってくるリサ

岩井:それが本物の曇天の花ですか
リサ:そうです
岩井:リサさんはこの絵があることを見つかるまで知らなかったんですか?
リサ:はい。父からもこの絵を見せてもらったことはありませんでした。
岩井:この絵は優作さんにとって誰にも見せたくない絵だったのかもしれないですね
リサ:そうなんでしょうか。ただ、この絵は父の他の絵とは違った感じがするんですよ
岩井:リサさん、この本はお読みになったことはありますか?

西園寺優作の本を見せる

リサ:いいえ。父の内面を見せられているようでなんだか気恥ずかしくて読んでないんです
岩井:そうなんですか。とても良い本ですよ。
岩井:この本の最後にこんな記載があります。「僕はこれまで沢山の作品を描いてきたけど一つだけ宝物があるんだ。まだ幼かった娘と動物園に行った時の思い出を娘と一緒に描いた絵。僕の最高傑作は何かと聞かれれば迷わずその絵と答えるよ。誰にも見せないけどね」
岩井:このことを覚えていますか?リサさん
リサ:い・・いいえ、そんな小さい頃のことは覚えていません。でも父がそんなことを思っていたんですね。とても嬉しいです。
岩井:実は僕は最初からおかしいと思っていたことがあるんですよ
リサ:なんですか?
岩井:この曇天の花、本当に花を描いたものなんでしょうか?
リサ:どういうことですか?
岩井:こういうことですよ

絵を上下ひっくり返す岩井

リサ:これは・・・ゾウ?
岩井:そう見えますよね。それにこの葉っぱだと思っていた部分は麦わら帽子のツバにも見えます。そしてこの黒い空だと思っていたものは・・・
リサ:父の頭・・・ですか
岩井:そうです。この絵は優作さんに肩車をされてゾウを見ているリサさんの目線で描いた絵なんじゃないですか?
リサ:じゃあこの絵は・・・
岩井:はい。これが優作さんにとっての宝物、リサさんとの大切な思い出の絵なんですよ
リサ:お父さん・・・
岩井:優作さんの宝物を守ることができて本当に良かったですね
岩井:あと、この画廊には自分の作品しか置きたくないって言ってたの、あれ雨宮さんの嘘だと思いますよ。これだけリサさんとの思い出を大切にしていた人なんですから、きっとリサさんの作品でこの画廊をまた盛り上げて欲しいと思っているはずです
リサ:そうですね。ここをまた父がいた頃のような楽しい場所にできるように私も頑張って良い作品を作ります
岩井:この絵はどうされますか?優作さんは誰にも見せたくなかったようですけど
リサ:父には申し訳ないですけど、もう話題になってしまってますしここに飾ろうと思います。ちゃんと正しい向きで。
岩井:それはいいですね。僕もまた見に来られます。
岩井:絵を飾る時は、ぜひリサさんの描いたこっちの絵も並べて飾ってくださいね
リサ:え?なんでですか?
岩井:この絵だってリサさんの立派な作品ですよ。ちょっと汚れちゃってますけどね。それにゾウだって一頭だけだと寂しいですよ。最初に会った時に僕が言ったこと、覚えてますか?
リサ:なんですか?
岩井:あなたの悩みはペットのゾウの結婚相手をどうするかって占ったでしょ?僕の占いはたまに当たるんですよ。そうですね、2枚の絵の題名は「思い出の結婚相手」なんてどうですか?
リサ:・・・岩井さん、本当にありがとうございました。あなたは私の予想以上の人でした。今回は完敗です。次はもっと良い勝負ができるようにがんばりますね。あなたのライバル、怪盗クロトカゲとして。
岩井:いつでも受けて立ちますよ。・・・でもその前に!昨日の占い代金、1000円払ってください!
リサ:あっ!すいません。今すぐとってきますね!!

慌てて部屋の外へ出ていくリサ

(暗転)
(メタ平井にスポット)

上手から走って出てきて真ん中で観客に向かって話しかけるメタ平井

メタ平井:こうして岩井、浪越の活躍によって怪盗クロトカゲ最初の事件は人知れず解決した。怪盗からの謎の予告状のイタズラもその後パッタリと収まったという。それから⻄園寺画廊は新たに 飾られた「思い出の結婚相手」とリサの作品によってまたかつての賑わいを取り戻した。 岩井と怪盗クロトカゲはその後ライバルとして何度も相まみえ、その度に世間を騒がせたのだが、それはまた別のお話・・・。

メタ平井:・・・あ、僕ですか?おかげさまで毎日忙しくしてます。今日もこれから新作のための取材に・・・あっ!もうこんな時間だ!岩井さんも浪越さんも待たせると怖いんだよなー。こうしちゃいられない。じゃあみなさん、またどこかで!!

下手に慌てて走っていくメタ平井

終劇

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