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鴨川でピクニックがしたくて、京都

2023年地味に毎月更新してきたので駆け込みで10月分を端的に。10月は初旬に、数年ぶりに京都へ行ってきた。大阪、というよりあの土地はもう兵庫なのかな? 兵庫にも行ってきた、兵庫はカフェでお茶会だったのでそれ以外には何もしていないのだけど。休日の大阪・新大阪は激混みするということを学んだ。

京都の一番の目的は鴨川の河川敷でピクニックをすること。私は自他共に認める晴れ女オブ晴れ女なのだけど京都だけは毎回必ず雨が降るので心配していたものの、なんとか無事晴れて、鴨川の河川敷でピクニックをした。最高すぎた。本当に最高だった。このためだけに京都へ越してきたいと思った。

いつも通り安井金比羅宮や八坂神社、下鴨神社へ行ったり、鞍馬・貴船の山登りでひーひー言ったり、隠れ家っぽいティールームで美味しいお茶をいただいたり、どれも楽しかったけれど、とにかくこの鴨川でのピクニックと、毎朝銭湯へ行ってその帰りに河川敷を歩く、その時間がとてもよくて、それが一番の思い出になった。朝、少しずつ街が目覚め始める中、まばらに歩く人、さんざめく水面、イヤホンから聞こえるsuisちゃんの声。ヨルシカは夏よりも冬がいいと思っているけれど、夜よりも朝がいいね、何度も何度も心の中でそんな気持ちを噛みしめながら、欄干にもたれて鴨川を眺めた。

私の街にも大きな河があり、河川敷はきれいに整備されて市民の憩いの場になっている。旅行前「鴨川ピクニックしに行く」と話すたび「市内の河川敷じゃだめなの?」と笑われたものだが、私の街の河はもう河口なのですぐそこに海を臨んでいて、やっぱり鴨川とは違う。私の街の河は、海を臨みながらいつだってどこへでも行けるような気がするしいつまでもどこにも行けないような気もするのに、鴨川は、ただ、いまここだった。いまここに私がいる。毎日忙しくて、でも楽しくもないし何がしたいのかもわからずただ日々に押し流されて、なんかもうだめだな、だめだ、唸り声を上げながらしゃがみ込んでいた気持ちが静かに解けていく。鴨川はたぶん、整理し、思索をするのにすごく向いているのだ。ここが好きだと思った。以前に京都へ来たときと同じように、安井金比羅宮から下鴨神社まで4km少しをひたすら歩きながら、ここを歩いたことが私は本当に忘れ難かったのだと思った。

今日、生きてるような
そんな感覚があった
妄想でもいいんだ
君が居てくれたらいいや

ヨルシカ/歩く

今日生きてるようなそんな感覚があった。そんな感覚がありました。京都に行ってよかった。ずっと泊まりたかった宿も大満足でした。


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