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さようなら、夏


朝、noteにログインしたら「noteを始めて2周年記念」というポップアップが出た。日付は8月31日。わかりやすい、夏の終わり。

noteの初投稿は、2年前の「8月31日の夜に」だったのだとおぼろげに思い出した。下書きの奥底に埋めてしまった最初の記事は、8月31日の夜だけがつらいわけじゃない、この日が過ぎたらどうせ忘れるんだろ、見えているのに見ないことにするんだろ、そうして、勝手にきれいに悲しみを均したつもりになって、また来年の8月31日の夜だけ同情するんだろ、ふざけんな、ふざけるな! いつかの私の悲鳴を、抑えきれない怒りとともに書き殴ったものだった(精一杯、汚い言葉使いを直して書いたけど)。私は、やさしい気持ちでnoteを始めたわけじゃなかった。優しくなりたいとか強くなりたいとか、noteの2年どころか、あのころから20年、足掻いてもがいては、いつも終いにはまわりと同じようにはなるどころか堪えきれず爆発して、その、どうしようもない願いを抱くたびに私のどうしようもなさに死にたくなった。

夏は、永遠にならない。

夏はいつか終わる。終わりが来ることに、怒りと徒労を覚えながらも、安心する。夏の境界を跨いだら、私は今年の夏を去る。そうしたらもう、同じところには戻らない。かわいそうにとささやいて泣いた先生の顔をいまでも殴りつけたい衝動を、人目のあるところだけ私に笑顔を見せていた彼女たちへの激情を、なにを言っても助けてくれなかった両親への叫びを、なにより、傷ついたぶんだけ同じように他者を蹂躙してきた私自身への憎悪を、ゆえの重く引きずった希死念慮を、夏がめぐるたびに遠ざける。打ち寄せた波がさらうみたいに。8月31日を都合よく身勝手に眺めているのは、本当はいつだって、一番には私なのだと思う。


逆行して8月29日、「夏に永遠はないから永遠をさがしちゃうよね」と、推しの新曲を聴きながら呟いた。歌詞の一部にそういう表現があった。大学院生のとき、フランス文学の課題で、ハイネ「逝く夏」を題材に「テクストと音の永続性」についてレポートを書いたことを思い出す。夏に永遠はない、永遠が生まれない夏だから好きだという思いを抱く一方、私は、ハイネの詩の永続性を論じたのだった。ハイネは逝く夏だと言っているのにもかかわらず。この詩は結局、恋の別れを想い出すたびまたここに帰ってくるのだと。

お前と別れるさだめだった。
まもなくお前の死ぬことが判っていた。
私は、去りゆく夏であり、
お前は枯れゆく森だった。

ハインリヒ・ハイネ「逝く夏」

毎年、夏の終わりにハイネを諳んじるたび、そもそもフランス文学の課題でドイツロマン主義の詩を論じたことの自らの不明ぶりに呆れてしまう。私はただ単にハインリヒ・ハイネという人の詩が好きで、ハイネが、授業で取り上げられていたネルヴァルの友人であったことから、課題は無理矢理に託けたのだった気がする。評価を求めるのなら、大人しくボードレールにでもしておけばよかったのだ。

テクストと音の永続性。ジェラール・ド・ネルヴァルというフランスのロマン主義詩人の作品には出口がない、ネルヴァルに限らずロマン主義の詩には出口がない、テクストを超えて詩には無意識下で生成される声がある、という授業だったと記憶している。いや、どうだろう、誤解しているのかもしれない。印象的な授業の一つだったけれど、よくよく適当な紙の裏に授業内容を記述するくせがあった私なので、自分が提出したレポート以外にまともに残っている資料がなく、真偽のほどは確かめようがない。ただ、ある類いの詩には出口がない、そして私はハイネの詩に出口のなさを見出し、いまもそう思っているのだった。ハイネは逝く夏だと言っているのにもかかわらず。

夏に永遠はないから、私は永遠をさがしてしまう。


波打ち際で、あのころの痛みが薄れるのを眺めている。小さく波頭が砕けるたびに、また一つ遠ざかった、と思う。波がさらう。夏になると打ち寄せる波が、あの日の私をさらってゆく。夏が逝く。夏が逝くのだ、逝ってしまうのだ、私の悲鳴をどこか遠くへと、手の届かないところへ連れてゆく。夏が終わる。終わりが来ることに、怒りと徒労を覚え、安堵し、次いで襲ってくるのがいつも悲しみだという事実は、私という人間のどうしようもなさを露呈している。だから、8月31日を都合よく身勝手に眺めているのは、本当はいつだって、一番には私なのだと思う。

痛いままでいさせてほしい。痛いままでいさせてほしい、どうか痛いままでいさせてほしい! 愚かな私はすぐに人の感情に鈍くなってしまうから、夏よ、どうか私の悲鳴を連れていかないで!


あと数時間で、今年も、8月が終わる。暑さは惨く残ったまま、だけど8月は終わる。仕事も、部屋も、心もなにも片づかないまま、夏が、私が、今年も去ってゆく。


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