おとぎ話のような本当の話
山の奥にあった、ある国の話。
その国では、金や銀、ありとあらゆる鉱物がどこにても「咲いていた」。国民は道端に生えている花たちのように鉱物たちを愛でていたし、大事に育てていた。
人間の国では、この鉱物たちが高値をつけるらしいと一部のものたちは知っていた。特に金(GOLD)
ある日、国王が病に伏せた。
国の精鋭たちが集められて、あるミッションを持ち人間の国へ旅立った。
私の役目は、人間の娘の血を運ぶことだった。
最初は、娘たちに金を渡して、娘たちを国へ連れていった。娘たちがその後どうなったかは知らない。
私は誰よりも、国王の元へ娘たちを運んだ。
娘たちを、人間を愚かだと思って蔑んでいた。
こんなどこにでも「生えている」金や鉱物を人間たちは宝石や対価だと言って喜んでいる。
人間は、どこにでも「ある」物質のために、必死になって働き死んでいく生き物なのか。
ある日、私は王宮へ呼ばれた。
そこで神官から言われたことは「生娘の血を運んでくるように」との司令だった。
しかし、娘が生娘(処女)である時間は限られている。
絶対数が少ないのだ。
私は考えた。
生娘の血を私が吸って、生娘を殺さない。彼女たちが生娘でいる間、継続的に金を渡して契約すればいい。
私が生娘の血を吸って、私の血を王が吸えばよい。
生娘に男が出来たら契約は終了だ。
計画は成功した。
しかし、生娘たちもまた欲深い生き物だった。男ができても血と金を交換しようと偽りの報告をしてくる者もいた。
私を誰だと思っているのだと思った。一族では右に出る者がいないほどの嗅覚の持ち主なのだ。
人間は愚かな生き物だと思った。そこまでして、「生えている」金や銀が欲しいのか。
人間は愚かな生き物だ。
ある日、また呼ばれて王宮へ行った。
神官は淡々と、こう言った
「幼子の血を運びなさい」
とうとうか、と思った。いくら血を運んでも、王の病状は良くならない。もっと若くて、もっとピュアな血が必要なのだ。
私は、王に育てられて生きてきた。精鋭部隊の皆がそうだ。王は孤児の私たちに優しく時に厳しく接してくれた。皆が王に愛されていると実感していたし、満たされていた。
だから、王に逆らうことなど考えもつかないのだ。
でも、神官に指令を告げられたとき、胸の奥が痛かった。
これは王の意向なのだろうか?私が知っている心優しく気高い王が望んでいることなのだろうか?
疑問が頭をよぎったが、私は王の子なのだ、と強く思いながら人間の国へ羽を向けた。
人間の国は貧しく見えた。着ているものも、家もみすぼらしかった。だから、こそ、金や銀が欲しいのだろう。お前たちの国に生えている、花や野草と同じものなのに。
道端で泣いていた子供に声をかけた。
母親が病気だが治療費がなくどうしたらよいかわからないらしい。父親は?と尋ねたら、女を作って出て行ったと。
「おまえは、金が欲しいか?」片手に山ほどの金を見せると、ビックリして目玉が飛び出るぐらい見開いた後に「欲しい!」と叫んだ。
交換条件はこうだ、おまえが望むだけ金を与えよう。その代わり、おまえの血をよこせ。
子供は数秒黙ったあと、「先に金を貰っていいか?」と聞いてきた。しかしその手には乗らない。今までそうやって逃げようとした人間は数えきれない程いるのだ。
「だめだ」
私の目を見た子供は、「わかったから、お医者さんへの支払いと、お母さんに食べ物を届けてくれる?」と尋ねてきた。
私には意味がわからなかった。
今まで私が出逢った女たちは、皆、自分のために金や財宝を求めた。私利私欲のために自らの血を売ったのだ。
「お前は、お前自身でこの金を使おうとはおもわないのか?」
少年は言った。
「僕はまだ子供だし、金も財宝もいらないよ。」
「お金はお母さんの病気を治すために使いたいんだ」
返す言葉が無かった。
「おい、この辺りで一番腕のいい医者のところへ連れて行け」
なぜそのように言葉が出たのかは分からない。
少年は駆け足で、医者が住む家まで私を連れて行った。
医師は、最初鼻でせせらわらい、私の要求を断って来たが、金と宝石をみせると態度を変えた。
「これが半年分だ、3ヶ月で治したら、また半年分を報酬として払う」
医師は「やりますとも!」と声を荒げた。
凄腕の医師でこれだ。人間は愚かだ。
少年は医師の家を出ると、着ていたボロ布を外し、首を出した。
「約束だよ。また半年分払ってね。」
私は初めてとまどった。
身体が固まったかのように動かなくなって、何もできなかった。
「おい、3ヶ月、誰が母親のめんどうをみるんだ、おまえがいないと母親は治らんだろう。」
それが精一杯ひねり出した言葉だった。
少年と市場へ行き食料を買って、少年に金を握らせて、「いいか、絶対に大人に金を見せるなよ、母親にもだ。いいか、わかったな。」そう言って母親の元へ送り届けた。
その日は国へ帰れなかった。
人間の国と、我が国との境にある森にある一番高い木のてっぺんに腰掛け、夜通し人間の国を見つめた。
朝になったら王宮へ行こう。
すべてを話す。
任務を果たせなかったことが何より辛かった。
王を裏切っているようで情けなかった。
私はどうしたのだろう。
元はと言えば、人間たちの勝手な都合で都市化が進み、森が破壊され、私たちが住んでいる国の空気と水が汚れて、王が病になったのだ。
森を削り、動物たちは住む場所を追われた。
王はどんな動物にも優しく、愛深い心で国に迎えた。
誰にでも分け隔てない愛の持ち主。
私は、強きものが弱きものを喰らう食物連鎖について罪悪感などなかった。
それが自然の摂理だからだ。
私たちは強き誇り高き強い種族だ。
人間は卑しい弱い生き物だ。
でも、いまは苦しい。
自分が、使命に抗っていることが苦しくてしかたない。
朝焼けを浴びながら、人間の国を背にして王宮へ向かった。
打ち首を覚悟した。
打ち首ならましか。
拷問でもしかたないと思った。
神官や大臣たちは烈火の如く罵声を浴びせて来た。
本音を言ったら、じゃあお前たちがやれよ。だった。
無理だろう。
わたしにしかできないことはわかっていた。
お前たちには、私の嗅覚がない。
どの血が王に合うのかが嗅ぎ分けられない。
この才能は王に鍛えられたのだ。
ひとつひとつの花の香りも、朝露の香りも、風の香りも、自然に存在するすべての香りを嗅ぎ分ける力は、王から教わり鍛えられた嗅覚だ。
だいたい人間は臭い。
欲望は腐った臭いがする。
欲望にまみれた血は苦くてまずい。
あの少年の血はとびきり上質だったに違いない。
ひょっとしたら、少年の血で王の病は治ったかもしれない。
そんなことを思いながら、回想にふけっていると
王座の奥から王の声が響いてきた。
「もう、よい。もうよいのだ。」
神官も大臣も黙ってしまった。
そしてひと言こう言った。
「いいか、もうよいのだ。好きに旅立ちなさい。」
王はそれきり黙ってしまった。
王の姿をみたのはそれが最後だった。
遠く人間の国では、どうやら吸血鬼一族の王が死んだらしいと噂になっていた。
これで、人拐いがいなくなると人間たちは安堵しているようだった。
人間は愚かな生き物だ。
目の前のできごとにしか目を向けず、そのできごとがなぜ発生したのか?については気にも留めない。
私も愚かな生き物だ。
あんなに、王に愛されたのに、見殺しにした。
愚かな私は、愚かさを享受して生きていかなくてはならない。
私は街の外れの森の入り口で小屋を建てて暮らした。
誰とも合わず、空も飛ばず、動物や植物たちと話すのもやめた。
ある日、空が一瞬光ったと思ったら大雨が降ってきた。
小屋に入って暖をとっていると、扉が開いて懐かしい顔が入ってきた。
そこにいた顔は懐かしい我が種族の耳をした弟分だった。
「別に、人間の血を吸いにきたわけじゃないよ」
半笑いしながら、
「ちょっと羽を乾かさせてよ」
と暖炉の前に座った。
国のことを聞くつもりはなかった。
そして、聞けなかった。
「なあ、覚えてる?王宮から森へ続く道に、たくさんの『希望の樹』が育っていたこと。」
王は希望の樹をそれは大切に育てていた。こんなにたくさん苗を植えなくとも、というぐらいに無数の希望の樹を自ら育てていた。
「希望の樹さ、あれ国民に配るためだったらしいよ。」
一瞬、キュッと喉の奥が締まった。
「王は知っていたんだよ、自分が死んでしまうこと。国が続かないこと。だから、せめて僕らがどうにか生きていけるように一本一本、希望の樹を育てていたんだとさ、やるよな爺さん。」
そう言って、持っていた布袋から希望の樹の小さな苗を出した。
「はい、これ、兄さんの分」
「もとの木は大木になっていたから、根本から生えていた小さい苗だよ。」
王は生命が誕生すると、それが私たち種族であろうと、森を追われて逃げてきた動物でろうと、関わらず、赤子の数だけ希望の樹の苗を植えた。
「爺さん、こっそり俺を呼んでさ、兄さんの樹の根本から苗木を掘って、兄さんに届けろって言うんだよ。希望の樹を盗むなんて、さすがの俺でも無理だろ?だから、いくら王からの命でも無理ですって断ったんだよ。そしたらさ、爺さんなんて言ったと思う?「逃げるのは得意であろう。逃げればよい。」だよ?ふざけてるよ。」
希望の樹は希望そのものだ。
国の宝であり、私たちの命の源だった。
「でさ、しょうがないから、爺さんに言われたとおりに兄さんの大木の下にある小さな苗を掘ってさ、逃げてきたってわけ。」
おまえの苗は?
「もちろん、俺のもあるよ。これは爺さんには言われてないけど、もう国には戻れないんだから、俺の分をもらってもいいよな?」
ふたりで顔を見合わせて大笑いした。
久しぶりに笑った。
「爺さんさ、兄さんに申し訳ないことをしたかもしれないって言ってたよ。でも、それも含めて宿命だからしかたのないことだなって。だからよかったって。兄さんが国を出たことがよかったって言ってたよ。あいつはここに長くいなくてよいってさ。」
「俺はさ、爺さんにお前は海へ行けって言われたからこれから海へ行って、海辺に苗を植えるよ。じゃあいくよ。」
お前、海辺の街じゃ羽をしまって生活しろよ。と言ったら、「あたりまえだろ!」と相変わらず生意気な返事だった。
弟分が羽ばたいた後、尾っぽのように綺麗な虹が出ていた。
小屋の裏に希望の樹を植えた。
希望は光だ。
希望は生きる力だ。
王は、国民や生命が誕生するたびに希望の樹を植えた。いつか、国民や動物たちが自分の希望の樹の苗を持って、自主自立自尊の道を歩む、その日のために。
「愛か。」
そう、口から言葉が出た。
涙が止まらなかった。
希望の樹を育てよう、苗を増やして森に植えよう。そうして、また森が元気になるその日まで苗を育てて植え続けよう。
まだ、私にはやることがある。
私でなければやれないことがある。
王は、ここまで見通していたのだろうか。
もう、そんなことはどっちでもよかった。
ただやるだけだ。
私たちは生まれていつか死ぬ。
必ず死ぬ。
死ぬその日までしか生きられない。
死ぬその日までしか生きている時間はない。
とんち問答みたいだな、と思ったら笑いが込み上げてきた。
植えた希望の樹と森の香りを嗅いで、森と共に生きるのもわるくないな、とそんな風に思った。
希望の樹に、希望の実がなる頃
新しい希望の光がこの大地に降り注ぐ。
その日はそんなに遠くない。
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