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#9 もうこれだけでいいような気がした

 2月の三連休の中日。雨が降ったりやんだりという日が何日か続いていたが、この日は久々に青空が広がった。こういう日に外へ出ないのは何だかもったいないような気がするので、散歩へ。

 街には多くの人が歩いていて、近所のカフェにも列が出来ていたりした。のどかな雰囲気にこちらの気持ちも穏やかになる。

 僕は燃え殻さんの「BEFORE DAWN」というラジオ番組をradikoで聴きながら代々木公園を目指す。この番組はいつも番組の冒頭で燃え殻さんがエッセイを朗読するのだが、今回の内容がぶっ刺さってしまい、油断したら泣いてしまいそうだった。

 が、もちろん油断はしない。堪えた。三十半ばの男が歩きながら泣いていたら、周りに不安感を与えてしまう。こんなにも穏やかな土曜日の雰囲気を壊すのは絶対にしてはいけない。

 ここまで、まだ家を出てから十数分しか経っていないが、何かを一つやり遂げた気分で代々木公園に到着。とても清々しい気分だ。

 そう思ったのも束の間、代々木公園を見回してみれば、多くの人が思い思いに楽しんでいて、みんながとても良い、柔らかい表情を浮かべている。それを見たら、また泣きそうになってしまった。もう自分でもどうかしていると思う。とにかく、多くの人が愛犬と戯れているドッグランの前で泣くわけにはいかない。上を見上げる。青空がどこまでも続いていて、すごく綺麗だ。

 二度の落涙の危機を脱し、ゆるゆると公園内を一周する。

 なんでこんなにも込み上げてしまったかと言えば、コロナが蔓延した時、オレンジの網のようなものが至るところに張られ(「大豆田とわ子と三人の元夫」というドラマの第1話冒頭で確認できる)、ほとんどの場所が立ち入り禁止となり、人がほとんどいなかった時のことがフラッシュバックしたからだ。あの頃は、広い公園に人がぽつん、ぽつんと数えるほどしかおらず、これはいつまで続くのかと、不安とやるせなさとが入り混じったような気持ちを抱いていた。

 それが、あの頃とは比べようがないくらい大勢の人が来て、そのほとんどの人がそれぞれ楽器を演奏したり、シャボン玉を吹いたり、恋人同士でバドミントンをしたり、クレープ屋に並んだりと、とても楽しそうで、もうこの風景を見られたらそれだけで大満足というか、お金では買えないようなとても豊かな時間を過ごせた気になった。

 さらにダメ押しで、とても綺麗に咲いた梅まで見ることができた。なんだか出来過ぎだ。

 それから、奥渋にある気に入っている本屋に立ち寄ったが、ここも人がいっぱいだった。まぁ、自分は近所だからいつでも来られるし、皆さんどうぞ楽しんでと僕はすぐに店を後にした。

 と、帰り道に満たされた気分になっていたが、思い返してみれば、去年もまったく同じようなことを思っていたような気もする。

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