いびつな愛情 第4章 ~夫の繊細さにある文脈を読む~
私は夫の繊細なところが大好きでした。彼の繊細さには一貫性がありました。傷付きやすいガラスのハートだから、常にビクビクと周囲に気を配り、空気を過剰に読んでいました。だからいつも神経をとがらせているようで、休まらないように見えました。そんなナーバスな彼を見て、「空気なんて読まなくても良いのに、読んでも当たらないのに……」と、私はしばしば思っていました。相手の気持ちを察していると思っていることが、私にとっては傲慢でおこがましく、大きな勘違いだと感じていました。しかし夫は逆で、想像し合う美しい世界を夢見ていたように思います。
そんな彼はいつも相手の気持ちを読めていると思い込んでいました。私の気持ちも読めていると思っていたのでしょうか。正直、私に対してそこまで興味がなかったように感じますので、私の気持ちを汲んでいたとは思いませんが、「汲もうと思えばいつでも自分にはそれができる、やる気になったら俺はできる!」そんな風に思っていたのではないでしょうか。決して彼を揶揄したいだけではなくて(揶揄したい気持ちも半分はありますが)、その勘違いこそが彼の魅力でもあったと思っています。
他人の心に土足で介入することを極度に恐れ、嫌がる人でした。
図々しい――。そう、他人の心に入ってくるような人を、彼はどこかで図々しいと軽蔑していました。人には知られたくない部分があり、そこに踏み込まないことをマナーだとするような、そんな品のある価値観を持っていました。
私がどんなに本心を打ち明けても、彼は決して応えてくれませんでした。私はただセックスしてほしかったのです。それができないなら、触れ合いたかったのです。でも、彼にはそれがわからなかったのかも知れません。いつも無表情で、お人形のようでした。
どんなに言葉で伝えても、彼は汲むものだと思っているから、きっと、言葉が通じなかったのです。同じ言語圏だとは思えないほど、ここぞという時に、悲しいできごとがあったような時ほど特に、言葉の意味や感情の行間を、うまく共有できない人でした。
だから私から見ると、彼はいつも自分の殻に閉じこもっていました。決して心を開示してくれない夫。なぜセックスしてくれないのか、私のことを大切に思ってくれているのか、好きなのか、愛しているのか、嫌いなのか、他に女がいるのか、風俗に行っているのか、もうすでに決まった女性がいるのか、彼は何も開示してくれませんでした。
辛いのか辛くないのかさえ教えてはくれません。ただ何か、いつも感傷的で、時々イライラしているだけ。見た目は立派な大人で、言っていることは正論そのもの、なのに少し心をのぞいてみると、不安定で脆い、永遠の十五歳、そんな雰囲気がありました。
いろいろな場面で彼に気持ちを聞くと「そういうことは察してくれ」と言いました。
「ミドリは昔、こんな人じゃなかった。もっと繊細なコミュニケーションができる人だった」
彼にそう言われた時、変わったのは私なんだと気が付きました。
夫は言います。「ミドリが勝手に自分の気持ちを打ち明けるのは構わない。でも、俺は言わない」
私はいつも、彼といると寂しく感じていました。響かないから。何を言っても響かないから。でも私は夫が好きだから、結婚生活の八年間、夫のマスターベーションに付き合いました。
今になってみると、マスターベーションこそが、彼のアイデンティティだったのではないかと思うのです。安易にセックスしたくないのでしょう。怖くてできないのでしょう。すべてをさらして、裸を見せ合い、抱き合うことなんて、怖くてできないくらい、彼は傷付いていたのかも知れません。
本当に脆いなぁと、そういうガラスのような心が私は大好きだっただけど、それを最後まで大切にしてあげることはできなかったのだと思います。
いえ、それを大切にするために、別れるのかも知れません。
私はセックスがしたいから――。
私は夫以外の男性とセックスをしています。特定の誰かではありません。私はそうすることで、次の夫がほしいわけではないのです。ただ、そこにある慈しむ時間を大切にしたいだけなのです。
夫は私をビッチだと批判するでしょう。私がセックスしていると知ったら、恥さらしだと言うでしょう。軽蔑するでしょう。罵って殴られるかも知れません。法的に慰謝料を請求されるでしょうか。
でも正直、オナニストに言われたくないなぁと思っています。
確かに若い頃の私は、それなりに消耗するセックスを繰り返してきました。自分を大切にできないタイプのセックスをしてきました。男性の射精に付き合うことも多く、断り切れずなんとなくそうなって、後味悪く、悲しい思いをしたこともありました。それは私が自分を大切にしていなかったからだと思っています。
そして、今の私は自分のことを大切に思っているのです。自分の心と体をとても大切に扱っているのです。だから、確かに私はビッチだけど、私のしているセックスはとても尊いのです。
素晴らしく甘美で、優しくて、尊敬に満ちているのです。
私はその行為をとても素晴らしいものだと思うし、純粋な愛情と素直な優しさをもって、自分と相手を慈しむことで、大切な日常を積み重ねて、豊かな人生を歩んでいきたいと思うのです。
私がそう思えたのにはきっかけがありました。そこには、夫ではない男性の存在がありました。これから、そんな男性について、彼らと交わした会話やセックスについて、書いてみたいと思います。
第5章へ続きます……
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ここまでお読み頂きありがとうございます。この小説は出版を視野に入れており、これ以降の章は有料にさせて頂きます。
この物語は人間の闇を描いており、最初は特に憂鬱な場面も多いのですが、最後はハッピーです。闇があるからこそ、その先に光を見いだせるのだと思っています。優しい気持ちになってもらえる物語だと自分では思っています。たくさんの人にお読みいただけたら幸いです。
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