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2020年ベスト本ランキング

 2020年が終わろうとしています。

 オリンピックで盛り上がる1年だったはずが、コロナの流行がいろんなものをことごとく潰し、打撃を与え、例年とはかなり様相の異なる1年でした。

 かくいう私は、ありがたいことに影響の少なかったほうだと思います。
 結婚式と新婚旅行がふっ飛びましたが、幸いキャンセル料もかからず、写真撮影に縮小してそれで満足でしたし、新婚旅行はまたいつかいけるかなと思っています。

 そして何より、趣味の読書が本領を発揮してくれました。
 もともとインドアではありましたが、コロナ禍の自粛モードにより読書に没頭することができたのは幸せでした。

 そんな私が2020年に読んだ本の数は 101冊 でした(12月27日時点)。
 これ、遅読の私にしてはかなり多くて、去年の倍以上は読めました。

 今回は、今年私が読んだ本の中から心に残ったベスト7を紹介したいと思います。
 面白い本はたくさんありましたが、読後余韻から抜け出せず、人生に影響を与えるレベルの作品を選んだので、よろしければ読んでみてください。

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第7位 『くちなし』/彩瀬まる

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167914714

 奇妙で繊細な愛の形を描いた7つの短編集。まったく異端な設定にはじめはぎょっと驚くものの、彩瀬さんの美しい文章とともにいつの間にか不思議な世界にゆらゆらと迷い込み、どんどん深いところまで沈んでいきたくなる。
 現実の世界ではない、奇妙な愛を描いてはいるのだけれども、命と命を削りあうような愛情のやり取りは、決して異世界のものではなく、私たちの世界にもいろんなところにちりばめられているのでは、と気づく。それを彩瀬さんが取り出して、不思議で魅力的なエッセンスで美しいストーリーに仕立て上げてくれたのだ。
 普通の恋愛小説ではない、不思議な愛の物語の世界に浸りたいときにおすすめしたい。 

第6位 『図書室』/岸政彦

https://www.shinchosha.co.jp/book/350722/

 大阪を舞台にした小説&著者の自伝エッセイが収録された一冊。
 味わい深いとはこういう本のことを言うのだろう。表題作である小説『図書室』は、庶民である少年少女の現実的な日常を描いているのだけれども、自分の子ども時代を思い返すときのような、陽だまりフィルターがかかったような文章で、泣くような作品ではないのにじんわり胸にしみてくる。何が起こるような物語ではないのに、文章の呼吸みたいなものが心地よくてどんどん読み進めてしまう。
 後半の自伝エッセイでは、大阪の街がもつ空気感、その背後にある人々の営みだったり歴史だったりを、著者の半生とともに味わえる。著者の歩んできた人生がそもそもめちゃくちゃ面白いのだが、その人生が街とのかかわりあいの中で幾重にも分厚くなっているのがまた味わい深い。
 私も大阪育ちだけれど、ここまで街というものに目を向けていなかったな、と新しく気づくこともとても多かった。移ろいゆく街の風景をぼんやり見過ごさないようにしたいものだなあ。


 
第5位 『13階段』/高野和明

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167801809

 とにかく凄まじい傑作!本当にすごい。私の持つ語彙力ではこの小説の凄さの全容を語ることはできそうもない。といいつつ、僭越ながら感想は述べていこうと思う。
 読む前に、“死刑と冤罪”というテーマから、「ああ、そういう系の話ね」と浅はかな想像をしていた自分を殴りたい。死刑制度の抱える闇、というのは確かに本作のメインテーマだが、決して一側面だけ(冤罪の可能性が捨てきれないのに、死刑を設置していいのか等)を捉えたような作品ではなく、加害者、被害者、それぞれの家族、刑務官、事件に関わるすべての人々が抱えることになるあまりにも重すぎる苦しみを、余すところなく重層的に表現しつくした作品。
 読みながら頭の中でいろんな思考がぐるぐる回り続け、そのどこにも着地することが許されない。これは、永遠に考え続けないといけない問題なのだろう。私は幸運にも今何かの事件の当事者ではないけれども、いつ自分がそうなるのかは分からないのだし、現に今、同じ社会で根深い苦しみに囚われ続けている人がいる限り、決してそこから目をそらすことは許されないのだと突きつけられる。
 社会問題に鮮烈に切り込んだ作品であるとともに、ミステリとしての完成度も恐ろしく高くてめちゃくちゃ面白い。重くて分厚い作品だが、最後まで目を見開いて食らいつくように読んでしまうことは間違いなし。
 20年ほど前に刊行された作品で、すでに有名で評価の高い作品だが、今後も読み継がれていくべき傑作だと感じた。


第4位『ポトスライムの舟』/津村記久子

https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000205640

 すべての悩める労働者たちに読んでほしい一冊。
 工場勤務のナガセが、自分の年収と世界一周旅行が同額であることに気づき、自分の一年間の労働が世界一周に換金できるのだ、とお金を貯めていこうと試みる話。とはいえ、「頑張って働いてお金貯めて世界一周するぞ~!」みたいな話ではない。あくまで日々の労働と生活の悲哀が、絶妙なユーモアで綴られている。
 津村さんのユーモラスで小気味よい文章は本当に大好きで、本作でもそれが発揮されている。生活の大半の時間を費やす労働のしんどさと、その合間にあるささやかとしか言いようがない地味な生活。地道な人生は途方もなく、苦しい時もありながら、悲壮感はなく、何だかおかしみを感じられる。大きな希望もないけれど、ぼんやり光を見つけるストーリーになっている。
 ナガセは感情の起伏が大きくなく、どちらかといえばニヒルなテンションの作品だが、終盤でナガセが夢に見る情景は本当に美しくて、胸を打つ。ラストの展開もなかなか胸熱である。大きな何かが起こる作品ではないからこそ、小さな奇跡がとても尊いものに感じられて、津村さんの文章と相まって胸にしみるのだろう。
 水さえあげれば、ほったらかしにしてもぐんぐん育つ、ポトスライム。働く人々は、いろんなしんどい思いを抱え、時に折れながらも、ポトスライムのように粘り強く生き続けている。


第3位『猫を抱いて象と泳ぐ』/小川洋子
 

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167557034

 美しい幻想的な世界にどっぷり浸かりたいのなら、小川洋子さん作品はまず間違いないが、この作品はこれまで私が読んだことのある小川作品の中でも、ずば抜けてすごい。幻想的な世界観の作りこみが精緻で美しすぎて、一つの物語という枠に収まるようなものではなく、もはや世界というか、宇宙というか。心を丸ごと持っていかれること間違いなし。
 この物語のストーリーを説明するのは容易ではないが、無理やり簡単に言うと、チェスに心惹かれ没頭する少年が、チェスを通じていろんな人と交信する話で、過去のつらい記憶を引きずりながらも、チェスをさすことで相手の心と根深いところまで通じ合い、救い救われていく物語である。
 何をどうしたらこんな世界観がつくれるのだろう。小川さんの頭の中に広がっている宇宙の中から、時空に置き去りにされた宝石のかけらを集めてきて、それを結晶にしたのだろうか。私の中にある語彙では、その物語の情熱とか静けさとか悲しさを表現することができそうにない。
 不思議な世界観の物語は数あれど、ここまでその世界にのみこまれ余韻から抜け出せなくなる読書体験は珍しく、とても尊い体験をしたなとしみじみ感じる。


第2位 『盲目的な恋と友情』/辻村深月
 

https://www.shinchosha.co.jp/book/138882/

 生涯忘れられないであろう、衝撃的な恋と友情の物語。序盤に、「茂実星近は、私に、この世の天国と地獄をいっぺんに運んできた。」という一文があるが、まさに読者も天国と地獄を味わうことになる。いや、大半は地獄である。
 大学でオーケストラに所属する、誰もが目を奪われるほどの美人である蘭花。将来有望で容姿端麗な指揮者である茂実。蘭花の友人で、自分に自信がない留利絵。本作は、蘭花と茂実の激しく破滅的な恋愛と、蘭花を信奉する留利絵との友情を描いた作品である。前半が蘭花視点の「恋」パート、後半が留利絵視点の「友情」パートという構成になっている。
 現代日本が舞台で恋愛と友情をテーマにした作品で、ここまで激しい作品があろうか、というくらいに激しい。立場も美貌も兼ね備え、お似合いに思われたカップルである蘭花と茂実は恋愛に溺れるが、いくつかのきっかけからその関係はどんどん破滅的なものへと堕ちていく。そして、やがては一つの“事件”を引き起こしてしまう。その過程の描写が本当にすさまじい。嫉妬心だったり憎悪だったり承認欲求だったり執着だったり、人間の心の嫌な部分を掘り下げた嫌な描写が多い。
 本作が特異なのは、盲目的な恋に“盲目的な友情”という視点が加わることで、人間の業みたいなものを重層的に炙り出しているところだろう。蘭花と茂実の破滅的な恋愛の激しさに引けを取らないほど、自尊心のなさとこれまでの人生でのつらい経験から、蘭花の友人であるというポジションに執着する留利絵の、度を越した友情の描写もすさまじい。  
 が、単なるどろどろしたイヤミスではないことを強調したい。単純にいや~な感じを出すだけなら、とにかく描写を陰惨にすればいいが、この作品はそうではない。タイトルに“盲目的”とある通り、登場人物ははたから見れば狂っているとしか思えないほど盲目的なのだが、本人たちも正常なラインや常識的な判断を認識していて、それでも激しくぐらぐらに揺れ動きながらラインを越えていってしまう愚かさや悲しさが、本当に恐ろしい。
 どんでん返しミステリとしてもレベルが高く、ラストの展開は鳥肌が立ちっぱなしで、読後しばらく呆然と放心してしまった。
 本当にすごい作品である。辻村さん、恐るべし。


第1位 『流浪の月』/凪良ゆう
 

https://special.tsogen.co.jp/rurounotsuki

 時々、本当に時々だが、自分の人生のまさにこの時というタイミングで、運命としか思えないほど自分の心にまっすぐ届いてくる本がある。そういった本と奇跡的な出会いを果たすために、読書を続けているのかもしれないと思う。
 2020年、『流浪の月』との出会いがまさにそれだった。本屋大賞を受賞してすっかり有名になったので、今更私が紹介するまでもないのかもしれないが、やはり1位にするならこの作品だろうと思った。
 私がこの本を注文したのはまだ本屋大賞を受賞する前で、おそらく誰かがお勧めしていたことをきっかけに、この本の表紙のひっそりと美しいたたずまいに惹かれて購入した。凪良さんをこの時点で私は存じ上げておらず、ストーリーの前情報もほとんど何もなく、かなり新鮮な状態で出会った本だった。
 だからこそなのか、この物語の美しさがあまりにも唐突に胸に飛び込んできて、息ができないほど切ない読書体験だった。
 ストーリーを一言で説明するのは難しく、これから読む人もなるべく前情報を入れずに読んでほしいと思う作品なので、かなり抽象的な感想になってしまう。
 ガラスのコップに、美しい清水が表面張力ぎりぎりまで注がれ、ああ零れるかもしれない、と感じるような、脆さと危うさに苦しくなりながら、どうかそのままでいてほしいと願わずにはいられない。そんな関係性のふたりを描いた作品である。
 名前のつけられない、“普通”に見れば眉をひそめてしまうかもしれないような関係性の中に、本当はかけがえのない宝物が存在するかもしれないということを、想像できる自分でありたいと思う。
 今目の前にいる人それぞれの人生には、外から見て断定するなんて到底不可能なほど、いろんな道があって葛藤があって思いがあって、「これこそが正しい」と安易に決めつけることがどれほど人を傷つけるのか。どうしても私たちは“普通”の物差しを捨てられないけれど、絶対に想像力を手放さず、誰かの大切な宝物を傷つけることがないようにしたい。
 美しい文章とともに、つらい人生を歩んできたふたりの切実な思いがひしひしと伝わってくる、静かながらも熱のある物語だった。生涯大切にしたい本の一つになった。

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 以上、2020年に私が読んだ本の中で心に残ったベスト7でした。
 こうして振り返ると、めっちゃすごい作品にいくつも出会ってるやん!とあらためてほくほくとした気分になりました。
 ここに挙げた作品は本当にどれもおすすめなので、皆さんの本探しの参考の一助となれば幸いです。
 作家さんって、小説って、本当にすごいですね。こんな奇跡のような素晴らしい作品が、数百円とか千数百円とかいう対価でほいほい手に入るって死ぬほどすごいことなのでは…。

 2021年も、たくさんのいい作品に出会えますように。

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