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溶けて消えるとき

先週、新しい浴衣を買った。 
ここ何年か、夏祭りに行く予定もなかったし、浴衣を着ようなんて思わなかったから新しい浴衣は選ぶところから楽しかった。
久しぶりに帰省して祖母のお店の手伝いもしたいし、幼馴染や友達にも夏祭りできっと会えるだろうし…

私の実家は中途半端な田舎。
大きな都市に囲まれた何もない場所。子供の頃は好きではなかったけど、今になってみるとのんびり穏やかで落ち着く場所。

「ただいまー!花ちゃーん!」
「あらあら、誰かと思ったら!」
花ちゃんとは私の祖母の愛称。子供の頃からずっと「おばあちゃん」とは呼ばすに「花ちゃん」と呼んでいる。花ちゃんは昔からこの場所で駄菓子屋をやっていて、少し前からカフェ的な何かも開業してしまった。実家に帰る前に必ずここに寄るのが私の楽しみでもある。
「暑いねぇ…花ちゃん、かき氷やってる?」
「やってるわよ、食べる?」
花ちゃんが楽しそうに氷を削る音を聞きながらスマホをチェックする。通知がいくつか入っていて、メッセージアプリの通知を開くかどうかで指が止まった。

そろそろご実家につく頃かな?
ゆっくりしておいで…

きっと、開いたとして絵文字もなにもないメッセージだ。いつものことだけれど、この人との関係は自分でもわからなくなる。大切だけれど恋人とも言えない…


かき氷を手渡され、いちごのソースを口に入れた。ほのかなスパイスの香り…花ちゃんの作るものはいつも美味しくて幸せをくれるのだけれど、今回はそれを半減させる。今、最大に悩んでいる相手からのメッセージに気を取られてしまった。
「あら、今回のはお気に召さなかった?」ちょっと心配そうな花ちゃんがこちらを見て様子を伺っている。
「すごく美味しい!カルダモンとシナモンの香りがいちごからするのって新鮮!…すごく美味しいよ!ただね…」
口ごもりながらスマホのメッセージに目をやった。
「さっきからずっと気にしてるけど、浮かない顔ね。でも、その人のこと好きなんでしょ?」
「好き。好きよ…きっと」
自分に言い聞かせているかのように「好き」を口にする。カウンターの向かいのひとを心配させないように考えてみるものの、彼との関係を説明できる明確な名前がみつからない。

付き合っているのか曖昧な関係になってから知ったことだけれど、彼にはパートナーがいて社会的な地位も持っている。数年前、仕事の関係で提携先の責任者だった彼と、いつの間にか親しく話すようになり、食事を共にしたりしているうちにそういう関係になった。好きだと思ってもらえるのは嬉しいけれど、一定量を超えると逃げたくなること、恋愛で人生が揺らぐようなことは愚かしいと思っていると彼に言われたことがある。だから、どんなに好きでも彼にはこの気持ちは伝えられるはずはない。頭の片隅でこんな関係ならやめてしまったほうがいいという思いと、どんな形でも繋がっていたいという思いがぐるぐると回って不毛なダンスを繰り広げていた。

「幸せならいいのよ。どんな出会いにも意味はきっとあるのだから…
あなたが欲しい幸せを掴みなさい。経験することに無駄な事なんてないから大丈夫。」
こんな時の花ちゃんは鋭い。「私の幸せ」ちゃんと考えられているかな…振り返ったところでいろんなことに迷いっぱなしで答えなど出てこないけれど…その優しい声と言葉に救われた。
「幸せになりたいな」
大きく伸びをしてかき氷に向き直る。

花ちゃんのかき氷を心置きなく堪能しようとしていたら、傍らに置いたスマホに幼馴染からのメッセージが届いた。明日の夏祭りで縁日の手伝いをして欲しいということ、その詳細、更に懐かしい友人たちの近況が添えられて自然に笑顔になる。もうすぐお母さんになる子、悪ガキが地元を飛び出してベンチャー企業を立上げていること、初恋の人は高校教師で忙しそうだの…
実はここ何年か彼と夏休みを過ごすために帰省をやめ、もしかしたら私を選んでくれるのではないかって淡い期待はずっと期待のまま。友達に置いていかれたまま。

「花ちゃん!かき氷!いちごのヤツ!」
ぼんやり考え込んでいた意識を呼び戻される女の子の声。振り返ると、母校の制服を着た女の子。
「はるちゃん、いらっしゃい。待っててね」
花ちゃんに微笑まれ、自分の隣にすとんと座ってニコニコしている。
「あ、お姉さんも同じのだ!溶けちゃったね!でも、大丈夫だよ…」
そう言われて手元に目を落とすと、白いミルクにいちごソースのマーブル。器の中で甘い色水になっていくかき氷。
「大丈夫なの?」
「うん!花ちゃんが言ってた!「どんな風になっても、美味しいものは美味しいのよ」って!だから、ここに黒胡椒を入れて混ぜるの!飲んでみて!」
勢いに押されて一口。優しい甘さと目の覚めるような黒胡椒…
「美味しい!」
「でしょ?花ちゃんって、魔法使いだよね!」
自分の中のグズグズとした思いが溶けて消えるような気がして淡いピンクを飲み干した。

溶けて消えるとき
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ執筆:花梛
色水になっていくかき氷
本文執筆:花梛

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