見出し画像

うさぎやのどら焼きの夢

たべもの夢日記 二食目

 夢の中で私は、祖母と母、二人が暮らす家に来ていた。年老いた二人が、何事もなく暮らしている様子にホッと胸を撫で下ろし、私は祖母と二人、ぼんやりとテレビを眺めている。

「私この人嫌いよ」
 とあるお笑いコンビの突っ込みの人を指差しながら、祖母が言う。
「なんで?」
「だって、この人何もしないでヘラヘラしているだけなんだもの」
 お笑いコンビの芸人さんは、ボケの人がしゃべったり動いたりしていることが多い。それを少し背後で伺いながら、的確に、いいタイミングで突っ込むのが、突っ込み役の芸人さんの仕事だ。決して何もしていないわけではない。
「おばあちゃん、この人はこれでいいんだよ」
 私がそういうと、祖母は理解できないといった感じで、
「えぇ?そうなの?」
 と言う。祖母から嫌いと言われてしまった芸人さんが気の毒ではあったが、そういうことがわからない祖母を、少しかわいらしく思った。
 そんな他愛もない会話の中、母がやってきて言った。

「ねぇ、これ食べる?」
 何やら包装紙にくるまれた物を私に見せてきた。
 母はさらさらと、紐をほどき、包み紙を開けて、私にその中身を見せた。ほんわりしっとりと焼かれた生地に、あんこが挟んである。上品に並んだそれが何物であるか、私は一目でわかった。

「うさぎやのどら焼きじゃないの!」

 
 私は隣三軒両隣に聞こえんばかりの声を上げた。

 私はどら焼きが好きだ。本当に好きだ。
 美味しいどら焼きがあると聞くと、居ても立っても居られない。若い頃はさほど、好きでもなかったのに、三十路を過ぎてから、急に「どら焼きどら焼き」と言い始めた。
 どら焼きといえば、国民的アニメ「ドラえもん」の大好物としても有名だ。それもあって、夫からは「ドラえもんに憑依されたのではないか」という疑いをかけられた。確かに水色でないだけで、私はドラえもん寄りの体型だ。ドラえもんに憑依された可能性もなくはない。だが、おなかに四次元ポケットがない私は、どう頑張ってもただのどら焼き好きの女でしかない。

 にもかくにも、目の前にうさぎやのどら焼きがある。
 うさぎやのどら焼きは、私がこの世で一番好きなどら焼きなのだ。
「あなたが来るから買っておいたのよ」
 娘が訪ねて来るとわかれば、夢であっても、こうして好物を買って待っていてくれる。親というのは有難いものだ。

 私の目はうさぎやのどら焼きに釘付けである。
 その様子に母はしてやったりといった様子でニタニタと笑っている。
「じゃあ、お茶でも淹れましょうかね」
 母が急須に手を伸ばした。

 私はお茶を待つのももどかしく、どら焼きに手をかけた。指先で感じるしっとりとした生地の感触に、口に入れる前からうっとりとする。
「うほほぉー」
 思わず喜びの声が漏れた。

「いっただっきまーす!」

 子供のように大口をあけ、どら焼きをかじろうした、その次の瞬間、

「ピピピピピピピピピピピ……!」

 なんと、けたたましく目覚ましの音が鳴ってしまったのである。



 この夢は一度だけではなく、何度も見ている常連の夢です。
 祖母との会話など、シチュエーションが変わることはあるのですが、どちらにしても、うさぎやのどら焼きを食べ逃しているのが悔しいところです。
 最初にこの夢を見たとき、悔しさのあまりこぶしで布団を
「なんで!なんで!」
 と言って叩いてしまったのを憶えています。
 隣で寝ていた夫が私の異変に気付き、
「どしたの?」
 と訊いてきました。
「あともう少しで!あともう少しで、食べられるところだったのに!」
 私の言葉に夫が半ば呆れ気味に「また食べ物の夢?」と笑います。
「うさぎやのどら焼きだよ!」
 私が猛然と言い放つと、事の重大さに気づいた夫は、
「そりゃ残念だったねぇ」
 と慰めてくれました。この日は起きてから数時間は、
「あぁ…どらやき」「あぁ、うさぎやのどら焼き…」
 と呟きながら、夢で見たどら焼きを惜しんでいたのでした。




お読み頂き、本当に有難うございました!