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ラッキョ臭いシンデレラ


「あなた、おならした?」
私が夫に聞くと、
「してないよ」
そう夫は答えた。とは、いうものの、
どうにもこうにも漂ってくるものがある。
モワリとした匂いに、私の鼻が反応しているのだ。
いやぁ、何か臭うんだよねぇ、とつぶやく私に夫が言い放った。

「自分の手が臭いんじゃないの?」

私はハッとして、じっと手を見る。
思いがけず田原俊彦と石川啄木を
共演させてしまった気がしなくもないが、
とりあえず私は手の匂いを嗅いだ。

「臭い」

手が臭うだけではなく、指先は少し熱を持っている。
別に奇病にかかったわけではない。
私は数時間前まで、ラッキョの皮を剥いていたのだ。
3キロのラッキョは、謀らずも私の手を屁臭に変え、
その存在感を存分に発揮している。
しかもこの存在感、3日ほど続くのである。

手の匂いを嗅ぎながら私は思う。

もしシンデレラが、家の掃除ではなく
ラッキョ剥きをしていたら、どうなっていただろう。

ラッキョを漬け終え「やれやれ」と思っていたところに
魔法使いがやってきて、
「お前も、舞踏会に行きたいかい?」
と聞いてくるわけである。
ラッキョ漬けを仕込んだ疲労感がある中でのお誘いに、
私なら「はい」と言える気がしない。しかし、
「あ、今日はやめときます」
なんて言われたら、魔法使いだって困るはずだ。
彼女の好意を無にすることになってしまうし、
何より物語が始まらない。
それではグリム兄弟も困ってしまうだろう。
私もこういう時は、変に気を遣って空気を読む方なので、
「じゃあ、お願いします」
ということになる。

魔法使いはそのへんにあるものをうまく変身させ、
舞踏会に行くのに必要なアイテムを用意し、
私の着ているボロい部屋着も、
ココ・シャネルびっくりのドレスに変身させてしまう。
(あら、中年女にも衣装だねぇ)
なんて思いながらも、その手にはラッキョ臭を漂わせているのだ。
(せめて梅酒の仕込みが終わったあたりに
舞踏会を開催してくれればいいのに、気が利かないねぇ)
なんてブツクサ思いながら、馬車に乗り、宮殿に到着。
私を見つけた王子が、やおらやって来て、
「私と踊ってくれませんか」
となる。
そのへんの中年女である私を見つけ出し、わざわざ踊ろうとするなんて、
この王子はなかなかマニアックな趣味の持ち主のようだ。
数時間のラッキョの皮剥きで指は疲れ、腕はパンパンだが、
断るのも悪いので、ひと踊りする。
ダンスを終え、王子は舞踏会の挨拶の定番
「手の甲キッス」をお見舞いしようとするが、
私の手を鼻先に近づけた瞬間、
「おぅっ!」
と王子はアシカのような雄叫びを上げてしまう。
ラッキョ臭の直撃である。
宮殿育ちじゃ、ラッキョなんか知るはずもないだろう。
私はラッキョのおかげで、
王子の手の甲キッスから逃れることができた。

一応、私は人妻である。
いくら王子といえども、無闇矢鱈に
殿方にキッスされるわけにはいかない。
それに午前0時と言わず、
もっと早く帰らないと夕飯に間に合わないのだ。
私はドレスの裾をまくりあげ、
西宮神社の福男ばりの激走を見せ、馬車に乗り込み帰宅。
急ぎすぎて、ガラスの靴を置いてくるのを忘れてしまった。
しかし、そんなことよりも困るのは、魔法の溶ける午前0時まで、
私はドレスのまま家事をしなくてはならないということだ。
それに馬車とか、どうすればいいのだろうか。
一応、家の前の駐車場に置いておけば、
午前0時にはかぼちゃに戻るはずだ。
近所からの苦情がないことを祈り、とりあえずそのままにしておこう。

しかし気の毒なのは夫である。
突然、家の前に現れた馬車に驚かないわけがない。
しかも「おかえり~」と出迎える妻はバリバリのドレス姿である。

「何があったの?!」

否応なく、度肝を抜かれるはずだ。
一応、理解ある夫なので事情を説明すれば、わかってもらえると思うが、
疲れて帰ってきて女房がドレス姿ではくつろげるはずがない。
しかし午前0時になれば魔法も溶け、元のボロい部屋着に戻るだろうから、
それまでは我慢してドレスのままでいるしかない。
魔法使いに気を遣ったせいで、何だか面倒なことになってしまった。

本当のシンデレラだとこの後、
ガラスの靴を持った王宮の人たちが、あちこちの女性に声をかけ、
まさしく、シンデレラフィットの実現を目指すことになるのだが、
御存知の通り、私はガラスの靴を置いてこなかった。
そうなるとどうしたって、
私を探す手がかりは、手のラッキョ臭しか無い。

「あなたの手の臭いを嗅がせて下さい」

と、王宮の使いがやってくる。
残念なことにその頃には、私のラッキョ臭は無くなり、
梅酒の仕込みが忙しく、それどころではない。
結局、王子は私を見つけられず、
私はラッキョ臭のする謎の女として、
王子の記憶に残り続けることになるのだ。

なんということだろう。
ラッキョ臭いシンデレラは、
強烈な魔性のニオイも漂わせているのである。





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ラッキョを漬けた時のお話です。

こちらの記事のコメントにつきよるほしこさんから、
ラッキョ臭のするシンデレラストーリーをリクエスト頂いたので、
真に受けて書いてみましたw

書き始めるまでに時間がかかりましたが、今回のような変なものは
エンジンがかかると書いていて楽しいです。




お読み頂き、本当に有難うございました!