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どんくさい指

 私はタッチタイピングができない。
 何度も練習してはみたが、全ての指を満遍なく使うことができないのだ。小指に力を入れれば、薬指がその動きの邪魔をし、薬指に力を入れれば、中指が邪魔をする。

 薬指と小指が絶望的に動かないのに、shiftとenter、そして使用頻度の高い[A]を小指で押すなんて、できない相談だ。タッチタイピングができれば画面を見たまま執筆ができるだろうに、本当に残念である。

 私は、幼い頃から非常にどんくさい生き物であった。
 小学生のとき、学校でピアニカを習ったが、鍵盤をうまく押せずに苦労した。普段、何の問題もなく動いている指の関節が、ピアニカ演奏になると急に動かなくなってしまう。とにかく指がもつれるのだ。

 幼い頃から運動も不得意だったため、家族から「運動神経ゼロ」と揶揄されてきたのだが、そんなどんくささが指にまで及ぶとは何とも悲しい話である。

 だからと言って、際立って不器用という訳ではない。
 絵を描くのも、折り紙を折るのも、ハサミやカッターを使って工作をするのも、割と好きな方だ。料理だって、めんどくさいと思うときは多々あるが、嫌いではない。手先は割と器用な方だと勝手に思っている。手芸も、そこまで興味はないが、マスク不足に陥ったとき、マスクを縫うのも苦ではなかった。
 しかし、「手先は割と器用な方」を自負する私にも、例外がある。

 編み物である。

 私は、編み物も割と好きな方だと思う。
 若い頃には、帽子を編んだりもしたし、マフラーや、アクリルタワシも頻繁に作っていた。一目一目、針を動かして編む行為は、心を落ち着かせるマインドフルネス的な効果があると思う。

 しかし、私が編めるのは、かぎ針編みだけなのだ。

 編み物には、かぎ針編み棒針編みの二種類がある。

棒針編み

かぎ針編み


 よく見ると、棒針編みは、網目がかぎ針編みの物よりも密なので温かい。セーターや手袋などは、やはり棒針編みの方がいい。
 かぎ針編みは、どちらかと言えば、網目の空間を活かせる小物類や、レースなどに用いられる印象がある。

 しかし、都はるみが名曲「北の宿から」で、
「着てはもらえぬセーターを、寒さこらえて編んでます」
 と歌っているように、やはり編み物の王様はセーターだ。私の中では、やはり、棒針編みが編めてこそ、編み物上手を名乗れる、といった勝手なイメージがあった。


 セーターといえば、有名人がモデルを務める「セーターブック」なる本があったのをご存じだろうか。前半はセーターを着た有名人のグラビア、後半にはしっかり編み図が掲載されていた本だ。このグラビアは、有名人が自分の恋人にでもなったような錯覚を起こさせる写真が多かったと記憶している。
 我が家にも、なぜか松岡修造氏のセーター本があった。


 そんなセーターブックに掲載されているものに、かぎ針編みのものはほとんどなかった。やはり、編み物界においては棒針編みが優勢なのだと、私は松岡修造のグラビアを眺めながら思い知ったのである。

 その後、何度か棒針編みを習得しようと試みたが、私はこれを断念した。

 編んでいるうちにいかり肩になり、網目を数えているうちに、頭の中がこんがらがってきてしまうのだ。作業は遅々として進まず、同じ編み物でも、棒針とかぎ針で、ここまで感覚が異なるものかと驚いた。

 早々に棒針編みから撤退した私は、今ではたまに、食器用のたわしを製作するくらいで、あまり編み物はしていない。若いときは、その頃流行したロングマフラーをかぎ針編みで編んだりしたが、今はその根気もなかなか続かなくなってきている。

アクリルたわし


 私には姉がいるのだが、姉は棒針編み派である。
 同じ親から生まれた姉妹でも、やはり得意不得意は違うものだ。姉は一時期、手袋を編むのに凝っていて、私もキャラメル色の手袋を編んでもらたことがある。私は冬になると、未だにそれを使っている。

 棒針編み、ピアニカ、タッチタイピング。
 私が苦手なこの三つには、なにがしかの共通点があるような気がしてならない。せっかくなので、今、少しばかりタッチタイピングに挑戦してみたが、指先がもつれ、いかり肩になり、やはり小指で[A]が押せなかった。

 どうやら両手を正確に素早く、リズミカルに使う行為が、私にとっては苦手なジャンルのようだ。
 果たして私は器用なのだろうかか、それとも不器用なのだろうか。
 そんなことを考えてしまう。

 ともあれ、棒針編み、かぎ針編み、どちらであっても、やはりニットは、機械編みの既製品よりも、手編みの方がいい。特に、マフラー、帽子などの小物類は、手編みの方がファッションのアクセントにもなるし、何より味わいがある。

 手編みは空気を程よく含んで温かいし、既製品にはない、編み手の癖のようなものが伝わって来る。この癖を嫌がる人もいるかもしれないが、癖のない手編み作品なんて、味のない果物をかじるようで、つまらない気がする。

 私は寒くなっても、ギリギリまで手袋をしない質なのだが、手がかじかむと、そうも言っていられない。そろそろ、タンスの奥から姉手製の手袋を引っ張り出し、タッチタイピングすらできないどんくさい指先を温めようと考えている。




 ぼたんさんの「ハンドメイド編み物」のお店から画像をお借りしました。当記事内のハンドメイド作品は、こちらのショップから購入できます。

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