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ひとり動物園


最近夫は、丹念に体を動かしている。
と言っても腕を回したり、屈伸運動をしたり、
その場でジャンプしたりと
激しさなど微塵もない、こまめな運動である。
軽めのラジオ体操といったところだ。
そのおかげか、すこぶる体調もいいそうで、
何よりも、肌や髪に張りが出て、
少し気になりかけていたつむじ部分も毛でふさがってきている。
やはり血行というものは人を若々しくするらしい。

私が文章のネタを考えながらメモ書きしているその横で
夫が体を動かしている。黙ってやってはいるものの、やはり気になる。
足をすっと小さく一歩前に出し、前足に軽く体重をかけている。
後ろ足のお尻から腿にかけてストレッチをしているようだ。
ちらりと横目で見ていたら、視線を感じたのか、
こちらをクッと向いて、夫が一言。

「ハシビロコウの一歩目」

と言った。
私は生のハシビロコウは見たことがないが、
多分そんな感じだろうと思って、爆笑した。
ネタ帳にそっと「ハシビロコウの一歩目」と書き込んだのは
言うまでもない。

その後、立ったまま、腕を後方に真っすぐ伸ばし、
背中でパチパチ手を叩き始めた。
私はそれを見つめている。
もちろん、何か言ってくれるのではないかという
期待を込めた熱視線を向けているのだ。
夫は、背中で拍手を続けながら言う。

「アシカショー」

私は腹をぶるんぶるん大いに揺らして笑った。
夫のこの動きは、肩甲骨周辺と、
二の腕のシェイプに効果があるらしい。
見ている私には、腹筋効果があったようだ。

その後も、ストレッチポールの上に寝転んで胸を叩いては

「ラッコ」

と言ったり、その場でぴょんぴょん真っすぐ飛んでは

「チンアナゴ」

と言ったり、思いのほか多くの手駒で、
夫は、私の笑いの王将を攻め立ててきた。
もはや、私は投了寸前である。

疫病のせいで、思うように出かけられない昨今ではあるが、
私は有り難いことに、ステイホームで、
夫による一人動物園を楽しんでいる。

私もパチパチとキーボードばかり叩いていないで、
少し体を動かした方がいいのかもしれない。
そう思い、その場で軽くジャンプしてみたら、

床からキュッキュッと鳴くような音がした。

もしかしたら床下に、小動物が住んでいるのかもしれない。





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