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花丸恵の#プロモーションは含みません

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好きなものやおすすめのもの、おいしかったものなど、既製品でよかったもの、感動した作品などを記事にしたいと思います。「食べたり飲んだり作ったり」とマガジンが重複してしまうかもしれま…
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#読書感想文

心、呼び覚ませ

 人情、という言葉を聞いて、思い浮かべるものはなんだろう。  webで検索してみると、実に簡単に、    人にそなわる自然な、心の動き。情・思いやり。  そんな意味が出てきた。  だが、人情というものは、実際の意味よりも重たく、人を束縛するような不自由さを感じさせる。どことなく湿り気があって、そこに陶酔しきってしまうのは、自分の冷静さを失うようで恐ろしい。  江戸物などの時代小説を読んでいると、現代では些末に扱われがちな、《人情》《忠誠》《辛抱》《貞操》というものを描いて

人は願いの中を生きている

 なぜこうも、いろいろなことを願ってしまうのだろう。  ああなりたい、こうなりたい、と、願望を抱いては、それをどうにかして叶えたいと思う。だが、自分の願いと向き合うことは、簡単なようでいて実は難しい。  願いを現実化させたいと思うことは、精神的や痛みや負担が伴う気がする。  例えば、お金が欲しいと願うことは、《自分にはお金が無い》と認めることになるし、痩せたいと願うことは、《自分が太っている》と認めることになる。そこにあるのは《今の自分は欠けている》という不足の概念だ。

クリームイエローの海と春キャベツのある家を探検する

 たまたま見たドラマの、たまたま聞いたセリフが、妙に頭に残ることがある。  そのドラマの主人公である主婦は、目の前にいる夫にこう言った。 「私は毎日、マイナスをゼロに戻してるの」  足の踏み場が確保されたフローリング。衣装ケースに畳んでしまわれている洋服や下着。温かいご飯。いつの間にか沸いているお風呂。  快適な生活を送るためにある行動の前後には、必ず家事がついて回る。  妻の悲痛な叫びを、夫がどう受け止めたか、その後のドラマの展開は憶えていない。  だが、家事をす

あのとき卯月がいたならば

 この物語が、あのとき私のそばにあったら、どれほど救われただろう。  ため息とともに吐き出された思いを胸に、私は先ほどまで読んでいた本の表紙を、じっと見つめた。  穏やかな水面のような瞳でこちらを見るナース。  物語を読み終えた今、この表紙のやさしい色合いが、なおさら心に沁みてくる。  長期療養型病棟で看護師として働く、卯月咲笑には、患者の思い残したものが、《視えて》しまうという不思議な力がある。  意識不明の患者のベッドの脇に女の子の姿が視えたり、にらみつけるような表情