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おもちょろい夫

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面白いことを、ちょろっと漏らしがちな夫が登場するエッセイです。面白いだけではなく、たまに哲学的なことも言ったりします。
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#夫婦

夫、妻を国宝にする

 寒い日の夜、食卓では湯豆腐が煮えていた。  燗酒を平杯に注ぎ、鍋の中の豆腐の塩梅を見る。ほわほわとした湯気の中で豆腐が揺れていた。湯豆腐は煮えばなを食べるのが一番美味しい。私は左手で掬い網、右手で菜箸を持ちながら、崩さないように、夫の器に頃合いの豆腐を入れようとした。  すると夫が、 「ねぇ、ティッシュ取って」  私の脇に置いてあるティッシュを指差して言った。  しかし私は今、両手が塞がっている。そんな妻を目の前にしながら、ティッシュを要求する夫。ほんの少しくらい待てな

カウントダウンする夫

私は夕飯を食べながらワインを飲んでいた。 手製の 鶏肉のトマトクリームパスタ きのこのバターポン酢炒め ロメインレタスとカブの千切りサラダ(大量) をバクバク食べながら、ごくごくワインを飲む。 夫も同じものを食べているのだが、 どうにもこうにも落ち着きがない。 隣の部屋のパソコンと、食事の並ぶちゃぶ台を、 行ったり来たりしている。 カチカチとクリックし、 「今、96だよ」 と言い、食事を再開する。 食事のマナーに厳しい人なら激怒されるような行為である。 「うん、この黒

妻によるジャイアンリサイタル

 もし、長年連れ添った妻に、何の前触れもなく、「好き」などと言われたら、夫はどう思うだろうか。  近年、愛情はできるだけ伝えよう、という傾向が強くなってきている。しかし、日本人は元々、好きだの、愛してるだの言わない民族なのだ。アイラブユーを「月が綺麗ですね」と訳すような民族なのだ。そんな日本人が、ある日突然、長年連れ添った伴侶に 「好き」  などと言ったら、どうなるか。  もしや、浮気でもしてるんじゃないか!  急にご機嫌取りして、どこかで無駄遣いでもしてきたな!  とい

除夜の鐘とともに消えた男

 除夜の鐘の、ゴーン、という音とともに、日本から消えた男のことを覚えておいでだろうか。除夜の鐘の音のような名を持ちながら、その煩悩ゆえに、逮捕された男。  その名は、カルロス・ゴーン。  2020年の正月、ゴーン逃亡のニュースは、新年を祝うお茶の間を駆け巡った。しかし、疫病の流行に伴い、その存在を語る者はいなくなった。だが私は、彼を忘れることが出来ない。  あれはいつのことだったか、夫と旅先のアウトレットモールへ出向いたときのこと。普段そこまで、洋服にこだわりはないもの