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おもちょろい夫

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面白いことを、ちょろっと漏らしがちな夫が登場するエッセイです。面白いだけではなく、たまに哲学的なことも言ったりします。
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#フードエッセイ

おじいちゃんのネギ焼き

 私たち夫婦は、とにかく食べ物が好きだ。  それもあって、食事中や晩酌中には、飲食店の厨房に密着した動画をよく見ている。  どこのお店も本当に手際がいい。仕込み、調理、提供で大わらわなはずなのに、厨房がピカピカだったりすると、見ていて胸のすくような気持ちになる。  その日見ていたのは、若い店主が営むお好み焼き屋さんの動画だった。  ジュージュー焼かれる、美味しそうなお好み焼き。その魅惑的な映像を眺めていると、夕飯を食べたばかりのお腹が、きゅるきゅる音を立てた。  どうや

アイスモナカを愛す

 私は我慢の利かない女である。  袋菓子など一度開封してしまうと、途中で袋を閉じてとっておくことができない。さすがに最近は四十路も半ばに差し掛かり、袋菓子を平らげるようなことはしなくなったが、若い頃は、気が付けば袋の中が空っぽ、ということがざらであった。  全部食べたらダメだ!  そんなことを思いつつも、目の端で食べかけの袋菓子を追っている。そうなると、ずっと食べかけの袋菓子の気配を背中で感じながら、時を過ごすことになってしまう。  お菓子を全部食べられない、というのは

缶チューハイ3本分

 蒸し暑さのせいだろうか。  急に、中村屋のレトルトカレーが食べたくなった。  中村屋が日本でカレーを発売したのは昭和二年のこと。  箱のパッケージには《日本のカリー文化発祥の店》の文字が輝いている。  どこから見ても悪いヤツのことを、札付きの不良などというが、中村屋はどこからどう見ても老舗。まさに札付きの老舗である。  若い頃、通学の乗り換え駅が新宿だったこともあり、新宿の地下道をよく歩いた。人並みにまぎれながら進んでいくと、新宿中村屋本店の地下入り口が見える。横を通る

上げ底弁当

 「ねぇ! 聞いてよ! 酷いんだよ!」  帰宅するなり、夫が「ただいま」も言わず、プンスコ怒っている。  私と違って夫は、大概のことは平常心で受け流せる人格者なのだが、この日は洗面所で手を洗いうがいしながら 「酷い、あれは酷いよっ!」  と言い続けている。職場で理不尽な目にでも遭ったのだろうか。とても心配だ。 「何があったの?」  神妙な面持ちで訊いた。すると夫は、キッと私の方を振り向き、 「あのね! 今日食べたお弁当が、物凄く上げ底だったんだよっ!」  そう言い放っ

トドに抱いた親近感

 実家にいた頃、だらしなく寝転んでいると母に言われた。 「トドみたいに寝転がってるんじゃないの!」  家で細々した家事をして働いていた母からすれば、手伝いもせずゴロゴロ転がる娘が、邪魔で仕方がなかったのだろう。  これがスリムで小柄な人であれば、犬や猫など、小さくて可愛らしい動物に例えてもらえるのかもしれないが、いかんせんそういった愛らしさが私には皆無だった。  しかし私は、母からトド呼ばわりされても、大して気にも留めずにいた。なんせ、トドと言われたところで、見たこと

四煎目のお茶

 私は緑茶が好きだ。  一煎目、二煎目はとてもおいしい。しかし、三煎目になると、その味わいや風味が、少し怪しくなってくる。飲めなくはないが、何だか心許ない味になる。  正直、美味しいとは言えないのだが、二煎飲んで捨ててしまうのも忍びないので、我が家では一応、三煎目までは飲むことにしている。  春分の日の夕方、夫が既に三煎目を飲み終えた急須に、またお湯を入れた。それをマグカップに注ぎ、飲みながら言う。 「うーん、出がらし一号だ」  確かに、四煎目の緑茶は出がらしに違いな