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花丸恵の掌編小説集

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自作の掌編小説(ショートショート)を集めました。
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#毎週ショートショートnote

ネコクインテット #毎週ショートショートnote

 「おい、何してるんだよ!」  学校近くの公園で、匠が猫を追いかけ回していた。  幼馴染の匠は変わり者だ。付き合いの長い俺は慣れているが、学校の皆はヤツの変人ぶりをまだ知らない。こんなところを誰かに見られたら大変だ。 「モーツァルトの弦楽五重奏曲を猫の声で再現したいんだ!」  匠はクラシックを愛する中一男子だ。特にモーツァルトがお気に入りで、ヤツの家に行くと、俺はいつも弦楽五重奏曲第四番を聞かされた。 「弦の音が猫の鳴き声みたいだと思った瞬間、ピーンときたんだ!」

噛ませ犬ごはん #毎週ショートショートnote

 このまま、天才の噛ませ犬になってしまうのか。  将棋界に現れた天才少年は、あっという間に七つのタイトルを獲得した。全冠制覇まであと一つ。私はそのタイトル戦で天才を迎え撃たねばならなくなった。  だが既に三連敗。もう後がない。  第四局の対局場は地方の高級旅館だった。  地元の関係者たちが、天才のタイトル奪冠を願う中、旅館の板場に勤める青年が、 「ずっと応援してます!」  人目を盗んで、私に声をかけてくれた。  今、私の目の前には豪勢な昼食が並んでいる。  世間でいう

大増殖天使のキス #毎週ショートショートnote

 今、私にかつてないほどのモテ期が到来している。  そうなる少し前、こんな夢を見た。  蠅サイズの小さな天使がブンブン飛んでいる。天使が私の唇に止まりキスをすると、細胞が分裂するように天使が増殖し始めた。顔が無数の天使に埋め尽くされ、息苦しさに私は目が覚めた。  夢占いのサイトによると、天使にキスされる夢は、恋愛運向上や恋の出会いを示しているらしい。  だが実際はモテすぎたせいで、私は職場で睨まれ、彼氏に嫉妬され散々だった。そのときの苦労をうっかり口にしたら、自慢だと思

失恋墓地 #毎週ショートショートnote

 「今日の合コン、何だったんだろうね」  私達三人はそう言いながら、マクドナルドでコーヒーを啜っていた。  三人揃って失恋したばかりの私達は、元彼を忘れさせてくれるような、面白い人との出会いを求めていた。そこで、顔の広い岡田君に合コンをセッティングしてもらったのだ。しかし、どうやら「面白い」の方向性が違っていたようだ。  私達の自己紹介が終わったとき、林という男が突然、 「君達三人がここに揃うなんて奇跡だ!」  と言い、興奮した様子でこう続けた。 「君達の名字は、何と日

宝くじ魔法学校 #毎週ショートショートnote

 俺が《宝くじ魔法学校》というアカウントでTwitterを始めたのは十年前のことだ。最初のツイートは、  宝くじを買う前日は塩で頭を洗い、心身を清めましょう。  もちろん、何の根拠もない出鱈目だ。  だが、そんなふざけたツイートが徐々にウケ始めた。俺は校長、フォロワーは生徒、という謎のお約束ができあがり、コメントやリツイートをされるようになった。  しかし、出鱈目でもネタは尽きてくる。ある日、俺はヤケになってこんなツイートをした。  売り場の前で三回回って、隣の人の尻

運試し擬人化 #毎週ショートショートnote

 ミイラ取りがミイラになるとはこのことだ。 「総理、そろそろ解散時期を決めて頂かないと」 「あと少しで運試し期が来そうなんだ。それまで待ってくれ」  私には目もくれず、スマホ片手に総理が言った。  今、あるスマホアプリが日本を席巻している。  自分の行動をアプリと連携させることで、自分の運を育てるゲームアプリだ。基本情報を登録すれば、自分の運気が赤ちゃんの姿に擬人化され、画面に浮かびあがる。妊婦や高齢者の手助けなど、ポジティブな行動をすると、その子が育っていくのだ。運試

執念第一 #毎週ショートショートnote

 「お客様第一よりも執念だ! 執念第一で契約を取ってこい!」  それが口癖だった上司のパワハラのせいで退職した私は、その後も上司の顔がフラッシュバックする症状に悩まされていた。  テレビ体操第一を見て動悸がしたり、運転中、安全第一の看板に動揺して事故りそうにもなった。《第一》という字を見ると《執念》を連想し、上司の顔が浮かぶ。そんな呪いをかけられているようだった。  今、私の唯一の楽しみは、娘が出場する陸上大会を観にいくことだ。リレーの選手に選ばれ、頑張る娘を見ていると

クリスマスカラス #毎週ショートショートnote

 「お父さんの嘘つき!」  今日、息子がサンタクロースの正体を知ってしまった。翔はまだ4歳。現実を知るには早すぎる年齢だ。 「サンタなんかいないって、誠くんが言ってた! 本当は…本当は…」 「待て、翔! それ以上言うな!」  翔がそれを口にするのが耐えられなかった私は、近所の悪ガキ、誠を恨めしく思いつつも、翔の口を塞いだ。 「いいか、翔。サンタはクリスマスが近づくと仮面ライダーみたいに変身できるんだ。人間が気づかないだけでサンタはあちこちにいる」 「そうなの?」