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花丸恵の掌編小説集

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自作の掌編小説(ショートショート)を集めました。
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2023年7月の記事一覧

夜食の相談 #短編小説

 「食べる夜食を、おにぎり、うどん、ラーメンの三種類から選べるようにしてみたんです! それでも、いらないって遠慮するんですよ。どうしてかなぁ」 「はぁ……」  由海は、隣にいる男の《相談》に耳を傾けながらも、そりゃあそうだろうな、と思っていた。  話は五分ほど前に遡る。  由海は、勤めている病院の中庭で昼食をとろうとしていた。  きれいな花壇や、家族に車いすを引かれて笑顔を見せる患者さんを眺めながら、いつものベンチに座り、ほっと息をついたところだった。  本日のメニュー

スクーターブルース #短編小説

 消えた鍵を探し続けて、早一時間。  オレは燃えカスのようになっていた。思い当たる場所はすべて探し尽くした。これ以上、どこを探せと言うんだ。  約束の時間まであと50分。最低でも、40分後には家を出ないと、間に合わない。  いつもオレの家には誰かしら家族がいて、普段は鍵を掛けなくても出掛けられる。父親は週の半分はリモートワーク、母親のパートも週三回、示し合わせているのか、二人の外出が重なることはない。ゲーム好きの弟は土日は家にいてゲーム三昧だし、ばあちゃんも、病院以外は家に

私の日 #短編小説

 「私の日……?」  莉子はリビングの壁に掛けられたカレンダーを見ながら呟いた。  8月25日に大きく赤い丸がしており、大きな字で《私の日》と書かれている。莉子が叔母の柊子のマンションに来てからすでに3週間が経つ。来たばかりのとき、カレンダーにこんなことが書かれてあっただろうか。そう首をかしげていると、柊子が頭をバスタオルで拭きながら、風呂から上がってきた。 「莉子も早く入っちゃいなよー」  柊子はそう言うと、冷蔵庫からチューハイを取り出す。 「また飲むの?」  莉子が驚く

喫茶・街クジラの閉店 #短編小説

 「街クジラ?」  涼太が闇雲に街を歩いていると、おかしな名前の喫茶店に辿り着いた。年季の入った看板を見上げると、やはりそこには《喫茶・街クジラ》の文字がある。  恋人の真里菜にフラれてヤケになり、歩き続けて、そろそろ二時間。休憩がてらコーヒーでも飲もうと思った涼太は、重そうな木の扉に手をかけた。  カランコロン。ドアベルの優しい音が鳴る。  店に入ると、殺風景で飾り物がほとんどない。違和感を覚えながら、店内を見回していると、奥から店主らしき白髪頭の男がやってきた。 「