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劇場版ヴァサラ戦記:イザヨイ島の歌人


歌人のサイカ
イラスト提供:ロロたんめん様




ヴァサラ軍の本部、その中でも特に大きく、隊長会議にも使われる覇王ヴァサラの隊舎。
そこにいつもの三人、ジン、ルト、ヒルヒルが呼び出される。

「集まったか…今回はお前らに任務を与えようと思う。イザヨイ島の警備じゃ」

普段『警備』といえば確実にブーイングだろう三人が目をキラキラと輝かせる。

イザヨイ島は島全体が歓楽街のようになっており、並み居る音楽家たちがそこで演奏し、酒を飲み、騒ぎ、遊び、笑い合う場所だ。

「イザヨイ島っていったらよ!一度は誰もが憧れる島じゃねぇか!俺も行ってみたかったんだよな〜ヴァサラのじいちゃんも太っ腹だぜ!」

「うんうん!こりゃ日頃からラショ兄の右腕として活躍してる俺様へのご褒美だな!」

「ボクあそこの島で活動してる音楽家チームのサード・タイム・ラッキーってグループの大ファンなんだ!知ってる?ボクたちヴァサラ軍を紹介する歌とかを国中に広めてるんだ!」

「遊びに行くのではないわ戯けどもッ!」

「「「痛っっ!!」」」

三人に容赦ない拳骨が飛ぶ。

「まったく…警備じゃと言っておろう。」

ヴァサラは困った表情で三人を見る。
この調子で大丈夫だろうか。任務を忘れて大事件でも起きたらヴァサラ軍として汚点になる。
それどころか『守るべき市民』を犠牲にすることになるかもしれない。

「ごめんよおじいちゃん。でもさ、警備なんて島だけでやるもんじゃないの?そりゃ頼ってくれるのは嬉しいけどさ…」

ルトはぶつぶつと疑問を口に出す。

「警護対象が『歌人のサイカ』でもか?」

「か、か、か、歌人のサイカ!?」

ヴァサラの言った警護対象を聞いてルトは目を丸くして驚く。

他の二人も同じように口をぽかんと開けたまま驚いている。

「さよう、国一番の歌手。歌人のサイカが今回の警護対象じゃ!」

「お、お、オイオイ、待ってくれよじいちゃん!あんな奴の警備を俺たち三人だけで?そりゃムチャだろ!!」

「猛吾様の部下だった頃からその名は聞いてたぞ!『人の悲しみや苦痛や苦しみに一筋の光を差す』歌人ってやつだろ!」

「歌っている途中に聴いている人が泣き崩れてうずくまるって現象が起きるって話だよ!」

「人の心をそこまで揺さぶるのはわしにもできぬ。だからこそその力を危惧する輩や悪用しようとする輩がいるのじゃ!他の隊長や隊士達も全員島へ向かわせる。これはヴァサラ軍で最も困難な『警備』になるはずじゃ!心して行け!良いな!」

ヴァサラは三者三様の驚き方をする三人に活を入れると島へ行くための船の説明を始める。

「わしが用意した船がある…あるのじゃが…」

ヴァサラは口ごもる。

「三人にはその前にこの『刃更(※)』という豪華客船に乗ってもらいたい。ここの社長が関わる船に事故が多いのでな…特に多いのが沈没事故じゃ…確証はないが…」

「だから俺達だけ残したってわけか、どっちも完璧にこなしてやるぜ!なぜなら俺はこの国の覇王になる男だからだ!」

ジンは自分の信念を再度口にし気合を入れる。

「心強いな、ジン。ルト隊長、ジン、ヒルヒル。この話はくれぐれもその船に乗っている者たちにはしないように!不安を煽らず捜査を進めてくれ、イザヨイ島で会おう。私と総督もすぐに合流する。」

ヴァサラ軍の軍師であるシンラが任務の補足をし、三人を送り出す。


(※)船での話はヴァサラ戦記×USJに記載しています。


イザヨイ島に最初に着いたのはパンテラだった。
パンテラは十一番隊の仲間を引き連れ、歓楽街を歩き回る。

「ボクちゃん一番乗り〜★で?そのサイカってのはどこにいるんだっけ〜?」

「明日の朝に着くって総督が言ってただろ。聞いてなかったのか?」

十一番隊の副隊長、ニルヴァーナがパンテラに確認する。
どうやら本当に聞いていなかったらしく、「そうだっけ?」というふざけた返事が返ってくる。

「そうだ、もう一つ任務があっただろ?」

「ウヒャヒャヒャ!そっちは覚えてるよォ〜だってそいつらは喰べちゃっていいんでしょ〜?ぺろりんちょ★」

パンテラはまるで子供のようにはしゃぎだす。彼にとっては戦闘が一番の楽しみらしい。
そんな彼に警備という仕事はかなり不向きな気もするが…

「ところでさ、この島には島一番の強さを決める大会があるんだよね?ボクちゃん達も出てみない?」

「お頭、ジンも待たなきゃならねぇし、流石にそんな時間はないぜ?」

もう一人の副隊長であるスレイヤーがつまらなさそうに告げる。
その大会に出たいのは十一番隊全員同じ気持ちだろう。彼等は天下のヴァサラ軍イチの戦闘狂集団なのだから。

さらに悪いことに、彼らは別の任務を済ませてからここへ向かう隊員のジンとの合流を待たなければならず、どこにも行けない状況だ。

「他の入り口に他隊の隊長達も続々到着するはずだ、こればかりは仕方ないだろう」

「やれやれ…退屈だねェ」

ニルヴァーナに嗜められたパンテラは大人しく座り込もうとした。

その瞬間

「お前らも戦いに参加しろ!ここでだぁ!」

「そうだ!ぶち殺してやる!」

「ハハハハハ!強制参加強制参加!」

パンテラが参加したがっていた大会の会場から参加者らしき人々が数人現れ、剣や鈍器、鎖鎌などあらゆる武器を携えてパンテラ達に襲いかかる。

その表情は全員同じものだった。
まるで至上の喜びを得たかのような狂気的な目と、口からは涎を垂らしていた。

「ん?これって…総督が言ってた『症状』の出てる人達だよね。」

「ああ、完全に特徴が一致している」

「特徴が一致している」の言葉を聞いた瞬間、パンテラは満面の笑みを浮かべる。

「ウヒャヒャヒャ!ってことは『ボクちゃん達が待ってたらいきなり襲われた』ってことで、『市民を守るため』って名目で戦えるよねぇ?」

パンテラは嬉しそうに刀を抜く。

「う~む、さすがお頭、最適解ですねぇ…」

「やっちまうか」

「ゾクゾクするわぁ〜」

「おいおい、勝手に盛り上がるな、俺も混ぜてくれよ。」

十一番隊の隊員は全員自らの得意な武器を抜いて楽しそうに構える。
戦えないことにフラストレーションを抱えていたのは全員同じことだった。

ラショウが着いた場所は比較的平和な場所だった。
祭りだろうか屋台が立ち並び、親子連れやジンたちと同じ年齢の人々であふれかえっている。

「ここは平和っすね、隊長、何か食ってきたらどうですか?ヒルヒルもまだでしょ?」

「必要ない…」

いつも忙しいラショウの身を案じタジョウマルが提案するが、ラショウはそれを一蹴する。
何事もなければそのままヒルヒルを待つつもりだが、ふと化け猫の子どもが足元を走っていくのが見え、思わず目で追う。
ここは妖怪差別などないのだろうかとラショウは考える。

「お姉ちゃん!遅いよ〜次あっち!」

「嫌だよ、次あっちだろ!」

「そっちはさっきも行っただろ!ふざけんなよ!」

おかしい、明らかに妖怪の種類がが多い。
化け猫一匹なら分かる。小僧狸、河童の子どもが次々と来るこの状況は明らかにおかしい。

「あ!ラショウ君だ!おーい!ラショウく〜ん!」

「ルナ…」

ラショウは頭を抱える。
自分と同じ半妖、淫魔(サキュバス)の半妖であるルナが島に来ているのだ。
彼女とラショウは幼い頃に知り合い、一時は離れ離れになったが、最近ある事件(※劇場版ヴァサラ戦記参照)で一緒に戦った仲で、多少なり昔の関係に戻っていた。
だがここにいるのは聞いていないし、何より任務に巻き込みたくなかった。

「アタシは観光で来たんだ!子どもたちにも遠出させたいしさ」

「そうか…」

ルナは身寄りのない妖怪の孤児院のようなものを一人で切り盛りし、たくさんの子どもの妖怪を育てている。

「ラショウ君は?任務?」

「そうだ…」

「そっか、明日はねーあの歌人のサイカが来るんだよ!アタシそれ聴きに来たのもあるんだ〜」

『うわっ、モロに被るときに来ちゃってるよコイツ…』

ラショウはらしくないツッコミを心の中ですると、また黙り込むが、見かねた副隊長のツバキがラショウを後押しする。

「せっかくだから行きなよラショウさん、色々話したいこともあるでしょ?」

「ない…」

「なんでよ!久しぶりに会ったんだから色々話してくれてもいいじゃん!」

「三日前に会ったばかりだろう!」

「三日前『も』前じゃん!」

「『たった』三日だ!とにかく、ケガするなよ」

「はぁ、もう…任務頑張ってね」

ルナはそれだけ言うと子供たちとともに去ってゆく。

「隊長は冷てえなぁ〜」

「そうじゃねえだろ脳筋馬鹿、あんなに喋る隊長見たことあるか?」

「お喋りは終わりだ」

ラショウが見ている方向にヤクザ風の男たちが立っており、他の隊長達が戦っているのと同様の表情をしていた。

「ショバ代も払えない屋台を潰せぇ!」

中央の男が叫ぶ。

「屋台へは一歩も通すな…」

ラショウの命令と共に一番隊が迎え撃つ。

ハズキはイザヨイ島の医療機関が出した特殊な船で港に停泊していた。
港にはあの狂気的な状態が末期症状のようになり、涎を垂らしながら白目を剥いているおびただしい数の患者がおり、港の小屋近くの診療所を始め、港の小屋を全て無菌室に変え、病院のようにしてハズキが指揮を執る。

「いいわね、六番隊!診療所の皆!医療船に乗ってきた医者の皆!誰一人死なせるんじゃないわよ!」

「「「「「はい!女王様!!」」」」」

ハズキの一括に全員が応える。

ヒジリは歓楽街の中枢、飲食店の立ち並ぶ場所に来ていた。
団子屋を見つけ、ゆっくりと腰を下ろすと見慣れた人影がある。

「ホッホッホッ、これはこれは」

「またお会いしましたな…」

独特の雰囲気を醸し出す盲目の男は『風剣の寅』ヴァサラ軍最大の敵カムイ七剣の一人である。

もっともヒジリも寅も互いの素性は知らないが。

「実に賑やかできらびやかな場所ですな…」

「ホッホッホッ、わかりますかな?」

「ええ、わかりますとも…目が見えないからこそ見えてくるものもあるんでごぜぇやす…」

「それはそれは、わしも見てみたいものですなぁ」

二人は団子をつまみながら話を進めていたが、突如として数人の客が同様の状態になり暴れ出す。
ヒジリはそれを一瞬で斬り伏せると、また寅の隣に戻り、団子をつまむ。

「何か…トラブルがありやしたか?」

「まぁまぁ、お気になさらず、お店の方が派手に転んでしまったみたいじゃ…わしも片付けを手伝うとするかのう…」

「では、あっしがいると邪魔ですな。またどこかで…」

寅は杖をつきながらその場を後にする。

「ホッホッホッ、クマさんガラさん、それとヨタローよ。その倒れている者たちを捕縛するのじゃ…若様に報告しないとならんからの」

「大じいのやつ、全く衰えてねえな」

「当ったり前でい!あの人は無敵でい!」

「俺もあんなふうになれるのかな?」

副隊長のクマゴロウとガラ、その二人にいつもくっついているヨタローがヒジリの強さを口々に称賛する。
確かにあの人数を一瞬で斬り伏せるのはさすが『伝説の人斬り』といったところだ。
全盛期には巨大な龍の首を斬り落としたなどという嘘か本当かわからない逸話まである。

ルトは別件の任務を終え、ジンやヒルヒルと港に到着し、各々の隊に合流するために一度解散する。

そのままの足でルトはヴァサラ軍が今日泊まる予定の宿泊施設へとたどり着く。
その瞬間、こちらへ勢いよく走ってくる女性がいる。
副隊長のマルルだ。着いてくるように旦那であり同じく副隊長のロポポもやってくる。

「坊っちゃん!無事で何よりだわ!!ケガはない?疲れてない?早く施設の中で休みなさい、ね?」

「ママン、そんなに矢継ぎ早に言ったら困っちゃうだろう?ま、僕は聞き逃さないけどね〜?マイハニー」

「あらぁ、やだあなたったらぁ♡」

「あ、ハハハ…ボクは先寝るね…」

二人のラブラブトークを流すようにルトは宿泊施設に入る。
そこにはルトが大ファンと言っていた音楽家がいた。

「わぁ!サード・タイム・ラッキーだ!」

「ん?知ってくれてるの?」

「もちろんだよッ!ボク大ファンなんです!」

「そっか、今日明日は俺達もこの島で練習するから良かったら聴いてく?」

「いいの!じゃあボクVASARAが聴きたい!」

ルトはまるで年相応の子どものようにはしゃぐ。
普段は隊長として背伸びしているが、本来彼ぐらいの年齢ならこれが普通だろう。
ルトは喜々としてメンバーのいる部屋へついていく。

外にはいつの間にか大量の暴徒がいた。
全員同じような症状で、今にも施設を破壊しそうな目つきをしている。

「パパン、提案なんだけど、坊っちゃんは休ませて私達だけで戦わない?」

「名案だね、マイハニー」

さすがは夫婦であり、ヴァサラ軍創設メンバー。
二人の刀から出る波動は共鳴し絶大な力を纏う。
隊長がいなくても戦えるだろう。

イブキは港に着くなり盛大に嘔吐する。
船で酒を飲んでしまったことの弊害だ。

「オエエエエ!!気持ち悪い…飲みすぎちゃった~」

「全く…私たちが最後じゃないですか!それに何なんですか?『乗る船間違えたって』もうすぐでイブキ隊長、渦に飲み込まれるところだったんですよ!」

「隊長、気をつけてくださいね」

「ごめんごめん」

イブキを強く叱責するのは副隊長のアンリ、軽くたしなめるのがギョウアンだ。
それでもイブキは飄々とした態度で笑っている。

「お、ここが怪しそうだ〜」

イブキはそう言うと遊郭と書かれた場所に入ろうとする。

「何適当言っとんじゃエロ親父!!」

「痛ったぁ」

アンリはイブキを思い切りビンタする。お決まりの光景だ。

「お客様、入店しないなら殺しますよ」

遊郭の店員だろうか、銃を構えてイブキ達に訳のわからない脅しを行う。
他のヴァサラ軍が戦っている相手と同じ表情をする店員達、イブキはこれが会議で言っていたものだとすぐに理解する。

そして引き金を引く瞬間に、全員を居合の要領で斬り裂く。

「御免よぉ…少し眠っててねぇ。やれやれ…厄介な事が起こってるねぇ…」

イブキは落ちてしまった帽子をゆっくりとかぶり直し、表情を変える。
同時に副隊長達の顔にも緊張の色が浮かぶ。
普段やる気の欠片もないイブキが真剣になるときは必ず重大なことが起こっているからだ。


各隊の隊長達が港へ到着していたが、セトが隊長を務めていた九番隊だけは港へ着くことはなかった。

数時間前

「おいヤマアラシ、俺達が港一番乗りだぜ!」

「そいつァやべぇな!」

副隊長のヒューガとヤマアラシがいつものやり取りをしながら上陸すると、スーツを着て葉巻を吸っている男に刀を向けられる。

その後ろには軍服のようなものを着た男たちもいる。

「ヴァサラ軍だな?わざわざ島までご苦労なこった…ここで殺っちまってもいいが、テメェらクラスじゃ一円にもなりゃしねぇ…とりあえず黙って捕まってくれ。なァに、人質になってもらうだけさ」

体調が悪くなるほどの紫煙をくゆらせながら男が笑う。
『手を出さず降伏しろ』ということだろうが、ヴァサラ軍にそんなものは通用しない。
副隊長二人と隊員は剣を抜き応戦しようとするが、スーツの男の後ろにいた他とは違う軍服(司祭のような服にも見える)の男がゆっくりと前に出て突然頭を下げたため、全員呆気にとられた。
色違いの軍服ということはこの男は軍服達のリーダーだろう。
そんな男が頭を下げるとはどういうことだろうか。

「失礼しました。私は『表現良化隊』のリーダー、オーサムと申します。危険な思想は危険な言葉から生まれるをモットーに活動しています。貴方方が警護する『歌人のサイカ』の歌には過激すぎる言葉が多いんです。だから止めなければならない…お願いです、警備をやめてください!」

「やめたらどうするってんだ?」

「サイカの歌を止めさせます。実力行使も視野に入れて」

「そいつァ無理な相談だな!」

ヒューガとヤマアラシは改めて剣を抜く。実力行使などという相手を放置しておくわけにはいかない。

「よう、兄ちゃんたち、あんまりなめんなよ?オーサムとは利害一致で手ェ組んでるだけなんだよ、サイカの歌があるせいで俺達の『麻薬による支配』ができねぇんだ…俺ァ優しくねぇぞ?降伏しろ。この島にこのルチアーノに逆らうやつァ必要ねえ」

「口じゃなくてかかってきたらどうだ?こんなふうにな!」

ヤマアラシはその巨体からは想像できないほどのスピードでルチアーノの背後を取る。
確実に取ったはずだった。

「え?なんだ、コリャ…」

ルチアーノの体を貫いたと思った剣は空を切り、三半規管が壊れたかのように体が強く反転し、地面に叩きつけられる。
その間、ルチアーノは一歩たりとも動いていなかった。

「靴にホコリがついちまうだろうよ。」

ルチアーノは愚痴をこぼしながらあっさりとヤマアラシを捕縛する。

「こいつァ…やべぇな」

「ヤマアラシ!今助ける!」

「『風を使った範囲攻撃で怯ませてヤマアラシを奪還してやろう』…ですか」

「え…」

『何だコイツ…なんで俺の思考が読める…それにヤマアラシのヤツは名乗ったか!?』

ヒューガが読まれたことに動揺し、極みを使う前に、オーサムに制圧される。
オーサムの言った言葉は一字一句変わりなくヒューガが思ったことだった。

「さすが良化隊隊長『未来予知のオーサム』様だなァ」

ルチアーノがにこやかにオーサムの肩に触れようとするが、オーサムはルチアーノの首に刀を突きつける。

「なんの真似だ?あ?」

「私の前で汚い言葉を思い浮かべるな…二度とだ」

「ああ、わかっちまうんだったな。難儀な極みだな、オメェはよ…落ち着けよ、仲良くやろうぜ」

ルチアーノは笑顔を崩さず新しい葉巻に火を点ける。

「撤退だ!野郎共!」

「私達も撤退しましょう。あの二人は連れてきてください。交渉に使います」

「そいつァ俺達の得意分野だ、預かるぜ…」

ルチアーノが部下たちに促し、ヤマアラシとヒューガを連れ帰り、港は静けさを取り戻す。


ジンはもう一つの任務を終え、パンテラ達の元にたどり着くが、すでに大量の敵が転がっていた。

「遅かったねェジンちゃ〜ん、ボクちゃん達が全員倒しちゃった…ごめんねぇ〜」

「久しぶりに暴れましたからねぇ~」

「お頭、ジンにも分けてやらなきゃかわいそうって言ったろ?」

「パンちゃんは我慢できないから…」

十一番隊の面々が口々にジンに謝罪する。
ニルヴァーナがジンの隣に座り、申し訳なさそうな顔をして更に言葉を続ける。

「悪いことしたな、俺達も久しぶりで燃えてたんだ…お前だって久しぶりに斬りたかったよな」

「ハ…ハハ…ハハハ…」

『価値観どうなってんだよ…』

ジンは心の中でつぶやきながら同じ任務をこなしていた残り二人を心配していた。
きちんと隊と合流出来たのだろうか、と。

ラショウ達は次々と敵を倒していく。
他の隊よりも明らかに数が多いが、ラショウにはたいしたハンデではない。
ヒルヒルもヘトヘトになりながら合流し、ラショウの近くに座り込む。

「やっぱラショ兄は強ええな!うんうん!」

「ラショウ君!何この人達?ビックリしたぁ…」

祭りの屋台の中にも同様の状態になっていたものがいたらしい事にルナに言われて気づいたラショウが少し眉をひそめる。
ルナが強かったから良かったものの、その見落としは完全に判断ミスだ。
副隊長を向かわせるべきだったとラショウは後悔する。

「あ〜!!お前はあの時の!」

「ヒルヒル君じゃん!久しぶり!」

ヒルヒルとルナは互いを指差して大声を出す。

「ラショ兄に守ってもらったのか?」

「そうだよ!やっぱり強いのラショウ君!」

「当たり前だよ!なんたって俺様の兄貴だからな!」

「静かにしろ…ヒルヒル、悪かったな、ルナ…お前に剣を抜かせるつもりはなかった…」

二人の謎の盛り上がりを、ラショウが一喝する。
再び敵に勘付かれてしまっては屋台を守った意味がない。

「え?いいよ、そんなの!気にしないで!アタシも子ども達守るのに必死だったし…ラショウ君たちがここで食い止めてくれなきゃやられてたよ。やっぱりラショウ君はアタシのヒーローだね!」

ルナは屈託無い笑顔をラショウに向ける。

『昔から変わらないな…コイツ…』

ラショウは心の中でつぶやくとヒルヒル達を連れて集合場所へ向かおうとする。

しかし…

「え?何々!?恋のライバル出現!?ラショルナ!?一番隊ならラショヒルもあるし…え?え?待って待って!?ラショパン、パンラショも捨て難いし…はああ…尊い…」

「ズバリ!コレは恋ですねぇ…」

「馬鹿なこと言ってないで少しは働いたらどうだ?」

五番隊副隊長のモエとオルマが好き勝手に話し始める。
隊長不在の副隊長達は、別の隊と同行することになっているのだが、こいつらは完全に地雷だったかもしれないとラショウは心のなかで思いながら宿舎へ向かう。

ルトは外が騒がしい事に気付き慌てて宿泊施設の外へと出る。

そこには大量に倒れている敵がいた。

どうやらロポポとマルル二人で倒してしまったらしい。
流石はヴァサラ軍創設メンバーといったところか、強さは全く衰えていない、それどころか極みの練度は上がっているようにさえ思える。

「あら、起こしちゃった?ルト坊っちゃん、敵ならあたしたちが倒したから安心しなさい。いやーそれにしてもパパンの戦いぶりったらもう♡出会った頃を…昔を思い出しちゃった♡」

「僕の方こそ惚れ直したよマイハニー♡ま、毎日毎日惚れ直してるけどね♡」

「パパン♡」

『もっと音楽聞かせてもらえばよかった…』

ルトが心の中で呆れ、部屋に戻ろうとすると同時にヴァサラが宿舎へやってくる。

「疲れているところ済まぬが、ルト坊…緊急会議じゃ」


宿舎の広間にラショウを筆頭に十二神将が集まる。
最も今は隊長が数名いないのだが…
十一番隊隊長のパンテラはいつもの遅刻だろうが、ほかの十二神将は今は亡くなってしまったものや、行方をくらましたものばかりだ。
さらに総督であるヴァサラも倒れたことがあり、完調ではなく、戦闘力が昔よりも明らかに減退していることは否めない。

「集まったな、十二神会議を始める!その前に…入れ」

ヴァサラに促された男はゆっくりと広間へ入り込む。
ギターを肩にかけ、全身黒の衣装につばの広い黒いフェルトハットを目深にかぶった男は嗄れた声で自己紹介を始める。

「サイカです…」

その一言で広間はどよめく。歌人のサイカ。確かに声は聞いたことがある。容姿も似ているから『もしかして』と思っていたが本物のサイカだ。
彼は歌を歌った後『また生きて会いましょう』の一言ですぐにステージから去ってしまう。
アンコールも喝采の拍手を聞くこともなく。
だから誰にも会わないと思っていた。

「警護にあたるものには来てもらうのが一番だと思ってな、ここに呼んだのじゃ」

「あ〜、遅れちゃったァ★すいやせん」

悪びれもせず座り込もうとするパンテラだったが、サイカを見て笑う。

「歌人のサイカだね?あんたの曲聴かせてもらった。声も曲調も詞も万人受けするような代物じゃない。でもこの音を止めたら何人の人間が犠牲になるだろう。そんな曲だよね?ボクちゃんも極みの性質上、音には詳しくてねェ〜」

「ありがとうございます…」

音の極みを使うパンテラにはサイカの曲の重要性が一番分かるのだろう、いつもの煽った感じではなく表情はかなり真剣だ。

遅刻に対して毎度のように突っかかるラショウすら黙ってパンテラの言葉を聞いていた。
それほど『音』の力を持つものの意見は今回の任務において重要なことだからだ。

「だからこそわしらが護らなければならぬ。じゃが、敵勢力も相当じゃ、九番隊はまだ姿すら見せておらんのから、相当苦戦しているのじゃろう。これから…」

「待ってくれる?おじいちゃま」

ヴァサラの話をハズキが遮り、サイカに視線を移す。

「サイカってもしかして『無能のサイカ』?アサヒ隊長がよく噂してた人と特徴も合うのよ、ね、イブキ」

「そうだねぇ…アサヒ隊長が毎回のように話していた人物が君だったなんてねぇ…」

二人の言葉にサイカは少し口角を上げる。

「アサヒさん、懐かしいです…その呼び名で自分を呼ぶと怒られたんだよな」

「無能?国一番の歌人。伝説は色々聞いてるよ。無能だなんて誰も言わない、一番遠いところにいる人じゃん!」

ルトは驚いたように大きな声でサイカに告げる。
『国一番の歌人が無能ならこの国中無能の集まりになっちゃうじゃないか』とでも言いたそうな声である。

「だいぶ昔の話になりますが…話しておいたほうがいいですよね。大した話ではないのですが…」

サイカはゆっくりと口を開き始める。

「待て、まずは敵勢力について話すのが先決だろう。過去はいつでも聞ける。話せ、総督…」

ラショウはサイカの言葉を止め、ヴァサラに敵勢力の話を促す。

「はぁ…全く、客人に対して失礼なヤツよ…じゃが一理あるか、サイカよ、済まぬが一度敵の話をしてからで良いか?」

「俺の話はいつでもいいんで…」

「ええ〜?ボクちゃん知りたいなぁ…国一番の歌人が誕生した秘密。敵なんて全部ボクちゃんが喰べちゃうしねぇ…ぺろりんちょ★」

「バカが、横槍を入れるなら出ていけ」

「なんだよラショウちゃん、ご機嫌ナナメ?お祭りデートの後の会議は退屈かい?」

二人の間に火花が散る。

「静かにせんか戯けども!良いか、今回の敵は国中の裏社会を牛耳るマフィア、『ユートピア』。それに美しい言葉と心の実現を目指す団体『表現良化隊』。この二団体が手を組んでサイカを狙っておる。こやつの『言葉』を狩るのが目的じゃ!先の暴れる市民はユートピアの作る麻薬『ユートピア』の中毒者というわけじゃ、既にあれほど蔓延しているということじゃな。ユートピア並びに良化隊の隊員は見つけ次第捕縛せよ!」

ヴァサラの演説で皆の表情に緊張感が増す。組織の規模だけならカムイ軍以上かもしれない。

「麻薬中毒者は症状が出るまで誰が使っているのかわからないのも痛いわね。使われてるのは砂糖や塩、ルチアーノの極みが何かで麻薬になってるわ…末期状態の人の血液を採取したけど薬の反応もなし。証拠を集めて穏便にってわけにはいかないみたい」

「でもさ、なんでたった一人の歌手を狙うんだろ?影響力があるとはいえ放っておけばいいじゃないか。良化隊だって、他の人にも矛先を向けるべきじゃない?悪影響を与える人なんて他にもたくさんいるでしょ」

ハズキが麻薬についての補足を終えた後、ルトが疑問を声に出す。
確かにたった一人の歌手ぐらい放っておけばいい。
良化隊の思想上汚い言葉もたくさん入るサイカの曲は検閲対象だろうがマフィアと手を組んでまで潰したい『歌』は明らかに異質だ。

「こやつの極みは『詩(ことのは)の極み』…とわしが説明するよりサイカの過去を改めて聞いたほうが良いじゃろう。なぜこの男の歌が、言葉が、あれ程の人を涙させ、突き動かすまでに至ったのか…その全てを」

サイカはヴァサラの言葉を聞いて、帽子を深くかぶり直し、自分の過去を語り始めた。

「俺は誰かを救えるような人間でもないし、立派な男でも覇王でもない、俺はこの国で『最も価値のない人間』だったんだ」


ー数年前ー

ここはカミツレ村
豪農や商才のあるものが上に立つ村。

サイカは自分の価値がわからないでいた。
生まれてから一度も『何もかも』人より優れてできたことはなく、毎日が虚しく過ぎていく。

何かで一番になれないなどのプライドの高い悩みではなく、何もかもが人並みにできないのだ。

こういう男だから特に当たり障りのない食料関係の商人になり、豪農である主人のために心血を注ぐことに決める。

それでもミスばかり繰り返し、自分から何かを買おうというものは誰一人としていなかった。

人々は彼を『無能のサイカ』と呼び、自分らより低い者として見下す。

今日もサイカは主人に怒られていた。

「なんで今日も米が売れねぇんだ?米なんて誰でも売れるだろ?人間ならな」

「すみません…」

「この国は戦の真っ只中だ。食料、ましてや米なんていくらでも売れんだよ!」

「みんな、俺の事無能だって…無能が売る米には知能が欠落する病原菌があるから買わないって」

自分で言っていても辛いのか、サイカは腕を握りしめて手を震わせる。

しかし、主人は笑いながらサイカの腹を蹴り飛ばす。

「ハハハ、何だ?その言葉に一つでも間違いがあるか?言い訳しないで売りゃいいんだよ!」

サイカは蹴られ、吹き飛んだ拍子に扉にぶつかり、扉が歪む。

「またやらかしてくれたな。扉、弁償しろ」

「今のは俺じゃなくて…」

「給料から引いとくぞ…いや、お前なんか給料はいらねえか…人間じゃないもんな、水だけで暮らせるだろ?」

主人はサイカを追い出すと、扉の鍵を閉める。

ゆっくりと起き上がったサイカは、あてもなくふらふらと歩き出す。

彼には身寄りもなく、家はボロ屋敷だった。
だからこそ戻ってもみじめになるだけだ。
気を紛らわせてくれるのは、いつも持ち歩いているゴミ捨て場から拾った調律の狂ったギターだけ。

『俺は…いらない人間なのだろうか…』

『誰もが俺を蔑み…笑う…』

『店の売り上げが盗まれたときは疑われた…』

『やっぱり…俺は…いなくなったほうがいいんだろう…』

サイカは米俵や商品をまとめる麻縄を足が届かない木に括り、首を吊る準備を始める。

首に縄を括り、地面に飛び降りる。

『これでやっと死ねる…』

しかし、サイカの体は吊られることなく地面へと落ちる。

「え?」

縄を見ると刀で切られたような跡があり、目の前にはひげを蓄え、タバコを吸った男が怒りの表情で立っていた。

「おい、お前今何しようとした?」

「ほっといてください」

「あ?ふざけんなよ?ここにはなぁ、志半ばで死んでいった俺の仲間がたくさんいるんだ。そんなとこで自殺なんてさせてたまるか」

この男はいちいちそんなことを言うために助けたのかとサイカは苛立つ。
もうすぐ楽になれたというのに。

男は近寄り、木から落ちて倒れているサイカに目線を合わすと話を続ける。

「俺はヴァサラ軍二番隊隊長のアサヒってんだ」

ヴァサラ軍といえばありとあらゆる戦を解決し、あらゆる場所を平和にしているエリート集団だ。
そこの隊長ともなればとてつもない天才に違いない。
そんなヤツに自分のような無能な落伍者の何がわかるのかとサイカは鼻で笑う。

「そんな上位職の人間に何がわかるんだ、いいからどこかへ行ってくれ」

「上位職ねぇ…お前はヴァサラ軍ができたときのメンバーとか知らねぇんだな」

アサヒは困ったように笑う。
今でこそ英雄扱いだが昔のヴァサラ軍はそうではない。
あの頃を知っている人ならそんな言葉は出てこないことはアサヒ自身が一番知っている。

「ヴァサラ軍の初期メンバーはよ、何でも屋とか、漂流民、山賊、ゴリラもいたっけな…んで俺は泥棒だ」

「…」

無言で聞き込むサイカにアサヒは続ける。

「だから俺達みたいになれるように努力しろなんて言わねぇ、お前の置かれてる環境がどうだか分からねぇのに無責任なことを言うつもりはねぇよ、ただ一つだけだ。『俺はお前を笑わねぇ』」

アサヒの言葉は蔑まれ続けてきたサイカにとっては嬉しかった。それでも明日を生きる目的にはならなかった。

「ありがとうございます。でも俺は明日を生きる意味がないんです。最期にそんな言葉が聞けて嬉しかった…」

「待て待て!」

せめてこの男に迷惑をかけないところで死のうと立ち上がる腕をあわてて引き止められる。

「生きる意味ねぇ…」

アサヒは近くにあるギターを拾う。

「弾けるのか?」

「まぁ…俺のだし…」

「ちょうどいいや、俺は歌が下手でなぁ…教えてくれよ」

アサヒは少年のように笑う。
サイカも死ぬことが馬鹿馬鹿しくなり、笑う。
きっとこの男は、誰にでも本音で話しているのだろう、そういう魅力と心地良さがあった。

「わかりましたよ。ではまた」

「おう、っていうか名前聞いてなかったな」

「サイカです。人は俺を村一番の無能…『無能のサイカ』なんて呼びますけどね」

「それやめろ、自分を無能とか言うんじゃねぇ、とにかく明日、またここに集合だ」

アサヒは一方的に約束を押し付けて帰っていく。

ヴァサラ軍の隊舎に着いたアサヒは、縁側で中華まんを食べるファンファンのどなりに座る。

「随分遅かったアル」

「なぁ、ファンファン…俺達は戦以外で心を痛めてる人間も救うことができるのかな…」

「急にどうしたアルカ?」

「いや、そんなやつに会ったからよ、心が疲れちまってるやつにな…」

「…ゆっくりと向き合うしか無いアル、私も老師以外の人に心を開くまで相当時間がかかったアル…逆にそういう人間の心をこじ開けられる人がいるならそれはヴァサラ軍とは違った救世主アルヨ」

「…そうだな、今日はよく喋るじゃねぇかファンファン。」

アサヒは笑顔を向けると、最後の一つだった中華まんを横取りして頬張る。

「アイヤ!鼠小僧は顕在アル!」

それからアサヒとサイカは何度もあってはギターと歌の練習をしていた。
アサヒの音痴は凄まじく、全く改善の兆しが見られなかったが、サイカの歌は日々向上していく。
いや、向上していくというよりは、人々の心をえぐるような歌に変わっていた。
歌唱力というくくりではもっと上手い人もたくさんいるだろうが、独特の嗄れたような声はすべてを飲み込むような迫力さえある。

状況が変わり始めたのはそれから間もない頃だった。

サイカが自分で曲を作ったとアサヒに弾き語りを始めたその日、何かが変わった。

「聴かせてくれよ、サイカ。お前が作った曲」

サイカはゆっくりとギターに手をかけ、語るように弾き始める。

「僕は あんまり できた人間ではないから♪」

サイカの歌はアサヒすら圧倒された。その歌は誰かを救うことができると本気で思わせるほどのものだ。

「涙こらえて立ちつくす人の背中をそっと押してやる
どんな時だって優しい顔 そういう人になりたいぜ
『めんどくせぇな』って頭掻いて人のために汗をかいている
そんで「何でもねぇよ」って笑う そういう人になりたいぜ(※amazarashi:そういう人になりたいぜ)」

「どうですかね?」

サイカはギターを止め、アサヒの顔色を伺おうとするが、目の前の状況に絶句する。
どこから来たかわからない人々が数人ほどアサヒを中心に観客のように座っているのだ。

「何だこりゃ。とんでもねぇな…おい、サイカ。これがお前の力だよ」

アサヒは背後の人の気配に少し驚きながらもサイカに笑いかける。
死にたいと思っていた、誰一人にも認められなかった男が存在を認めさせた。
世の中を変えたことが嬉しかったのだ。

「あんたの歌声を頼りにやってきたんだ、どうしようもない俺達だけど、なんだか傷を洗い流してくれるんだ」

「そうだよ、悲しみが失せていくんだ。」

「なぁ…定期的に歌ってくれよ。俺たちを救うと思ってさ」

集まってきた観客は口々に言う。

サイカは少し恥ずかしそうに頬をかきながら頷く。

「いいですけど…また一週間後にここで歌いますし…」

観客達の歓喜の声が上がると同時に、アサヒが後で一緒に来るようサイカに耳打ちする。

アサヒに連れられて来た場所には水の張ったバケツが置かれていた。
いわゆる水刃式というやつだろう。サイカの育ったカミツレ村でもその儀式は行われており、何より豪農の主人に余興としてサイカ本人やらされたことがある。

「水刃式?」

「そうだ。お前は多分特殊格だろう。歌で人の心を揺さぶるみたいな感じじゃないかと思うんだよ。じゃなきゃいきなりあんなことにならねぇ…正直ビビったぜ、オイ」

アサヒはタバコに火を点けながらサイカに言う。
あの歌が何らかの極みだとしたら、あれ程の人を寄せ付ける規模は共鳴レベルだと戦経験の長いアサヒは考えていた。

『下手すりゃヴァサラの旦那クラスだぜ…何が無能だよ…』

「いや…過去に余興でやりましたけど…確かに特殊格ではありました…」

ゆっくりと剣を水につけながら精神を集中させると水の中に無数の文字が浮かび上がる。

「こりゃすげえ、見たことねぇ特殊格だ」

「詩(ことのは)の性質とか言うらしいですよ。なんでも極めると語彙力が増すのだとか」

「語彙力が増す?それだけかよ…?」

「はい…」

「本当に?」

「はい…」

「…」

「…」

「んならあの観客数はやべえだろ!オイオイオイ!俺はまさかとんでもない大スターに歌を教わってたのか!?」

テンポの良すぎるやり取りの後、アサヒが狼狽える。

こんな時代でも生きてもらいたい一心でやっていたやり取りがまさかこんな形で実を結ぶとは夢にも思わなかった。

ひとしきり慌てた後、サイカに笑いながら自分の言いたかったことを話す。

「そっか…それならよ。お前は救えるかもな…ヴァサラ軍じゃ手の届かない救うべき奴らをよ」

「救える?俺がですか…?」

まだ自信がないのか、戸惑ったような表情をするサイカにアサヒはため息をつく。

「自信を持てよ。お前は俺達にない力がある。救ってやってくれよ…違う虐げられ方をしてる奴らをよ」

「わかりました…重い任務ですね…」

サイカはアサヒに薄く笑うと、ギターを抱えて家へと戻っていく。

それからすぐサイカは世界に轟く歌人となった。
彼の歌を聴いたものの中には涙を流し、うずくまってしまうものもいた。
それはまるで『悲しみを持つ人々の心全てに共鳴』してるようにも見えた。

「だから!俺がいなきゃ歌人のサイカはあそこまで人気にならなかったんだっての!」

数年後、サイカは自分が育てたと騒ぎ立てるアサヒの姿がそこにあった。

「隊長、それは苦しいです、ただでさえ歌下手なのに…」

「オイオイオイ、ホントなんだって!アイツは昔、『無能のサイカ』って自称してて…」

「隊長って、たまに話盛りますよね…」

「オイオイオイ!」


現代

「ホッホッホッ…つまりアサヒくんに助けられたんじゃな…」

ヒジリは言葉とともにゆっくりと立ち上がりながら刀を抜く。

「そうですね、でもいきなりどうしたんです?」

「お主の力は若様やジンくんの『無の極み』に近いものがある。二人の力が『万物との共鳴』ならお主の力は『人心との共鳴』というところじゃろう…」

「そうだねぇ…だからこそ…」

イブキもゆっくり帽子を被り直し、刀を抜く。

同時に宿舎の窓ガラスが吹き飛び、ユートピアの兵隊が襲いかかる。二人はその斬撃を受け止め、サイカに逃走を促す。

「サイカよ、儂とラショウについてくるのじゃ!」

「は、はい…」

二人に導かれるまま宿舎から逃げようとするが、既にそこには良化隊の隊長、オーサムが立ち塞がっていた。

「ヴァサラ軍…ですね?あなた達と争いたくない…無駄な血は流したくないんです…だからサイカを引き渡してください。」

「そいつは出来ない相談だ…『妖の極み』…」

「やめるのじゃ、ラショウ!」

極みを発動しようとしたラショウをヴァサラが静止する。

「戯けがッ!宿舎が極みに耐えきれると思うか?全員生き埋めになるぞ!じゃが…隊長のオーサムじゃったか?お主も存分に剣は振るえまい…『交渉が通じればいいな』と思っているじゃろう?」

ヴァサラはオーサムの思考を当てていく。
まるでオーサム本人がヒューガにやったように。

「私の『繫の極み』をこうも容易く…特殊格すら使えるなんてさすが覇王ですね…」

「ふむ…じゃがお主よりは使えておらんようじゃの…お主は常時極み状態のようじゃ…人の思考が無差別に流れ込む、実に辛い人生じゃったろう…」

「『それでもサイカを人々から奪うことは許さん』ですか…わかりました、ここは引きましょう…広い会場、予告通り明日のライブで『矯正』します。こんなやり方は不公平だ、行きましょう、ディノ…」

オーサムは背後に居たディノという大男に声をかけるとその場から去ろうとするが、ラショウがオーサムの肩を掴む。

「随分と手荒い交渉だな…俺達が話している間に壊滅させようとしているわけか…」

「鬼神ラショウ、随分と好戦的ですね…」

オーサムが右手を挙げると物陰に隠れていた良化隊員がオーサムをかばうように集まる。

しかしオーサムは隊員たちを制すると、再びラショウの前に立つ。

「隊員はこれで全部…あなた方が戦闘を始める気がないなら引くと言いましたよね?」

「フン、良化隊の隊長とやらも存外法螺吹きなんだな」

ラショウは刀を抜く。

「待つのじゃ、ラショウ!」

ヴァサラの静止を振り切りラショウはオーサムに斬りかかる。

「思ったらすぐ行動、君は随分とまっすぐな男だね…ヴァサラにも君にも僕はもう少し早く会いたかったかな。でもこの場で消されるわけには行かない…ディノ、頼んだ」

「一人称変わってるぞ、オーサム。本音で話したくなったのか?」

ディノはラショウとつばぜり合いをしながらオーサムに話しかける。
ラショウの力すら片手間といった様子だ。
その様子に苛立ったのか、ラショウは刀を持つ手に更に力を込める。
さすがに圧されたのか、ディノも刀に力を込める。

「くっ…」

『何だこの力は…これが人間の力なのか?』

ラショウは半妖だ。人間の何倍も筋力も再生力もある。
それでもディノに力負けしているのだ。
その力はまるではるか昔、この地球に確かに存在した恐竜そのものだった。

「ディノ、今日は引こう」

「ラショウ、そこまでじゃ」

二人のリーダーは互いの腹心を仲裁し、去ろうとする。

「ついでに上の階を襲撃した良化隊員も止めてくれると助かるんじゃがな、雨も酷くなってきたことだしのう」

さっきまで小雨だった雨は激しさを増し、全員を濡らす。

それよりもおかしかったのはヴァサラが、ここにいる全員が『上階の襲撃』を忘れていたことだ。
まるですっぽりと抜け落ちたように上階の戦いを忘れていた。

「上階…?まさか、ユートピア!」

オーサムの表情がみるみる青ざめ、上階へ向かおうとする。

「落ち着くのじゃ、儂らの仲間はそう簡単にやられはせん。それにしても今のはなんじゃ?上階の記憶がすっぽり抜け落ちたみたいなあの感覚は…」

「ルチアーノの『害(バグ)の極み』…一部の感覚や知覚、五感などを不全にする極みだ…媒介はこの雨か?」

濡れている自分とヴァサラを見比べながら、極みの正体を考察する。

「成る程な、これがあの麻薬の正体か…相手を行動不能にするにはもってこいじゃ」

「オーサムとやら、こんな形の決着を望まぬのなら、我々の仲間を助けてはくれんかのう…上階にいる十二神将以外の者じゃ」

「フッ…無駄な長話はそのためか、相変わらず自由な総督(ジジイ)だ」

「一時休戦、手をお貸しします」

ラショウとオーサムは上階へ向かう。

「儂も、野暮用を済ませてから行くとするかのう…」

突然死角から放たれた刀の一閃を軽々と受け止めながらヴァサラは呟く。

「病み上がりの年寄りにいきなり斬りかかるとは不躾なやつじゃ…貴様がルチアーノじゃな?」

ヴァサラは目の前の恰幅のいい男を睨みつける。

「こりゃ本当に強いやつだなァ…まさに『覇王』だ!あの日カムイに勝ったってのも頷ける。」

「貴様がなぜあの日を知っておるのか、カムイをなぜ知っておるのか、聞きたいことは山ほどあるが今はよかろう。この雨も貴様の仕業じゃな…」

「よくわかってるじゃねェか…ならよォ…」

ルチアーノはヴァサラの正面に立ち、大振りの斬撃を当てようとする。

「目も見えて…「『目も見えてねェよなァ!』とでも言いたそうじゃな」

ヴァサラはルチアーノの刀を白刃取りの要領で片手で掴むと、開いている方の手で軽く押す。

ルチアーノは車に轢かれたかのように盛大に吹き飛ばされ、額から流血する。

「あァ?こいつァ…害の極みか?感覚がおかしくなりやがった、こんな短時間で習得しやがって」

「人の感覚を狂わせて弄ぶ胸糞悪い極みじゃな…引け、これ以上戦うなら容赦はせん!」

ヴァサラの威圧にやられたのかその場にいる良化隊員は震え上がり、ルチアーノは退却の合図を仲間たちに知らせる。

ヴァサラがルチアーノと剣を交えた同じ頃。

「随分と派手な挨拶ね、六魔将さん。」

ハズキはタバコに火を点けて不敵に笑う。

「こ、こ、こ、ここは禁煙です…よ」

「あら、戦前の一服くらいさせてよ。それにそんな弱いふりしなくていいのよ、六魔将『土の』モス君」

「あ、あの、その…」

六魔将とはルチアーノの腹心であり、ユートピアの最高幹部だ。

ハズキに怯える男もその一人であり、実力は充分のハズだろう。

その幹部たちが十二神将と対峙している。

「僕は君に会ってみたかったんだよぉ〜、炎のフレイ君〜君が女の子なら好みかな〜、性別どっちなんだい?」

イブキが飄々とした態度を崩さずに物陰から飛びかかるフレイの刀を受け止める。

「ニャ!?気持ち悪いやつだニャ〜酒臭いし…」

フレイは身をかがめて今にも吐きそうな顔をし、片手で自らの口を塞ぐ

「ボク達もなめられたものだよ。君たちのNo.2がどこにもいない。『響生のオアシス』、彼がいなくても勝てるって?」

ルトが刀を構えて前に出る。

「なめているのはあなたでは?」

スーツを着た男がルトに斬りかかる。
男はにこやかな表情を崩さず、乱れてしまったスーツの襟を正すと話を続ける。

「失礼、申し遅れました。私は六魔将の『雷』のローディー、以後、お見知りおきを」

礼儀正しく頭を下げるローディーにルトは調子が狂ったように頬をかく。

『う〜ん…調子狂うなこの人…』

「私はハズレですね…最弱の十二神将が相手とは…」

ローディーの言葉に煽られたのか、ルトは刀をローディーにぶつける。

「その言葉、後悔しないでね?」

「素晴らしいスピードだ。でもそれだけですね」

「「おい、お前だけ弱いやつの相手なんてずるいぞ!俺たちの相手がなんでヒジリなんだよ!」」

極み発動前に刀を弾かれてしまったらしい二人がローディーに抗議する。
双子だろうか、息がピッタリな二人はヒジリを挟むように立っている。

「ホッホッホッ、極みを発動されては宿が危ないからのう…それにお主らは見た顔じゃ…若様とさして変わらぬ年齢のはずがなぜこうも容姿が変わらぬのじゃ…のう?ディル&グレイ」

双子を警戒するように刀の柄に手をおいたヒジリは今にも斬りかかりそうなオーラを出す。
そのオーラはかつての人斬りそのままだ。

「「おいおいやる気かよ!こりゃちと分が悪いか?」」

「「一人ならな!」」

ディルとグレイが斬りかかろうとした瞬間、退却の合図が鳴る。

「命拾いしたにゃー」

六魔将は窓から飛び降りて、そそくさと退却していった。

それに合わせるように、ラショウとオーサムが部屋へやって来る。

「逃したか…」

「ご迷惑をおかけした…決着は明日…」

オーサムは誰の返事も聞かず、くるりと踵を返すとゆっくりと階段を降りていった。
ヴァサラ軍なら誰も不意打ちしないという信頼だろう。

「すまぬ、遅れた…この場所は危険じゃ…すぐに場所を移すのじゃ!」

ヴァサラの一喝で隊長達はすぐに副隊長達の部屋へ向かう。

「ウヒャヒャヒャ!ここにいりゃ敵と戦えるってことだろ!ボクちゃんここに残ろっかな〜」

一見ワガママに聞こえるパンテラのセリフは、自分が囮になって狙われるというかなりリスキーなものだ。
彼自身は何も考えていないのかもしれないが…

「隊長!俺たちも残ります!」

騒ぎを聞きつけたのか副隊長が、ジンが、口々に残留の意を表明する。

パンテラはつまらなさそうに刀を抱えると、ジンの背中を押す。

「ジンちゃんは行きなよ☆覇王になるんだろ?死んでこい」

「隊長…」

「お喋りはい〜の☆なるんだろ?覇王に?」

「はい!」

まるで自分は死なないかのような口ぶりだ。

パンテラの態度に納得したのか、ヴァサラはパンテラと数人の隊員に残留を命ずる。

「パンテラ、誰一人死なせるなよ」

「大丈夫、ボクちゃん強いから」

「ここの管理人が借りているもう一つの宿屋がある、儂らはそこへ急ぐぞ」

ヴァサラは隊員を連れ新たな宿屋を目指し、歩みを進める。

その際、ユートピアの急襲に遭うが、一人の男が物陰から飛び出し滅多刺しにされる。

ユートピアは雑兵だったらしく、一般隊員で返り討ちにすることができたが、それよりも刺された男が心配だ。

ハズキは医療器具の入ったカバンを開こうとするが、ヴァサラは余裕そうだ。

「お主の力を見せるには十分じゃろ?起きるのじゃ、ローチ」

滅多刺しにされた男はそのままムクリと起き上がる。
いくつもの致命傷があるだろうその男はまるで何事もなかったかのようににこやかに話し出す。

男の片目はトンボのような複眼で体中からはフケのような胞子を常に放っている。

「紹介が遅れたのう。イザヨイ島警邏隊隊長、『不死身のローチ』じゃ」

「ローチです。よろしくお願いします。さ、すぐに次の宿屋へ」

「いや、待て待て待て!!刀抜け!見てるこっちが痛え!」

ジンは思わずツッコむ。

「あ」

本当に忘れていたようで、慌てて刀を引き抜くその姿はなかなかにシュールだ。

「お前…人間のくせに再生系の極みか…」

「ハハハ、この容姿を人間だなんて言ってくれるのはあなたくらいだ」

ラショウの言葉をローチは笑い飛ばす。

「俺と同じ臭いがしねぇ…物の怪のニオイは俺にはわかる…それだけだ」

「あ、一本取られたなぁ…この容姿で気味悪がられると思ったけど…昔みたいに」

ローチはなおもヘラヘラとすごいことを言う。

「そんなヤツは我が軍には居らぬ…むしろ協力感謝する」

ヴァサラはローチを労うと宿屋を目指す足を早めた。


最初の宿屋に残った者達はまず、まだ敵の残党がいるかを探すフリをするために、室内にパンテラのみを残し全員が外へ出た。

パンテラの強さを信じたアンリの作戦だ。

先程の宿屋の主人曰く「新しい宿屋を作ったから壊してもいいぜ、ペェイス」とのことだ。

『早く言ってくれれば六魔将倒せたのに…だいたいペェイスって何…?』

『『『『ペェイス…?』』』』

アンリの愚痴と隊員達の疑問がシンクロしている。

しかし、敵の気配を感じたのか、すぐにおふざけ思考を跳ね除け、全員が刀を構える。

すごいスピードでやってきた男はアンリと刀を交える。

ユートピア副隊長、六魔将筆頭『響生のオアシスだ』

「EXCELLENT!良く抑えました!アンリ副隊長…でも、響の極み『残響音叉』永久響(リヴ・フォーエバー)」

「え…?」

刀を交えたアンリごとそこにいた副隊長含む隊員たちが吹き飛ぶ。

しかも全員が一撃ノックアウトだ。
隊長達ほどではないが副隊長も達人揃い。
ヴァサラに着いて行った元隊長のマルルとロポポもいないにしろ手練は揃っている
オアシスはそれをいとも簡単に倒してしまったのだ。
しかも『攻撃は当たっていない』剣閃の先端すらかすりもしていない。

オアシスは刀を構え、倒れる副隊長へ近寄る。

「呆気ない…」

そこへ飛び込むオレンジ色の髪。

パンテラはオアシスに斬りかかる。

「ウヒャヒャヒャ!いいね〜オアシス!相手にとって不足なしだよ!」

「フン…これだけの負傷者を守りながら戦えるのか?」

「守る?ジョ〜ダン、ボクちゃんそのつもりは一切ないよ」

パンテラはニヤニヤしながらオアシスに語りかける。
彼は本当に守る気がないらしい。

「ただ…」

パンテラは何もしていない『空間』を斬る。

「君の極みわかるよ〜音叉みたいに周りに斬撃や音を反響させて破壊する。そういうことだよね〜イイネイイネ!どっちかイくまでやろうよ!」

オアシスはそれでも余裕を崩さない。

「反響したものは副隊長たちに向か…」

突然目の前から居なくなったパンテラにオアシスは背後から斬られる。

「反響させて副隊長を狙えるなら狙いなよ、その間にボクちゃんが喰べちゃうけどね〜♡ぱっくんちょ☆」

「F○CK YOU!!」

二人の刀がぶつかり合う。

パンテラVSオアシス


別の宿についたヴァサラ軍、特にジン、ルト、ヒルヒルは、宿屋の主人に困らされていた。

主人の名前はディギー。
D.i.g.g.yでディギーらしい。

「だから俺達の部屋のドアの音がおかしいんだって!」

ジンは自分達隊員の部屋のドアがおかしいことを騒ぎ立てる。

「おかしくないぜ、わかってんだろ?ペェイス」

「ペ…?はぁ?じゃあ開けてみろよ」

「OK」

アッアッラララァアァ

「ほらな!なんとも言えない音だろ!アラ?は?」

「アッアッラララァアァ」

「なんでそんな音、声で出せんだよ!」

イライラがピークに達したジンが怒鳴るのをルトが止める。

「落ち着け!ジン!」

「でも、気になるよ…明日は僕達警備なんだ。早く寝なきゃ…そりゃ居心地はいいけどさ、なんとかならない?」

ルトの言葉を聞いてディギーはさらにテンションが上がったらしく、また訳の分からないことを言い出す。

「Oh!明日は祭りだ。サイカはスゲーぜ、CREATIVITY、デベデイデベデベデベデイだ」

「デベ?は?」

ルトの顔に大量の?が浮かぶ。

「明日は革命だ!REVOLUTION GYEA GYEA GYEAH!」

「ちゃんと話してよ!」

「わかってんだろ?ペェイス」

ルトが怒りの表情を浮かべて飛びかかろうとするのをジンが止める。

「落ち着けぇ!ルト!」

「ハァハァ…そうだね…寝ないといけないね」

「ハァハァ…そうだ、体力消耗してらんねえ」

「いや、俺様はこいつの言葉がわかるぞ!明日は革命が起こる!そんでドアの音はそれが普通って言いたいんだ!」

ヒルヒルの返答にディギーは笑顔で頷く。

「「マジか、すげえなお前。」」

「ホラホラ!二人共寝るぞ!このままじゃ睡眠時間がCut-Cut-Cut(カッカッカッ)!」

「いや、お前もそれ使えんのかよ!」

ジンはヒルヒルに白目でツッコむと扉を閉める。

アッアッラララァアァ

「もういいよ!」

ルトも思わずツッコんでしまう。
決戦は明日。つかの間の休息だ。


「ウヒャヒャヒャ!強いね…あんた…」

前の宿屋ではボロボロのパンテラがヨロヨロと立ち上がる。

オアシスはまだまだ余裕の笑を浮かべている。

「イキって残ったわりに弱いな…Are you OK?」

「残念、ボクちゃんこの程度じゃやられないよ。ライブ終了までまだまだあるんだ…このままヤろうよ!いくよ…ピエトロ」

パンテラの刀の構えが変わる。

「響の極み『残響音叉』…ぐあっ!」

「accelerando(だんだん速く)」

パンテラが急にスピードアップし、オアシスを切り裂く。

「ち…音の極みか…ならば…」

オアシスが構えようとしたところにさらに数度の斬撃が入る。

「piu animato(急に速く)」

オアシスはその斬撃を掴むとパンテラの腹を貫く。

「あっれぇ…?」

「悪いな、目が慣れたところだ。響の極み『残響音叉』:幾許かの命(ホワットエヴァー)」

音響がパンテラを貫いたところから内部に響き渡り、パンテラが倒れる。

「久しぶりに本気でやらせてもらったよ『狂神』パンテラ」

「キャハッ★」

死んだと思ったパンテラが突然起き上がり、オアシスに戦闘不能レベルの一撃を与える。

「騙し討ちの傀儡(スライ・マリオネット)」

オアシスは倒れ込み、意識を失う。

「ご馳走様でした。ぱっくんちょ☆」

いつものようにおどけたパンテラはその場に倒れる。

24時間以上戦っていただろうか。ライブ会場へ行った隊員たちはどうなっているだろうと考えながら。


パンテラが戦い始めた頃。
サイカのライブが始まった。

ヴァサラ達は周辺を警護していたが、驚くべき事実に直面する。

「まずは、イザヨイ島新国王、『ルチアーノ様』よりお話を頂きます!」

「何じゃと!?」

この男はどこまで用意周到なのか。
ヴァサラ達が島へ来るはるか前に、政治面でも支配していたということになる。

誰一人として彼の演説は耳に入らなかった。

彼を捕縛すれば、この国では悪になるのだから。
しかし、サイカだけは違う様子だ。

「大丈夫です、歌の力で…なんとか彼らから気を逸らすようにしてみせます」

彼の心を掴む歌に賭けるしか無いと踏んだヴァサラ軍は、各々警備につく。

「詩(ことのは)の極み『千夜一夜乃歌』:雨晒」

サイカはギターを奏で歌うかと思いきや、ギターに合わせポエトリーリーディングを始める。

しばらく暗転して淡々と読んでいたそれは、あるフレーズを堺に一気にライトアップし、盛り上がる

『応答せよ、応答せよ

檻を蹴破れ 服役囚よ!!!

都市の路地 文字起こし 星殺し 拒否オロジー
都市の路地 文字起こし 星殺し 拒否オロジー
都市の路地 文字起こし 星殺し 拒否オロジー(amazarashi:拒否オロジー)』

「イザヨイ島!千夜一夜乃歌!カミツレ村から来ました!歌人のサイカですッ!!!!」

時が止まる。

彼の歌声、音、敵味方問わず全員が圧倒された。

サイカが再びギターを弾き始めたところで全員が我に返る。

最初に敵を見つけたのは警邏隊のローチだった。

敵は客席に火をつけようとしていたフレイ。

ローチはなにもないところへフレイを吹き飛ばし、戦い始める。

「悪いな、この『もう一度』って歌は俺が人生をやり直すために毎日聴いてた歌だ。お前なんかに止めさせない。」

「ニャ!?気持ち悪いツラだにゃーすぐ終わらせてやるにゃー」

フレイの体に猫状の火が上がる。

『もう一度 もう一度 駄目な僕が駄目な魂を
駄目なりに燃やして描く未来が 本当に駄目な訳ないよ
もう一度もう一度 僕等を脅かした昨日に
ふざけんなって文句言う為に 僕は立ち上がるんだ もう一度(amazarashi:もう一度)』

『そうだ…もう一度…』

ローチは呟くとフレイの素早い斬撃に刀を合わせる。

ローチVSフレイ


どこかで戦闘が起こっているだろうか、ラショウは敵を探しながら、自分の幼馴染も探していた。

そして、客席に見慣れた角と青い髪を見つけ、胸を撫で下ろす。
子供達も一緒だ。

サイカの曲は先程のロック調のものと打って変わってバラードになる。

「ルナ!」

「ラショウ君!この歌ってアタシみたいなんだ…ナモナキヒトって歌なんだけどさ…」

今そんな場合じゃないと跳ね除けたいラショウだったが、何故か聴かなきゃだめな気がしたため、ラショウは黙ってルナの話を聞く。

「誰にも知られず傷付いてボロボロの時にラショウ君もアタシも出会えたから…ふふっ…ラショウ君…出会ってくれてありがと…っ…ごめんね…こんな急に…泣いたりして…っ」

ルナの言葉が震えて、涙が溢れる。
なるほど、『悲しみを背負った人々の心に共鳴する』とはこういうことか。

ラショウは泣きじゃくるルナの頭を優しく撫でて背後を振り返る。

ライブ会場からも目立つ大男がラショウを眺めている。

良化隊副隊長のディノだ。

「ここじゃ迷惑だ…場所を移そう…」

ディノは率先して人気のないところへラショウを移動させる。

「…随分と紳士的だな」

「通せと言って通る相手じゃないだろう。それに、不意打ちは嫌いだ…不意打ちではなくても勝てるしな!」

「太古の獣か…面白い…」

ディノの身体が恐竜化していく。
そして、更に言葉を続ける。

「オーサムには悪いが、あの歌に共感しちまった俺もいる…俺だってオーサムに会うまではナモナキヒトだったからな」

『名も無き僕 名も無き君 何者にもなれない僕達が
ぼろぼろに疲れ 流れ着いた街で たった今すれ違ったのだ
それを 出会いと呼ぶには つかの間過ぎたのだが
名前を付けてくれないか こんな傷だらけの生き方に(amazarashi:ナモナキヒト)』

ラショウの刀とディノの固くなった拳がぶつかり合う。

ラショウVSディノ


ルナは心配して眺める子どもたちのために、必死で涙を拭って笑顔を作る。

そこへ…

「おい!お前!弱いことを嘆いてるのか!心配すんな!子分は俺様が守るぜ!」

甲高い声でヒルヒルが登場する。
ヒルヒルは本気でルナは自分より弱く、子分だと思っている。そして、ルナの持つラショウの牙から生成された妖刀『修羅』も自分の方がふさわしいとさえ思っている。

サイカの曲は再びロック調だ。

「ヒル君!聴いて!この歌ってちょっとヒル君ぽいかも?」

「そうなのか?」

能天気なヒルヒルには響いていない様子だが、そこに…

「や、や、やった!ライブの邪魔はできないけど…妖怪の血…ルチアーノ様は喜んてくれるはず」

モスに化け猫の子どもが奪い去られ、ルナは背中の羽で飛んで、ヒルヒルは走って追いかける。

人気のないところでルナはモスに追いつくが、人質を取られ動けない。

そこへ遅れてきたヒルヒルが参加する。

「やい!その子を離せ!」

相手が弱そうだから強気だ。

しかし、モスの目つきが変わり、絶叫する。

「ああああああ!お、お、お、俺が…俺が俺が俺があああ!こんな、こ、こ、こ、こんな!雑魚に見えるのか!?ああああ!!土の極み『岩盤破砕』:削岩!!」

ヒルヒルは岩が削れるドリルのような刺突を足にくらい、肉が削られる。

そこから更に馬乗りになったモスがその力でヒルヒルをタコ殴りにする。
ついでに腕力でヒルヒルの刀がへし折られる。

「ヒイィィィ!助けてくれ!」

モスは弱く見られるとキレるスイッチが入るやばいやつだったらしい。
血走った目でルナを睨む。

「淫魔の血がいる!一緒に、い、い、い、一緒…に一緒に来い!」

興奮しすぎているのか喋るのもたどたどしい。

「わかった…でもその子は返して…そしてヒル君には手を出さないで」

ルナは化け猫の子どもを開放したモスへゆっくり近づく。

『ありがとよ子分!今のうちに逃げ…いや…何を言ってんだ俺は…あの日もう逃げねぇって決めたんだろ…それに…ここでルナが攫われて…何がラショ兄の一番弟子だ…カッコ悪い…怖くても…俺はやるんだ…ラショ兄のために…』

ガタガタ震えながらヒルヒルが立ち上がる。

『え…修羅が反応してる!?ヒル君に!?』

ラショウを思う気持ちでのみ伸びる刀、修羅がヒルヒルのラショウを思う『師弟愛』に反応する。

「ヒル君!」

ルナが投げた修羅の柄をヒルヒルがナイスキャッチ。

「コイツはラショ兄の!?うおお!なんだァ!!太い剣に!?」

ヒルヒルが握って変化した形状はルナのとは違い、斬馬刀のような鈍重だが、一撃が重い形になっていた。

「うおお!ラショ兄の刀があれば!負ける気がしねえ!」

「こ、こ、こ、こ、こ、こ、殺す、す、すすすす!」

二人の刀がぶつかり合う。

『いつだってヒーロー
殴られたっていいよ
垂らした鼻血の色
田舎の根雪の白
連敗続きの
擦り傷だらけの
挑戦者気取りの
断崖のヒーロー(amazarashi:ヒーロー)』

ヒルヒルVSモス


サイカの曲は激しさを増す。

「「チッ、あの間抜け…プッツンしやがった…淫魔の血、サイカも殺す…俺たちが一番の手柄だ」」

ディルとグレイに気付いていないルナに飛びかかる双子をヴァサラ軍ではない影が受け止める。

「へっ、女一人に二人がかりか…気に入らねぇなそういうの」

「少々無粋じゃ、ありゃせんか?」

カムイ七剣の英須と寅だ。

「「カムイ軍がなぜここに?」」

「ちょっと面白いやつと戦ってな、そいつがここにいるから来てみたんだよ!」

顔の真一文字の傷を歪ませて英須が笑う。

「あっしは風に導かれただけでごぜぇやす…」

「「じゃあまずお前らから殺してやるよ!」」

双方鍔迫り合いが起こる。

『愛は愛の振りして 全部飲み下せと刃物覗かせる
今日は今日の振りして 全部やり直しだと僕を脅かす
こっから踏み出すなよ 絶対だぞ 誰だ後ろから押す奴は 
ほら後一歩だ そうだ 夢がぶら下がる最果ての絞首台(amazarashi:ムカデ)』

英須&寅VSディル&グレイ


あちこちで戦いの気配がするのをルトは察知していた。
彼女はというと持ち前のスピードでユートピアや良化隊の雑兵を蹴散らしていく。

「ハァハァ…なんて敵の多さだ…」

瞬間、サイカの歌は神秘的なものに変わる。
あたりは流星に包まれ、同時に前奏が始まる。

その歌は今まさに前へ前へと進化し続けるルトに突き刺さった。

最愛の兄がなくなってからというもの、不安な夜、無力を嘆いた夜がいくつもあった。
その先に何があるのかも分からぬままとにかく強くなりたい一心で修行を行ってきた。

「諦めてたまるか!ボクはヴァサラ軍十番隊隊長、『雷神』ルトだ!」

「そうですね、大外れのルト君。」

閃光とともに現れたのは六魔将のローディー。
消耗しているルトはその不意打ちをまともに喰らい吹き飛ばされる。

「うっ…このタイミングで六魔将か…」

「おやおや、ガス欠ですか?」

「ボクは絶好調だよ!」

お返しとばかりに背後に回るが、スピードが落ちているのか受け止められてしまう。

「やはり大外れですね…」

『落ち着け、ボク…勝てない相手じゃないんだ…』

『夜の向こうに答えはあるのか
 それを教えて スターライト
失望 挫折うんざりしながら それでも 何かを探してる
近づけば遠くなるカシオピア
今は笑えよ スターライト
いつか全てが上手くいくなら
涙は通り過ぎる駅だ(amazarashi:スターライト)』

ルトVSローディー


オーサムは極みを使い、十二神将のいないところを掻い潜っていく。

「止まれ!オーサム!」

行く先々でヴァサラ軍の隊員が襲ってくるが、雑兵など彼の相手ではない。
オーサムは次々と隊員を峰打ちで気絶させる。
その速さはさすが剣の達人というべきか、元人斬りのヒジリに迫るものがあった。

「どいてくれ!神刃月影流(しんじんげつえいりゅう)…花吹雪!」

一秒間に何度打ち込んだのだろう、刀に手をかけたオーサムが目の前から消え、目の前に現れたと思った瞬間に全身に激痛が走り、人が倒れる。

『もうすぐ…もうすぐステージだ…』

そんなオーサムを探す男が一人。

「やつはどこに居る…繋の極み…使うのがわしでも困難じゃ…あいつめ、これほど多くの人々の思考を常に浴びておったのか」

ヴァサラはオーサムと同じ力を駆使し、彼の居所を探る。

『この歌だ…この歌で街は消えた…この歌を歌う信者達に…』

『永遠なんてないくせに 永遠なんて言葉を作って無常さにむせび泣く我ら
後悔も弱さも涙も 声高に叫べば歌になった
涙枯れぬ人らよ歌え(amazarashi:リビングデッド)』

『僕は、こいつらをみんな検閲してきた…君のように危険な言葉で人々を先導するものを!だから君だけは消さなければならない!歌人のサイカ!それでも…』

「フッ…わしが止めるまでも無いようじゃ」

心を読んだヴァサラは銃を構えてステージへ向かうオーサムを止めもせずステージを後にする。

「さて、危険なのは…もう一人の男の方じゃ…」


「ジンくん!食事も飲み物も全部下げて!!」

「おう!」

ハズキの声に呼応するようにジンは、ライブに乗じて暴食する冷やかしの観客達の食事を奪っていく。

中には逆上し殴りかかるものもいたが、ヴァサラ軍で鍛えているジンには通用しない。

「ハズキ隊長の言う事聞けつってんだよ!危ねぇ薬が入ってるって言ってんだ!」

「こりゃ、きりがないねぇ…」

イブキも困ったように食事を下げる。

「みんな!お待たせ!!ご飯もジュースもママンのお手制ができたわよ〜!」

マルルがありったけの料理を持ち出し、冷やかしの観客の前に置く。

「何だこりゃ!すげぇうまい!」

「ホントだ!コッチのほうが全然いいぞ!」

観客はマルルの料理に飛びつく。

「さ、行きなさいジンくん。ここはあたしたちでやっとくから」

「手伝うよ、マイハニー」

「ホッホッホッ、ムリするでないぞ…」

「行ってきな、ジンくん。」

「今回だけはケガを許してあげるから」

「はい!!」

ジンは刀を強く握りしめて走り出す。

「おいおい、何だこりゃ!」

ライブは終盤だろうか、異様に静かだ。
ほとんどの観客がうずくまり、涙を流している。

ジンはサイカの噂は真実だったのだと息を呑むが、隊長たちの思いを汲み取り再び敵を探し始めた。

「俺には蹲って泣いてる時間はねぇ!前を見なきゃ…あいつ一人も守れなきゃ俺は、覇王になれねぇ!」

「ならなくて良いんだよォ!」

背後からルチアーノに掴まれ、喉を刀で刺されそうになるのをジンは紙一重で避ける。
しかし、避けきれなかったのか首に血が滲む。

「覇王だァ?ガキのクセにでかい口叩きやがるなぁ…」

「俺はこの国の覇王に…え?」

小さな切り傷だったはずの首から血が吹き出し、ジンはその場に倒れる。

『何だこりゃ…全身の血が逆流してるみてぇだ』

ルチアーノが葉巻をくわえ、恐ろしい笑みを浮かべてジンの顔を蹴り飛ばす。

「害の極み『幻覚幸福論』:喀血。どうだァ?覇王になる夢は消えたか?血液が逆流して心臓が苦しいだろォ?」

ジンの心臓に酸素が行き渡っていないのか、目がかすみ、立っているのもやっとだ。

「俺は…負けねぇ」

「あぁ?かすり傷を負った時点で負けてんだよォ…」

「俺は…この国の覇王に…なる…男だ…」

ジンはふらふらと立ち上がるが、凄まじい速さで体を斬られた。
ルチアーノの太刀筋は素早く、力強い。
この男はいくつの暴力を極めてきたのだろうか。

「わかったか?たかが白兵戦でも俺には勝てねェ…そんなやつが覇王?笑わせるなよ」

「それでも俺は…諦めね…」

パンッ

渇いた音が鳴り響く。

銃声だ。

「やったかオーサム!フハハハハ!終わりだ!」


ローチとフレイの戦いは恐ろしい長期戦になっていた。

それは長期戦とはいえないほど一方的で凄惨なものだった。

フレイの体にいくつかの斬られた跡はあるが、ローチは何度も体を焼かれ、絶命している。

しかし、おかしなことに息が上がっているのはフレイの方に見えるのだ。

「はぁ…はぁ…な、何だコイツ…弱いくせにしつこいニャー…炎の極み『怪気炎』人身爆発!」

「う!血管が焼けるように熱い!全身が燃える!」

「ニャハハ、その炎はお前に着火したら血管を無差別に燃やすニャ〜、死ぬまでにゃ!」

ローチの体が青色の炎に包まれ、ボロボロになっていく。
指先は放置した食パンのように焼け焦げ、崩れ落ちていく。

「寄の極み『奇蟲増殖』:冬虫夏草」

「無駄ニャー!死ねええ!」

極みが発動できず焦げて崩れ落ちたローチの遺体を踏みつけてフレイはステージの方へ向かう。

その瞬間フレイの体を刀が貫く。
それが決定打になったらしく、フレイはその場に崩れ落ちて背後を振り返る。

「な、なんで生きてるにゃー?」

「ああ、俺の極みはこういうもんなんだよ。遺体を媒介に、寄生したってことだ。悪いな、長期戦に付き合わせちまって。長期戦は苦手だったか?」

不死身のローチと呼ばれている理由はこういうことかとフレイは理解しながらもそれを受け入れることができず、貫かれた刀を引き抜き、負け惜しみのように騒ぎ立てる。

「さ、さっきから私が何回勝ってると思ってるんだにゃー!」

「そうだな…お前の圧勝だ。やっと勝てたよ。生憎こんな容姿をしてるからコツコツ積み上げないと
信用すらされないんでな…俺にはこの戦い方しかないんだよ…悪い事したな」

ローチは意識を失っていくフレイに慰めの言葉をかけて捕縛する。

瞬間、銃声が響く。

その音はオーサムとは同郷でかつて友達だったローチにとって絶望的なものだった。

「オーサム…まさか君は…」


「妖の極み『百鬼夜行』:大入道」

ラショウはディノと同じ大きさになり、その斬れない皮膚に斬撃を見舞う。

「う…かなり力が上がったようだな…ラショウ」

刀をぶつけられた痛み自体はあったようだが、太刀傷一つついていないその体は、まさに恐竜の異常なタフネスを物語っていた。

更に悪いことにディノは空手をかじっていたらしく、恐竜の力と空手の技が合わさり、ラショウを追い詰めていく。

「竜尾脚(テイルフック)!!」

恐竜の尾に跳ね飛ばされるような衝撃を与える回し蹴りが、ラショウの脇腹に直撃する。

「ぐあっ!」

『今ので折れたか…』

ラショウは口から流れる血を拭って起き上がろうとするが、頭を捕まれ再び地面に叩きつけられた。

『コイツ…更に力が強く…!?』

「古の極み『恐竜楽園』:暴君恐竜(ティラノサウルス)」

ディノは最強の恐竜になり、片手でラショウを掴み、空いている方の手で拳を握り込む。

「悪いな…しばらく眠ってろ『太古の一撃(アルヘオ・フティパオ)』!!」

瓦割りの要領でラショウの顔面に拳が振り下ろされる。

「終わりだ、『鬼神』ラショウ」

ディノはオーサムの所へと向かおうとするが、ラショウはゆらりと立ち上がり、いつもの脱力した構えを取る。

「テメーの強さはだいたい把握した。一撃耐えれば勝つ可能性はある。俺の予想通りだ…」

「バカな!?」

「俺達ヴァサラ軍は守ると決めたら守る…それだけだ…妖の極み『百鬼夜行』:大天狗!!」

振り下ろされたラショウの剣閃がディノを斬り裂く。

「これじゃ倒れねぇだろう…妖の極み『百鬼夜行』風狸」

いくら頑丈とはいえラショウの極みが二度直撃したディノは意識を失う。

ラショウはステージへ向かおうとするが、強烈なめまいに襲われ、座り込む。

『ちっ、頭蓋骨の一部と眼底が潰れてるか…?何にせよ回復が遅くなりそうだ…』

座るラショウのところへ銃声が響く。

『銃声!?』


英須と寅、ディルとグレイの戦いは一方的なものになっていた。

ディルとグレイは満身創痍なのに対し、二人はかすり傷一つ負っていない。

「なんだよ、つまんねえな…お前らほんとに幹部か?ヴァサラ軍の最弱隊長の方がまだ骨があったぜ…悪羅ァッ!!」

英須はディルを殴りつけると、刀に火をまとう。

「テメーの極みは水だろうが、俺の火は消せねぇよ!引っ込んでな、寅のおっさん!」

「いいでしょう、好きにやりなさいや…」

寅は刀を納め、その場に座り込む。

「へっ!バカなオッサンだぜ!!行くぞ、ディル」

「おう、グレイ」

双子だからこそ当然といえば当然だが、ディルの『水』とグレイの『風』が共鳴する。

「水の極み『豪雨溺滅』」

「風の極み『悪辣暴風』」

「「暴風雨・破滅(ハリケーン・ウィルマ)!!」」

「へぇ…共鳴か」

油断していたであろう英須は、ハリケーン並の威力をその体で受けてしまう。

「油断禁物でございやすよ…英須の旦那…」

寅は攻撃されたであろう英須に忠告すると、ゆっくりと二人に向かって歩を進める。

「「ジジイ、テメーも殺してやるから待ってな」」

「へっ、何だ…?もう勝ったつもりかァ?」

英須は血こそ流していたが、大したダメージを受けていない様子だ。
それどころか少し残念そうに舌打ちをしている。

「共鳴でこの程度かよ…とことんザコだな、まだあん時の三人の方が強かったぜ…じゃあ、終わらせてやるか?」

英須の刀に炎が纏う。

「畏怖吏威斗!!」

「な、なんだこの威力は!!がああああ!!」

英須の炎を纏った斬撃がディルを斬り裂き、絶命させる。
その様子を見た寅はそのまま退却するよう英須に命じ、一人先へ先へと歩いていく。

「勝負はもう決しやした…片割れを失ったんじゃあいつにゃ何もできんでしょう…」

「ちっ…つまんねえ幕引きだぜ…」

「これ以上敵を助ける義理はねぇ…」

しかし、グレイは油断している寅に前から斬りかかる。
寅が盲目であるため正面からでも充分殺せると思ったのだろう。

「いきがるなよ!おっさん!!」

寅は動じることなく一瞬でグレイを斬り裂くと、そのまま歩いていく。
そして一言。

「鎌鼬に…ご注意を…」

「ぐわあ!!」

強烈な鎌鼬がグレイの全身をズタズタにする。

「へっ、結局寅のおっさんもやる気だったんじゃねぇか。」

「売られた喧嘩を買ったまででごぜぇやす…」

「そうかよ、ま、面白いもんも見れたし帰るとするか…」

英須と寅は銃声を聞くことなく島を出るが、かわりに見たのは英須最大の大技に似た炎の塊。
英須はそれを見て満足げだ。

『着実に強くなってるじゃねえか…ジン、今度戦う時が楽しみだぜ…』


「雷の極み『不和雷同』:轟雷!」

「くっ…」

『ハァハァ…こいつらの部下を倒すのに極みを使いすぎて力が…』

ルトは連戦に次ぐ連戦で疲れ果て、ローディーに苦戦していた。
元々消耗の激しい雷の極みの使い手であり、それを酷使しているのだから当然だ。修行をしていなかった頃のルトならとっくに倒れているだろう。

「私はハズレですね…はぁ、もうやめましょう。」

ローディーはため息をついてルトに斬撃を加える。

「まだ戦える!!」

ルトは持ち前のスピードで背後に回り込むが、同じように極みを発動したローディーに回り込まれてしまう。

『追いつかれた!?』

「雷の極み『不和雷同』:雷爪斬!!!」

「うわあああ!!」

雷爪の太刀に似た斬撃をその小さい体に直撃させてしまったルトは、倒れそうになるが、刀を地面につき刺し、かろうじて立ち上がる。

「まだやりますか?」

「やるよ…君なんかに負けたらボクは隊長なんて名乗れない…」

「なめられたものですね…死ね」

ローディーは刀に雷を纏わせてとどめの準備をするが、ルトの行動で手を止める。

「雷の極み『閃光万雷』:雷皇の陣!!」

ルトの全身に雷のエネルギーが溜まっていく。

「バカな…その技はお前のようなガキが使える技じゃない…雷の極みの奥義だ…はったりか?」

ローディーは柔らかい敬語口調から一変し、普通の口調になっている。

「遅いよ!」

まさに電光石火といったルトの斬撃がローディーを戦闘不能にさせた。

「はぁ…はぁ…みんな大丈夫かな…?」

体を引きずりながら歩くルトが聞いたのは一発の銃声だった。


ヒルヒルはモスの攻撃を防ぎ切ることができずに何度も倒されていた。
彼の攻撃は凄まじく、どれだけヒルヒルが防いでも防ぎきることができない。

さらに悪いことにモスの全身が極みで硬質化し、刀の刃が通らないのだ。

「ヒル君!」

「土の極み『岩盤破砕』:塵旋風!」

ルナが加勢に加わろうと走り出すが、モスの作り出す巨大な砂嵐に阻まれてしまう。

「オイ!オメーは来るんじゃねえ!雑魚のくせに!コイツは俺様が倒す!」

精一杯の虚勢なのか、少し声が震えている。
しかし、ヒルヒルの虚勢に応えるように『修羅』は更に巨大化する。
その刀の姿は一振りがやっとの大剣だ。

「この野郎!喰らいやがれ!土の極み『土蜘蛛』:ウルトラパラレルシークレット土石龍!!」

大剣から放たれた土石流はまるで龍の軌跡を描き、モスごと砂嵐を飲み込む。

「重い!重い!倒れる倒れる〜!!」

振り切った大剣の重さに耐えきれずヒルヒルは転倒し、スキを作ってしまう。

「ぶはっ!貴様!ゆ、ゆ、許さない!」

そこへ傷だらけのモスが土石流の中から這い出て、そのまま構えを取ろうとするが、落とした刀を先にルナに拾われてしまった。

「土の極み『岩盤破砕』:土壁(シェルター)!!」

全身を硬化させて守りの体制を取る。

「そんな構えをしても無駄だよ…妖の極み『妖華絢爛』:女郎蜘蛛!」

ラショウと同じ構えから放たれる広範囲の斬撃がモスを倒す。

「よ、よくやった!さすが俺様の子分だぜ…」

ヒルヒルは親指を立ててルナを激励すると、そのまま気絶した。

「お疲れ様。ヒル君…ホントに助かったよ…」

ルナはヒルヒルを安全な場所へ寝かせると、子どもたちと共に客席へ戻っていった。

そして、道中で一発の銃声を耳にする。


弾丸は全く違う起動へ逸れ、照明器具に直撃し、落下する。

「え?」

「何!?」

「テロ!?」

「いや、ただの設備不良だろ?」

「銃声みたいなの聞こえたぜ?」

客席がざわつくが近くに人は居なかったらしく、一人の怪我人も居なかったが、大事を取って一時休演となる。

閉じられた幕の内側にいるのはサイカと銃を構えたオーサムのみ。

オーサムにサイカはポツポツと言葉を紡ぎ始める。

「臆病者のあんたに俺が殺せるのか…?」

「ああ、臆病者さ!僕はまだ自分の過去を呪いだと思ってる!だからこそ悪い思想や言葉を使う人間は消さなきゃならない!君もだ!サイカ!!」

サイカは自分の顔が見えないように深く帽子を被り直すと、オーサムの方へ体を向け、言葉を続ける。

「あんたは剣の達人だ…俺の首を刎ねれば一瞬でケリがついた…違うか…それにこの距離じゃ銃なんて外さない…あんたはわざと外したんだ…」

オーサムの手が震え出す。

「あんたは優しすぎて歪んだ…わかるよ…いや…俺よりもつらい人生だってのもわかる…口下手でうまく伝えられないけど…だからこそ…」

「『あんたの人生を肯定したい』って?ふざけるな!君に何がわかる!」

オーサムは涙を拭うこともせず、叫び続ける!

「僕は母親に道具としてしか見られなかった!生まれつき人の思考がわかる極みでね!神の使い?ヴァサラ様が宿った体?冗談じゃない!神の使いって事を証明するために傷付けられた身体の痕は一生消えない!劣悪な思考ですり寄ってくる人は僕の上辺しか見ない!」

「…」

「そういう人達を検閲する組織が作れたと思ったら君が現れた!わかるか?僕の計画を潰した君に僕の苦しみが!」

サイカはギターを持ち直し、再びオーサムに話しかける。
帽子の間から見える表情は優しく見えた。

「そこまで苦しんでいるからだ…俺はなんの能力もなかったから…『無能』のサイカだったから…自分より劣悪な環境にいる人間に手を差し伸べたい…俺のエゴだ。すまない。だからこそ…歌わせてほしい。あの日アサヒ隊長に救われたように…俺もあんたを救いたいんだ」

『あんたを救いたいんだ』の言葉と同時に、幕が開き、観客からは再び歓声があがる。

サイカは少し照れた様子で頭を掻くと、軽くギターを鳴らし、たどたどしく喋りはじめた。

「あの…ライブ延期にしたり…中断したり…なんかすみません…次の歌は…その…僕らは何者にもなれないけど…それでいいんじゃないかなって…そんな歌です…」

優しいギターとピアノの旋律が流れ、サイカが歌い始める。
それはオーサム自身、自分に向けられているように感じ、ステージから降りる。

『本当に僕が検閲すべきは…』

「もしも僕が生まれ変われるなら もう一度だけ僕をやってみる
失敗も後悔もしないように でもそれは果たして僕なんだろうか(amazarashi:たられば)」


オーサムはステージから降りたが、その脳内にユートピアの部下達の思考が入り込む。

『オーサムのやつ、やっぱり殺さねえ』

『ルチアーノ様の言った通りだ』

『サイカは俺等で殺るぞ』

オーサムはゆっくり目を瞑り、集中して嫌いだった極みを発動する。

「僕にもう迷いはない…繋の極み『無垢心』:盗聴傍受(レミングミング)」

『六魔将以外殆どの部下が舞台の周辺にいるのか…僕とサイカを殺すために…それなら』

サイカはユートピアの部下の前に躍り出て、命令をくだす。

「一度作戦を練り直す、私についてきてくれ。」

「フッ、ルチアーノ様の言った通りだ…日和見主義者のオーサム!ユートピアは誰一人テメー従っちゃいねえ!殺せ!」

ステージから逃げ出すオーサムを取り囲むようにユートピアの部下が集まる。

オーサムは礼儀正しくユートピアに頭を下げると、刀を納めてそのままお願いを続ける。

「このまま退いてくれ…僕は確かに間違っていた…過去に囚われルチアーノのような悪魔と手を組んでしまった…でも…君たちは一度手を組んだ同志だ。戦いたくない。過去やったことは目をつぶるから退いてくれ…お願いだ」

ユートピアの部下達はオーサムにあらゆるものを投げつけ嘲笑する。

「ギャハハ!聞いたかよ?『退いてくれ〜』だと」

「ギャハハ!それ言うためだけにわざわざステージから遠ざけたのか!」

「目障りな腰抜けオーサムめ!サイカとともに死ねや!」

一部の好戦的な部下達がサイカに斬りかかる。

「神刃月影流…無影刀」

何度斬ったのだろう。刀の影すら見えないほどの斬撃が、断末魔を上げる間もなく部下達の意識を一瞬で飛ばす。

「峰打ちだからすぐ目覚めるさ、もう一度言おう…退いてくれないか?』」

「へっ!なら!ステージを狙えば」

「『サイカは死ぬ!俺達の勝ちだ!』か?それはやめておいた方がいい…」

「枯山水」

「「「ぐわああああ!」」」

突如として遠くの部下が倒れていく、そこにはヒジリの姿があった。

「ホッホッホッ…改心してくれて何よりじゃ、素晴らしい太刀筋…お主に協力しよう…」

「たかが二人…「二人じゃないよぉ…?黄泉の花道…」

「ぐわあ!」

イブキも人混みを掻き分けて中央へ入る。

「やれやれ…たった一人を相手にこの人数か…穏やかじゃないねぇ」

イブキの表情が変わる。

「まとめて面倒見てあげるわ」

遠くの方で爆発が起こる。
ハズキの新兵器だろう。

「チッ…雑魚がわらわらと…」

ラショウも顔に大きな傷があるが、戦闘に支障はないらしく暴れている。

しかし、オーサムだけがこの中で青ざめた表情をしている。

「戦力を分散しないと!ルチアーノを止めな…「心配ねぇ…」

ラショウが言葉を遮る。

「焦って心が読めなくなるとは情けねぇ野郎だ…」

「ちょっと、その言い方はどうなのラショウ!」

「ホッホッホッ…気にするな若いの…向こうにはこの世で一番自由な男が向かっておる…」

オーサムはヒジリの言葉ですべてを察し、目の前の敵に向き合う。


「チィ…オーサムの野郎…やはり撃てねぇか」

ルチアーノは見当違いの方向に放たれ、その弾丸が当たり割れた照明器具を見てつぶやく。

「どう…やら…首の皮一枚繋がったかよ」

『やべぇ…マジで死にそうだ…目が霞む、手が思うように動かねえ…』

ジンはすでに満身創痍だ。
自分自身で死期を悟るほどに。

「覇王になる夢は潰えたかァ?」

ルチアーノが振り下ろす剣閃をルトが防ぐ。

「大丈夫か?ジン!!」

ルトの体も既にボロボロで、剣を受け止めるのもやっとの状態だ。

「大丈夫だ…俺もいる…」

「アタシも戦うよ!」

ルトの背後からディノとルナがルチアーノへ飛びかかるが、それを難なくかわし、目の前のルトに斬りかかる。

「悪いな、こいつは斬らせない。」

ディノは恐竜化し、その硬質化した体でルチアーノの刀を受け止め、素早く正拳突きを繰り出すが、カウンターの要領で膝蹴りを顔に入れられる。

「オーサムの野郎は裏切ったか、だろうなァ…元からあいつも殺すつもりだ…」

「させない!あんたはアタシの仲間も傷つけすぎる!妖の極み…「遅ェ!!」

「うっ!!」

ルナはルチアーノに体を斬り裂かれ、深手を負い蹲る。

「今だ!閃光万雷…え?」

「ザコが…何人来ようが同じだ…」

電光石火とも言われるルトのスピードにすぐさま反応し、回り込まれた瞬間にルトの頭を掴み、横から剣で斬ろうとしていたジンにぶつけると、すぐに拳銃を腰から抜き、ルナとディノに見舞う。

この男はどれだけの暴力を身に着けているのだろう。

「害の極み:死煙(しえん)」

ルチアーノが葉巻から吐き出した煙を吸い込んだ四人は突如として倒れ込む。

「な、何だ…体が…麻痺しているみたいに」

ジンは四肢が麻痺している様子だ。

「ゲホッゲホッ!肺が焼ける…ゲホッゲホッ」

ルトはその場で吐血。

「さっきの拳銃の傷跡が開いて…動けねえ…」

ディノは傷が開いたらしく、自らが作った血溜まりに倒れ込む。

「おかしいな…目が霞んで…え?なにこれ…」

ルナは脳をやられたらしく、鼻と口から血を流しながら意識を失う。

そこにいた四人とも違った謎の症状を発症し倒れ込んでしまったのだ。

「ゲホッ…あの煙か…」

ルトは瀕死の体で必死に分析するが、ルチアーノに顔を踏みつけられ、叫び声を上げる。

「がああああ!」

「大当たりだよ…チビ…この煙を吸い込んだやつァ、謎の奇病にかかり倒れる。体がバグるってのが正解かァ?そういう極みなんだよ。正解おめでとう…死ねや」

ルチアーノが振り上げた剣をジンが片手で受け止める。
受け止めると言っても完全に力負けしているのだが…

「まだ…だ…」

「死にぞこないがァ…ああ?」

ジンが空に向けている剣の先端に、太陽のような炎の塊ができている。

「あ、あれはあの時の!」

ルトはジンが使おうとしている技に驚愕する。
無の極みでコピーしたのだろうか、その技は英須の仏露滅天宇須(プロメテウス)に似ていた。

『俺が見てきた中で最強の威力の技だ…こいつを撃退するまで持ってくれ!』

「チッ…コイツァ流石にキツイか…」

ルチアーノは飛び退き防御の体制を取るが、いつまで経っても技は出ない。

「このガキ…立ったまま気絶してやがる…」

ジンは意識を失っても戦闘の意志を保っていたのだ。

「…よくやった小僧共。お前らの稼いだ時間は、今軌跡を起こした」

ヴァサラがルチアーノの刀を力強く弾き飛ばす。

「ちいっ、ヴァサラが来やがったか…なんて言うと思ったかァ?」

ルチアーノは勝利を確信しているかのようにニヤリと笑う。

「そうじゃのう…逃げないでいてくれるとありがたい…」

ヴァサラの体は恐竜化しており、さらにその体で劉掌拳を使っている。
普通の人間なら二度と歩くことは出来ないほどの威力だろう。

しかし、ルチアーノは平然と立ち上がり、首を軽く鳴らすと、再びヴァサラに相対する。

「どうしたァ?覇王。威力が無くなってるぞ…恐竜化も史上最強の拳法、劉掌拳も、そんな腕じゃ満足に振るえねぇよなァ!フハハハハ!」

ヴァサラの右半身は麻痺しているのかダラリと力無く垂れ下がっており、脚は今にも崩れ落ちそうだ。
さらに、先程のすれ違いざまに斬られたのか唯一使える左腕から大量に出血しているのだ。

「この煙がある時にしゃしゃり出るのが悪いんだぞ?覇王…お前ももう終わりだなァ」

しかし、ヴァサラは全く臆することなくルチアーノを見据えている。

「これだけか?」

「あァ?」

ルチアーノは遠慮なくヴァサラに斬りかかるが、『これだけか』の言葉通りルチアーノの剣戟全てを左腕のみで防ぎきる。

「わしと貴様の間では妥当なハンデじゃ…それにのう…」

ヴァサラの体が光に包まれる。

「これだけわしのかわいい部下達を傷つけられたのじゃ…貴様だけは手加減して斬ることができん」

「そうかぁ…面白ェ…害の極み『幻覚幸福論』:終焉」

ルチアーノの体がゆらゆら揺れ始め、殺気が消える。
まさに何処から攻撃してくるか分からない状態だ。
ましてや相手はルチアーノ、見誤れば間違いなく一撃で殺されるだろう。

「くたばれ!覇王ヴァサラァ!」

ヴァサラは麻痺している手を強引に動かし、ルチアーノの刀を握る。
エイザンの地の極みを使っているのだろうか、手に傷一つついていない。

「覇王を!ヴァサラ軍をナメるなよルチアーノ!!」

ルチアーノの刀を手から離し、更に眩く輝いたヴァサラはルチアーノを斬り裂いて気絶させる。

「わしらの勝ちじゃ!ルチアーノ!」

ヴァサラの一閃が戦いを収束させた。


「『闇』は消えた、わしらもサイカの歌を聴くとするかの…」

ヴァサラはボロボロになった面々を集め、遠くでサイカの歌を聴く準備をする。
その横ではハズキが負傷者を甲斐甲斐しく治療するのが見える。

「では…最後の曲です…」

「ふむ、ちと遅すぎたようじゃ…」

ヴァサラはサイカの歌が一曲しか聴けないことに強い落胆の色を浮かべた。

「ハッ…!!あの野郎は!?」

ハズキの治療で目を覚ましたジンは刀を構えて周囲を見渡す。

「安心せい、小僧。わしが倒したわ…」

『クソっ…手も足も出なかった…まだまだ修行が足らねえな…』

「とにかく今はヤツの歌を聴こうではないか…あの男の歌を」

「悔しくて眠れなかった夜…死にたかった夜…すべてを乗り越えてここへやって来た皆さんにまた生きて会うための最後の歌です!『未来になれなかったあの夜に』」

優しいピアノとギターが鳴り響き、サイカが歌い始める。

「色々あったなの色々の一つ一つを
つまびらかにしたくて ペンを取ったわけですが
もう君の好きにしてよ 僕も大概好きにしてきた
僕の事は忘れて 他に行きたい場所があるんなら

名誉ある潔い撤退より 泥にまみれ無様な前進を
尻尾を振る称賛の歌より 革命の最中響く怒号を
あの日の情熱の火はいずこ 悔しさを並べたプレイリスト
そぞろリピート音楽と風景 後悔、浄化する過去の巡礼

まさかお前、生き別れたはずの 青臭い夢か?恐れ知らずの
酒のつまみの思い出話と 成り下がるには眩しすぎたよ
なじられたなら怒ってもいいよ 一人で泣けば誰にもバレないよ
そんな夜達に「ほら見たろ?」って 無駄じゃなかったと抱きしめたいよ
未来になれなかった あの夜に(amazarashi:未来になれなかったあの夜に)」

ヴァサラ軍を含めたそこにいる誰もがサイカの歌に聴き入っている。
ヴァサラは少し残念そうに頬をかきながらポツリとつぶやく。

「わしの…いや、ヴァサラ軍の完敗じゃな…」

「何でだよ!ルチアーノの野郎はじいちゃんが倒したんだろ!あの良化隊とか言うやつも心入れ替えたみてぇだしよ…そりゃ…俺は何もできなかったし、俺単体では惨敗だけど…ヴァサラ軍としては…」

「戯けがッ!戦の話ではないわ!」

ジンの反論をヴァサラは途中で遮り、ステージの方へ顔を向けさせる。

「あの男にじゃ…見よ、この状況を。あの男の歌が今この場の全てじゃ…これを完敗と言わず何と言う。」

観客は当然だが、先程まで激戦を繰り広げていたヴァサラ軍の誰もがサイカの歌に聴き入っているのだ。
この瞬間だけは自分がヴァサラ軍であることを忘れているかのように。

「未来になれなかった夜か…」

ふいに呟いたオーサムにヴァサラは近寄り、微笑みかける。

「後悔ややり直しはいくらでもできる…どうじゃ?わしらの軍に入らんか?」

「ホッホッホッ…若様は相変わらずですな…」

ヴァサラの提案にオーサムは首を横に振る。
その顔はまるで憑き物が落ちたかのように明るい。

「ありがとうございます…そしてご迷惑おかけしました。僕はそれでも良化隊を続けます…今度は僕と同じ苦しみを持っている人をしっかり助けられるように…そしてルチアーノのような悪辣な団体をのさばらせないために…」

「そうか」

「とはいえです。あなた方にも救われたことは確かだ…何かあったら呼んでください。良化隊全員で駆けつけますよ」

「ふっ…わしも頼もしい助っ人を得たものじゃ…」

ヴァサラとオーサムの和解、ルチアーノの支配が終わり、ライブもゆっくりと幕が下ろされる。
短くも長かった戦も終わる。


数日後。
完全に傷が癒えたジンはいつものメンバーと言い争いをしていた。

「ジン、お前出遅れたな!僕は六魔将を一人倒したぞ!」

「んだとルト!オメェはルチアーノ戦ですぐ倒れてたじゃねえか!俺がいなきゃ死んでたくせに!」

「なんだと!」

「へっ!低レベルな争いだぜ!俺様は子分を一人守りながら六魔将を倒したぜ!」

ジンとルトの言い争いにいつものようにヒルヒルが割り込む。
しかし…

「いやお前ルチアーノと戦ってすらいねえじゃねえか」

「倒したって言うけど気絶してただけだしね…良くて相打ちだろ」

「お、俺様活躍したんだぞ〜」

ヒルヒルは涙目で他の隊員達に言いふらす。

そこへ

「ウヒャヒャヒャ!聞いたよ〜ジンちゃ〜ん、敵にボロ負けだったんだってね〜」

「げ!パンテラ隊長!」

「鍛え直してアゲルよー☆」

「チッ…傷が開くから黙ってろバカが…」

パンテラの登場に不機嫌になったのはラショウ。
想像以上に傷が深いらしく、顔の自力で再生できない部分にギブスを当てている。

「あれ~?傷が疼くかいラショウちゃ〜ん?」

「テメェの穴だらけにされた体の傷口広げてやろうか?」

二人の刀がぶつかり合う。

「ちょっ!ここ!病室!何処行ったんだよ〜ハズキ隊長〜」

ジン、ルト、ヒルヒルは病室の外へ出ていく。

その頃ハズキはある探しものをしていた。

「なんじゃハズキ。忘れ物か?それとも薬の効力が出てこんか?」

ヴァサラはハズキに、麻薬『ユートピア』の治療薬を作るように頼んでいた。

軽度のものを合わせると島の50%にも及んだ中毒者達は脳の感情を抑制する部分が妨害されており、治療は困難を極めた。
末期症状の者以外は、ハズキの作った投薬で治すことはできるものの、薬が切れたときの禁断症状は抑えることができない。

「そうね…中毒者達次第になるわ。この先治せるかはね。サイカの歌に救いを求めた人々だけが服用しなかったってのが運が良かったって感じ…ってそうじゃないわよ!」

ハズキはヴァサラに鋭いツッコミを入れる。

「ふむ…では何があったのじゃ?」

「放音機よ」

「放音機?」

「今回は歌人が来るっていうから作っておいたの。電気信号さえあれば国中に広がるやつ。末期症状の患者診てるときになにか落とした気がしたのよね…」

ハズキは困ったようにブツブツと呟く。
よほど貴重な素材を使っていたのだろうか。

「良いではないか。きっと誰かが有効に使うじゃろう」

ヴァサラの謎のポジティブシンキングにハズキはため息をつくと軽く微笑む。

「…そうね。」

背後のスピーカーから音が流れたのを二人は気づいていない。


サイカはアサヒの墓に花を備え、語り合うようにギターを鳴らす。

ヴァサラ軍と『またライブをします』と約束して別れたこと、沢山の人が聴いてくれていること。

そして何よりアサヒへの感謝を込めて歌う。

その歌は、偶然墓の近くの海に流れ着いたハズキの放音機が国中に響かせるのだった。


ー劇場版ヴァサラ戦記:イザヨイ島の歌人ー
  おわり




【劇場版おまけあるある】感動的なエンディングの後に流れる、全てをネタに変えてしまうおまけ。

「おい!これもうめえぞ!」

ルチアーノに捕らわれた後、すぐに開放し、良化隊の捕虜として過ごしていたヤマアラシとヒューガは、オーサムが用意した豪華な料理をたらふく食べていた。

「あのオーサムってやついいやつだよな!こんなことしてくれるなんてよ!ところで…ヤマアラシ」

「え?」

ヒューガは思い出したように話し始める。

「お前俺達は無事って伝令出したか?」

「ヤベェ!忘れてた!」

「馬鹿野郎、お前!この基地襲撃されちまうぞ!」

「ソイツはヤベェな!」

※オーサムがしっかり説明しました。後日、彼らは帰ってきたようです。
おわり。


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