【劇場版ヴァサラ戦記】ヴァサラ戦記FILM:RIVERS 並行世界と旧隊長【劇場版第三弾】


ここは何の変哲もない村。
いや、『滅ぶはずだった』村。
年貢を支払えなかった村人にここの村長が激昂し、斬り掛かったことを皮切りに村人と村長が他の町や村から集めた悪質な地上げ屋達との全面戦争が起こったのだ。

全面戦争といえば拮抗しているように聞こえるが、戦いそのものが未経験な村人とそれを生業としている地上げ屋の差は歴然だ。
村は滅ぼされるに決まっていた。
天下に轟く『ヴァサラ軍』が参戦するまでは。

ヴァサラ軍は村長軍を打ち倒し、ここの村人の血を一滴も流させなかったのだ。
そして助けられた若者は『来る者拒まず』の噂を聞きつけ、今日も今日とて入隊希望車が来る。

その中には礼儀知らずの血気盛んな若者も紛れているようで…

「村を助けてくれてありがとな!俺もヴァサラ軍へ入れてくれ!」

「あァ?」

若者はサングラスをヤクザ風の男に声をかけ、入隊を志願する。

「あんた、ギンベエとかいうおっさんだろ?なぁ俺もヴァサラ軍に入れてくれよ!俺もさ、総督レベルで強いんだぜ!」

「じゃかぁしいんじゃボケ!」

ヤクザ風の男、ギンベエは大きな声で若者を一喝する。
総督を低く見られた事に腹を立てたのだろうか。

「ええか、お前はヴァサラ軍にとってはアリンコじゃ。ヴァサラ軍にはのう、一国を担えるほどの力と叡智を持つ十二人の隊長がおるんじゃ!」

「知ってるよ!一番隊隊長が欠番で十二人。みんなこう呼ぶよな。」

「「ヴァサラ十二神将!!!」」


「おい、姉ちゃん。かわいいじゃねぇか?痛くしねぇから道開けな。」

「へへへ、それとも俺たちと遊びたいってか?」

褐色の肌に抜群のスタイル、露出度の高すぎる隊服を着た八重歯の女性は男達を見てニッコリと悪戯っぽく笑う。

「遊び?アタシに勝ったら好きにしていーよっ。朝までネ。」

「へへへ、やっちまえ!」

女性が銃剣を抜いた瞬間、盗賊の男は剣筋を見極められず一瞬で斬り伏せられる。

怒りに任せたもう一人の男が爆弾の導火線に火を点けようとした刹那、女性はその男を銃撃し、文字通り撃ち倒す。

「ふふん、チョロいチョロい♪かーえろっ」

[十三番隊隊長『盗神』ルーチェ ]


その男はだらし無く隊服を着崩し、大きなイビキをかきながら眠っていた。
髪は頭頂部の紫から徐々に白くなり、片目を隠している。

「隊長…また飲んでる…」

「この人が何で隊長してんだ…」

「戦ったとこ見たことあるか?」

「…」

新米隊員たちはついていく人を間違えたとばかりに大きなため息をつく。

「あ~、君たち知らないんだっけ?この人の本気」

「知りませんよ、酒飲んで寝てるだけの人なんて」

「いい機会だから稽古してもらいましょ。ね。隊長。隊長!」

ベテラン隊員が身体を揺さぶると男は気持ち悪そうに目を覚ます。

「あ~、揺らすな揺らす…ゔっ」

「!!」

「ヴォエエエエエ!!」

男は隊舎の床一面を覆うほどの吐瀉物を吐き出した。

「ホントについてく人間違えたかも…」

[十二番隊隊長『亞神』クガイ]


片脚のない燃えるような赤髪の長髪の男は大刀片手に大欠伸だ。
敵に腹部を刀で貫かれながら…

「ふあああ…期待外れかよ、お前ら。」

「期待外れはお前だよ、何が『暴神』!この状況でまだ負けてないか?」

ゲラゲラと笑う敵に男は持っていた刀を軽く立てかけるように渡す。

「何だ?引退記念に刀もくれんのか?ギャハ…お、重…」

敵の男は刀の重さに耐えきれず、その場で押し潰される。

「だから言ったろ?期待外れって。」

[十一番隊隊長『暴神』エンキ]


「やだ、ダーリンったら♡相変わらずステキ♡一瞬で倒しちゃうなんて惚れ直したわ」

「君のおかげだよマイハニー♡」

「マイダーリン♡」

夫婦だろうかアフロのような髪型の男と紫のウェーブがかった髪の二人の間には狂おしいほどのラブラブオーラ。
背後に見える威圧感は風神と雷神のようなただならぬ雰囲気。

[十番隊隊長『雷神』マルル]
[九番隊隊長『風神』ロポポ]


大きな数珠の首飾りが小さく見えるほどの巨漢の男。
巨漢といえど怖さはそこになく、すべてを包むような優しい微笑みをしていた。

その男は庭の花にニコニコと水をやっていた。

「エイザン隊長、今日もここに居たんですね」

「ああ、花は良いぞ。いや、この土も、小鳥のさえずりも。すべてが愛しいのじゃ。」

『ああ…やっぱりこの人は暖かいな…』

男の庭にやってきた女性隊員はその優しさに触れ、笑みをこぼす。

[八番隊隊長『武神』エイザン]


カラフルな服に白髪の長髪。
男は数十人の暴漢に囲まれていた。

「…」

長髪の男は無言で軽く手招きし、男達を挑発する。

暴漢は煽られた怒りが集団で打ちかかっていく。
全員が刃物や鈍器を持っているのに対し、長髪の男は素手だ。

しかし、男はスルスルとそれを受け流し、一人一人拳法のようなもので倒していく。

一分とかからず暴漢は全て鎮圧されてしまった。

そして一言。

「无聊(中国語で退屈だ)の意味」

[七番隊隊長『拳神』ファンファン]


「隊長…今日の調子はいかがですか?」

「ゴホッ…ああ…見ての通りなんだ…ゴホッ…ごめんね…」

男はか細い声と青白い顔、銀髪のような白髪とは程遠い色素が抜けてしまった真っ白な髪に首の点滴。
病人だというのが明らかにわかる。

「無理しないでくださいね?私達に頼って休んでください」

「ああ…いつも苦労をかけてごめんね。」

[六番隊隊長『死神』ヤマイ]


テロ組織だろうか、全員が同じ服を着ている。
異質なのはその組織全員が、『なりふり構わず逃げている』こと。

追いかけるのはギザギザの歯に、フードを目深に被った少年のような男。

彼はニコニコとしながらテロを追い続ける。

「な、何でアイツメインの敵じゃなくて俺たちを狙うんだ!?」

「分からねえ…分からねえけど逃げるしかねぇ!」

「君達の方が相手にしたら楽しそうだからね〜」

ギザギザ歯の男はテロ達の前に回り思い切りパンチを撃ち込む。

「な、何なんだこのチビ!」

「チビ?」

青筋を立てた男は刀でもう一人を切り裂く。

「ほんと、うちの隊長は気分屋なんだから!楽しそうに追いかけっこしてたら急に怒るし。」

[五番隊隊長『怪神』カルノ]


「何を二十キロのマラソンごときでへばっている!次!素振り一万回!!」

四番隊の隊舎にビリビリと響くような大きな声で叫ぶ女性はそれとは似つかわしくないほど見目麗しい。
サラサラの赤髪を背中までおろし、きちんと着こなした制服は気品すら覚える。

「何をしている貴様ら、声が出ていないぞ!それでは隊員など務まらん!」

「「「はい!!」」」

隊員達は、大声で『一、二』と素振りの回数を数え始めた。

「ひえ〜、地獄の四番隊。あの隊長、綺麗なのに誰よりも厳しいんだよなぁ…」

[四番隊隊長『麗神』オルキス]


腰が曲がり、髪もすっかり無くなってしまった老人は、団子屋の会計にケチを付ける男を注意したところ、謎の因縁をつけられてしまった。

どうやら果たし合いらしく、向こうは真剣を抜いている。

「やめておくのじゃ。」

「あぁ?聴こえねえな、ジジ…」

何が起こったか分からないほどのスピードで男は斬られ、倒れる。

「ホッホッホ…安心せい、柄で小突いただけじゃ…帰るとするか…ハウッ!!…か…こ…腰が…」

老人は腰の痛みを覚え、ロボットダンスのような動きでよたよたと歩く。

[三番隊隊長『聖神』ヒジリ]


「そしてこの俺、覇王の右腕。」

無精髭にくわえタバコの男が生意気な入隊希望の頭をガッと押さえる。

「あ、あなたは!!」

「入隊希望なんだって?」

「は、はい。」

「まぁ、止めやしねぇけど、一人で死ぬな。俺たちは救う側だってこと忘れんな。とりあえず、タバコでも吸うか?」

「い、いやまだ未成年で…」

「なんだよ、つれねぇな…ヴァサラの旦那には報告しとくぜ」

[二番隊隊長『天神』アサヒ]


〜そしてこれらを束ねる伝説の男。天を割り、海を裂く男〜

マントを羽織り、少しウエーブがかった銀髪を靡かせるその男。

[ヴァサラ軍全軍総帥『覇王』ヴァサラ]

ー これは、かつての隊長達が経験した、最も過酷な戦いの話である ー

ヴァサラ戦記FILM:RIVERS 並行世界と旧隊長


「伝令です!」

各隊長の元へ伝令係が総督の元へ招集をかける。
十二神会議とも呼ばれるそれは定期的に行われるが、緊急事態の際は今回のように突発的に招集されることもあるのだ。

欠番である一番隊を除いてずらりと並ぶ十二人の隊長。中心にヴァサラ総督。
荘厳たる景色がそこにあった。

「では、これから十二神会議を始める!今回話すのはゼラニウム街についてじゃ。」

「ゼラニウム街って言いやオルキスが四年前に行った街だな。どデカい災害だったよな、『ゼラニウム黒炎事件』」

「アサヒ、大事なのはそこではない。ワタシが訪れた四年前よりゼラニウムは放置しておけない事態になっている。ですよね?総督」

「オルキスの言う通りじゃ、現在の筆頭極師の力はとてつもなく強大なものになっておる。ありとあらゆる街を支配下に起き、そこで数人犠牲にもなっていてな…そして、その下のゼラニウムの東西南北を守る『極座の四神』も歴代で最強と言われていてな…わし一人ではちと骨が折れそうじゃ…」

ヴァサラは紙いっぱいに書かれたゼラニウム街の地図を出し、極座と書かれた場所に碁石を置いていく。

「ふーん。随分大きな街なんだね。でもさ、別に街のどうたらこうたらってその街そのものの問題なんじゃないの?わざわざ僕達ヴァサラ軍が行く意味ある?」

「それもそうだな。んならみんなで酒盛りでもしようぜ。せっかく皆いるんだしよ〜。あれ?なんかお前ら分身してる…」

カルノは『興味ないよ』とでも言いたげに他の隊長が立っている中床に座り込んでしまい、クガイに至っては泥酔状態で会議に来たのか、歪む景色を見ながら床に倒れ伏した。

「貴様ら…これは一大事だと総督が「ホッホッホ…言い方はともあれ、今回ばかりは二人の意見もあながち間違っておらんぞ、オルキス。」

ゆっくりと杖をついて広げられたゼラニウム街の地図を眺めながら優しい微笑みは真剣な顔つきへと変わる。

「政治というのは外部からの干渉で余計に入り乱れることもあるのじゃ…儂らがやるのはあくまで民の救出のみのほうが良いじゃろう…この街が『元の状態なら』の話じゃがな…」

「ヒジリ殿の言う通り、民の命は何者にも変えられぬ。まずは人命確保、最悪交戦する場合も極力命を奪うことは避けなければならん。…ん?」

エイザンはヒジリの言いたいことがなにか分かったのか、大きな顔を近付けて地図を見つめる。

「おいおい、旦那。冗談きついぜ、この地図はバッタもんだろ?」

「本物よ。私とダーリンがとある筋から手に入れたものなんだから」

「僕らの知り合いの凄腕の地図製作者だからねぇ」

ロポポとマルルは『ゼラニウム街』と記されている部分をペンで赤色に塗っていく。

二人真逆の西側…つまりヴァサラ軍のある場所に近い街の地図を出し、点々とゼラニウム街の領土になりつつある場所を同じように塗りつぶす。

「遊牧民みたいな支配するね…ゴホッゴホッ…これは確かに…ゴホッ…少し…いや、かなり手ごわそうだ…」

「ね、ねぇ…待ってよ!地図組み合わせたら国の土地の三割がゼラニウム街の支配下じゃん!や、やっぱり間違えた地図だったりしないかな…?」

あまりの領土侵食の速さ、あまりの支配の大きさにヤマイとルーチェは少し恐れているが、ファンファンとエンキは表情を崩すこともなく、地図をじっと見つめる。

「無問題。敵がどれだけの領土を持っていようと返り討ちにするだけアルヨ」

「久々に本気の喧嘩が楽しめそうじゃねぇか。俺は楽しみなくらいだ」

「心強い言葉じゃ、とはいえ…敵の情報がいまいちわからん。一つわかっているのは筆頭極師、ラミアの能力じゃな。ヤツの体はあらゆる五神柱に拒絶反応を示す。その代わりに『別の世界』に繋がることができる不可思議な力を持っておる。儂の『無の極み』みで共鳴を試みても二世界ぶんしか繋がれなかった…侮れんな…」

「普通そこは『できなかった』って言うとこなのにできたんだ…」

「殿がそこまで苦戦するとは…」

「あ、驚くとこそこなんだ…」

「ふむ。得体の知れない力というのは十二分にわかりました。総督が御しきれない力とは末恐ろしいものがありますね…たった二つの世界しか繋がれないとは…」

「普通世界は一つだから!!何このできる前提の話!!進むんだこのまま!?」

「なんだ、うるさいぞルーチェ。何が引っかかる?」

「普通引っかかるよ!アタシが一般人目線だと思うけど?麻痺してない!?感覚が!」

「ま、まぁまぁ。今は会議を進めよう。ね?ゴホッ…僕もルーチェさんに同意だよ。」

オルキスとエイザンに激しくツッコミを入れるルーチェをヤマイがフォローし、会議は進行する。
本来敵の力をこうもあっさりと使用することができる人間対してはルーチェの反応が正しいだろうが、今までも同じように敵の力に共鳴し使いこなしてきたヴァサラに皆が慣れすぎているのだ。
そしてそれを『当然』と思わせる迫力とオーラが総督たるヴァサラにはあった。

「力が共鳴できてはいるものの、依然こちらが不利なことには変わりがない。ゼラニウム街の市民の解放と敵の情報だけでも知れたら良いのじゃが…」

珍しく頭を抱えるヴァサラに「それなら」とロポポとマルルが前に出る。

「市民の逃走経路は僕達夫婦が作り出すのが適任だねぇ何としてでも逃がしてみせるよ」

「市民の血は一滴も流させないわ。私とダーリンは今回別働隊ってとこかしら」

「そうじゃな…それに関しては二人に任せよう。隊長が欠けるのは大きな痛手じゃが仕方あるまい…」

ヴァサラは苦い顔をする。
彼のその表情は『強力な戦力が減る』ことを憂いているのではなく、『仲間が欠けてしまうかもしれない』という不安から来るものだと誰もがわかり、しんとした空気が会議を包む。

マルルは空気を察してかへらっと笑い、事前に作っていたらしい饅頭を全員に配る。

「大丈夫よ、本来私とダーリンは万屋。こういうのはお家芸よ。怖い顔してないで饅頭でもお食べなさい。せっかく作ったんだから。ね?」

「マイハニーの特製饅頭は美味しいよぉ…絶対に笑顔になっちゃうんだから」

「ヤダ♡マイダーリンったら♡」

「本当のことだからねぇ」

「お。本当だな。こりゃうめえ!まぁお前らは何度も俺の依頼をこなしてくれたからよ、ハナから心配なんてしてねぇよ。」

アサヒは周囲を安心させる言葉をつけて目の前にあった饅頭をつかんでかぶりつく。
続いてカルノがそのギザギザの歯を大きく開けてあっという間に平らげる。

「あ!ホントだ!めちゃくちゃ美味い!ねぇ!もう一個ないの?てか皆食べないなら僕貰っていい?」

「おかわりはいくらでもあるわよ。…ルーチェ?」

他の隊長達も饅頭に口をつけていく中ルーチェだけは食べようとしないのを見て、マルルは心配そうに見つめる。
食べやすい空気に普段なら末っ子キャラのルーチェとカルノがこういう時いの一番に口をつけるのだが、どこか思い詰めた顔でゆっくりと饅頭を皿に戻す。

「そうだよね…いつまでも他の隊長を頼っていられない…アタシも隊長だもん。総督。情報はアタシが取ってくるよ。十三番隊はそういうの向いてるし、本来そういう役だしね。そりゃアタシは隊長の中で一番弱いし、ゼラニウム街本陣には乗り込めないケド…支配されてる場所から能力くらいは聞き出せると思う…」

「饅頭はそれが終わってから」と笑顔でピースサインを出し、隊舎をあとにしようとするのをカルノが引き止める。

「ま、待ってよ!僕も行くよ!」

「ちょっと待つアルヨ。新米隊長二人じゃ心許ないアル。私も行くヨ」

「追撃特化の五番隊と近接特化の七番隊が本戦前に怪我してどうすんの。ここは任せてよ!それに、大丈夫。うちの副隊長、最強だから。」

「副隊長ォ?ああ、ヒムロか。確かにお前らの一個下の世代で最速出世の優秀な野郎だな。うちのイブキとハズキも負けてねぇ…と言いたいとこだが、あいつは自分自身の役割も分かってる…確かに大丈夫かもな。」

アサヒは「それに比べてハズキとイブキは…」と愚痴をこぼす。

「ハズキさん、後方支援向いてるよね。はは…僕の隊に欲しいなぁ…」

「そうかぁ?俺はあの二人よりエイザンとこの厚着のあいつが欲しいけどな…色んな意味…いや…まぁ…この話はおいおいだな。行ってこいよルーチェ。」

酔いが覚めたのか、いつもの呂律が回らない喋り方ではないクガイが、自身の部隊に引き入れたい男を指名しかけて止め、何かを隠すようにルーチェに声をかける。

ルーチェは少し疑問に思いつつ、いの一番に会議を抜け、ラミアの支配する島へと向かった。


ここはゼラニウム街の極座。
片方だけ伸ばした髪を三つ編みにし、左右違う眼の色をした男は自身の片耳を隠すように掌で覆う。

「占拠した島に誰か上陸したな…足音的に大勢いるな…十三番隊…ヴァサラ軍かな?」

「盗聴なんて趣味が悪いなぁ…ラミアくん。」

片方が三つ編みの男、ラミアにチクリとトゲのある言葉を投げかける丸眼鏡にスーツの女性。
彼女は「どこの島?」とラミアに投げかけ、黙々と小さな人形を作り始めた。

「メア、君の管轄の島だよ。ほら…北に居た人達が逃げた…」

「うわ…あの医者のとこ?行きたくないなァ…でも行かなきゃ何するかわからないしなぁ…それに、あんな距離まで歩いて船なんて漕いだら疲れちゃうよォ
…」

丸眼鏡にスーツの女性、メアは魂全てが口から抜けるのではないかと思うほど盛大なため息をつき、がっくりとうなだれる。

「…有給」

「え?」

「人形のいいアイディアが浮かびそうなんだよね。この仕事が終わったら有給貰うよ。長期でね。わたしも嫌な仕事引き受けるんだからいいでしょ?そのくらい」

『いつになくカリカリしてるなぁ…多分本気でアイディア浮かんでたんだろうな…』

ラミアは困ったように頬を掻き、『申し訳ない』と一言謝罪の言葉を述べてメアを島に派遣するための準備を行う。

「敵は多分十二神将だね」

「隊長は?」

「一人」

「一人かぁ…」

「兵はいる?」

「いらないよ。わたし一人で充分。てか、奪ったとこに兵普通にいるよね?まぁ疲れるから『アレ』は頼むね。このへん立てばいいんだっけ?」

「いや、行く島を指さしてもらって…」

「あー…座標?がどうとか。これでいい?」

さすが芸術家と言わんばかりのスラッと白く長い指で地図上の島を指差し、「よろしく」とラミアに声をかける。

「裏(むこうがわ)の極み『歪曲世界(パラレルワールド)』:送(おくりびと)」

メアの体はその場から一瞬で消え、部屋にはラミア一人が残る。
ラミアはギリギリと何かに苛立つように爪を噛み、独り言を呟く。

「その島は壊さなきゃならないんだ。邪魔をするなら生かしておかないよ…ヴァサラ軍…」


ラミアが支配した島に数日前に着いたルーチェは、なぜかのんきにフルーツタルトを作っていた。
広い教会に食事を作るセットを一式持ち込み料理をしているのだ。
美味しそうな匂いを発するそれを、鼻歌を歌いながら島の少年たちに配っていく。

「隊長…」

「隊長!」

「ルーチェ隊長!」

水色の髪をきっちりと横に分けた男は、ルーチェがるんるん気分でケーキを配ることに不満があるかのように大きな声で呼び止める。

「ヒム君!おしゃべりしてる暇ないよ〜!配って配って!」

「そのヒム君ってのやめてもらえませんか?私のことはちゃんとヒムロと呼んでください。もう隊長副隊長の関係なんですか…「じゃあヒムキュンは?ヒムキュン」

「もっとダメです!キュン!?あと、制服はちゃんと着てください、子供に悪影響でしょう」

水色の髪をきっちり横分けにした男、ヒムロは、はしゃぐルーチェに頭を抱え、少し丈の短いヘソ出しの独特の制服にくどくど注意する。
たしかに子どもには少々刺激が強いのかもしれないが、ヒムロは『これでもわきまえたほうかな』とも考える。

ルーチェは、「まぁとにかく」とヒムロの話を遮り、大急ぎで子どもたちにフルーツタルトを配っていく。
ヒムロも諦めたように皿を配り、器用にケーキを分ける。

「さ、みんな!お子様ランチの後のケーキは美味しいよーっ!!」

ルーチェは保母さんのように全体に声をかけ、フルーツタルトを振る舞う。
あっという間に平らげてしまった子どもたちが口々に「ありがとう!」と言うのを見送り、会場の後片付けと皿洗いを隊員全員でしている際、ヒムロはルーチェに聞きたかった疑問をぶつけた。

「あの…この島に何故来たか覚えてますか?」

「覚えてるよ?もちろん。街の状況、四神の能力の把握でしょ?」

「わかってるならやってください。ここに来てしたのは店の手伝い、道の整備、保育に介護。慈善活動をしに来たんじゃないんですよ。」

「案外そういう人が有益な情報持ってるもんだよ。」

「ここを任されてる兵を倒したほうが早いでしょう」

ヒムロの言う通り、島には屈曲なゼラニウムの門番と兵士が配備されていた。
近くには急ごしらえの屋敷のようなものがあり、そこにはそれなりの立場にある者が住んでいるのもわかる。
民間人では勝てないが天下のヴァサラ軍であれば制圧も容易いだろう。
しかしルーチェはそれをせず、ボランティア団体として血を一滴も流さずに島へ入る道を選んだのだ。

隊員など居なくてもルーチェと自分の二人でどうにでもなる屋敷を見逃したことにヒムロはどうしても納得がいかず、さらに説明を求める。

「駐屯兵とはいえ相手は弱い。弱い者は倒すべきです。今度の戦の…「ヒム君…まだ強くなりたい?そういう考えまだある?弱い人嫌い、みたいなさ」

皿を洗う手を止め、じっとヒムロのの目を見るルーチェから思わず目を逸らしてしまう。
真剣な話をするときのこの人の純粋な目は苦手だなと改めて感じる。
洗った皿をどうすればこんなに散らかるのかと思うほど乱雑に並べ、子どものようにはしゃぎ回る普段からは想像もつかないほど優しく、純粋に聞いてくるのだ。

「それは…私の過去もですし、まだそう思ってはいます。」

「そっか。」

ヒムロは己の弱さ故に眼の前で幼なじみの女性を攫われてしまった過去がある。
それはヒムロの心のうちに今も根強く残り、己の思想として巣食っているのだ。

「うーん…そのことに関してはアタシがどうこう言わないし言うべきじゃないと思うケド…でも、弱くてもいいと思うよ」

「…聞いてました?話」

「聞いてたよ。でもさ、ヒム君はエイちゃんのとこで充分強くなったでしょ?てかアタシより強いし。二人隊長みたいな感じで思ってるよ。」

「はぁ…」

「強くなるのは大変だけどさ、自分の弱さを認めて他人の力を借りるのはそれより勇気がいることだと思うから…ね?それに、無血開城なんてできたら平和じゃない?誰も怪我しないんだよ?それに、ボランティアしながらたくさん情報貰えたし!」

自作のノートに大量の情報が書かれたものを自慢気に見せる。

『この人にはかなわないな…』

ヒムロはどこか遠くを見つめて「そうですね」とだけ返し、皿洗いを再開する。

「あ、ルーチェ隊長」

「ん?」

「さっきの言葉…ただ隊訓崩しただけじゃないですか?後半以外。『弱さを受け入れ、思考せよ』ですもんね」

ルーチェは恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしてギャーギャー騒ぎ出す。

「ひどいよ!カッコいいこと言ったのに!!このままアタシが『ずっとヒム君の味方だよ!』って続ける流れでしょ!!もう!なんでそんな核心突くの!ずるいずるい!!!」

「別にあなたが裏切るなんて思ってませんよ。子どもみたいですね…相変わらず…」

「そんな言い方されたらこうなるに決まってるもん!!でも嬉しいなぁ…ヒム君が心開いてくれ…」

「!!!」

二人は会話を中断し、息を潜めて武器に手をかける。
教会周辺にはペイントが付着する仕掛けと、鈴が鳴る仕掛けを大量に施してあったのだ。
それは子ども達が入ってくる正面玄関意外に細いテグスで結界のように張り巡らされており、強行突破しようとすればするほどそれは大きな音と色を付着させる。

「全方角から音が鳴りましたね…隊長、この場合も無血開城を?」

「『弱さを受け入れ、思考せよ』だよ。ヒム君。」

壁を粉砕し、八方からゼラニウムの兵が大量に流れ込む。
ざっと50人はいるだろうか、教会に潜入するには明らかに過剰な人数だ。

「まんまと潜入してくれやがって。十三番隊隊長さんよぉ!」

「正面見張ってる隊員が駆けつける前にやっちまえ!!」

「隊長殺せば俺も四神だ!へっ!俺様がいただくぜ!」

いの一番に斬り掛かってきた兵士の刀を軽々と弾き飛ばし、ヒムロは自身の刀に冷気をまとう。

「弱者の虚勢ほど見苦しいものはない。氷の極み『氷蓮六花』:大寒獄・絶対零度」

敵の体は声を上げる間もなく氷結し、その氷は周囲の教会の壁をも凍らせていく。

「美しい…氷の教会の完成だ…」

「わー…キレー…」

「うっとりするのもいいですけど、隊長。残りの敵は任せましたよ。」

「うん、了解!さすがもう一人の隊長だね!『氷神』のヒムロ君!技、借りるよ!」

ルーチェは自身の武器である銃剣に水色の弾丸を装填し、敵に放つ。
その弾は着弾と同時になぜかヒムロの『氷の極み』を発現させた。

「盗(とう)の極み『窃盗女帝(クレプトクイーン)』:雪女」

ヒムロのような巨大な氷ではなく、優しい雪のようなものがはらはらと敵の周囲に舞い散り、触れたそばから凍らせていく。

「そして…オルキス直伝『閃花一刀流』:釣瓶落!」

全体重を乗せた斬撃が、体の一部が氷結した敵を斬り倒す。
同時に、騒ぎを聞きつけた十三番隊の隊員がぞろぞろと正面玄関から入ってきた。

「水臭いっすよ、ルーチェ隊長!俺等全員あなたに手傷負わせたくないんだから。みーんなここの優しくて温かい隊に惹かれて来たんだから」

「そうですよ!また恋バナとかしましょ!ルーチェさん」

「え…いや、あははぁ…なんか申し訳ないなぁ…アタシ的には皆ケガしてほしくなくてさぁ…」

ルーチェは苦笑すると、近くに居た女性隊員の手を優しく握る。

「じゃ、いつものやろっか?」

「はい!」

「「風の極み:双刃鎌鼬!!」」

隊員と同時に振った刀から風の極みが発生し、近くの兵士を斬撃とともに吹き飛ばす。

それを合図に隊員達と兵士の戦いの火蓋が切って落とされた。

「みんな〜、ヒム君の攻撃に巻き込まれないようにだけは注意するんだよ」

隊員達はヒムロの範囲攻撃に巻き込まれないように斬り合いながら一定の距離を取っていく。
「ヒムロ副隊長に氷漬けにされるなら斬られたほうがマシだ」という声もあちこちから聞こえるのだ。

「お前がたった一人でこの人数を相手にするのか?殺してくださいってか?」

「笑止!」

ヒムロはいち副隊長とは思えない力であっという間に兵士を斬り倒していく。
ヒムロに斬られ、氷漬けにされた兵士達はさながら教会に飾られたオブジェのようだ。

「へぇ~オシャレな教会になったねぇ。どうせならこのまま解凍しないで置いておいてもいいんじゃないかな?」

どこから入ったのかメアは子ども達の残したお子様ランチを美味しそうに食べながら提案する。

「誰だ。どこから入った?」

「正面玄関からだよ?なんかバタバタしてたから普通に入れたかな。ほら、わたし弱いから。っていうかこれ美味しいね。なんていうんだっけ?こういうの…あ、『いい仕事してるねぇ』だ!残しちゃもったいないね。ごちそうさま。」

食器を下げようとした瞬間、メアは机の脚に脛をぶつけ、声にならない声を上げて悶絶する。

「いつつつ…ッ」

「誰かのお姉さんかな?お子さんはもう帰ったケド…」

「うーん。違うかな。弱い部下の責任を取る?みたいな感じかな?あと、君たちが救った人達解放されると、ちょっと困るんだよね。」

「となると…敵か?」

メアはヒムロの殺気に恐れることなく、ぶつけて痣になってしまった脛を優しく擦りながら弱々しく立ち上がる。

「まぁ…そんなとこかな?わたしはメア。ゼラニウム北の人形師」

「あなた、『極座の四神』ってやつ?」

「あんまりその呼び名は好きじゃないけどまぁそうだね。というわけで、やろっか?」

きちんと食器を台所に置き、礼儀正しく水を入れると先程座っていた椅子に座りなおす。
ルーチェもヒムロも戦う素振りを見せない彼女を不審に思っていた。

「兵士達がやられたから戦う意志がなくなったのかな?だったら嬉しいんだけど…」

「それはないよ、ほら、飛車も角も取られても最後には王を取った方が勝ちだからね。将棋って。」

「歩のない将棋は負け将棋って誰かが言ってなかった?」

「これは一本取られたなァ…わたしはチェスの人だからね。例えが悪かったかな、でも、歩ならいるよ。『稼働変形人形(レゴ)』」

メアの手にくくりつけられた糸の先には数百体にもなる親指サイズの人形が武器を持ち、ルーチェ達を襲おうとしている。

「『雹塊礫(ひょうかいつぶて)!』」

ヒムロの刀に纏った氷が結晶のような形を作り、大量の雹として人形へ降り注ぐ。

小さな人形達は手に持っている小さな刀や盾で器用にそれを防ぎながらヒムロや近くの隊員の体へ登っていく。

ザクザクと刺された小さな傷からは、刀で腕を切り落とされたかのような激痛が襲う。

「『雷砲』!!」

銃口から放たれる雷の砲撃がメアに放たれる。
メアは襲っている人形を手元に引き戻し、その攻撃を防ぐ。
大量に居た小型の兵士達は、原型がわからないほどに焦げ付き、ボロボロと崩れた。

「あらららら…これ燃費いいから使い続けたかったんだけどな…ま、仕方ないか…相手は隊長さんだしね」

メアはどこかに糸を引っ掛け、グイと引き寄せる。
同時に一人の隊員が二人を背後から刺し貫く。

「ぐはっ…貴様…」

「え…ど、どうして…」

「え!?え!?俺…どうして…」

隊員の背に付いているのはメアの糸。
当のメアは汗を流して疲れた表情をしている。

「はぁ…これはやっぱり疲れるね。でも、将棋は相手の駒を使っていいルーだよね?何も違反はしてないよ」

隊員に括り付けた糸をぷつっと切ると、またどこかへ糸を投げようとする。

「氷の極み『氷蓮六花』:幾万国氷牢」

メアを閉じ込めるかのように氷の牢獄があらゆる角度から形成されていく。
メアはあまりの寒さに糸を動かす手が段々と遅くなっていく。

「盗の極み『窃盗女帝』:妖地打(だいちうち)」

ルーチェの体から角と翼が生え、波動量が増幅する。
そのまま別の弾丸を銃剣に装填し、地面に撃ち込むと教会全体が地震に襲われたかのように大きく揺れ、メアの動きを封じる。

「へぇ…君は何かの妖怪なのかな?はじめて見たなぁ…そんなことよりこれは動きにくいな。チェックメイトって事かな?」

「閃花一りゅ…え…?いつの間に…人形が…」

「る、ルーチェ隊長…不覚を取りました…」

ルーチェとヒムロの体には再起不能になるほど大きな刀傷がつけられていた。
目の前には鋭い牙にナタのようなものを持った汚れたくまのぬいぐるみが立っている。
いつの間にかメアはこのぬいぐるみを操作していたのだ。

「憑(とりつき)の極み『独り人形劇(ワンマンパペットショー)』:五日間の人形惨劇場(ファイブ・ナイト・アット・フレディーズ)、言ったよね?チェックメイトだって。十三番隊長さんだっけ?君隊長の中で一番弱いでしょ?四神で『一番貧弱』なわたし一人でもそこまで危ないと思わなかったしなぁ…副隊長さんは強かったけど」

「お前は…大きな勘違いをしている…」

ルーチェと自身の傷を氷で塞ぎ、ヒムロはゆっくり立ち上がる。

「この人は自分が弱いことを知っている…だから極みの波動を弾丸に変える技術や作戦を立てる戦略でそれを埋めた…そして…それでも勝てない相手には遠慮なく人の力を借りる。私は弱者が嫌いだがこの人は尊敬する唯一の弱者だ…ここまで誰かを助けるために手段を選ばない人を私は知らない…」

止血されたルーチェも意識を取り戻し立ち上がる。

「ヒム君がここまでアタシの事を評価してくれてるとは思わなかったケド、期待されたらやるしかないか…」

ルーチェは装填している弾を水色のものに変え、ヒムロと共鳴する。

「氷の極み…」

「盗の極み…」

「『大寒獄』」

「『窃盗女帝』」

『なるほど、盗の極みは波動を読む力…無の極みみたいに一人で共鳴はできないけど、誰とでも波動量を合わせることができるって事かな。』

「「雪夜叉獄衣!!!」」

雪崩のようなとんでもない質量の氷がメアを押し潰すように襲い掛かる。
同時に、全身がガチガチと氷結していく。

とうとうメアの全身は氷に包まれ見えなくなった。

二人にはそう見え、安堵したようにガクッと膝をつく。

「でもいいとこ70%の共鳴かな?危ない危ない。お気に入りの人形が二つも壊れたよ。前言撤回。君はすごい隊長さんだね。それに凍傷になっちゃった…いたたたた」

寒さで動かない片腕に息を吹きかけ温めながらメアは困った顔をする。
結晶化し潰れた場所には、バラバラになった人形が無惨に転がっていた。

「勝負ありかな。と、思ったけど。指が痛いし今日はもういいかな、その傷じゃ戦えないしね」

メアはスタスタと二人を見逃して教会から出ていってしまった。


「とりあえず潜入成功ね。こういう時の本当に頼りになるわ、ありがとうね、ウキグモくん。」

今にも雨が降りそうな曇天空を眺めてマルルが無精髭を生やした男に笑いかける。

「僕の信頼する副隊長だからねぇ…さ、もう一仕事お願いしようかなぁ…」

「一仕事?二仕事の間違いでは?」

ウキグモは刀をスッと空に向ける。

「雲の極み『流水行雲』:夜雲(よぐも)」

刀から現れた雲が曇天空に重なり、まるで月が浮かばぬ夜のような闇がゼラニウム街を包み込む。

「で、ダーリン、これから市民の家に避難勧告を出せばいいのよね?」

「の、前に…雲の極み『流水行雲』五里霧中」

ロポポとマルルの体に深い霧がかかる。幾重にも重なり夜になった街をこの状態で歩けばちょっとした迷彩になるだろう。

「助かるよぉ、ウキグモ君。あとは僕たちに任せてね。」

「地図によるとこの先に廃工場があるわ、そこから私の雷の極みの力で音を振動させて全体に避難を呼びかけるわ」

「僕も風の極みであちこち走り回ってみるよぉ」

「そしたら俺は、一度戻って総督たちに状況を伝えますよ。あなた達二人の作戦がうまくいかないなんて思ってませんから。」

ウキグモは単身ゼラニウム街を離れ隊舎へ戻っていく。
マルルはウキグモの背中見つめながら何かを思い出したように「あ!」と声を上げる。

「そういえば助っ人隊長の人はもう着いたかしら?ほら、ファンファンの言ってた…」

「翠蘭君だねぇ、彼は見つけるのに苦労したよぉ」

「優秀な道案内も用意したし大丈夫だと思うけど…」

「あ、あと、総督が呼んだ『あの人』」

「ああ…彼はまあねぇ…」

二人は『自分らが道案内すればよかったかな』と思いつつ、簡易スピーカーのようなものを組み立て、声を電気振動にし、市民に避難を呼びかけた。
ロポポは風神と呼ばれる速さで、パニックになる家々を回っていく。

音を聞きつけラミアと同じ髪形をしたファーコートの男がゆっくりと目を覚ました。


ここは過去にヴァサラが育った山。
野宿だろうか張られたテントに手製の牛串と青椒肉絲といったミスマッチな食事が並ぶ。
うるさいくらいの水色髪を外ハネさせた男は左肩に黒猫を乗せ、何やら上機嫌に歌を歌っている。
向かい合って座る黒髪短髪に中華服の男はそんな男に呆れ顔だ。

「HEY!愛してんぜ音色♪はまっちまったYOまるで迷☆路♪」

「うるさいゾ、七福。我々はただ呼ばれただけの『傭兵』ダ。早く任務ヲ済ませよウ」

「洋平?おーいかーけーて届くよー♪僕ら一心n…ブヘッツ」

苛立った中華服の男は水色髪の男、七福の顔面に強烈なパンチを見舞う。
七福は痛そうに鼻を押さえながら話を続ける。

「まぁ、お前はファンファンの友達で直接依頼が来たのかもしれんけど俺は違うかんな?」

「違くないでしょ!君は『自分の街を救いたいから行く!』って言ったんじゃないか!翠蘭さん案内する僕についてきてさ!」

黒猫は本来喋らない日本語を流暢に話し、七福の適当な発言にツッコミを入れる。
中華服の男、翠蘭は面倒くさそうに大きなあくびをすると、黒猫を七福の肩から引きずり下ろす。

「ソラとやラ、早く案内しロ。一日も無駄にしタ。」

「猫が喋ることはスルーなんだ…この人野蛮で苦手だなぁ…無口だし」

「お!意見が合うなあ!相棒!!!!」

「僕は君の相棒じゃないから!!師範が同じなだけ!」

「つれないこと言うなよな~」

「それより、君もヴァサラ軍に助けてもらうんでしょ!君が作った抵抗勢力じゃだめって言ってたしさ、もう!ロポポさんとマルルさんの依頼じゃなきゃこんなの受けたくなかったよ!ゴリちゃん先輩にも頼まれたし!」

黒猫、ソラは猫とは思えないほどの大声で不満をぶちまける。
たしかにこの二人は色々苦労しそうだが…

「確かにうちの抵抗勢力じゃ限界なんよな。極み持ち俺しか居ないし。んあ~、でもなぁ…ヴァサラ軍一回うちの街来てくれたけどあんまいい印象ないんよなぁ…どっかの紅しょうがみたいな頭した女とかめちゃくちゃウザかった。」

「それはお前の感想だろウ。とにかく、早く用を済ませたイ、行くゾ。」

翠蘭は自身の前にある食事を平らげ、テントの火を消して一人で歩き出してしまった。
七福は慌てて牛串を口に入れ、後を追う。

「まてまてまて!せめてアイス食べるまで行くのやめてくれん?な?」

「歩きながら食エ」

「薄情者ぉ!」

ソフトクリームを抱えて七福はわたわたと走り出すが、急に止まった翠蘭の背中に顔から激突する。
咄嗟に手を上に挙げたことで運良くソフトクリームは無事だったが…

「危ねぇな!!アイスがこぼれるだろ!」

「捨てロ、敵襲ダ。」

「は?」

背後からぼんやりとした幻影がハンマーを振り下ろす。
翠蘭はそれを軽々と避け、鳩尾に蹴りを見舞う。

幻影は簡単に消えたように見えたが、三体に分かれ、翠蘭のみに狙いを絞り、襲い掛かる。

「セキアの野郎が起きたかよ…翠蘭、コイツは全部幻影だ。俺達が攻撃しても意味はない、それにおそらくこれは…あいつの中でも偵察用の弱い幻影。あんた一人でも余裕ではあるが…ここは無駄な体力は使わんほうがいいかもしれんよ。」

七福はラミアと同じ髪型をした『幻影』を見て苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、翠蘭に戦いをやめさせようとする。

「問題なイ。ただ増えただけダ」

翠蘭は次々と現れる幻影を蹴り倒していく。

「私を倒せるのはファンファンだけダ。」

「いや、待て…なにか変だ、確かにあいつの能力は『幻影を操る力』でもこんなに雑だったかよ。」

「?」

「おそらくこれはあいつの中でも最弱の幻影。『這い寄る幻影(ローラン・ファンタム)』とか言ったかね。それでもヴァサラ軍の強めの隊員くらいの力はあるんに…」

「やけに詳しいナ」

「セキアは南の極座だかんな。普段はものぐさなヤローなのに戦えば十二神将クラスだ。俺じゃ勝てん。あいつが南で睨みをきかせてっから俺も自由に動ききれんのよ」

翠蘭はフッと軽く笑うと新たに現れた幻影を空中で一回転して踵落としを見舞う。

「あまり強そうに思えないガ?」

「だから幻影がなんかおかしいんだっての。」

同時刻、南の門から出ようとしていたウキグモはラミアと同じ髪型をしたファーコートの男、セキアと対峙していた。
ウキグモは不意打ち的に打たれたハンマーを避けきることができず、折れた肋骨を抑えて刀を抜く。

「幻影使いながら戦うの…疲れる…一撃が軽かったな…」

「これで軽かったのかよ…とんでもねぇな…『鱗雲』」

小さな雲がウキグモを囲うように群生する。

「?」

どうやらその雲が一斉に攻撃してくるわけでは無いらしく、セキアは何をするつもりがわからず、首を傾げる。

「ま、いいや…戦えばわかるでしょ…」

セキアは同じようにハンマーを振りかぶる。
同時に鱗雲がセキアの眼前に現れ、一瞬視界を奪う。

「…見えない…」

「一手遅れたな」

ウキグモの刀はセキアを完璧に捉えたように思えたが、驚異的な反射神経で逆に反撃を喰らう。

「くっ!コイツ、どんなスピードしてやがる…」

「あ、違う。そっちの蹴りの人…は…君らじゃ勝てない…僕がいないと…」

セキアは心ここにあらずといった様子で何かブツブツと話している。

「何ブツブツ言ってやがる。」

「あ…気にしないで…俺の…能力…」

「僕?俺?」

「どっちでもいいよ…苦戦しそうだな…幻の極み『幻影の集う場所(ファンタム・アグリー)』:奪い去る幻影(シーフ・ファンタム)」

人相の悪い幻影がセキアから分離し、ウキグモの方へと突っ込む。
セキアは慌ててそれを静止し、逆方向の森を指差す。

「君は…あっち…新入りで言う事聞かないの…めんどくさい」

幻影はしぶしぶといった様子で森へと駆け出していく。

「俺には極みがいらないってことか?」

「うーん…副隊長なら大丈夫かな。まぁ僕が『一番敵を取り逃がす』弱小四神なんだけどね…」

「話も長いしな。『秘広軌雲(ひこうきぐも)』!!」

色の濃い雲がウキグモの刀から現れ、読めない太刀筋でセキアを襲う。
セキアはそれを避け、反撃に転じるが、纏っていた鱗雲に視界を奪われ空を切る。

雲が晴れるとそこにウキグモはもう居ない。

「あ…逃げられた…まいっか…ラミアは許してくれるし。それに…少しは『当たった』し…」

セキアの腕にいつの間にかつけられていたメリケンサックとトンファーが合わさった武器から細い硝煙が立ち昇っていた。

ウキグモは腹部を抑え、ゆっくりと歩く。
血溜まりができるほど出血しているそこには小さな弾痕があった。

「仕込み銃か…やられたな…」

「あなたボロボロじゃない。もうすぐヴァサラ軍突入するのに。帰りが遅いと思ったらまさかね」

「繭。来てたのかよ」

繭と呼ばれた蜻蛉の翅のようなものを背中に生やした顔に大きな傷と、身体におびただしい火傷の跡がある女性はウキグモの側に降り立ち、肩を貸す。

「エンキ隊長が偵察にって。『ウキグモの帰りが遅いから気になる』だって。ったく、相変わらず
の街ね…」

「流石あの人だ、副隊長呼んでくれたのもありがてぇ。」

「怪我酷いから急ぐわよ。翅の極み『揚羽蜻蛉』:鬼蜻蜒」

「悪い」

ウキグモは繭に抱えられ、とんでもない速さで隊舎へと文字通り飛び帰る。

その頃、翠蘭と七福は幻影を振り払うのに苦戦していた。
一人一人は大したことがないが、キリがないほどに増えるのだ。

セキアが呼び出した『奪い去る幻影』は七福の腕から刀を奪い取り、ハンマーで攻撃を放つ。

「うおおおお!」

七福は両手で頭を抱えてしゃがみこんでそれを避ける。

しかし、幻影は素早い身のこなしで再度七福への攻撃を再開する。

「わ!」

「た!」

「おうっ!」

「あぶねっ!」

「あ、あの!翠蘭さん!?何をボーッと見てるん?あの?そっちだいぶ余裕あるなら見てないで助けてくれん?」

二手に分かれたほうが翠蘭にとっては好都合だったのか蹴りのスピードが倍加し、息一つ乱れず幻影を次々と消していく。
そして、必死に避ける七福を黙って見学しているのだ。

「オカシイ…」

「おかしいのはお前だよ!助けろよな!」

「いらないだろウ。避け続けられル。チガウカ?」

確かにセキアの幻影が偵察用のものとはいえ、七福に攻撃は全く当たっていない。
翠蘭はそれが極みの力だというのは確信していたが、明らかに素人のケンカ自慢程度の不器用な身のこなしの男に攻撃が一度も当たらないことに強い疑問を抱いていたのだ。

「…波動のコントロール…カ。」

「あの、考察してないで戦えよな。はぁ、運気が下がるぜ。運の極み『日々是好日』:幸福殴打(ラッキーパンチ)」

七福が振りかざした不意打ちのパンチは的確に幻影の顎を捉え、少し後退させる。

「大したもんだナ。運良く避けられるとかだけの力かと思えバ…波動をコントロールして拳に溜めていいパンチを繰り出す。師匠が良かったのカ」

「んあ?まぁ、地獄みたいな訓練だったわな。そこの相棒も同じ師匠よ」

物陰に隠れていたソラを指差してヘラヘラと笑う。

「僕は君の相棒じゃないから!もう!早く片付けてよね。少し弱まってるんでしょ、その幻影。」

「まぁ、いつもよりは弱いかな。」

七福が幻影に向き直ると、メリケンサックを構える幻影が七福に飛びかかろうとしていた。

「まずイ!仕込み銃ダ!その距離デハ当たるゾ!」

翠蘭は慌てて七福に声をかけるが、七福は懐から銃を取り出すと相手の銃口を狙って銃弾を放ち、すっぽりと収まったそれは相手の武器を破裂させた。

翠蘭はらしくない「おお…」という頓狂な声を上げる。

「ワンホールショットというやつカ。大したものダ」

「師匠がこれできるようになれってうるさかったんよ。ま、成り行きかね。これ出来るん多分世界中にいんぞ。例えば異国のスパイとか」

「イコク、スパイ…」

「名前は『ハートランド』凄腕のスパイさ。…多分」

「お前ト真剣に話したのが無駄ダッタ」

翠蘭は呆れて七福を置いて隊舎へと歩みを進めた。

「待ってって」

七福は肩に飛び乗ったソラと共に翠蘭のあとに続く。


「久しぶりアル、『西の拳神』翠蘭。」

「ファンファン、その言葉を使って命があるのはお前くらいダ。仲間をよこさずお前が来れば負かしてやったガ…」

ファンファンと翠蘭の間に火花が散る中、七福は隊長達の席に座り、ヒジリのだろう団子を無断でつまむ。

「おー!うめぇじゃんよ!お!アンタは『聖神』ヒジリ!!悪いなぁなんか団子までもらっちゃってよう。てか隊長少なくね?君んとこの隊長は?ギザギザ君」

「よく喋るなぁ…隊長は僕だよ、五番隊隊長のカルノ、よろしくね!」

「隊長!?こんなチ…「初対面の人にそれはないでしょ、僕は六番隊隊長のヤマイ、よろしくね。」

「待って、ヤマイ。今君チビって言おうとした?僕がチビなら君は『クソ青髪』になるけど?」

「かっこいいだろ、この髪。俺は七福、よろしくな!てかさ、なんで人形飾ってるん?うわっ!しかもこれオルキスって女の人形じゃん。『麗神』『世界一美しい』って噂は聞くけどこの自己顕示欲はどうなんよ。キッショ」

「コレハ確かにやりすぎだナ。自身の人形を作るなド気狂いもいいトコダ」

翠蘭は『キワモノ集団メ』と吐き捨てる。

七福は壁際に立っているオルキスの腕を掴もうとし、ものすごい勢いで振り払われる。

「うわあああああ!動いた!!」

「ホウ、人形の幻覚を見せる極みカ…今日はよく幻術師とマミエルナ…面白イ…」

二人は本当に人形だと思っていたのか動いたオルキスに対し、七福は大きな声で驚き、翠蘭は極みの類だと思い込み臨戦態勢だ。

「なんだお前達。ワタシは人形などではない」

「んんん!?おかしい!お前昔うちの街に来たときより肌綺麗になってねぇか?普通年齢重ねたら嫌でも荒れるもんだろ。お前人形だろ!毛穴がねえぞ!!」

「肌が綺麗なのは当然だ、ワタシは世界一美しい。」

「不躾だナ。人形で話すのではなく姿を表したらドウダ?」

翠蘭は挨拶がてら人形だと思い込んでいるオルキスにジャブ程度のケリを見舞う。
オルキスはふわりとそれを避け、刀を抜いて構える。

「素早い蹴りだな…できる…」

「お前モナ。ソノ剣技…倒すには惜しイ」

「オイオイオイ、待て待てお前ら。戦力減らしてどうすんだよ。てかそもそも、人形云々の話からこうはならねぇだろ。」

アサヒは二人の間に入り、武器を置くように二人に声をかけた。
しかし、一時は収まったそれをカルノが蒸し返すように再び、今度は七福に向ける。

「うーん、でも僕も見たいかな。翠蘭とかいうそっちの蹴りの人じゃなくて、クソ青…七福とかいう人の実力。」

「コンナヤツだが実力は私が保証しよウ」

「いや、強いのはなんとな~くわかるよ。それに『僕と同じタイプ』だ。オルキスみたいに実力図れるわけじゃないけどさ、こう…『野生の勘』かな」

「ほう、このふざけた鳥の巣が実力者であると?カルノ、お前は全く信用ならんワガママなヤツだが『野生の勘』は当たるからな…」

「んあ?無精髭のおっさんが言ったこと聞いてなかったんかよ、わざわざ戦うんか?やなこったな。」

「七福ってやつの言う通りだ。お前らも少し頭冷やせ。…にしても、だ。ゼラニウム街出身なのに随分ネアカな野郎だな。普通…「あんな気持ち悪い街で歪まないわけがねぇ…ってか?わざわざ口ごもらなくていいんに…」

アサヒが初対面の相手に言うべきことじゃないなと引っ込めた言葉を当の本人である七福が引き継ぐ形で続ける。

そして、ヘラヘラと笑ってみせると「確かにな」と呟く。

「極みを研究してる科学者が来てからおかしくなっちまったんよ。『強引に輸血して極みを覚醒させる』中央にある高い山のてっぺんに研究所がある。そこから血を供給してよう、極みを覚醒させるのが文化になっちまった。いや、文化というより風習?法律か?」

「反吐が出るな。突入の時はワタシが…」

「落ち着け、オルキス。らしくねぇぞ。ゼラニウムの噂は俺も聞いてる。でも、お前一人でもここに辿り着いてくれた…大丈夫。旦那と俺達に任せとけ、『陽はまた昇る』お前の街にもな。」

アサヒはタバコに火をつけ、優しい笑顔で七福の肩を強く叩く。
七福はアサヒなら信用してもいいかと思いつつ、四神の強さに彼らが勝てるのかという一抹の不安を抱えていた。

「七福に翠蘭、よく来てくれた。」

「覇王ヴァサラ…」

「よう、お前がヴァサラか。思ったより髪の毛に水分がないねぇ、苦労してるんかよ?」

馴れ馴れしく肩を組む七福に怒りの表情を見せたのはエイザンとオルキス。
二人はこれ以上無礼を働けば斬るほどの殺気を放っている。

「貴様、殿に気安いぞ!」

「エイザン、よい。アサヒの言う通り、思ったより明るいやつじゃ…その明るさが『絶望の街』から逃れるきっかけになったのじゃろう。」

「んあ?そんなんじゃね〜よ。生まれも育ちも才能も、やり直しなんてできねぇのが人間だ。それ欲しがって嘆いてたら人生終わっちまうっしょ?自分の持ってるもの組み合わせて戦うしか無いんよ。一生。」

頭をボリボリと掻きながら、当たり前のことを聞くなとばかりに言い返す七福にヴァサラは大きな声で笑い出し、ファンファンとエイザンは優しく頷いており、アサヒは嬉しそうにタバコを吸っている。

「なんか笑えるようなこと言ったかよ?」

「そうじゃないアル、先生はお前の生き方に感心してるアルヨ。私も今の言葉で少しお前を見直したアル」

「私もだ。七福殿、先程は怒って済まなかったな、君はしっかり考えている」

「か、考えてねぇよ!何も考えてねえ!!お、俺は何も考えずに才能だけで生きてきたからこういうことが言えるんよ!!!ホントに!」

先程までのどこか落ち着いて小馬鹿にしたような態度はどこへやら、顔を真っ赤にした七福が早口で理論的ではない小学生のような反論をする。

「ホッホッホ…褒められるのが苦手か…素直じゃないやつじゃのう…さ、そろそろ隊長達が帰ってくる頃じゃ、会議もあるじゃろう…君から街の話も聞きたい、ぜひとも参加してくれんか?」

「お〜、水色の兄ちゃん。街の話は沢山聞かせてくれよ〜うまい地酒の話しとか〜」

目を覚ました泥酔状態のクガイが酒臭い息でこの場の空気に合わない発言をし、会議が始まろうとしているにも関わらず、そこで盛大に吐いたのだ。

「うおっ、何だこの酔っ払い。てかこいつ席四つくらい使って寝てんぞ!どかしていいかね?」

「はぁ、困ったやつじゃ…クガイが目を覚ましたら…いや、酔いを覚ましてから、会議を始めるとするかのう。エンキとルーチェもまだ来ていないようじゃからのう…」

「エンキ殿は怪我をしたウキグモ殿を副隊長と医務室へ運ぶから遅れると隊員が言っておりました」

エイザンはたまたま自身の隊舎の近くで会った隊員から聞いたことをヴァサラに伝える。

「となるとあとはルーチェかぁ…遅いね、僕見に行こっかな。彼女とは一番仲いいしね。僕」

「ダメだ。お前ら二人では話が弾んでどちらも戻ってこない。ワタシが呼ぶ。大方『敵倒したらお肌荒れちゃった〜』とか言って念入りに肌のケアをしているのだろう。」

「アイヤ!それもう四、五回目アルヨ!」

「四、五回目どころか、任務後の会議は毎回じゃねぇか?ハズキ、そんなに肌なんて気にしなきゃいけないもんなのかよ」

アサヒはついてきたらしいオルキスやカルノといった若い隊長たちと同年代くらいのピンク色の髪の女性、ハズキに尋ねる。

「人によりますけど、ルーチェの肌が弱いなら遅くなるかもです。」

「う~ん…いらないんじゃないかなぁ…ルーチェちゃん、めちゃくちゃ美人なんだからさぁ…」

帽子を被った派手な柄シャツの男が酒瓶片手にのんきな事を言う。

「オイオイオイ、ここは水商売かよ。歳上の美女にまた飲んだくれか?」

「バッ…しちふ!「誰が年より老けてるですってこの蜘蛛の巣男!次似たようなこといったら眼球抉り出すわよ。」

歳が変わらないであろう七福に歳上呼ばわりされたハズキはヘッドロックを七福にかけ、青筋を浮かべて脅す。

「言わんこっちゃねぇ!イブキ、俺達は言葉に気をつけような。」

「は、はい…失礼しやした…」

アサヒは少し後ずさりながら帽子に柄シャツの男、イブキに発言に対しての釘を刺す。
イブキは黙ってコクコクと頷いて、恐怖を必死に振り払おうとアサヒを立てにするように背後に隠れた。

「何を遊んでいるんだ、こういう時は同期で一番無難に仕事をこなす男に頼むべきだろう。アシュラ、いるか?」

「・・・・・・・・」

真っ黒なフードを被った男はオルキスの声に何も返さず、すべてを察したように十三番隊舎の方へと歩き出す。

先回りした七福に止められてしまったが…

「よう、お前も歳近そうだな。フードボーイ君。アシュラって名前なん?かっこよ。仕事人って感じ?」

「・・・・・・・・」

「おー!なるほどな。そういう経緯で入隊したんか、なるほどなるほど」

「そこまで話してるか?ワタシにはお前の声しか聞こえないが…」

「いや、テキトー」

その場にいた全員が盛大にコケる中、アシュラは一人隊舎へと歩き出していく。
同時に伝令係が息を切らして会議室へと入る。
その内容はアシュラが隊舎へ行くのを止めるものだった。

「伝令です!ルーチェ隊長、ヒムロ副隊長が重傷!至急手当が必要とのこと!」

ヴァサラに届いたのは二人がやられたという伝令。
ひどい出血をしているルーチェとヒムロが会議室を隔てて六番隊舎へ運ばれるところだった。

『服についた糸…背後の刺し傷…メアと交戦したな、あのガングロねーちゃんと横分け男…』

七福は流れる冷や汗を腕で拭い、ルーチェが握りしめている血まみれの紙をこっそりと覗く。

『おいおい、これって…』

七福が何かを考えている横を速歩きで通過したのはヤマイ。
体力がないのか冷や汗が止まらない七福よりも、ただ速歩きをしただけのヤマイがひどい汗をかいている。

「ルーチェさん、ヒムロくん…これはなかなか酷いね。とりあえず、『血が固まる病気』を投与して…あと、ハズキさん、ついてきて。」

「あたし?」

「僕らだけじゃ対応しきれないからね。君の医療術は副隊長も超えている、だから力を借りたいんだ」

「別にいいけど、やり返すのが先じゃない?アンタだって同期だし、あたしもヒムロとは同期なんだから」

ハズキの反論にヤマイは苦笑する。

「あはは、間違いないね。っていうかアサヒ隊長以外には敬語使わないんだ」

「今関係ないでしょ。」

「ゴメンゴメン。ハズキさんの気持ちはわかるよ、でも僕ら六番隊は人の命を先延ばしにするのが一番の仕事だからね。何も戦うだけが貢献じゃないよ」

ルーチェとヒムロを乗せた担架は六番隊舎へ運ばれ、特殊な注射器が並ぶ怪しい場所へと搬送された。

「僕らは悔しい気持ちを押し殺して助けることに専念しなきゃならない時がある、誰かを助けたいなら僕らが率先して生きなきゃならない。君にはわかって欲しい。僕の次の隊長は君だよ、ハズキさん。」

ヤマイは注射器を自身の腕に突き刺し、血を抜くと、それをルーチェに輸血する。

「絶対助けよう、六番隊の隊訓は『生きろ』だからね。病の極み『細菌汚染』:病毒移植」

ドロドロと流れるルーチェの身体から血が止まり、浅くなっていた呼吸がゆっくりになっていく。
ハズキはそれに触発されたのか白衣に袖を通し、隊員達に治療の指示を飛ばす。

「ルーチェは一人対応で傷口の縫合!ヒムロは凍傷になっているから温める準備!ありったけの毛布を持ってきて!刺し傷が酷いから手術するわよ!」

「「「はい!女王様!!」」」

『女王様…僕より隊長向いてるなぁ…』

ヤマイは小声でぼやきながら自身の血で薬を作り続ける。

「ヤマイ、同棲している彼女とはどうなの?」

「え?」

ヴァサラ軍には当然既婚者も多い、ロポポとマルルのように夫婦で軍にいるものもいれば外に妻がいる場合もある。
このままいけばヤマイは後者になるだろう。
彼女は生まれつき病弱な身体のヤマイを甲斐甲斐しく世話していた看護師で、ヤマイに極みから医療術に応用するためのアイディアを出した人でもある。
そんな大切な彼女に毎度毎度ひどく心配をかけていることはヤマイ自身気付いていた。

「う…あはは。弱ったなぁ…最近は戦続きだったからあまり帰れてないんだよね。理解はしてくれてると思うけど…やっぱり申し訳ないなぁ…」

「ったく、そんなことだろうと思った…」

「彼女には苦労ばかりかけてるよ…」

「有給、ちゃんと取りなさいよ?その間くらいあたしがかわりに診ててあげるから。」

「苦労かけるね。」

「体調が良くなったらしっかりプロポーズしなさいよ」

「あはは…まずは指輪買わなきゃ。給料の殆どが入院費に消えるけどコツコツ貯金しないとなぁ…」

淡々と治療をこなしながらヤマイの体調と生活面を気遣うハズキには未来の六番隊隊長の面影があった。

「ここは…六番隊舎か?」

ヒムロは毛布の温度で目を覚まし、周囲を見回す。

「ヒムロ、やっぱりアンタ大したもんだわ。凍らせて血を止めるなんて。」

「このくらい大したことじゃない。次は奴らに必ず…」

「お前じゃ無理だな。」

「無理じゃないよ、次は僕も出るから。」

いつの間にか六番隊舎に来ていた七福が吐き捨てるのをカルノが止め、傷を負っているルーチェに駆け寄る。

「仇は取るからね。僕が一番仲良くしてる人を傷つけたんだ…家族をやられたのと同じだよ。」

カルノの声色にはとんでもない怒気を含んでいたが、七福は動じることなく「聞け。」と言い放つ。

「緊急会議だ。ゼラニウム街出身の俺が仕切る、いいよな?ヴァサラ」

「ああ、儂もお前の口から聞きたかった。それに、『もう一人』紹介したい人物もいるからのう」

少年のいたずらっぽく笑うヴァサラを見て隊長達は『何かあるな』と全員が考えた。
彼がこのような顔をする時は少しの茶目っ気を含めた嬉しいニュースがある時が多いからだ。

「ん…ルノ君?ヤマイ?皆どうしてここに?…アタシ助かったって事でいいのかな?あ!!ヒム君!ヒム君は大丈夫だった!?ひどい怪我だったケド…」

目覚めるなりギャアギャアと騒ぎ出すルーチェを一足先に意識を取り戻していたヒムロが静かにするように促す。

「生きてますから。落ち着いて。」 

「で?緊急会議ってのは?水色の兄ちゃん。こっちも部下が連れてきた怪我人がいるから手短に願いたいところだ」

「お、ガングロねーちゃんとムキムキの隊長さんもお出ましかい。ルーチェとエンキだっけか?俺は七福。ゼラニウム街出身のしがないフリーターだ。で、こっちのだんまりは翠蘭。ファンファン並みのカンフーマン。」

「誰ガだんまりダ。というかお前はゼラニウムの抵抗勢力じゃなかったカ?何がしがないフリーターダ。」

「ま、俺の素性はなんでもいいじゃんよ。今大事なのは、街の状況と四神の話、だろ?」

エンキとルーチェは七福に若干の胡散臭さを感じながらもこれから戦う相手について、下手くそな絵で描かれていくゼラニウム街の地図に注目する。

「…とまあこんな風に街は東西南北に分かれてるわけだが…」

「絵が下手すぎでしょ。何が何だかわかんないよ」

「悪かったな、チビ。お前みたいにちびっ子お絵かき教室に行く暇がなかったんよな。俺、大人だからよう」

「よし話は終わりだ殺す」

全身に雷を纏ったカルノが立ち上がろうとした瞬間、ヴァサラの強烈な拳骨が二人に飛ぶ。

「戯けがッ!二人共くだらん争いはやめてちゃんと会議をせんか」

「「はい…」」

七福は気を取り直して一度咳払いをすると、東西南北それぞれに写真を貼り付けていく。
東に端正な顔立ちだが、本来白目の部分が黒目の男性、西には頭蓋骨を持ったメイド服を着た可愛らしい少女、南はファーコートの男(セキア)、北に丸眼鏡の女性(メア)。

「コイツらがいわゆる『極座の四神』ってヤツだ。東から『マクベス』、『リピル』、『セキア』、『メア』、んで、中央『筆頭極師:ラミア』だ。」

空白の中央に、片側だけ三つ編みにした緑髪の男、ラミアの写真を貼り付け、支配している街や島に赤い✕印を付けていく。

「さて。まずは四神の話からしようかね、ルーチェは体験したと思うが、四神は十二神将クラスの強さがあるわけだ。しかも上位クラスのな。」

「ウキグモもどうにかこうにか戻って来たって言ってたからな。しかも『全然本気じゃない四神相手に』だ。七福だっけ?お前の言うことは認めるよ」

「無問題。誰が来ても私返り討ちにするだけアルヨ」

「そうさな、ファンファンとエイザンとあと、ヒジリのじいさんくらいかね。四神のうち三人と戦えるのは。ただ、問題は…」

七福は東の極座に位置する端正な容姿の男、マクベスを指差す。

「マクベスだな。コイツは四神の中でも頭二つくらい抜けて強い。十二神将を二人くらい割いて相打ちにでも持ち込むかね?」

「黙って聞いていれば貴様、ヴァサラ軍を甘く見るなよ「待て、オルキス。続けろ」

ヴァサラは話の続きを七福に促す。

「んあ?ああ、まぁ要するにマクベスは十二神将より上のやついないと倒せないってこと。」

「ほう、十二神将以上か。」

ヴァサラは自軍をバカにされたような発言にも何故か終始笑顔だ。
その笑顔は少年時代の彼を彷彿とさせる。

隊舎のドア裏をチラチラと確認する彼は、どこか嬉しそうにも悲しそうにも見えた。

「なんか自信満々らしいからこの話は置いとくかね。次はラミアと支配された街と最初の被害者の話。ルーチェの写真の奴らな」

「ルーチェ殿の写真は私も拝見した。町長の男に、医者、裁判官に行商人、科学者と職業も拠点もバラバラだ…唯一の共通点といえば『ラミアが支配した街にいる』ということだけ…」

「いーや、こいつらは全員ゼラニウム街の出身なんよな。しかも科学者…どいつもこいつも積極的に実験に参加してたっけ?奇妙な習慣があるんよな。」

七福は街の説明を始めた。
ゼラニウム街は人間が潜在的に持つとされる五神柱と血液の因果関係に気付き、輸血をすることで極みを強引に発現させようとしていること、現にそれで極みが発現した人もおり、それによる極み差別が横行していること、電線のように街中に張り巡らされたチューブは中央崖上の研究室に伸び、そこから血の供給を受けるのだと。

「うちの家族は俺に供給受けさせなかったかんな。感謝だぜ。中には合わない五神柱で死んだやつもいる…」

七福の腕はかすかに怒りで震えていた。
ラミアは自分自身の力でそれを撤廃したこと、全ての五神柱に強い拒絶反応を示した彼は異常な迫害を受け、それの復讐として逃げ延びた場所を支配しているのだということを全員に話す。

「こいつらは消えて当然だと思う奴らは沢山いる。ゼラニウム街にはラミアを英雄視して志願兵になるやつもいる。ラミアはゼラニウム街の暗い過去そのものだ、そしてこいつらは未来永劫過去に復讐され続けて然るべき奴らだ」

「私には殿がいた、ユリがいた、リョウエイ和尚がいた…孤独ではなかった…こんな劣悪な街で孤独に過ごしていればどういう人間になっていたか…筆頭極師のラミアという男には『倒す』という言葉より、『救う』の方が正しいのかもしれん…」

「エイザンの言う通りだな、俺もそう思うぜ。そんな街じゃ俺も世界を壊したくなる。逃げ延びたヤローがいたら地の果てまで追い詰めたくなる。むしろ俺は七福みたいに割り切りすぎてる人間の方が気持ち悪いと思うくらいだ…その街に居たらな」

饒舌で軽口ばかりの七福も流石に押し黙る。
アサヒの言う通り、自分は人間関係で苦労したためしは無い上に、性格上誰かに従わない。こうやって割り切れている自分は街では異質なのかもしれないと思っていた。

「だが、ヤツはワタシ達を敵と認識して襲い掛かってくる…そういった場合、斬るしかないとも思うが?」

「ふむ、オルキスの言うことも一理ある。じゃが、断じて命までは奪うな。ルーチェとヒムロとウキグモの傷が癒えるのは早くて…「三日後、ですかね。ハズキさんが診てくれるからもう少し早くなるかもですが…」

「なるほど…となれば一週間じゃな、一週間後、ゼラニウム街へ討ち入る!皆の物!決して死んではならんぞ!」

ヴァサラの一喝に全員の瞳にやる気の炎が灯った。
そして、黙って会議を聞いていた翠蘭と進行をしていた七福に「別働隊のロポポとマルルの穴の空いた場所の隊長を頼む」と進言する。

「部下を気に掛けるつもりハナイ。黙ってついてコイ。」

「は!?俺が隊長!?勘弁してくれよ、俺には俺でやりたいことがあるんよ」

「ゼラニウム街に入ることは変わらんじゃろう。十番隊の隊員を連れて行け、儂が許す」

「七福、お前さんのやりたいことってなんだよ?」

「んあ?まぁラミアは俺の親友だしね、争いたくないわけよ。それにあんな支配体制でもコソコソ別の街で輸血するやつがいてさ、ほら、ゴキブリって潰されて死ぬと卵産み落とすって言うじゃん?あれと同じ。どこかにあるんよな…醜く人を食い荒らす害虫の巣穴がよう」

アサヒはくわえていた煙草を吸い、大きく煙を吐くと「俺もそっちに協力する」と告げる。

「悪いな、旦那。俺は戦よりそっちの方が街の根幹に関わってくると思うんだよ。二番隊数名と俺、連れてけよ。そうだな…ハズキは六番隊、イブキは四番隊お前ら二人はそっちに協力してくれ。」

いつもの軽口をたたける様子のアサヒとは違い、真剣なトーンで話す彼に、二人は何も言い返すことができずに黙って頷く。

「戦力がだいぶ分散してしまうな…仕方ない。入ってきてくれ。」

物陰にいた男は顔に皺があり、その血のように赤い長髪はところどころ白髪が混じっていた。

隊長達はその男を見て目を見開き言葉を失う。


ゼラニウム街の中心にそびえる巨大な家。
その気になれば20人は泊まれそうなそこの三階にある五人がけのテーブル。
普段は埋まることがないそこには四神とラミアが座っている。

「ラミア様。今回も研究所は見つかりませんでした。わたくしとマクベスさんでくまなく探しましたが、どうしても見つからなくて。」

「もう最悪よ、恐らく北の科学都市とゼラニウムの境界線あたりにあると踏んでいたけど、違ったわ。収穫ゼロ。ったく、アタシの取り仕切る東で『ユートピア』とかいう変な薬までばら撒くから消そうと思ってたのに」

七福の写真に映っていた頭蓋骨を持ったメイド服の女性、リピルとオネエ口調の大柄な美しい男性、マクベスはどうやらゼラニウムの諸悪の根源とも言える研究所が秘密裏に再び作られていることを知り、調査に乗り出していた。
奇しくもそれは七福が『ゴキブリの巣穴』と表現したものと同じもので、ゼラニウムの北側に隣接する『科学都市』に逃げたと踏んでいたが、ハズレのようだ。

「ありがとう。二人共ご苦労様。その…ご、ごめんね、違うところに派遣させて。」

ラミアは少し慌てた様子で、早口に二人を労う。
何が気になるのか二人の顔色を伺いながら…

「ラミア様。研究所のトップがアメクなら科学都市には行かないかもしれませんね、わたくしの考えが至りませんでした。」

「そ、そんなことないよ!僕も気づけばよかったから!うん!」

ラミアは更に慌てた様子でリピルの言葉を否定する。
アメクという男はゼラニウムの町長ではあったものの、それ以前には科学都市で血液の研究をしており、その研究が科学都市の『とある博士』の興味にそぐわなかったことから除名された過去があるのだ。

そんな男が科学都市付近に研究所を構えるわけがなかったなと、マクベスとセキア以外の三人は考えていた。

「いや…マクベスの考えは間違いじゃないんじゃない?わざと…『そうじゃないとこ』に…陣を構えるのも…兵法…」

「セキアの言う通りではあるけど、今回はアタシのミスよ。自己顕示欲の塊みたいな男がプライド捨ててまでそんなことしないもの。性格まで見てなかった。アタシの責任よ。」

「そ、そんな。みんなはちゃんとやってくれたよ!僕がこんなだから…ごめんね…」

「そんな顔色伺わなくていいんじゃない?わたし達のトップなんだからもっとしっかりしなよ。ラミア君。」

「うっ…」

メアの鋭い指摘にラミアは言葉を詰まらせる。

「君は相変わらずネガティブだね。吐きそうなくらいに。この街の頂点に立って、強い極みも手に入れて、今では君を慕う人もたくさんいる、今更そんな悲観することもないんじゃないかなぁ…」

「一度染み付いたものはそう簡単に拭えないものよ。こんな街じゃ特にね。それより、研究所の件もだけど、ヴァサラ軍との戦も完全にうちが有利…ってわけでもなさそうね。島奪還されかけたのも、副隊長が偵察に来たのも想像以上のスピードだもの。ラミアちゃん、街の音に雑音が紛れる件はおさまった?」

ラミアは極みの力でこの街のすべての声を聞き、その場へ転移することができるが、最近その街に『ごうごう』『バリバリ』といった壊れたイヤホンのような雑音が紛れるのだ。

「まだおさまらないんだ。裏の極み『蠢(すずむし)』」

口上を述べ、更に集中して街の音を拾うが、それでも雑音は消えない。

「もしかしたらヴァサラ軍が傍受してるかもね。後で隊舎に兵を転移させておくよ。みんなはゆっくり休むといい。」

「あ、そしたらその前に一ついい?ラミア君さ、ヴァサラ軍倒したらどうするの?その後のこととか考えてる?他のみんなも」

メアは自分はラミアから貰った他の街にある別荘にアトリエを構えてこの街には戻らないと言う。
すでに人形を作る用の道具は少しづつ移動させているのだと。

「わたくしは…ラミア様のそばにずっといますよ。地獄から救ってくれたあの日からずっと私は貴方に仕えることが夢であり目標ですから。」

「俺も…この生活…楽。それに…ラミアのおかげで毎日楽しい…ありがと…」

「ま、この二人は予想通りね。アタシは東に勢力を伸ばしてくわ。ちょっと気になるやつがいるのよ。同じマフィアの『同業者』でね。」

「それって…こう…太った…」

ボリボリと頭を掻きながらセキアが手で太った体型の男のポーズをとり、葉巻のイメージだろうか近くに置いてあった焼きたてのウインナーを口に咥えて『こう』とアピールする。

「汚いわね!フケが飛んでるわよ。アンタはまず戦いが終わったら部屋を掃除しなさい!でも、アンタその男よく知ってるわね…」

「昔…色々ね。まぁ気にしないで」

「アンタのことだから上手くやったんでしょ?別に気にしてないわよ」

マクベスはラミアに『アタシ達は戻るから』と告げて部屋を出ようとするが、メアは『ラミア君はどうするの?この先?』と質問を続ける。

「僕は…悩み中…」

ラミアはへらっとぎこちない作り笑いを浮かべて返答する。

「ふーん。ま、いいや。早めに先のこと決めなきゃダメだよ。君のことはあんまり好きじゃないけどアトリエの件とか、住まいの件とか色々感謝はしてる。じゃ、次はヴァサラ軍が乗り込んできたときにね」

「『じゃ』じゃないわよ、アオケシ島の件の話も必要でしょ?せっかく集まったんだから」

「アオケシ…あ~…寺子屋育ちの『自称エリート極み持ち』の彼らが…作った無人島の集落か…」

「あそこには貴族も多い、わたくしが行きますか?」

「そんなこと言ったら逃げたマフィアも医者も多いわよ。誰の管轄でもいいんじゃない?」

「君達は、何の話をしてるの?」

ラミアは地図のアオケシ島があるらしい場所を黒く塗りつぶして全員に尋ねる。

「アオケシ島の話よ…将来より今は大事でしょ?」

「アオケシ島?」

ラミアの掌に黒い渦が生まれる。

「そんな島、『元々ない』じゃないか…」

ーその日、数千人のみしか住めない小さな島、アオケシ島は謎の黒い渦に飲み込まれ、地図から消えたー

「はぁ…あまりやりすぎちゃだめよ…ラミアちゃん」

「ラミア様…」

「ま、俺はあいつらに情なんか湧かないけどね」

「あ~あ、やっちゃった。ま、ともかく次は決戦のときに会おうね」

四人はラミアを咎める事はせず、『仕方ないか』とも取れるような返答をし、メアの解散の合図とともに極師邸から去っていく。

「馬車呼んだわ。乗ってきなさいよ」

「ありがとうね。マクベス、行きでもう疲れちゃってェ…」

帰りの馬車にて、揺れる景色を見ながらマクベスが何かを考えている事を一緒に帰っていたセキアとメアは気付いていた。
そのファーコートを枕代わりに即眠りこけてしまうセキアですら彼が何かを言わなければ眠ってはいけないような空気を察して起きていた。

「…ラミアちゃんには、未来なんてないのかもしれないわね」

「あ~…そうかもね。ラミアは死ぬつもり…かどうかは分からないけど、未来なんて考えてないよ。」

「うーん…わたしはこの街出身じゃないけど分からなくはないなぁ…それ。見た?あの笑顔。彼がバツの悪いときにする作り笑い。」

「見た。すぐ顔に出るからね…俺はこの街の被害者的な部分もあるから彼にはそこそこ感謝してるんだけどね…二人は知らないけど」

「わたしもしてるよ。ただねぇ、わたしは彼の性格が嫌いだからねぇ…」

「アタシは明確に負けたから従ってるだけ…だったけど、彼色々危ういから。今はそういうとこも加味してついてるわ。」

「…」

「…」

「…」

そのまま三人は黙り込んでしまった。
ラミアに未来がないというマクベスの言葉はこれ以上無いほどの正論だと感じ、どう話していいか、何を話せばいいか全員分からなくなってしまったのだ。
ゼラニウム街という環境、過去の劣悪な実験による人々の怨嗟、怒り、悲しみ、その全てを彼が背負っていると三人は感じていた。

「リピル、帰らないの?」

「もう少しラミア様とお話がしたいです。」

「様はやめてよ、そんな器じゃないから。」

「そうですね…私達の過去を精算できたら、その時は様呼びをやめられるかもしれません…その後も側にいていいですか?」

四神の誰に会うときもかすかな微笑みと優等生のように相手が言いたい事、聞きたいことを模範解答のように返すほど感情が少ない彼女の表情が崩れてふわりと年相応の優しい笑顔になる。

ラミア少しバツが悪そうに先程の作り笑いを浮かべ、どもった返事を返す。

「う、うん…いてくれると嬉しいな…未来の事は分からないけど…僕のことを『ゼラニウムが産んだ過去の憎悪』って呼ぶ人もいるくらいだからね。復讐した後の予定が白紙なんだ。未来や将来がどうとかいう『アイツ』とは二年間位話してないのか…」

「早いですね…そう思うと…」

「未来かぁ…死んで生まれ返って温度計にでもなろうかな。ほら、人の顔色伺って言葉を変える僕みたいじゃない?なんて。」

「死ぬなんて言わないでください。私はあなたが居ないと消えていたんですから。ラミア様がいなかったら…私は」 

「ごめん…でも、この先かぁ…」

ラミアはそのまま考え込む体勢のまま眠り込んでしまった。
彼の身体にはよく見なければわからない酷い生傷や、火傷の痕、極みの輸血で出来た拒絶反応による醜い刻印や痣があちこちについている。

『ラミア様は未来の事を考えながら眠り込んでしまった…よく見るとこの街を体現するような酷い生傷だらけ…五神柱にアレルギー反応を起こすような彼がされてきた仕打ちは酷いものだった…いや、ラミア様だけじゃない。迫害を受けて自殺した人も拒絶反応で死んだ人もたくさんいる…ラミア様やマクベスさんが過去に言っていたように、あの人の小さな体に街の怨みそのものが宿っているのだとしたら…私は…』

リピルは眠ったラミアに毛布をかけて自身の極座へと帰っていった。


ヴァサラ軍に現れた白髪交じりの赤髪の男はヴァサラの隣に立ち、老いてはいるものの凄まじいオーラを放っていた。

「お、オイオイ、旦那。冗談キツイぜ…カムイは俺達が倒したはずだろ。」

「アイヤ!なぜここにいるアルか?」

「おい、ヴァサラよう。コイツはかの有名なカムイじゃねぇのか?死んだって聞いたぞ。なんでここにいるんよ?」

「ヴァサラの言う通りやはり俺はこちらの世界ではそうなっているんだな…」

赤髪の男、カムイはかつてヴァサラの無二の親友だったが、『とある事件』をきっかけにヴァサラと袂を分かち、強大な敵として立ちはだかった過去がある。
その戦はヴァサラがカムイを斬ったことで終結した。誰もが死んだと思っていた男がヴァサラ以上に老いた姿で今目の前にいる。
誰もが目を丸くするのは必然だった。

忠誠心が強いエイザンはカムイを睨み、オルキスは刀に手をかけていたが、『こちらの世界』という言葉に引っかかり、緊張を少し緩める。

「俺は、別の世界から来たカムイだ。こちらの世界ではヴァサラも俺もこれほどの力はなくラミアに次々とやられていった…違う隊長達と必死で戦ったが残るは俺一人…それをこの世界のヴァサラが次元の壁を引き裂き救ってくれたのだ…」

「そのおかげでカムイがこうして協力してくれることになったのじゃ。お前がいれば心強い。」

「礼を言うのは俺の方だ。父上…いや、ダニィの魔の手から母上と俺を救ってくれたばかりか今度はこちらの世界まで救ってくれるとは…ヴァサラ、お前には感謝をしてもし足りない。」

二人の会話は長い間疎遠になっていた親友同士が久しぶりに水入らずで酒でも酌み交わしながら話しているようにも見え、七福はそれに対してどこか悲しげな表情を浮かべていた。

「羨ましいもんだ。」

「羨ましい…?」

「なんでもないんよ、気にすんな。躓いたら破片が飛ぶぞマネキン人形」

「…」

「お、何だ?やり返してこないんか?」

「やり返せるか。今のはお前の本心だ…わざわざ無理して茶化すな、いちいち素直じゃない男め。」

「うるせ!バーカ!紅生姜!」

七福は何かを察して拳を出さないオルキスに照れ隠しのように舌を出して中指を立てる。

「旦那、天下の一番隊復活だな!」

「顔が童心に戻っていますぞ、殿!」

「フッ…これはゼラニウム街に行くのが楽しみじゃな…良いか皆の者!勝負は…」

ヴァサラの言葉が終わるのを待たずしてゼラニウムの兵士が隊舎へなだれ込む。
その数は明らかに『ゼラニウム街』のみでは調達できないほどの人数だった。

「ち、ちょっと!島のときより数倍いるんだけど!」

「へっ、ここは俺が…久しぶりに燃えるな…ダンザイ」

「待ってよ!ルーチェの仇!ここは僕が…」

「待て、ワタシ一人で…」

「俺がやろう、充分だ。ヴァサラ、10秒貰うぞ。」

カムイは刀を横に構え、刀身をなぞりながら極みを発動する。
周囲には闇の旋風が舞う。

「なんだぁ?黒い風?」

「へっ、こけおどしだ!やっちまえ!」

「相手は白髪交じりの老人だ!俺様がやる!」

「ずるいぞ!あいつを倒せば四神になれる!なるのは俺だ!」

「闇の極み『閻王』:冥府魔道・風、旋空神風嵐斬華!!」

闇の竜巻が周囲のものを薙ぎ払い、大量にいたゼラニウムの兵士を一瞬で吹き飛ばしていく。

『カムイ隊長、残るはアンタだけだ。その極みで俺達の力を貰っていけ。そうじゃなくても今のアンタの体は…』

カムイは自分自身の世界でラミアとの戦で散っていった者たちのことを思い出して静かに目を閉じる。

「…ヴァサラ、隊舎をめちゃくちゃにしてしまったな。すまない。後で片付けはしよう。その後に二人で話せるか?」

「そうじゃな、儂も久しぶりにお前と話したい…」

「ホッホッホ…心強い味方じゃ。存分に戦いましょうぞ…若様」

「じい…と呼べる年齢ではなくなってしまったな、俺も」

「いえいえ、儂はいつまでもあの日仕えたことを誇りに思っていますよ。先代王やマリア王妃には随分と良くしていただきました…」

かつてこの国の王だったカムイとその従者のヒジリ。
二人は共に再会に涙を零しそうになっていたが、それを抑えヴァサラに向き直る。

「フッ、ようやく全員揃ったな…良いな!ヴァサラ軍!七日後は決戦じゃ!各自ゆっくり休息を取るように!!」

ヴァサラの号令と共にカムイを除いた隊長達は各々の隊舎へと戻っていく。
『ルノ(ルーチェが呼ぶカルノのあだ名)く〜ん♡一緒に帰ろう〜♡』

『翠蘭、決着をつけるアル』

『水色の兄ちゃん、話が合うなぁ!飲もうぜ!そこの酔いつぶれてる男も一緒にな』
などという雑談が聞こえるが…

「カムイ、話とは何じゃ?」

「いや…お前に助けてもらったこの命でこんな事を言うのは良くないが…俺の体、『やばい』らしい。皮肉なものだな、どれだけ強くなっても自分の体の中にある病魔には勝てないとはな…」

「…」

言いたいことが色々と駆け巡っているヴァサラは何も口に出すことができず黙ってしまう。
カムイはヴァサラの気持ちを察し話を続ける。

「頼みがあるんだ…お前の世界のカムイも、救えるはずだ…生きているかどうかはわからないが、絶対に助けて欲しい。こんなこと、お前にしか頼めないからな。」

「ああ、俺が引き受けた!任せろ!カムイ!」

ヴァサラの口調が昔に戻る。
いや、戻ったようにカムイには思えた。
一瞬、その姿を共にしのぎを削ったあの日のヴァサラと見間違えてしまい、一筋の涙を流す。

「ああ…頼むよ。最期の頼みだ。」

「最期?何を言っておる。儂もお前も年をとった…いつか二人で宴でもしようではないか」

「ふっ…強引なのは変わらないな…」


七日後、ゼラニウム街からほとんどの人が消えた。
いや、ロポポとマルルの誘導がうまくいったのだ。
街全体の音を拾えるラミアに対抗すべく、廃工場で作った急ごしらえのスピーカーが役立った。

街の人々には申し訳ないなと思いつつ、マルルの雷の極みで隣の人との会話が聞こえないほどの不協和音を家々に流していた。
町民はそれに不快感を覚え自主的に避難する。

さすがは何でも屋というところか、うるさいものの極座には聞こえぬ周波数で町民に避難を呼びかけて(あえてこの書き方にする)いたのだ。

ラミアが補足していた『雑音』の正体はこれだった。
一本取られたなと思いつつ、過去にゼラニウム街を肯定した避難民をリストアップし、✕印をつけていく。
戦の後に心置きなくその人らを探せるように。

ゼラニウム街にはヴァサラ軍とラミア軍があちこちに潜む。
得体の知れないラミアの力と東西南北にいる四神。
正面切っての大戦争というわけにはいかず、戦力の分散は避けられなかった。

「ハハハッ!十二神将だ!囲め囲め!!」

「手柄はいただきだ!」

「それより見ろ!大将のヴァサラがいるぞ!やっちまえ!」

「ふむ。これは少し骨が折れるのう…」

「総督ご安心を。ワタシの副隊長はすでに西に到着しています」

「伝令です!ただいまアシュラ隊員とイゾウ副隊長が西に到着したとの報告!!」

「よくやった。良いな!ヴァサラ軍、敵は東西南北に配備されている、交戦し、敵を捕縛。断じて命までは奪うな!この戦いは隊を気にすることができぬほどの大戦争じゃ!隊員は四神とは戦わず自らの命を優先せよ!儂は…筆頭極師邸へ向かう。」

「カムイ一番隊は別働隊のアサヒ二番隊のかわりに動く。四神は俺がやる。」

「ホッホッホ、儂らも腹ごしらえしてから行くとするかの…団子もある。」

「良いな!四番隊の名にかけて剣を握っている限り歩みを止めるな!!いざ進め!!」

「さーて。みんなどこ行きたい?どこから攻める?どんどん意見出してってよ。」

「六番隊は街の外れとロポポさんとマルルさんの避難所で救護。突入は僕が行くよ。苦労かけるね」

「みんなのこと私護るアル。安心して進むアルヨ」

「良いな!殿の言葉を忘れぬように!命を奪うでないぞ!」

「行くゾ。九番隊」

「へへへ、悪いなお前ら…ちょっとワクワクが抑えられそうにねぇ…今度は片腕が吹っ飛ぶかもな。こんな戦い久々だろ」

「ちっ。こんな街じゃ酔いも冷めちまう。お前ら、巻き込まれんなよ、本気でやる。総督との約束も守れなくなりそうだ」

「いーい?死にそうになったらアタシ置いて真っ先に逃げるコト!将来があるみんなのほうが大事なんだからね!ヒム君もアタシ置いて逃げるんだよ?」

各隊長達(別働隊のアサヒ、七福とロポポとマルルは除く)の特色が出た大号令で隊員が散り散りに分散する。

「・・・・・」

ゼラニウムの西に一番乗りで潜入したのはメガネをかけた好青年とアシュラ。
アシュラはリンドウの里という特殊な場所にいたため、隠密行動はお手の物だ。
他の隊員、いや、隊長や副隊長ですら数百、数千の兵を相手にしなければならないほどの圧倒的な数の差があるにも関わらずアシュラは誰一人に気付かれることなく西へ到達した。

「ふーっ。アシュラさん、あなたは一体何者なんですか。その隠密行動、一朝一夕で手に入る者ではないでしょう?」

「・・・・・」

「まぁ…言いたくないことは言わなくてもいいです。誰にだって隠していることの一つや二つありますから。」

「・・・・・」

アシュラは閉じた目をカッと見開き、少女とは思えないスピードで迫りくるリピルの鎌を双剣で受け止める。

「さすがヴァサラ軍ですね。首を斬り落としたつもりでしたが…」

「・・・・・」

「なかなか素早いですね。ですが見切れないほどではない…流派はあまり世に出ていないマイナー流派だ。違いますか?」

「何一つ間違えていませんよ。素晴らしい剣士さんですね。四番隊副隊長のイゾウさん。」

「なぜ私の名前を?」

「あら?貴方がたも七福さんからわたくし達の情報を流されているはずですが?お互い素性は筒抜け。それだけの話です」

眼鏡の優しげな男、イゾウは「そうですね。」とつぶやき、刀を抜く。

「閃花一刀流:手斬草(てきりぐさ)」

イゾウの素早い一撃はリピルの腕を切り落とすような動きで振られるが、難なく受け止められ、鎌の反撃を受ける。

「やはりなかなか素早い…ですが」

鎌の一振りが自身の体に到達する前にリピルの懐へ逆に思い切り突っ込み、刀を振り上げる。

「油断しましたね…鎌は先端にしか攻撃判定がない…飛び退いて避けてしまえば当たりますが、このように懐に潜ってしまえば、隙だらけですよ!」

『と、とんでもなく速い…』

リピルは身を躱すのも防御も間に合わないと悟り、目を閉じるが、口元からは薄ら笑いが消えていなかった。

「わたくしの数倍…いや、数十倍は速いですね…まぁ四神の中で『一番未熟』なのがわたくしですから仕方ありませんがね…これは負けました。『体がまっすぐわたくしに向かっていれば』の話ですけどね」

「なにっ…私はいつの間に地面に…」

ドサッと倒れた、というより地面に閃花一刀流を放ってしまったかのように盛大に転倒する。
三半規管が潰されて平衡感覚を失ったというより、平衡感覚そのものが『消えた』ようにイゾウは感じた。

「くすっ。なぜわたくしの武器が鎌かもうお分かりでしょう。」

倒れ込むイゾウの首に処刑を実行するかのように鎌を当てる。
瞬間、龍が如く波動に吹き飛ばされる。

「・・・・・」

「なかなかやりますね。間一髪、怪我をするところでした…くすっ、お仲間を傷つけてしまって『よく見えなかった』ですか?」

「・・・・・」

アシュラ本人も自身の攻撃が数センチズレた事を感じていた。
リピルに放ったはずの一撃がイゾウへ向いた。
『見えなかった』ではなく、攻撃の刹那腕の感覚が一瞬『消えた』のだ。

「アシュラさん、私のことは大丈夫…二人で共闘しましょう。」

「・・・・・」

アシュラは一瞬でリピルの前へ行き、双剣で連撃を放つが、一定の攻撃は鎌で器用に捌き、もう一方の攻撃はアシュラが外してしまっていた。

「イゾウさん、でしたっけ?極み、使った方がいいですよ。何考えてるか知りませんけど、あなたはラミア様やわたくしを迫害した人々に近い『嗜虐的な何か』を感じます」

「おやおや、酷い言いがかりですね。私は極みがないから必死で剣を学んだんですよ、このようにね。閃花一刀流:釣船草(つりふねそう)」

縮地法のようなスピードで高速移動したイゾウが飛ぶ斬撃をあらゆる方向から放ち、ぶつかった斬撃は散弾のようにリピルに降り注ぐ。

「くっ!!」

リピルはアシュラから距離を取り、二人から間合いを取る。

「なかなか強いお二人ですが…そろそろ幕引きにしましょうか…イゾウさん、貴方はこれでも頑なに力を使わない…あなたのような人間が一番嫌いだ!消えろ」

リピルの口調と表情に一瞬怒気が含まれたが、すぐににこやかな顔に戻り、イゾウとの距離を詰める。
イゾウは閃花一刀流の構えを取るが、何故か記憶からすっぽりとそれが抜けたようになり素人同然の剣術でリピルの鎌を受け止めることができずに、一閃された。

「楼の極み…今です!アシュラさん!」

しかし、一閃されたそれはイゾウの『極み』らしきもので、幻覚のようにふわりと目の前から消え、背後からアシュラとイゾウの剣戟が襲う。

「消の極み『虚無空洞』:技虚(ぎうつろ)。力が消えた貴方を斬るのは容易い…」

リピルの極みを受けていないアシュラはどうにか自身を守る事ができたが、イゾウは流派の打ち方、守り方を忘れ、鎌で体をズタズタに斬り裂かれる。

「では、さようなら、イゾウさん。」

イゾウの首を落とそうとした渾身の一振りをアシュラが受け止める。

意識のないイゾウを担いで近くの木まで運び、休ませ、刀を抜く。

「この男にはまだやることがある…」

フード越しのくぐもった声でアシュラが言葉を発する。

「話せたんですね…あっ。」

失礼なことを言ってしまったかなと、リピルは慌てて違う質問をする。

「だから護ろうと?」

「それだけではない。私が西へ来たのはお前を殺すためだ…ラミアに忠実なお前は、その力を忠義のためにいずれ暴走させる…七福という男からお前の詳細を聞いたときから、ここに来ると決めていた…」

「ラミア様はこの街唯一の光です。代用品として育てられたこともない貴方にはわからないと思いますけど…」

リピルはイゾウと戦うときも片時も離さなかった、どこかそれを壊さないように遠慮していた頭蓋骨を石の上にハンカチを敷いた場所に置く。

「龍の極み『白龍爪』『黒龍爪』…『双龍爪』:飛龍爪」

一人で極みを共鳴させたアシュラの灰色の波動が凄まじい速さで飛んで行くが、すでにそこにリピルはいない。

「何か…忘れていませんか?わたくしは極座の四神…『死神』のリピルですよ。」

「!!」

暗殺者を育てる里に産まれ、気配に敏感なアシュラが気付くことができず、背後から鎌の一撃を喰らう。

「消の極み:無人(むじん)、わたくしの気配を探ろうとしても無駄ですよ。」

自身の気配を消せるのかとアシュラは冷や汗をかく。

「『百八龍』」

双剣から龍の波動を帯びた連続突きが放たれる。
リピルはそれを全て受け切り、後方に飛び退いて距離を取った。

「悪いが、休ませるつもりはない。龍の極み『双龍爪』:倶利伽羅龍王」

「!」

リピルがたじろぐほどの強大な波動がアシュラを包む。
ごうごうと周囲に放たれる灰色のオーラはまるで怒れる龍だ。
アシュラはそれを纏い、普段閉じている目を完全に開くと渾身の一撃をリピルに放つ。
リピルは視界から一瞬消え、技が出切る前にアシュラの心臓を貫いて意識を奪う。

「さようなら、リンドウの人。ゆっくりおやすみなさい」


アサヒと七福は東から少し離れた小さな島の地下から研究所へ潜入する。

「まさか東の離れから島に繋がってるとはな…この島まるっと研究所とは随分と豪華だわな。」

「分かんねぇわけだ、戦争で滅びた捨てられ島。こんなとこに研究所があるとは誰も思わねぇよ。ご丁寧に社宅までありやがる」

「『思わねぇ』んだったらこんな素早く見つけないで貰えんかね…散々探して見つからんかったんよ、こっちは。『この辺の木が人工っぽい!怪しい!』とか騒ぎ出し時はおかしくなったと思ったね」

「元泥棒の勘ってやつだ。あと、こいつのおかげ」

アサヒは肩に乗せたソラを優しく撫でる。
ソラ自身『あれ以上協力しない』と言っていたばかりに、『話が違う』と七福は不満気だ。

「お前嘘つきだな〜」

「はぁ?アサヒ隊長と協力してるなら言ってよ。彼は特別だからいいの!」

「意味がわからん。隊を分散したりソラを自由にさせたり、案外まとまり無いわな。あっ!『なんなんだ まとまりないな ヴァサラ軍』一句できた。」

「「うるせぇな(さいな)!!」」

アサヒとソラが大きな声でツッコミを入れると、それを聞きつけた研究員がゾロゾロとこちらへ向かう。

「…ヤマイのとこからなんか使えるかなと白衣くすねといて良かったわな。ラッキー」

「お前の極みに感謝するぜ」

ササッと白衣に着替えた二人は何事もなかったかのように研究員に混じる。

「おい、お前ら遅刻か?ルームメイト共々。」

「あ、ああ…こいつが寝坊してよ」

「ったく、なんのためのルームシェアだ?そういう事にならないためだろ?…って言えるほど良い待遇じゃねぇよなぁ…」

「困るわな〜」

「なんたってルームシェアに薄給だからな。ん?お前らカードキーも忘れたのか?仕方ねぇな。来客用の使え。」

研究員の男は厚手のカードのようなものを二人に手渡すと、ソラをつまみ上げる。

「ここはペット禁止だ。知ってんだろ?捨て猫か?」

「ニャー!!」

「あ!」

「ま、まぁ俺が匿うから許してくれん?」

研究員はピタリと足を止め、ぶつかるのではないかという距離で七福の顔をまじまじと見つめる。

「その口調、その髪色…な〜んか見たことあるんだよなぁ…」

『やべっ、気付かれたか?』

「ミ、ミュージシャンを副業でやってるからじゃん?こいつと二人で。電気グルーヴっていう…」

「でんきぐるーぷ?なんだか知らねぇが相方の方は髭剃れよ。研究員も生活感は大事だ」

「お前嫁かよ。どういう格好しようと自由だろ。」

「そうだな…」

研究員は二人とソラを近くの部屋に押し込むと、扉を閉める。

「自由だな。お前ら研究員じゃない。なぁ…七福。その口調と特徴的な髪、アメクさんが見せてきた『手配書』で見たのとそっくりだ。もう一人と…一匹は分からねぇが、これは俺の手柄だな…そのままその部屋で死んでくれ。」

研究員が閉めた扉には『波動裁断機』と書かれていた。
目の前にゴミ山のように積まれた輸血チューブと研究者達の食べた強烈な生臭さを放つ残飯が、水圧カッターにより裁断され、洗い流される。

"オオガタゴミノ投棄ヲ確認、裁断シマス"

音声とともに水圧カッターは一本の線になり、二人に迫る。
猫のソラだけ唯一部屋の反対側へ行き、カッターを避けていた。

「七福、しばらく俺に時間貸せ、あの野郎からくすねた鍵、全部試す。それまで耐えてくれよ。」

「いつの間に…さすが天下の鼠小僧様だぜ。」

「その鼠小僧様も初めての経験だよ。科学都市って場所の産物かこりゃ。」

「アサヒ、一発目のカッターが来るぞ!鍵はまだか!」

「今やってる!」

水圧カッターは二人を切ろうと迫ってくるが、どうにかジャンプしてこれを躱す。
続く大量のカッターも、七福にセンサーが運良く反応せず、アサヒは泥棒ならではの身体能力でどうにかこうにか避ける。

しかし、次のカッターは逃げ場がないほど細かく広範囲になり、二人に迫る。

「オイオイオイオイ!ありゃ無理だぞ!」

「勘弁しろよ。俺たち二人共サイコロステーキになんぞ!」

「ニャー!」

ソラの鳴き声と共に水圧カッターが凍り、ただの氷の置物と化す。
同時にアサヒも鍵を発見し、扉を開ける。

「うおーっ!!さすが俺の相棒だぜ!ソラ!」

「僕は君の相棒じゃないから!アサヒ隊長も危なかったし!そもそも君がバレなきゃこんなことにならなかったんだからね!」

「う…悪い…」

「しっかし、何度見てもこの『波動を無理矢理使う感じ』は慣れねぇな…極みがそんなに大事かよ」

「天下のヴァサラ軍様が使ってる部分もあるんじゃね?」

皮肉交じりにアサヒに返した七福に、ケラケラとからかうような笑顔を見せるアサヒは「教えてやる」と肩を組む。

「極み使えねぇ隊長もいる。」

「んあ?ヒジリのじいさんだろ?あんな特例出されても…「オルキスだよ。あのマネキンみたいな美人のねーちゃん。それはそれは死ぬ気で努力したんだぜ。一日二十九時間くらいはやってたか?計算合わねえけど本当にそんな感じだ。」

「そっか…あいつが…」

七福は黙って何かを深く考える様子を見せ、恥ずかしいからか、慌てて言葉を付け足す。

「お、おい。ってことは危ねえんじゃねぇか!ラミアの兵の何人かは輸血の名残で極みがあんぞ!」

「はぁ…君は馬鹿だね…」

「なんだと!相棒でもゆるさんぞ!」

「まぁ落ち着け。ヴァサラ軍をナメんなよって話だ…」


「南のヤツには煮え湯を飲まされたからな、このまま素直に通らせてほしいとこだが…」

ウキグモは周囲を曇天空に変え、囲む兵を撹乱し、カルノに「やりますか」と笑いかける。

「これやってみたかったんだよねぇ♪」

「あのチビは雑魚だ!狙いはあのおっさん一人。」

「おっさんって…カルノ隊長の方が少し歳上なんだが…雲の極み『流水行雲』…」

「雷の極み『顕現鳴神』」

「「積乱轟雷(ライトニング・ボルテックス)!!!」」

ウキグモが起こした積乱雲から轟雷がゼラニウム兵に降り注ぐ。
極みの共鳴というやつだろう、今の一瞬で数百の兵が減少する。

「ウキグモ、離れてて。『電磁球』」

カルノが作り出した小さな小さな電気のボールは周囲の刀を引き寄せ、巨大な武器の塊になる。

「待て!バカルノ貴様!全員この場に…」

「オルキスなら避けれるでしょ?超電磁武器!イガグリ!!!」

塊になったそれをとてつもない勢いで振り回す。

「うわあああ!武器が襲ってくる!」

「助けてくれ!!」

「敵味方関係ねぇな…あの人は相変わらず…」

「きゃ〜ん♡ルノ君かっこいい〜♡」

「真面目にやりなさいよ。」

「何よ〜ラヴィーン!感想言っちゃ悪い?かっこいいはかっこいいんだもん!」

ルーチェを叱責するメガネに妖艶なドレスの女性、ラヴィーンは。呆れた顔をすると、刀で周囲を薙ぎ払う。

「紅の極み『紅月(ブラッディ・ムーン)』薔薇の風(ローズ・タイフーン)!」

「へっ。数人吹き飛ばした程度か?それなら俺達の極みのほうが上だぜ!」

「これがゼラニウムの輸血の力だ!風の極み…」

「水の極み」

「火の極み」

「雷の極み」

「土の極み」

仮初とはいえ五神柱全ての極みがラヴィーンを襲う。
しかし、その攻撃はラヴィーンに届くことなくエイザンに全て受け止められた。

「ぬうん!!今だ!ラヴィーン殿!回復を!!」

「どきやがれ!デブ!」

「仮初の力など使うでない!」

「うるせぇ!武神もこの程度か?やっちまえ!」

「口で言ってもわからぬか…地の極み『外道菩薩』:金剛夜叉明王!!」

エイザンの顔が修羅の如く豹変し、殴り飛ばした地面はボコボコと隆起して極み兵を打ち倒す。

「さすがエイザン隊長ね。紅の極み『薔薇の香(ローズヒップ)』」

負傷した兵たちはラヴィーンの薔薇の香りを嗅ぎ、体力を回復する。

「はうわ!みんなすごいなぁ…よーし!閃花一刀流、極みの型!『氷花結晶(ドライフラワー)』
!」

銃弾を地面に撃ち込み、凍らせたそこを刀の風圧で氷結界のようにし、攻防一体の盾にする。

「ルーチェ、強くなったアル。お前は鈍っていないアルカ?翠蘭」

「抜かセ」

「「武の極み」」

「『剛』:千滴岩砕拳」

ファンファンの掌底が波動とともに兵を吹き飛ばす。

「ひっ…拳神ファンファンに勝てるわけねぇ!」

「拳神は俺ダ…『柔』:静淵流水脚」

ふわりと優しく跳び上がった翠蘭は逃げ出す男の首を脚で捉え、逃げる勢いを利用して投げ飛ばした。

「ゴホッ…埃っぽいなぁ…みんな暴れすぎだよ…ううっ…ゴホッゴホッ」

戦の砂埃で肺をやられたのか、ヤマイはその場に苦しそうに咳き込み、倒れる。
ヒューヒューと苦しそうな息で、立つのも困難な様子だ。

「へへっ。こんなやつが隊長?手柄はいただきだ!俺は苦労せず出世したいんだよ。これで俺様が四神だ!!」

「よせっ!」

エンキの静止も聞かず、兵の男はヤマイの体を貫く。
ヤマイはにっこりと微笑み、ありがとう。と呟いた。
同時に、ヤマイの体から血とは違う紫色の液体が吹き出る。

「病の極み『細菌汚染』:感染爆発(バイオハザード)」

「う…く、苦し…助け…」

「か、体が溶け…」

「ふーっ。スッキリ。体調悪すぎなくて良かった…兵隊さん達かろうじて生きてるね。運んであげて」

『お前が一番怖えよ…』

皮膚が溶け出している兵ににっこりと笑うヤマイにエンキが心の中でツッコむ。
そのエンキも溶ける皮膚を無理矢理炎で止血し、敵陣に突っ込んでいるのだが…

「おい、まだ俺は誰も斬ってねえ!楽しませろよ!」

「毒を突っ切ってくる!何だあの化け物は!」

「助けてくれ!閻魔のような男が!!」

「お、懐かしいあだ名だな…火の極み『地獄火炎』:炎獄!!」

爆炎とも取れる青い炎が兵を次々と蹴散らしていく。

「解毒剤も飲まず…あの人は…ったく。」

ハズキは毒づきながら閃光弾をばら撒き、視界を奪うと、刀で人の体をゆっくりと解剖するかのようにズバズバと切り裂いていく。

「毒の極み『女王蜂』:解剖(ゼク)」

「ハズキ、協力するわ。」

「あら、繭じゃない。奇遇ね。やる?」

「ええ、もちろん。なんてね。」

「毒の極み」

「翅の極み」

「『女王蜂』」

「『揚羽蜻蛉』」

「「爪朱雀蜂(ツマアカスズメバチ)!!」」

ハズキの猛毒が高速移動する繭によりばら撒かれる。
ゼラニウム兵はヤマイの毒より苦しそうにもがき、倒れ込んだ。

「あら?いつも好戦的だけど数倍荒れてるじゃない。」

「あ、気付いた?実は私、この街産まれなのよ。言ったっけ?」

「聞いたような?ま、どちらにしろアンタが本気で助かるわ。このまま二人で突っ込むわよ!」

「上等!!」

繭が音速で先陣を切り、ハズキは自ら開発したであろう銃で遠くの敵を次々に狙撃し、道を切り開く。
しかし、そんな獅子奮迅の活躍をする隊長達と同期の傍ら、クガイとイブキは的に囲まれてなお、ぼーっと空を眺めていた。

「イブキィ…酒忘れんなよぉ…酒」

「クガイ隊長がいらないって言ったんでしょぉ…ぼくも飲みたいよぉ…」

「繭みたいに空飛べたらなぁ…」

「そうだねぇ…」

「仕方ねぇ…やるか。」

大きく欠伸をし刀を抜くと、クガイの表情は一変し、隊長の顔になる。

「亞人の極み『魍魎跋扈』:網目蜉蝣(あみめかげろう)」

刀がランタンのような淡い光を灯し、それを見たゼラニウム兵たちはまるで催眠術にかかったようにフラフラとクガイへと寄っていく。

「そうだ、寄ってこい…亞人の…「クガイ隊長が本気でやったら殺しちゃうでしょぉ…ぼくがやるよ。『黄泉の花道』」

言葉が早いか攻撃が早いかわからないほどの神速の居合いがゼラニウム兵を蹴散らす。
クガイは呑気にパチパチと拍手をし、カラの瓢箪を口に運ぶ。

「ま、雰囲気だけでもな。勝負はまだこれからだ…」

「ホッホッホ、また腕を上げたかのう?オルキス」

「ヒジリほどではない。まだまだ経験の差がある。ともあれ、今はワタシの紛い物を排除しなければならん。」

ヒジリとオルキスの眼前にいるのはオルキスそっくりの女性。
しかし、その瞳はどこかどす黒く濁っている。

「ワタシは並行世界の貴様だ。そして…」

ヴァサラ軍の若い隊長の中では最も速いオルキスに追いつくスピード。それはオルキスの脳が否定しても紛れもなく自分自身のものだった。
しかし、どこか並行世界の自分の剣術のキレが悪いことも同時に気付いてしまった。

「この水…極みか?」

「御名答だ。基本世界のワタシが手に入れることができなかったものをこの街が、ラミア様が与えてくれた。貴様には万に一つも勝ち目はない。」

並行世界のオルキスの挑発を鼻で笑い刀を向ける。
それはまるで「かかってこい」と言っているように思えた。

「水の極み『水仙花』花片の水槍(フローラル・スピア)」

水を纏った刺突を見切り、刀で受け流す。

「紛い物、貴様がやりたかったのは、これか?水の極み『極楽蝶花』:花片の水槍!!」

相手の極みをカウンターのように自身の刀に纏い、同じ技を遥かに速いスピードで放ち、貫く。

「ば、馬鹿な…」

「必然だ。剣術は嫉妬深い。怠ればつけが回る。貴様ようにな…」

並行世界のオルキスを斬り伏せた隙を狙い、ゼラニウム兵が一斉に矢を放とうとするが、ヒジリが矢を全て斬り落とし、弓を射た者の近くへ歩き出す。

「若き隊長の大切な戦いじゃ、横槍はやめてくれんか…」

「何馬鹿なこと…ぐはっ」

数秒遅れてバタバタと弓兵が倒れていく。

「『枯山水』…ホッホッホ…賑やかになってきたのう…」

「あ!オルキスも並行世界の自分倒したんだ!僕も僕も!見てこれ!!ほら!」

カルノは顔が半分機械仕掛けの自分自身をズルズルと引き摺り、ブンブンと手を振りながらオルキスに見せつける。

「貴様、戦いを舐めているのか。倒したなら捨て置け。ピクニックか」

「テメェ、次はぶっ殺…ギャッ!がっ!ぐわっ!」

『うる♪さい♪なぁ♪』のリズムで雷のパンチを連打し、並行世界のカルノを完全に気絶させる。

「おー!他の皆も盛り上がってるねぇ…」

カルノは周辺を見回し楽しそうに笑う。

「う、うわああ!な、なんなんだお前…ヴ、ヴァサラ軍にまだこんな化け物が…がっ。ぐあああああ!」

カムイに掴まれた兵士は、養分を吸われたかのように干からびる。
そして、よろよろと水と血を求めて彷徨うのだ。

「安心しろ、命は奪わん。その体も戦の後に治してやる。」

刀すら抜くこともなく、綺麗に舗装された道路を歩くように淡々とカムイは敵を蹴散らす。
ゼラニウム兵がカムイを恐れ、逃げ出すと同時にヴァサラ軍に大声で号令をかける。

その声と凛とした佇まいはゼラニウム街いた敵味方誰もがヴァサラと双璧を成した大将軍カムイを想起させた。

「ヴァサラ軍!傷病者の手当を済ませたら東西南北へ分散!四神は十二神将が交戦するように!ヴァサラに従い命は奪うな!!」

カムイの号令に従いヴァサラ軍は東西南北へ分散し、四神の待つ極座へ向かう。

「カムイ、総督の手助けをしてやってくれ、中央はワタシ達が守る…」

「…任せたぞ」

中央に残るはオルキス、カルノ、ヤマイ、ルーチェ、クガイの比較的新しい隊長と翠蘭。
エンキは号令を聞く前に東へ進撃してしまったが…

カムイはヴァサラは心強い隊長を得たなとしみじみ思い、マントを翻して進軍する。

「さて、雑兵共…まだやるか?」

「下がれ。」

声と共に空間がグニャリと歪み、蜘蛛の子を散らすようにゼラニウム兵が東西南北へ分かれる。

「やぁ、ヴァサラ軍。隊長さん…邪魔をしないでもらえるかな?」

「断る。貴様のやりかたは多くの人間を巻き込む、それを総督が認めると思うか?」

「同感」

「僕はこの街で何度も痛めつけられた…僕だけじゃない、リピルも、いや…極みが出せない全員が痛めつけられた。助けてくれる人間もいない…そんな街の人々を許せと?」

「その人達を受け入れた街まで支配する必要はないんじゃない?追い出したならもう来ないよ。」

「そうはいかないね、奴らがどこかで生きているかと思うと気が狂いそうになる、もういい、君らとは合わない。ヴァサラ軍に認められた君らに何を言っても無駄だ…」

ラミアは静かに刀を抜くと大きくジャンプし、回転しながら中央に立つ。

「さぁ、かかってきなよ。ヴァサラ軍」

ラミアが放つどす黒い底なし沼のようなオーラに隊長達が後ずさる。


「…!」

七福とアサヒは研究所の地上にやっとの思いで到着し、食堂にいた警備を気絶させ、ゼラニウム街を監視するために備え付けた双眼鏡で戦況を見ながら軽食を済ませていた。

「しっかし、食堂の鍵までくすねてるとはな…ん?」

中央の空間が歪むのを双眼鏡が捉え、七福の顔は青ざめる。

「…アサヒ、セキュリティは任せていいか?少し戻る…」

「オイ、何だよいきなり。」

「ラミアの野郎が想像以上に早く動きやがった…アイツには言いたいこともたくさんあるんよ…」

「ったく…ワガママな野郎だな…ソラ」

アサヒはソラを優しく抱き上げ、七福の前に座らせた。
ソラは前脚で顔を洗いながら「いいの?」と尋ねる。
話がわからない七福は大きく首を傾げ、頭に?を浮かべる。

「僕の願の力でこの場所から無効に往復で転移させることはできるけど、そんな大したことない願いでいいの?僕が無理すればそれなりにパワーアップも…「アホ、んなもんに頼ったらゼラニウムの連中と同じだ。対話にならん。アイツとちゃんとケンカすんなら持てる力で行ってやらんと。親友ってそういうもんだろ?」

「ニャ〜、どうなっても知らないよ?僕としてはノーリスクだからありがたいけどさ…」

「悪い」

ソラは肉球で七福に触れ、ゼラニウム街へ飛ばす。

「一時間以上は無理だからね!それまで持たないかもしれないけど…」

「へっ。チャラついただけの野郎かと思ったが良いやつじゃねぇか。俺達はセキュリティ外しに行くぞ。」

アサヒは大きくタバコの煙を吐き出し、モニタールームと書かれた部屋を開けた。


進撃を続けていたハズキは息を切らして東へ辿り着く。
副隊長の中で恐らく最速であろう繭がナイフの一撃で戦闘不能にされたのだ。
ハズキが全く見えないスピードだった彼は、気絶した繭の首に伸びた爪を突き立て、不敵に笑う。

「ようこそ、東へ。そして、さようなら」

鋼のような爪でハズキを捉えようとした瞬間イブキが間に入り、腹部を貫かれる形でかばう。

「良かったぁ…間に合ったみたいだねぇ…」

「急所を外した…とんでもない逸材ね、この子。アンタはどうかしら?」

腕についたイブキの血をペロリと舐め取り、ハズキと再び対峙する。
ハズキは幼い頃、妹と生き別れになったときと同等の恐怖を感じ、刀を持つ手がガタガタと震え出す。

「毒の極み『女王蜂』魅惑の…「遅いわ。終わりよ…『黄泉の花道』」

技のキレ、威力、スピード、どれをとってもイブキの技そのもの…いや、それ以上に威力が増した技がハズキを切り裂く。
なぜイブキの技が打てたのか、この男の極みは何なのかを痛みで回らぬ思考の中必死で模索するが、ついに答えは出なかった。

「派手にやりやがるな。返しちゃくれねぇか?そいつらは俺の仲間でね。」

重い刀の一撃がマクベスに振り下ろされる。マクベスはそれを爪で受け止めたが、エンキの馬鹿力によりギリギリと押されてゆく。

「っ…噂には聞いていたけどとんでもない馬鹿力ね…アタシも力には自身があるんだけど…っ」

鍔迫り合を諦め、転がるように回避行動を取ると牽制目的でナイフを投げる。
エンキはそれを掴み握力で握り潰すと、遠くへ投げ捨て、炎を帯びた大剣の一閃でマクベスを吹き飛ばした。

「なかなかのダメージね。…お互いに」

マクベス腕にはかすり傷程度の火傷痕ができたが、エンキはマクベスのすれ違いざまの蹴りで血を吐き出し、膝をつく。

「頑丈には自身があるんだがな…」

「知ってるわよ。だからアンタを東に追い込んだんだから。」

「追い込んだ?俺は自分の意志でここに来たが?」

「そうなるように兵を配置してたのよ。アンタ以外の若い隊長が中央に残るとは思わなかったけどね。それ以外は全部作戦通り…メアのね」

「メアってのは…」

「北の極座よ。彼女はチェスが上手でね。誰一人勝ったことがないわ…この戦況をまるで盤面のように操ってる…一番柔らかいフリして一番怖いわ。」

「中央は…総督が極師の元へ行ったはず…「メアはそれも想定内よ。極師邸はダミー。若い隊長さん達は大丈夫かしらね?ラミアちゃんが相手なんて。」

「それをなぜ敵の俺に語る?」

「アンタはここで死ぬからよ。悪血の極み『梟界嗜血(きょうかいしけつ)』紅(くれない)」

血液により身体能力が向上したのか、エンキが数歩下がるほどのパワーで爪が振り下ろされ、反応できない速さの追撃を喰らう。

「随分鈍重ね…」

「悪いな。今の俺は確かに鈍重だったよ…いくぞ、ダンザイ」

刀に話しかけ、構えたエンキの体をどす黒い炎が包む。

「獄の極み『閻魔炎(えんまのほむら)』:辺獄ノ叢雲」

エンキの素早く、重たい斬撃が仕返しとばかりにマクベスを切り裂く。
マクベスは刀傷をさらに黒炎で焼かれ、激痛に顔を歪ませる。

「覚醒…ってやつね。」

極みというものは稀に使い手の練度により一段階進化し、覚醒する。
マクベスはその噂は耳にしていたものの威力を見誤ったことを自戒すると背中に漆黒の翼、吸血鬼たる牙をむき出しにし、本気モードに入る。

「『邪魂喰(じゃこんぐらい)』」

爪をエンキの首に突き刺し、マクベスの体内に血液を循環させた瞬間、みるみるうちに傷が塞がってゆく。
エンキはゲホゲホと苦しそうに咳き込みながら、更に黒炎を増大させ、一般人であればそれだけで失神してしまうほどの威圧感を放つ。

「獄の極み『閻魔炎』:奥義・六道輪廻!!」

「悪血の極み『梟界嗜血』:冥血惨禍(めいけつさんか)」

相手の五体を消し炭にしてしまうほどの地獄の炎と全てを引き裂く血の刃が交錯する。

「…言い忘れていたわ…四神にはそれぞれ役割に近いものがあるのよ…陣形を考えるメア、その幻影で撹乱をするセキア、極みの力で相手の力を封印するリピル、そして…」

全身に引き裂かれたような傷痕が現れ、血を吹き出しながらエンキが倒れた。

「アタシの役割は殲滅。さようなら、少し楽しめたわ。タフな隊長さん。」

そのまま意識を失ったエンキの首に噛みつき、マクベスは血を接種する。

「燃えるように辛いわ…」


ーゼラニウム街・北ー

「おー…すごい数の兵だねぇ…」

メアは新しい人形の服をチクチクと縫いながら自分が狙われているにも関わらずまるで他人事のように目を丸くする。
メアの極座前では大量のゼラニウム兵とヴァサラ軍がぶつかり合い、次々とけが人が出ているというのに心ここにあらずといった様子だ。

「氷の極み『氷蓮六花』:大寒獄・絶対零度」

ヒムロはゼラニウム兵諸共メアの極座まで氷の空間に閉じ込める。
それどころか不意打ち的にやられたあの時の人形まで全て凍らせているのだ。

「うっっわ。こういう空間支配が簡単なとこで君は最強だね。うぶるるる。寒いよぅ…寒いよぅ…ガリガリだから寒いよぅ…」

毛布のようなものを頭からすっぽりと被り、ガチガチと歯の音を立てるメアはやはり四天王にはどうしても見えない。
いや、極座に侵入したヒムロを一瞬で倒すまでは誰もそうは思わなかっただろう。
ヒムロはピアノ線で操られたケラケラと笑い声が鳴る気味の悪い木製人形に掴まれ、背骨を砕かれると、ピアノ線を全身に巻きつけられ、極座の天井に吊るされる。

ピアノ線はヒムロの肉に食い込み、今にも全身を切断せんとしていた。

「憑の極み『歓迎する道化人形(ダンピエール)』」

「に、人形は…全て凍らせた…はずだ…」

「笑止!なんてね。わたしは極座で戦うほうが得意でね…教会でこれされてたら負けてたよ…」

一呼吸置いて、言う。

「ようこそ、わたしの北へ」

ヒムロがやられたことを知らないヴァサラ軍の兵達も、次々とメアの人形に倒されていく。

刹那、ヒムロを吊るしていたピアノ線、ヴァサラ軍の兵士達を倒す人形が飛ぶ斬撃により同時に破壊される。

「…え?」

メアは自身の頬を流れる血に触れ、じわっと背中に悪寒が走った。
コツコツと杖の音を立てて歩いてくるのはヒジリだ。

「人形のお陰でうまく避けたようじゃの。メアとやら…」

『はは…ポーンもルークもナイトも完全に無視って事だね。』

「でも…」

メアが操作したのは年季の入ったくまのぬいぐるみ。
そのぬいぐるみは剣の達人であるヒジリの攻撃をかいくぐり顔に渾身のパンチを入れ、吹き飛ばす。

「いきなり『キング』は取れないねぇ」

頬の血を拭い、メアは本気で戦う決意をする。

ーゼラニウム街・北ー
『聖神』ヒジリvs『人形師』メア


ーゼラニウム街・南ー

「兵が一人もいないアル」

「着いたのは…我々とラヴィーン副隊長だけか。」

「南って随分寂れたとこね。何が待ってるかわからないわ…シャオロン、キンポー、注意して進みましょ。」

金髪の長髪にファンファンと同じカタコトで喋る男、シャオロンとまさしく武道家といった巨大な体格をした無骨な男、キンポーと共に閑散としている南を探索する。

「zzz…」

食べかけの料理を乱雑に放置しぐうぐうと寝息を立てるセキアは、キンポーの体で日光が遮断されたことに気付き片目を開けてまどろみの中適当に振ったハンマーで吹き飛ばす。

『こ、この男…寝起きの一撃でこれほど…』

「キンポー!!許さないアル!」

「シャオロン、後ろ!」

「ふああ…来ちゃったか…ヴァサラ軍。あ、後ろって叫んだとこ悪いけど…君もだよ。」

「!!」

「幻の極み『挟み打つ幻影(セーミス・ファンタム)』」

形が不安定な小さい幻影が現れ、極みを出す前のラヴィーンと柔掌拳の構えをしたシャオロンを刃の付いたトンファーで挟み打ちにし、一瞬で切り裂く。

「へ、兵がいないのはこの男の幻影で補えるから…か…」

ラヴィーンは理解すると同時に意識を失う。
動脈を裂かれたのか自身の体からあふれる血の海に力無く倒れ込み、『これまでか』と悟る。

「格闘家と剣士…だったっけ?両脚でも…潰しとけば…二度と戦えなくなるかな…早く終わらせて寝よ…」

振り上げたハンマーを天高く打ち上げる蹴り。
セキアは眠そうにしていた目を見開き、仕込み銃を蹴りが飛んできた方向へ放ち、飛び退く。

「その三人は大切な仲間アル。壊すつもりなら…私、相手になるヨ」

ファンファンは自身の拳法の構えを取り、片手を前に出し、クイクイと挑発するように指を動かす。

「拳神ファンファン、へぇ…目が覚める相手だ。」

いつものモタモタとした眠そうな話し方が消え、吹き飛ばされたハンマーをゆっくりと拾い上げると、首をゴキゴキと鳴らして構えを取る。

『あの蹴り、俺が反応できないなんてね…面白くなりそうだ。』

「七番隊、シャオロンとキンポーとラヴィーンを連れて六番隊のところへ行くアル。ここは、私一人でやるアル」

「随分な自信だね…」

ーゼラニウム街・南ー
『拳神』ファンファンvs『幻魔』セキア


ゼラニウム街・西

アシュラの首に鎌を当てた瞬間、モヤモヤとした雲がリピルを囲い、眼前に刀の切っ先が飛ぶ。
反射的に鎌でそれを払い、斬撃のあった方向へ駆け出し、ウキグモの動きが鈍いことを確認すると腹部を鎌で一閃する。

「傷…開いてますよ?この程度避けられますもんね。普段なら」

「おかげさんでな。思ったより銃創が深え…二人を回収するつもりだったんだがな…マズったか。」

「貴方はそこまで悪い人ではなさそうですが、ラミア様に逆らったから仕方ないですね…」

「副隊長をお守りしろ!」

「ゼラニウム兵を退け、あの女を抑えるのだ!」

「全員でかかれ!」

リピルは笑顔を崩さずヴァサラ軍の隊員達に鎌を振り下ろす。
しかし、その鎌は隊員の誰にも当たることなくエイザンの体に受け止められる。

「私がいる限り、隊員はこれ以上誰も傷つけさせんぞ!!」

「これはこれは…厄介なのが来ましたね。」

「なぜお主のような年端も行かぬ少女が武器を振るう!考え直せ!!」

鎌を振り払い、エイザンは説得を試みるがリピルの顔から笑顔が消え、無という言葉が似合うほど冷たい目に変わり、鎌を振り下ろす。

「ヴァサラに助けられたかなにか知らないけど、忠誠を誓ってる時点であなたも同じでしょう?」

「今は何を言っても無理か、少し手荒になるぞ…」

「どうぞ」

『とはいえ、この人の体に傷をつけるのは骨が折れそうです…』

リピルの顔に笑顔が戻り、二人は鍔迫り合う。

ーゼラニウム街・西ー
『武神』エイザンvs『死神』リピル


ーゼラニウム街・東ー

血を吸い損ねたハズキの首元に噛みつき、養分として摂取している最中、こめかみにハイキックを喰らう。

牧師姿の男性がムエタイの構えを取り、マクベスと対峙する。

「アンタは…隊員のジャンニね。いい蹴りだけどご覧の通り喰らってないわ。賢いアンタならわかるでしょ?今のままじゃ力の差がありすぎるって。」

「確かに、勝てるとは思ってないよ。だからって戦わないわけにはいかないだろ?もうここには僕らしか居ないんだから。」

「立派ね、そういうの嫌いじゃないわ。」

勝負は一瞬だった。ジャンニの蹴りがマクベスに届く前にナイフの一撃。
それだけで勝負がついてしまったのだ。

「ま、ま、マクベス様!」

逃げ込んできたのはボロボロのゼラニウム兵。
相当慌ててきたのか、酷い汗と声からは喘鳴が見られ、潔癖気味のマクベスはハンカチで自身の口を覆い、嫌そうな顔で話を聞く。

「お、お、お逃げください!やつは強すぎます!!悪魔のような男がここに…がっ!ぐああああああ!」

兵の頭を掴み、養分を吸い取った腕の持ち主はマクベスを通過し、ジャンニを抱える。

「よくやった、お前が立ち向かった一秒はヴァサラ軍を一歩勝利に近付けた。」

「カムイ…隊長…あとは任せました…」

カムイはこの戦で初めて剣を抜き、闇の波動でマクベスに攻撃を加える。

マクベスはハズキの技で応戦するが、闇に飲み込まれ無効化され、そのまま腕に傷を作る。

『極みが飲まれた!?大将軍カムイ…この男…噂以上ね。』

「始めるぞ。」

「久々に楽しめそうね」

二人の体に極みのオーラが現れる

ーゼラニウム街・東ー
『大将軍』カムイvs『梟雄公子』マクベス


ーゼラニウム街・中央ー

「異界剣術…」

クルクルと体を回転させ、刀を思い切り引くとオルキスに向けて刺突を繰り出す。

「数人いるのに一人しか見ていないのは関心せんな」

ラミアの背中に銃弾が放たれ、被弾した場所からネズミの尾のようなものが絡みつき、四肢をバキバキと折る。

「盗の極み『窃盗女帝』:溝鼠」

「クガイ隊長の極みも使えるようになってるなんてやっぱりルーチェは頭いいなぁ…雷の極み『顕現鳴神』:大雷砲」

カルノは鮫のように大きな口を開け、そこから雷の砲撃を放つ。
ラミアはルーチェの拘束を振り払い、体を低くすると、そこからバネのように跳ね上がり、カルノに蹴りを見舞う。

カルノはそれをギリギリで躱したが、ラミアはカルノの体を利用し、ジャンプ台のように使うと、翠蘭にサマーソルトを浴びせる。

「そこそこやるようダガ…拳法家としては中の上ダ…異界拳法?それはコウやるのカ?武の極み『彪(ひょう)』:已己巳己(いこみき)」

翠蘭はラミアの体を先程カルノにしたようにジャンプ台として使い、そのままラミアとは逆に回転し、頭に踵落としを喰らわせる。

「フン、何が異界術。素手と剣では数倍の差がいることを知らんようだな。剣道三倍段というやつだ。閃花一刀流:『薺』!」

ぶつけた刀はとてつもない衝撃があり、腕が痺れたラミアは刀を手から落としてしまう。

「このままトドメだ、閃花一刀流:『大輪乃花』」

力強い斬撃がラミアを切り裂き、膝をついたところを激痛が襲う。

「亞人の極み『魍魎跋扈』:惡魔蟲」

「さすがに剣術と体術だけじゃこの人数は厳しいか…」

痛む体を庇い、ラミアは全員の視界から消える。

「裏の極み『歪曲世界』:渡(くうかんわたり)」

異空間から半身だけを出し、気づいていないルーチェの背後から斬撃を浴びせ、再び空間に身を隠す。

「ルーチェ!」

「う、ご、ごめんね…全く見えなかった。」

「人の心配をしている暇はないよ。」

クガイは頭を掴まれ、地面に叩きつけられ、その腕とは逆方向に片腕のラミアが出現し、オルキスに一太刀浴びせる。

「随分と無茶苦茶な戦い方だナ。だが…決定打にかけル」

異空間に身を隠そうとするラミアに翠蘭が蹴りを見舞うが、空間は干渉不可能らしく蹴りは弾き飛ばされ、自身の蹴りの反動をモロに喰らってしまう。

「決定打がなくても、君等の攻撃は…もう…」

「攻げ…?」

ラミアは自身の呂律がうまく回らず、身体がひどく痺れだし、空間から倒れるように姿を表す。

「はは、僕を忘れてほしくないなぁ…病の極み『細菌汚染』:奥義・空気感染。空間にも空気はあるみたいだね…ホッとしたよ。」

「くそっ。」

異空間に身を隠そうとしたラミアを数千匹の百足が拘束する。

「亞人の極み:億脚奇蟲(おくあしきちゅう)千載一遇のチャンスだ。そう何処かに行かないでくれ。亞人の極み『魍魎跋扈』:奥義・人不蟲(ひとにあらず)」

異形の妖怪のような姿になったクガイがラミアの全身をバキバキと砕く。

「盗の極み『窃盗女帝』:五柱艶乱(ごちゅうえんらん)」

息も絶え絶えのラミアに五神柱全ての弾丸が降り注ぐ。
ラミアは回避を急ぐが、それに吹き飛ばされ、必死で立ち上がろうとする。
その横には殺気と気配を完全に消していたオルキスの刀がラミアの動脈を斬り裂かんとしていた。

「花の極み『極楽蝶花』:手向花」

「全員の奥義でやるしか無いナ武の極み『剛』『柔』『彪』」

両腕に溜め込んだオーラを脚に流し、全身から蒸気のような形のオーラを纏う。
ファンファンと同じく、一人で極みを共鳴させたのだ。

「真覇脚王彪蹴烈波(しんはきゃくおうひょうしゅうれっぱ)!!!」

共鳴を纏った後ろ回し蹴りがラミアに直撃し、数メートル吹き飛び、周囲に砂埃が舞う。
同時に文字通り電光石火となったカルノが砂埃へ突っ込んでいく。

「雷の極み『顕現鳴神』:鳴神機動・戮(ろく)雷迎の陣」

ゴロゴロと全身に纏った雷から雷鳴が響き、稲光りと共にラミアの前へ一瞬で到達すると腕から雷の錫杖を生成し、思い切り殴りつけた。

「雷の極み『奈落』!!この一撃は他の何よりも重いはずだよ…」

ラミアは何も言わず地面に倒れていた。
全員倒したと感じていたが、同時にあまりに弱すぎる事に少し引っかかっていた。

「やった…のか?」

『おかしい…服はあんなに綺麗だったか?』

クガイの疑念を体現するかのようにラミアはゆっくりと起き上がり、少しくっついてしまった砂埃を手で払う。

「ふーっ。なかなかすごい奥義だ…どの並行世界でも君等は奥義を出さずに死んだり味方になったりしていたからね。調節するのに苦労したよ。悪いね、今までの俺は弱かった。」

一人称が変わったことで雰囲気も変わり、恐らく本気になったのだろうと隊長達は察していたが、目の前で置きたことが受け入れられず恐怖する。

たった今までダメージを与えた傷が綺麗サッパリなくなっているのだ。

「何を驚いてるの?ダメージを並行世界に飛ばしただけだよ?少し本気でやろうか。」

「雷の…「もうそれは四回見た。いや、並行世界にいる俺が見たというべきかな?『廻』(よまわり)」

地面が、空間がカルノを拘束するようにグルグルと巻き付き、棺のような形で空中へ浮く。

「ルノ君!」

「君もだ…」

ルーチェも同じように空間に捕らわれると、ラミアの腕を握るモーションで空間が圧縮され、二人の全身の骨が折られる。
それを黙って見ている隊長達では無かったが、クガイとヤマイの刀はラミアを貫くことができず、体に開けた異空間に吸い込まれる。

「裏の極み『砕(ミキサー)』」

「やべぇっ!」

クガイはヤマイを強く突き飛ばし、ラミアの作る異空間から遠ざける。
クガイの半身はバキバキとミキサーかベルトコンベアに巻き込まれたかのように砕けていく。
妖怪のような異形の存在の彼は再生することができるが、生身の人間なら即死だろう。

「武の極み『彪』:真覇脚王彪蹴烈波!!」

「花の極み『極楽蝶花』:手向花」

「裏の極み『歪曲世界』:潰(ジャム)」

空気全てが巨大なプレス機になったかのように二人を押し潰す。
武術や剣技の達人である二人は筋肉が常人よりついているためかどうにか持ちこたえていたが、潰されて死ぬのは時間の問題だ。
おそらく一分ももたないだろう。

「さすが隊長。なかなか持ちこたえるな…裏の極み『歪曲世界』:殻(ブラックホール)」

挿絵:ロロたんめん様

掌に現れた漆黒の異空間は周囲の民家や建物を根こそぎ吸い込んでいく。隊長達も抗うことができずズルズルとラミアの方へ引き寄せられ、最期の時を迎えようとしていた。

「引き寄せてくれるならありがたい、貴様も道連れにしてくれる。手向け…」

「よう、随分派手に暴れてんじゃんよ、ラミア。」

「七福!!」

ラミアは慌ててブラックホールを解除し、急ブレーキをかけられたオルキスの渾身の斬撃は七福の左目を捉え、一生消えない傷を作る。

「ば、馬鹿者…なぜ間に入ってきた…こ、こんな傷を作ってまで来る必要は。…すまない…ワタシのせいだ…」

「来なきゃ死んでただろうよ。ったく。無茶苦茶だぜ、隊長さんは」

七福は激痛に顔を歪ませながらポケットにしまっていた青いタオルで傷口を縛ると、強い自責の念に駆られているオルキスの肩を優しく叩く。

「うん、まぁ言いたいことはたくさんあるが…お前極みの才能無しで努力して隊長になったんだってな。アサヒから聞いたよ。」

「今そんな話をしてる場合じゃないだろう。ワタシは…剣で…味方を…」

「傷どうたらとかんなことより…この街とこの街の過去そのもののアイツがいるからこそよりお前に言いたいね。俺はお前を一番尊敬すんよ。立派だ。総督よりお前の方が俺は立派だと思う。んあ?ヒジリも極み無いぞって?ああ、あんな昔から強いやつなんて除外除外バックボーンが違うもんよバックボーンが。数に入れちゃ駄目だろ」

「…」

「あ!!!また総督バカにしたとか言おうとしてんな!!褒めたんに!」

とにかく、と七福は隊長達に引くように声をかけ、隊員達に命じて六番隊のところへ送る。
そしてラミアに向き直り、ヘラヘラと話を続けた。

「よう、どうした。また大勢の人にやられたんか?ラミアくん」

「ああ、もう片付いたけどね。」

「残念だなぁ…俺はたった一時間しか無いのに美人の女のとこじゃなくて心配してお前のとこに来ちまったぜ。またいじめられてんじゃないかってよう。」

「あの頃の俺とは違う!七福、お前だけだ!いつまでも俺を過去の貧弱なラミアとして見ているのは!俺の目的はもうすぐ成就する!」

「もう充分叶ってんだろうよ。一番になれたじゃんよ。このごみ溜めみたいな街でよ」

「七福ウウウウウウウウ!!」

「『さん』を付けろよ三つ編み野郎オオオオオオオ!!!」

「死ねえええええええええ!!!!」

ラミアの周囲の空間が無重力のようになり、壊れた家の瓦礫が浮き上がる。

七福は狙いすましたかのように銃を放ち、ラミアにガードをさせるように仕向け、そのまま接近し、
蹴りを当て、銃を乱射する。

ラミアはそれを全て浮き上がる瓦礫で防ぎ切り、反対に七福を吹き飛ばす。

「くっ!汚ねぇぞラミア!素手で勝負しろォ!!」

「どうした?狼狽えて、らしくないぞ七福。」

「そりゃ焦るわ。時間制限だって言ったろう。短すぎだけどな…」

七福はラミアの眼前からパッと姿を消す。
ラミアは何が置きたかわからないといった様子で首を傾げるが、気を取り直して隊員の肩を借りて逃げる隊長達の前に空間を瞬間移動し現れる。

「反撃の芽は摘んでおかないとね。」

ラミアの掌にブラックホールが作られようとした瞬間、ヴァサラの刀の一振りがラミアのブラックホールをかき消す。
ラミアは咄嗟にヴァサラと刀を交え、睨み合う。

「よく耐えてくれた…もう大丈夫!儂が来た!!」

マントを翻し、隊長達を背にラミアと剣を打ち合いながら、まるで余裕があるかのように救護隊がどこにいるかを隊長達を運んでいく隊員達に指示を飛ばす。

「ラスボスのお出ましか…これで全て終わる…」

「どうかのう。人生は終わりなき旅のようなものじゃ…」

ーゼラニウム街・中央ー
『覇王』ヴァサラvs『筆頭極師』ラミア


「実験は中止だぜ」

モニタールームの扉を開けたアサヒは、天井に吊るされていた細い電線のようなものを両断する。
斬られた場所からは人一人の全身に循環しているほどの量の血が流れ出る。

アサヒが線を斬り落としたのを奥で眼鏡を光らせて見ていた初老の男はゆっくりと立ち上がり、蝿を払うかのような手振りで研究員にアサヒとの戦闘を命じる。

「輸血の電線にパワハラ町長アメク。七福の言う通り反吐が出やがるぜ。悪いなおっさん。依頼主の七福は留守だ。ヴァサラ軍二番隊隊長『天神』アサヒがあいつに代わって実験室を壊させてもらうぜ。」

アサヒは襲い来る研究員に目もくれず周囲の輸血システムを破壊していく。
研究員は初老の男アメクに背中を蹴られ、素人の持ち方でアサヒに集団でうちかかる。

「お、オイオイ!!気絶させるけど恨まないでくれよ!!『黄泉の花道』」

イブキと同じ神速の居合斬りを峰打ちのように研究員に当て、全員を気絶させると輸血システムに刀を振りかぶる。
しかし、今まで動かなかったアメクは薄ら笑いを浮かべ、手元のスイッチを押すと、研究所全体に黒炎が上がる。

「この黒炎は長年輸血をさせた研究員の女の子どもに宿った極みだ!その女は耐えかねて死んだがな!ハッハッハ。さて、この火の手の中その不出来な研究員を見捨てて私を切れるか?無理だよなぁ?優しい隊長さん!極み研究は全てだ!市民の差別などどうでもいい。科学に犠牲はつきものだ!!」

「ちっ。卑怯なやつだぜ。」

アサヒは全身を黒炎で焼かれながら気絶した研究員を背負い、研究所の外へ運んでいく。

アメクはその隙に裏口のドアを開き逃亡を図ろうとするが、その横を銃弾がかすめる。

「こっちは二人だぜ。俺はお前をどこまでも追い続ける。それがお前が壊したこの街とラミアへのけじめだ!まぁ本来あと数十分は向こうにいるつもりだったんだが…」

「ごめんね…願いの力が続かなかった…ラミアってやつの能力が強すぎて…」

「いや、ラッキーだぜ。こんな事になってるとは思わんし。」

「ふ…フフフ…七福、お前が来たときは焦ったが吠えたところでどうする?」

アメクは自分の目の前にある使用済み注射器の箱を蹴倒すと、そこから研究所全体に黒炎が広がった。

「黒炎は使うものの憎しみで増幅する。あばよ。」

「アサヒ…極みを使わずに研究員を逃がせるか?」

「何考えてるか知らねぇが…できなくねぇ。」

大きな傷ができた左目の布をキツく締め直し、アサヒに『任せる』と一言だけ告げ、大きく深呼吸して空中にコインを投げる。

「運の極み『日々是好日』:奥義・一切合切」

「ちょっ!七福!!それ師範に使わないように言われてたやつ!!」

「だから後は任せたって言ったろ?」

ごうごうと燃える黒炎はその装置を操っていたアメクの周辺をまるで反逆するかのように焼き尽くしていく。
アサヒは黒炎の動きが何やらおかしくなっていることに対して、狼狽えていたソラに解説を求める。

「絶対に極みを使っちゃダメだよ…七福のこれは微細な波動と極みや術にオートで反応して運気と偶然で自爆させる技…僕もアサヒ隊長も極み使えば巻き込まれる…」

「随分えげつない技だな…ん?待て、あいつの波動はどうなる?七福自身の波動だ…」

「問題はそこだよ…」

七福と二人を分断するように黒炎が七福の周囲を囲む。
地盤が偶然にも脆くなっていたのか残っていた研究員とアサヒの周辺が崩れ落ち、海に着水したそれは船のように研究員達を優しく運ぶ。

「まさかあの野郎相討ちになるつもりか…馬鹿野郎…寝覚めが悪いだろ!」

「アサヒ隊長、僕に任せて…一か八かだけど…」

「お、おい!ソラ!」

ソラはアサヒの肩からぴょんと器用に飛び降り、海の上に氷の道を作るとゼラニウム街へと走り去っていく。

「やっと二人きりになれたねぇ〜♡なんちゃってな。こんな諸悪の根源と一緒にくたばるなんて惨めな最期だぜ。」

「七福…ハナからこれが狙いか?お前とラミアがいなければ私の実験は…」

「その実験で何人死んだ?何人不幸にした?ラミアはお前がいなきゃああなることもなかった。親友としてずっと守ってくつもりだったのに…お前はアイツの身体にある消えない傷を見たことがあるのか?アイツがどんな気持ちで今まで生きてきたか…」

「道具のことなど知るか。」 

「市民は道具じゃねぇ、テメーの間抜けな実験ごっこの道具でもな」

七福の怒りに呼応するように黒炎は機械の操作盤に運良く燃え移り、連鎖的な爆発を引き起こす。

「だからお前は俺を殺すのか?見せしめに首でも掲げるか?」

七福はケラケラと笑うと、どういう技術か燃えていない扉のについていた番号を適当にいじり回し、運良く一致した番号でそこを開けた。
アメクは急に青ざめた表情で七福にしがみつくが、軽く蹴飛ばされ、テープのようなもので捕縛される。
扉の先には小さい棒状のようなものが勝手ほどの袋いっぱいに詰められていた。

「科学都市で最近流行ってる『ゆうえすびい』ってやつか。おかしいと思ったんよな。どこにも輸血の記録がねぇ…何処かで実験してるんも見当たらんし…」

アメクは七福にすべてを奪われたことに強い怒りを覚えたのかギリギリと歯ぎしりをしていたが、いよいよ黒炎が自身の足元に着火したことで張っていた虚勢すら嘘かと思うほど見苦しく七福に命乞いをする。

「お、お、お前とラミアは優遇する!優遇するから!筆頭でもなんでもする!ひっ!こ、黒炎が広がる!!これは憎しみの炎!水じゃ消えない!助けてくれえええ!」

「助けてくれだ…?お前は街の皆を助けたことあるんか?今から放置して殺してもいいんよ?この極みは俺にしかコントロールできんし。」

あらゆる物理法則を無視しているかのごとく黒炎や瓦礫の山がアメクに降り注いでいることで七福の言葉が本当であると誰の目にもわかる。
アメクは土下座をして七福に許してもらうよう懇願していた。
七福はアメクの服を全て脱がし、崩れた壁からアメクを海へ放り投げた。

「俺は人殺しはしない、お前とは違うんだ。」

七福は全裸でゼラニウム街の逆方向に泳ぎだすアメクに吐き捨てると、大きなため息をついて自身に降りかかる黒炎を見つめる。

「あ〜あ、ラミアと喧嘩したまま死ぬんか。惨めな終わり方…」

大きな傷がついた左目に黒炎がぶつかり、綺麗な一本の刀傷だった傷痕はただれて二本の筋になった。


ーゼラニウム街・北ー

「憑の極み『独り人形劇』:五日間の人形惨劇場」

ルーチェとヒムロを倒し、ヒジリの斬撃を一度受け止めた汚れたくまのぬいぐるみはメアの操作でナタを振り回す。

「虎月一刀流、壱ノ型…一文字!!」

横一閃、ヒジリはくまのぬいぐるみを斬り倒すが、メアはすでに操作対象を他の人形に移していたため、綿が詰まった首が虚しくコロコロと転がった。

同時にヒジリは右脚に激痛を覚え、足元を見ると、茶色い髪の毛のオーバーオールを着た気味の悪い人形が裁断機のようなもので脚を削っていた。

「『赤毛の臓物掻き出し人形(チャッキー)』一手で休むのは感心しないなぁ…とりあえず脚…次は…」

ヒジリは人形を掴んで乱暴に引き剥がし、地面に叩きつける。壊れた人形からは『ぼく、チャッキー、一緒に遊ぼうよ』と繰り返し聞こえるのがさらに気持ち悪さを増幅させた。
再び刀を構えるが、間合いが命の剣士にとって脚を奪われたことで慎重にならざるを得ないヒジリは、上からの襲来に気付かず、首にロープを巻かれ天井にくくられかける。

「ぐ…く…ヒムロ君…を…吊った人形…壊し切れていなかったか…虎月一刀流…唐竹割!!」

息苦しそうな声を上げて、ヒジリは人形を刀で真っ二つにし、ゴホゴホと咳き込む。

「う…そんな辛そうにしないでもらえるかなぁ…客観的に見て若い娘が老人を一方的に痛めつけているように映るというか…」

「ホッホッホ…それなら儂と同じ場所に来たらどうじゃ?」

和やかに笑ってはいたがヒジリの目は『人斬り』と呼ばれていた頃と同じものに変わり、刀に全神経を集中させ、渾身の一撃を放つ。

「虎月一刀流『特式』:龍墜!!」

屋敷よりも巨大な飛ぶ斬撃がメアのいる二階ごと極座を両断すると、二階の奥の部屋に潜んでいたメアは反動で下に落下し、一階のソファーに大きく尻餅をつき、悶絶する。

「うっっ…痛っっ…アハハ…これはピンチかな。」

「一文字!!」

「ひっ。」

メアは斬撃を咄嗟に左腕で頭をかばうようにガードすると、綺麗に左腕が落ちる。
ヒジリは何か違和感を感じ追撃をしようとするが、大量の兵隊に血管から薬品のようなものを注入され脳が揺れ、倒れ込む。

「憑の極み『独り人形劇』:玩具の兵隊(トイパトリオット)。三百で一の燃費の兵隊さ。これは使いやすいねぇ…」

メアは斬り落とされた腕を無表情で自身の体にくっつけ直す。

「悪いねぇ…とっくの昔に義手だよ…で?チェックメイトかな?憑の極み『独り人形劇』:二人切りの舞踏会(シャル・ウィ・ダンス)」

おそらく傑作であろうメアと同程度の身長をした美麗な人形が目でもわかるほどの波動量を持ってヒジリに斬りかかる。

「あ、あの技。借りるね。虎月一刀流:唐竹割!!」

ようやく立ち上がったヒジリの顔をメアの人形が両断する。
いや、確実に両断したように見えた。
ヒジリは自身の技を皮一枚の怪我で済ますように柔らかい刀の動きでいなしたのだ。

「虎月一刀流『守式』:屏風之虎(びょうぶのとら)。儂の剣筋は儂が一番理解しておる…」

「やるねぇ…」

ヒジリはメアの操る最高傑作と刀を互角に打ち合う。
元来剣一本で世を渡り歩いたヒジリだ。操っているメアが剣について全くの素人であることを見抜き人形のスキを見抜くと、刀で一閃する。

「虎月一刀流『三ノ型』:枯山水」

「う…こ、これはもうダメかな…降参降参。勝ったほうが無傷って、変な感じだねぇ…」

万策尽きたメアはあっさりと両手を挙げて降参を宣言した。

「ホッホッホ…お主もなかなかじゃ。メガネのお嬢さん。」

ヒジリは自身の体力に衰えを感じながら、ガクッと片膝をつく。

ーゼラニウム街・北ー
勝者:ヒジリ


ーゼラニウム街・南ー

「幻の極み『幻覚の集う場所』:沸き起こる幻覚(ダンシング・ファンタム)」

好青年のような背丈をした幻影が優しくセキアの肩をぽんと叩いた刹那、セキアはファンファンの掌底を片手で掴み、頭にトンファーを叩き込む。
想像以上の威力に脳が揺れ、脚をガクッと折る。

「本気で…やらないと…」

仕込み銃をファンファンの方へ向け引き金を引くが蹴りが一歩早く、銃撃は上空へ逸れた。

「スピードもパワーも見違えるほど上がったアル…それでも…」

ファンファンは脚につけていた重りを地面に起く。
何キロあったのかそれは小さなクレーターを作るほどの重さだった。

軽くなったファンファンはセキアの懐に一瞬で入り、的確に心臓を狙った本気のパンチを放つ。

「武の極み『剛』:拍崩胴(はくほうどう)」

セキアは一瞬息が止まったのか、意識を失いかけるが楽しそうに笑うと、息を大きく吸い込み服に隠していた暗器でファンファンの右目を刺そうとする。
そのスピードは柔掌拳が間に合わないほど早く、紙一重で躱すのが精一杯だった。

「ふうっ。息が止まった…さっきの一撃だけで4、500人は殺せるね…怖い怖い…『踊る光(ブライト・ファンタム)』」

セキアとファンファンの間が眩しく輝く。
ファンファンは視界を奪われ、セキアのハンマーを肋骨に喰らう。

「これでまた振り出しかな…?いや…君のほうがダメージ多いかな…?」

「話が違うアル…幻影は見えると聞いたアルヨ。」

右肩に大きな銃創を作ったファンファンは何が起きたかわからないといった様子でセキアを睨む。

「ああ…ごめんね…僕の幻影は…『本来人には見えない』んだ…見えるように工夫するの…疲れた…」

大きく欠伸をしたセキアは指をパチンと鳴らし、幻影にハンマーをパスすると、挟み撃ちの要領で攻撃を加える。

「武の極み『柔』:消力(シャオリー)」

ファンファンの体から全ての力が抜けたようになりセキアの攻撃をモロに受け、紙みたいに吹き飛ぶが、傷一つついていない。

「やっぱり防御技の中でこれが一番優秀アル。教わりたい人には教えたけど使いこなせるかは疑問アル…」

セキアの連撃を羽のようにフワフワと躱し、反撃を試みたファンファンの前に現れたのはヴァサラ。
ファンファンは反射的に拳を止め、ぽかんと口を開けて突然現れたヴァサラを見つめる。

「幻の極み『幻影の集う場所』:取り繕う幻影(ライビジョン・ファンタム)、これは相手の一番大切な…」

セキアの言葉が終わる前にヴァサラの幻影は一瞬で殴り飛ばされる。

「おかしいアル。あの程度の一撃…老師なら指一本で止めているヨ…」

「やっぱり効かないか…君には…なら…『噛みつく幻影(ペイン・ファンタム)』」

「ッッ!」

全身に突如として喰い破られたような痛みが走り、身体を抑える。
ファンファンの両腕には猛獣に噛みつかれたような傷痕が浮かぶ。

「なかなかやるアル。武の極み『剛』『柔』…「共鳴…させないよ。幻の極み『幻影の集う場所』:炸裂する幻影(フルスパーク・ファンタム)」

両腕を合わせ、極みの共鳴を行うファンファンを数段早く巨大な幻覚がセキアとともに妨害せんと襲い掛かる。
幻影はファンファンを吹き飛ばすことができたが、セキアは何かを探るようにハンマーを振り下ろしたため、攻撃が空を切った。

『視覚と触覚がオフになったか…やっぱりこいつは使いにくいね…』

「一足…遅いアルヨ」

「嘘だろ…」

自身の最強の幻影が吹き飛ばされたことを脳で理解するより早くファンファンの一撃がセキアを吹き飛ばす。

『バカな…あのタイミング、あの能力を使って共鳴を成功させたのか!?』

「仕方ないな…」

セキアは懐に隠し持っていた『誰かの腕』を空中に投げる。
ファンファンは不可解な行動に一瞬動きを止めてしまう。

「並行世界の僕の腕さ。すでに亡くなったね。向こう側の俺は好戦的で前線に立ちたがったらしいよ。だからこうなったんだけど…」

「僕?俺?」

「そこに引っかかるんだ…ま、いいや。幻の極み『幻影の集う場所』:『蘇る幻影(リ・ボーン・ファンタム)』」

もう一人のセキアのような姿をした幻影が共鳴状態のファンファンが反応できないほどのスピードで懐からワイヤーを出し、全身を拘束する。

「ふーん。君ってそんな姿してたんだ…俺も…極み追加…『暴れ狂う幻影(ランページ・ファンタム)』」

身体に何かが入り込み、ステータスが全て上がったのを感じたセキアは拘束されたファンファンの膝を逆に折れるようにハンマーで殴りとばす。
関節から嫌な音が聞こえ、しばらく脚が使えない事を悟ったファンファンは双方の攻撃を辛うじて受け続ける。

「くっ…」

ファンファンは瀕死の状態になりながら、過去に師匠とした会話を思い出していた。

※「こんなの猛攻なんて受けるしか…」

「どんな攻撃にも必ず反撃の糸口はあります。優れた武人とは『それを見誤らないこと。』」※

※…母国語と思ってください。

「不被误会(中国語で見誤らないの意味)」

意識が薄れゆくなか、ファンファンは小さく呟く。

「師匠…技、借りるアル。武の極み『已己巳己』」

翠蘭がしたように本来の自身の拳法とは違う動きをし、セキアの方を蹴り上げスキを作る。

「やべ…めちゃくちゃ楽し…」

自身の敗北を悟ったセキアは笑顔で呟く。やっと自分自身の気怠さを払拭してくれる相手と出会えたことの喜びと名残惜しさを噛み締めながら。
同時に、幻影とセキアの両方にファンファンの奥義が炸裂する。

「『真覇拳王劉掌烈波!!』」

拳で殴られたとは思えないほどの威力と衝撃がゼラニウム街の南全体を揺らす。
セキアはそのまま立ち上がれず、ゆっくり眠るように意識を失った。

「危ないところだったアル。セキア、お前のおかけで私また強くなれたヨ。」

ともあれ今回の戦いはリタイアかと動かない脚を地面に着き、ファンファンは考える。

ーゼラニウム街・南ー
勝者:ファンファン


ーゼラニウム街・西ー

「体型の割に疾いんですね、それも極みですか?」

『韋駄天モードに追いつくか…』

リピルの攻撃は素早い。
それは軍内でも動きが早いイゾウやアシュラに追いついていることからもわかるだろう。

「イゾウ殿はオルキス殿が編み出した最速の剣術、『閃花一刀流』を継ぐもの…それに並ぶほどのスピードとは…」

エイザンは言葉の途中で、眼前に迫るリピルの鎌を咄嗟に素手で握り、渾身の力で投げ飛ばす。
元来年端も行かぬ少女に手を上げることに心を痛めるエイザンだったが、本気で戦わなければ、少しでも気を抜いてしまえば自身が一撃で殺されてしまうほどにリピルは強かった。

リピルはエイザンに投げられ大きく転倒するが、薄笑いを消すことなく再び鎌で攻撃を仕掛ける。

「『矛失(むしつ)』」

リピルの腕から武器が消えたように錯覚したエイザンは懐へ飛び込もうとするが、極みのことを思い出し、全身を硬質化させてリピルの腕を痺れさせる。

「ッッ!!なんて硬さ…これでは鎌が通りませんね…」

「その年齢にしては手練れだな。今からでも遅くない、このようなことはやめるのだ!!」

「くすっ。わたくしは貴族の生まれなので武器術はたくさんの師範に教わったんですよ。姉は治癒術の、わたくしは武器術の…それぞれ才能があったみたいです。」

近くに置いてあった頭蓋骨を優しく抱きしめて続ける。

「それでも極みが出なければ姉はこうなった…ラミア様は言ってました…『ヴァサラ軍が助けるのは人であって、迫害に遭う一市民ではない』と…」

「それは済まぬ…ゼラニウム街の市民は迫害を当然と思っていた、だから誰も助けを求めなかった。手を差し伸べられなかった私達の責任だ…」

エイザンは過去のゼラニウム街の劣悪な政治に気付けなかった自らを悔い、リピルに謝罪の言葉を述べる。
しかし数多の街を支配し、恐怖で市民を束縛したラミアの行いは正当化出来ないともリピルに告げる。

「貴方はそう言うと思いました。」

「!!」

「もう貴方には聞こえていないでしょうけど」

『見えぬ!聞こえぬ!ヤツは…何処だ!』

「消の極み『虚無空洞』:解脱(げだつ)」

五感を消されたエイザンは首に極みを突破するほど鋭い一撃を喰らい、大量に血が流れ出す。
一刻も早く止血をしなければ命も危ないだろう。

「傷…つけられてしまいましたね。消の極み…「地の極み『外道菩薩』:如来天掌(にょらいてんしょう)」

大地の力を纏ったエイザンの拳が釈迦の腕のように巨大化し、リピルを殴りつけながら押し潰す。

攻撃は完全に決まり、エイザンが少女を殺すという苦い結末に終わったかに思えた戦いは、リピルが全身骨折の痛みに耐えながら苦しそうに立っていることで戦いは続く。

「ゴホッ…な、なんて威力…次喰らえば終わりですね…でも、貴方の負けです…消の極み『虚無空洞』:虚無病」

『何だこれは…極みが、記憶が…消える』

「わたくしの一番強力な極みです…能力が一瞬消失し…」

エイザンの体に大量の斬撃を浴びせながら言葉を続ける。

「貴方の記憶は徐々に消える。さようなら『武神』エイザン、いや…さようなら『山鳴り』エイザン」

エイザンの表情が普段の穏やかなものから凶暴なものに変わり、リピルの首を掴んで持ち上げる。
その姿はかつて『山鳴り』と呼ばれたエイザンそのものだった。

万力のような力で持ち上げられながらもリピルは苦しそうな声で薄く笑う。

「くすっ。少し凶暴になったようですが、その時代の貴方ではわたくしに勝つことは出来ない」

確かに性格は凶暴化したが、記憶が消え精神も極みの力も幼いエイザンになっている今ではリピルを止めることは出来ない。
とどめを刺すため、リピルは鎌でエイザンの首を落としにかかる。

「…ちゃん…ちゃん!」

意識の奥深くで誰かがエイザンを呼ぶ。

「君は…?」

「もう!忘れないでよ!!ユリ!!大切なものや生きとし生けるもののために戦うって決めたんでしょ?」

「ゆ…り…」 

首の肉に刃が食い込み、ドロドロと流れる血が鎌にかかりながらエイザンはうわ言のように何かを呟く。

「エイザン、無理に思い出す必要はありませんが、貴方の記憶は。私と過ごした思い出はそう簡単に消えませんよ…」

「リョウエイ和尚…」

「う…お師さん…」

「くすっ。走馬灯でも見ているんですか?」

エイザンの意識に最後に呼びかけるのは見覚えのある銀髪。

「エイザン、お前は散ってくれるなと約束したじゃろう。儂との約束も、ユリやリョウエイ和尚との思い出も、そう無下にしてくれるな。儂はお前が勝って戻るのを信じている…」

「殿…そうだ…私はヴァサラ軍の『武神』エイザン!!」

リピルの鎌は今以上に刃が通らなくなる。

「うそ…自力で消の極みを破るなんて!?」

「消えんのだ…私の心の奥底にいるユリやリョウエイ和尚が…そして殿との約束が…リピル殿!これ以上の戦いは無意味だ!そこで眠っておれ!!」

「く!わたくしの使命は、死んでもラミア様を…」

「お主もラミア殿もこの街の犠牲者じゃ。今日で街は変える、いや。私達が変えてみせる」

エイザンは刀を地面に突き刺し、極みを発動する。

「地の極み『外道菩薩』:涅槃原則(ねはんげんそく)!!」

安らかな仏花の香りに包まれたリピルは抑えきれぬ眠気に襲われ、そのまま目を閉じた。

「ラミア様…申し訳ありません。」

「殿…助けには行けなそうです…」

ひどい出血で霞む目とふらつく足に力を込め、イゾウとアシュラとを抱え、ウキグモを背負い街の外れまで歩き出す。

ーゼラニウム街・西ー
勝者:エイザン


ーゼラニウム街・東ー

カムイとマクベスは何度も刀と爪を交え、打ち合う。
どちらも極みを使おうにも使うことが出来ないほどに激しい戦いになっていた。

「なかなかやるな。」

「アンタもね。」

マクベスは余裕を見せるが、息が上がっている自分と汗一つかいていないカムイを見比べ、自身が劣勢なことを悟る。

『マズイわね。ここで焦らないようにしないと…』

「手が止まっているぞ!闇の極み『閻王』:白夜凰(びゃくやこう)」

視界が一瞬闇で塞がれ、0.1秒ほど動き出しが遅れたのをカムイは見逃さず、その闇ごと白い刃がマクベスの腕を切り落とす。

「くっ。なかなかやるじゃない。悪血の…「『冥府魔道・炎』仏露滅天宇須(プロメテウス)」

マクベスが極みを発動する前に、灼熱の塊を作り出し、マクベスの全身を焼き尽くす。
大技が決まった後もカムイは攻撃の手を緩めることなく連続で闇の斬撃を放っていく。

「アンタ、桁違いね…でも。」

切断された腕を投擲武器のように投げ、カムイに一瞬のスキを作らせ、意趣返しとばかりに爪で腹部を貫いた。

「悪血の極み『梟界嗜血』:吸血」

ドクドクとカムイの体から血液を自身の体内に送り込み、傷を治していく。
切断された腕も治癒とともにピタリとくっつき、万全な状態に復活する。

「体力も戻ったようだな…」

「お陰様でね。ご馳走様。やっぱりアンタ桁違いね。極上のフルコースみたいな味がしたわ、あんたの血。」

「お前のようなヤツがなぜトップにいない?」

「ラミアちゃんのほうが強いからよ。そして…アタシはラミアちゃん以外に負けたことないわ…」

『早くなっただと!?』

カムイの血を得たマクベスはスピードとパワーが格段に上がっており、そのままとてつもない力で蹴り飛ばされる。

「アンタの血の力よ。ハンデが必要か?ジジイ。」

語気を強めたマクベスの威圧感はそれだけで副隊長以下の人間は恐れて逃げ出すほどのものだったが、カムイは口の中の血を地面に吐き捨ててすぐに反撃に転じる。

「遅いわよ『六道輪廻』!!」

エンキが使っていた奥義をカムイに放つ。
カムイは身体を焼かれながら致命傷を避け、何かを考えながらマクベスと距離を取る。

「…なるほどな。俺の極みに近いのか。血を吸った人間の極みを使うことが出来る…その出鱈目な身体能力で威力も向上させているというわけか。面白い…」

カムイの全身から漆黒のオーラが溢れ、強化されたマクベスを上回る速度と力でマクベスの喉を貫く。

「この程度じゃ死なないとわかった途端随分えげつない攻撃をするじゃない…ガハッ!」

苦しそうに血を吐き出し、なんとか刀を引き抜くと、ナイフで再びカムイと打ち合う。
防御に徹し、喉を再生するための時間を稼ごうとするが、『自身の力を超える極みは奪えない』ことを見抜かれていることに薄々感づいたマクベスは翼を生やし、木の上に登り自身の腕を切り裂いてその血を舐める。

「悪血の極み『梟界嗜血』:死屍麗血(ししりょうけつ)…」

マクベスの頭部から悪魔のような角が生え、蝙蝠のような巨大な翼とさらに強靭に伸びた爪と牙はまさに伝承の通りの吸血鬼だ。

「喜べ…この姿を見るのはお前で二人目だ。」

あのカムイがただの一瞬も反応することができずに頭を掴まれ、敵にしてきたようにそこから血を吸われていく。

「極上な養分だな…悪血の極み『梟界嗜血』:艶美駆血(えんびくけつ)!!」

カムイ自身何度斬られたかわからないほど斬り裂かれ、全身から血を吹き出して倒れる。
マクベスは自身の勝利を確信したが、直後に強烈な恐怖が全身を包む。

「本当に死ぬかと思ったよ。危うく吸収する前にやられるところだった…」

「バカな…!?」

完全に傷が塞がったカムイは白髪交じりの老いた姿ではなく真紅な長髪の若い男になっていた。

「今の俺の身体はこの姿に数分しかなれん…悪いが一瞬で終わらせてもらうぞ!!闇の極み『閻王』:暗夜行路!!」

「くっ!こんな出鱈目な力が…!こんなものがあっていいのか!?全てを奪い去る悪魔のような力が!!」

闇の斬撃はマクベスを捉え再生できないほどの一撃を放つ。

マクベスが完全に意識を失った直後、カムイは発作のように吐血し、元の白髪交じりの老いた姿に戻り、蹲る。
マクベスにやられた傷も開いたようで、地面は血の海となっていた。

「この程度でもこうなるか…あと少し。あと少し持ってくれ…」

カムイは身体を痛む引きずり中央へ向かう。

ーゼラニウム街・東ー
勝者:カムイ


ーゼラニウム街・中央ー

ラミア大きく飛び上がりヴァサラを強襲するが、その剣撃を軽々と受け止め、そこから側転のような動きで派生した蹴りにカウンターを合わせるように斬撃を叩き込む。

並大抵の敵ならばこの斬撃のみで再起不能になるほどの一撃だが、ラミアはその傷を一瞬で治す。

「剣と素手じゃどうにもならないね。」

「そうじゃな。剣はヒジリやオルキスを100とするなら貴様は50、素手はファンファンや翠蘭が100なら40といったところか…すばしっこいだけでは一般隊員は倒せても隊長には通用せん。そして…終わりじゃ」

「こ、これはリピルの…」

ヴァサラが使っていたのはリピルの『消の極み』。ラミアは、何かが失われるような感覚に陥った。


「…七福か?」

「あの男は情報通じゃのう。事細かに聞いたから…使えてしまったわ。」

「く、くそ!極みが…」

ラミアは刀を構えて突っ込んでくるヴァサラに一瞬極みが使えないことに狼狽える様子を見せ、すぐに大きな笑みを零す。

「…と?言うと思ったかい?裏の極み『歪曲世界』:潰」

隊長達を潰した重力の塊がヴァサラを潰さんと襲い来る。それはヴァサラが消したはずの極みだった。

「教えてあげるよ、俺の極みは『この世に存在しない極み』…この世界に存在する力ではどんな特殊格だろうと消すことはできない。潰れろ!!」

「覇王を舐めるなッ!」

ヴァサラは重力の塊を自身の力のみで弾き返し、再びラミアと対峙する。
ラミアはガリガリと自身の爪を噛み、髪の毛を触ると、さらに巨大な異空間の塊を生成する。

「やはり覇王の名は伊達じゃないね…隊長達は7割の極みでどうにかなったけど、そうはいかなそうだ…行くよ…10割…」

ラミアは指をパチンと鳴らし、空に二つの異空間を作り出す。
空間から二人のラミアが現れ、ヴァサラに連携を取って斬りかかる。

「『似(ドッペルゲンガー)』ここにいる全員が僕だ」

「これはなかなか骨が折れるのう。幻の極み…」

「今度はセキアの能力か…覇王ヴァサラ…その力も、極みも…四神の者だ…僕の事を大切にしてくれた人の力だ…それを敵に使われると、たまらなく虫酸が走るんだよォッ!!」

爪から血が出るほどガリガリと噛みながらラミアは激昂し、並行世界の自分自身と連携を取ってヴァサラを追い詰める。

「ほう、幻影を操作しながら戦うのはなかなか難しいものじゃ。」

「見落とすほどにね。」

「なにっ!」

もう一つの空間が現れ、新しくこちらの世界へ来たラミアにヴァサラは腹を貫かれる。

「ご苦労さま、皆…後は俺に任せて。『雨(アシッドレイン)』」

異空間の雨のようなものが降り注ぎ、それに触れたヴァサラの体に惨たらしい穴が空いていく。

「くっ…武の極み『剛』…」

ヴァサラは素手でラミアに殴りかかるが、その攻撃は異空間に阻まれ、逆に拳が砕けてしまう。

「裏の極み『歪曲世界』:斜(スワイプ)無駄だ、この状態の俺はこの世界の攻撃の一切を受け付けない。お前の負けだ!覇王ヴァサラ!」

ラミアは電子機器をいじるように指をスッと動かし、ヴァサラとの間に見えない空間を張ると、この世界のすべての攻撃が遮断された。

トドメの言葉の代わりのようなラミアの合図とともに異空間の雨は激しさを増し、全身を貫きヴァサラは膝をつく。

「僕の勝ちだ…ここからこの世界を…「と、言いたいところじゃろうな。」

「!!」

先程以上に強力なオーラを纏い、無傷のヴァサラがラミアの腕に斬撃を加える。

すっかり綺麗になったヴァサラの身体、自分の腕から流れ落ちる血で、ラミアは全てを理解する。

「ぼ、僕の極みを完璧に…」

「無の極み『無限共鳴』…ふーっ。なかなか分析に時間がかかる極みじゃな、消耗もかなりする。回復も、最初にやっていたからやってみたが…なかなかコツがいるのう…大したものじゃ」

「『最初にやっていたから』だと?ば、馬鹿な…たったあれだけで…」

「では、続きといこうか…」

ヴァサラはラミアと刀で打ち合う。極みが並んだ今、剣で優勢なヴァサラが幾分か有利だ。
しかし、それでも無限に回復するラミアに決定打を与えることが出来ない。

「裏の極み『歪曲世界』:殻」

掌に作られたブラックホールが今まさにヴァサラを飲み込む。

「ならば儂のはホワイトホールじゃな。」

「!?」

ラミアの背後に異空間を創り出し、抜け出たヴァサラは一太刀を浴びせ、距離を取る。

「これは儂以外ではひとたまりもないのう。」

『とはいえじゃ…こやつに対する決定打がない…どうしたものか…』

距離を取っていたヴァサラは突然の激痛に顔を歪める、それは肋骨が折れた…というより無くなった感覚に近かった。

「裏の極み『歪曲世界』:臓(いけにえ)」

ラミアの掌はグロテスクなほど血塗れになっていた。その手を開くと骨がカランと虚しい音を立てて地面に落ちる。

「体の内側に異空間を作り、転移させた。人の体内は複雑だから狙ったところにはできないが…三発も喰らえば死ぬだろう?僕の極みでも治すのが難しいからね、体内は…」

「これはちと予想外じゃが…ラミア。貴様の弱点はもう見切った。その技を次に一度使う前に決着じゃな…」

ラミアは覇王がハッタリかと笑い飛ばす。
掌を閉じるだけで使える技より早く決着をつけるなど物理的に不可能だ、と。

「貴様の身体に残った傷…カルノがつけたものじゃな?基礎格は苦手か?」

けたたましい雷鳴と共にラミアの眼前に現れたヴァサラは、そのまま斬撃を与える。

「無の極み『無限共鳴』:雷皇の太刀」

「うわあああああっ!!まだだ!」

ラミアは今までとは明らかに異なるほど甚大なダメージを受けている様子で苦しそうに立ち上がる。

「やはり当たりのようじゃのう…」

そこへ、待っていたとばかりに振り下ろしたヴァサラの追撃を浴びる。

『この手を閉じればいいだけだ…掌を握れば…ッ!指が…麻痺して…』

「握りしめただけの掌では、何も掴めぬぞ…人と人とが繋がるところに、絆も。命の『灯』も生まれる…『紅蓮火産霊神』!!」

火の極み以上の炎の斬撃がラミアの全身を焼く。その炎は体だけでなく服も焼き、露わになった背中からは極みの実験でつけられたようなひどい傷跡が見えた。

面白がって付けられただろう手形の火傷痕や、水圧で付けられた消えない痣、カマイタチのようにズタズタにされた背中一面、しまいには刀のようなもので『僕は極みが使えません』と書かれている。

その背中を見れば、今までのゼラニウム街がどれだけ劣悪なものだったかがわかる。

今にも死にそうな様子でゾンビのようにヨロヨロと立ち上がったラミアは、空中に手を翳し、四つの空間を作り出す。


ー東ー

「これはまずいわね…他の皆は避難したのかしら。ラミアちゃん…アタシら以外全員消すつもりね…あの男はどうするつもりかしら?中央行ったけど」

異空間に吸われながら、身体を一ミリも動かせないマクベスは全てを悟る。


ー西ー

「ラ、ラミア様!!これを使うなんて…!悪いことは言いません。逃げたほうがいいですよ。もう、わたくし達ではどうすることもできませんから…」

青ざめた顔で今までにないほど狼狽えるリピルは、少しだけエイザンの心配をし、異空間に吸い込まれる。


ー南ー

「あ~…これはもう駄目だね…君も運がなかったね…でも…やりすぎじゃない?ラミア」

激闘を繰り広げたファンファンを心配しているのか、それとも皮肉っているのかわからない、半ば諦めたような口ぶりでセキアは異空間へ吸い込まれていく。


ー北ー
「まずいねぇ…ヒジリのおじいさん。この空間に入らない人以外。皆死ぬよ?」

メアはヒジリを空間に入れようとするが、拒絶されるようにはじき出され、メアだけが飲み込まれていく。

「四神の転移は完了した…この傷も、この街も…僕は絶対に許さない。ヴァサラ…お前とどれだけ力の差があってもだ!」

ラミアは空間を両手で引っ張るようなポーズを取る。

「裏の極み『歪曲世界』:焉(ワールド・エンド)!!」

ゼラニウム街の端と端に巨大な空間の壁が現れ、それはあらゆるものを吸い込み、破壊しながら徐々に中央へと進んでいく。

「くっ…とんでもないことをしおって…!」

ヴァサラは自身に纏う波動を更に強め、閉じていく片側の壁に攻撃を仕掛ける。

『間に合うか?もう半分…いや、間に合わせる!!』

中央へ向かっていたカムイは閉じゆく異空間の壁に危機を感じ、もう使わないと決めていた若返りの力を使い、闇の波動で壁の動きを遅延させながらヴァサラの元へと急ぐ。

『待っていろ、俺もすぐに行く…』


七福は崩れゆく研究所でラミアやヴァサラ軍の事をぼんやりと考えていた。

しかし、その考え事を遮るように剣だことでも表現するべきマメだらけの手が差し伸べられた。

「ワタシに掴まれ!七福!」

「オ、オルキス!?お前どうやってここに!?」

「お前の力は波動に反応するらしい。ワタシは波動量こそ多いが自身のそれを刀に纏わせることも、極みを使うことも出来ん。だが…」

オルキスの周りには不自然なほど七福の極みが作用していない。こんな経験は初めてだと七福が首を捻るほどに。

「今回はそれが功を奏したようだな。ワタシにお前の極みは効かん。さぁ、戻るぞ」

「ちょいちょい、ちょい!!ちょい!!!」

「なんだ。」

「お前ラミアに骨折られてたじゃんよ。全身。逃げんの無理じゃね?」

「いや、それは安心しろ…後数分間は大丈夫だ…」

「んあ?」

ー数分前ー

「海が…干上がっている…?」

大怪我をしたヴァサラ軍の避難所でオルキスが見たのは干潮といえば聞こえが良いほど干上がった海。

確かにゼラニウム街の外れにある島周辺は海が干上がるほどの大規模な干潮が数十年に一度起こると言われていたが、まさかそれが今だとはオルキスも思いもしなかった。

そして避難所から干上がった海から顔を出した洞窟らしきものへ続く足跡。その足跡には季節外れの霜が付着していた。

避難所はラミアの感知を避けるために東西南北へ分岐して置かれており、オルキスは付着している霜から、自身の方角の避難所にいないヒムロの足跡だろうと考え、全身骨折の身体を無理矢理起こそうと刀を支えに必死に立ち上がる。

「ルーチェはワタシの弟子だ…閃花の弟子の部下は助けなければ…いや、そんなものは関係ない。何番隊であれ、階級がなんであれ…逃げ遅れた者を見捨てるなど総督がが許さん…それに隊長としての責任が…」

オルキスの身体はぐらりと揺れ、再び倒れそうになるが、ヤマイとハズキの指示で救護部隊に参加していたギンベエに支えられる。

「ったく。めちゃくちゃなやつじゃ!オメェさん、行くなら体調万全にしてから行かんかい!たいぎいのう!」

「たいぎ…?離してくれ、ギンベエ。ワタシの隊長としての責任が…」

「阿呆!少し回復しろって言っとるんじゃ!魁の極み『侠客太刀』:活血込身(カチコミ)!!」

波動を纏ったギンベエの斬撃はオルキスを切ることなく、まるでドーピングのように身体を活性化させる。

「30分以上は持たんぞ。無茶はすんな。」

「済まない…ギンベエ。恩に着る」

「たいぎいのう…」

「さっきからそれは何だ」 

「知るか、なんとなく似合うと思って使っとるだけじゃ!はよ行かんかい!!」

ギンベエは乱暴に、それでも心配しているのが伝わるほど、オルキスの背中にバチンと気合を入れる。

「生きて帰らんかったらぶち回したるからな!!」

「…ああ。」

オルキスは先程までの激痛が嘘のように足跡を凄まじいスピードで辿っていく。
それを横目で見たソラはゼラニウム街のさらに奥にある真っ白なリンゴ…フブキリンゴのある秘境のような場所で座り込む。

「これで君も助かるでしょ?」

ソラの歩いた足跡には軽く霜がついていた。

ー現在ー

「というわけだ。」

「なるほどな。しっかし、マジで俺の奥義効かんのな〜ちょっとショック…」

「何だ?死にたかったのか?ワタシはお前に死なれては困るのだがな」

二人は呑気に話しながら来た道を戻るほど余裕があった。オルキスに波動の才能が無いというのは本当らしく、自身の極みに何一つ影響を受けず、舗装された道路を歩くかのように何事もなくスイスイと研究所を抜け出せてしまったのだ。

「やっぱり俺はお前を…んあ?てか死なれちゃ困るん?なんでさ?」

ヴァサラ軍でも何でもない自分が消えたところで軍の犠牲者リストにはならないだろう、なぜこんなに必死なのかと七福は首をひねる。

確かに寝覚めは良くないかもしれないが…

「なんだ、人助けに理由が必要か?」

「いやさ、優先は仲間じゃんよ?市民は避難してるわけだしさ。」

「ワタシは…」

二人の会話はゼラニウム街の左右から現れた巨大な異空間の壁を見て止まる。
その壁は周囲の物、それどころか土地をもを吸い込み、押し潰しながら中央へと迫っていく。

運の悪い事にその壁が最初に破壊しているのは七福とオルキスがいる島とその研究所だった。

「走るぞ、七福!!」

壁が閉じる速度は想像以上に早く、ギンベエの極みで回復しているとはいえ、骨が折れていて上手く走れないオルキスの髪が壁に吸い込まれる。

オルキスは吸い込まれかけた髪を刀で切り落とし、再び走り出す。

「お、おい!髪!」

「気にするな、それより何としても生き残るぞ。あの時…ずっと極みがないことを否定していたワタシ自身の事をお前は心の底から褒めてくれた…その礼を言ってない…だから生き残るぞ」

七福は絶対に仲良くなれないだろうと思っていた女性からの心からの感謝の言葉に少しむず痒くなりながら、自身の傷の止血に使っていた青い布をオルキスの不自然に切れてしまった髪にリボンのように結ぶ。

「褒めてくれんのはありがたいけどよ、『麗神』が髪型乱れてちゃカッコつかんだろ?悪いな、俺の血付きで…後でちゃんとした青いリボン渡すから許してくれ。」

軽口を叩き合いながら二人は必死に中央を目指して走り出す。すでに島の三分の一が空間に吸い込まれ、研究所も無惨な残骸と化している。

洞窟の出口に差し掛かった瞬間、瓦礫の一部が二人を分断し、七福は出口への退路が塞がれてしまった。

「くっ!なにかロープのようなものがあれば…それかこの岩全てをワタシが…」

「あー…無理すんな。お前身体キツイだろ?」

「そうはいかないだろう!生き残って礼を言わせろ!」

「とはいえこれじゃあなぁ…あ、ごめんなお前にリボン渡せなくて。血まみれじゃ美しくなくなるわな」

「ワタシは世界一美しい。こんなもので醜くならん。皮肉を…ん?醜い…」

オルキスはなにかを思い出したように七福に刀を差し出す。
その刀は薄いピンクに小さな花の飾り、双方から斬れる造りになった美しいものだった。

「七福、これを触れ。この刀は極楽蝶花といってな。世界一美しい刀だ…これは妖刀でな…世界一美しい者以外が触れると…」

必死で手を伸ばした七福が刀身に触れると同時に鋼の茨が腕の肉を喰い破り、ぐるぐると巻き付く。

「拒否するように茨が肉に巻き付き喰い破る」

「痛っっっでえええええ!!」

「喚くな、騒ぐな。引っ張るぞ。いいか、こちらへ来たらすぐに手を離すんだ」

「言われなくても離すわ!!死ぬほど痛え!!ウッギャーッ!優しく引っ張りやがれこの紅生姜!!」

「礼も言うが後で殴らせてもらうからな。」

オルキスは七福を引っ張り出口へ寄せ、間一髪島から脱出し、海があったはずの場所を走り、どんどんと早くなる壁から逃げ続ける。

ーゼラニウム街・中央ー

ラミアの最後の大技はさすがのヴァサラも一人では止めきることができず、片側の異空間の壁は、無の極みによるあらゆる共鳴技で一ミリたりとも動かしていない(それどころかほとんど消せている)が、攻撃をしていないもう片方はどんどんと街を破壊していく。

「片側をほとんど消すか…やはり化け物だな…覇王ヴァサラ。だが、半分でも地図から消えればこの街に対する遺恨も少しは…「そううまくいくかのう?遅かったじゃないか、カムイ。」

ヴァサラが片側だけ集中していたのはこの男を待っていたからだったのだ。
かつて自身と肩を並べ、国の大将軍になった男を。

「鈍ってはおらんな?カムイ?」

「ぬかせ」

ヴァサラの全身が光に包まれる。合わせるようにカムイが漆黒のオーラを纏う。
二つのオーラは陰陽が合わさるように背中合わせの二人を包み込む。

「光の極み…」

「闇の極み…」

「「『陰陽双龍(ウロボロス)』!!!」」

二人から放たれた共鳴の剣閃はラミアの作り出した壁を見事にかき消す。

「く…くそ…裏の極…」

ヴァサラとの戦闘で限界をすでに超え、さらに最強の技を繰り出したであろうラミアは、怪我と疲労により、意識を失った。

壁が消えたのは七福とオルキスも気付いており、二人もヴァサラの勝利を確信する。

長きに渡る大戦がヴァサラ軍の勝利という形で終わったのだった。

ーゼラニウム街・中央ー
勝者:ヴァサラ


「どうよ!!この秘湯。南でコソコソと作った温泉!!バレないでここまでよくやったもんだぜ!褒めよ、褒め称えよ!」

戦の終結後、七福はヴァサラ達を自身の家族と仲間達でひっそりと掘っていた温泉に案内する。

ゼラニウム街は戦いの後といった様子で復興が必要な状態だ。
今までとは違う政治が今後執り行われる事にもなるため、町の人々は混乱するだろうと皆が思っていた。
しかし、南でアメクのやり方やラミアにも従わなかった人々は独自のコミュニティを結成し、逞しく生きていたのだ。

「お前コソコソ何かするの天才的に上手いな…無人の土地とはいえ南の外れが温泉街になってるじゃねえか。オイオイオイ!輸血チューブで掘り当てた源泉持ち上げてんぞ!!」

「それはうちの両親が輸血バカバカしいってハナからちぎってたやつを有効利用したんよな。あ、それチューブ薄いから熱いぞ」

「熱っちい!!」

南の、いや、七福の両親がやっている生活の工夫に感心しながらチューブを触っていたアサヒはあまりの熱さに慌てて手を離す。

風呂から出てきたイブキとクガイが顔を真っ赤にして幸せそうにフラフラと歩いてこちらへやってくる。

「入りながら飲むお酒は最高だねぇ…」

「そうらなぁ…」

「ハァ…あんたらは…ヤマイ。運ぶわよ。ったく…せっかく汗流したのに!」

「はは…これはまた入らなきゃかな。骨が折れるね」

「あ~…よく見ておくんだった…あんな飲むとは思わねえよ…」

「アンタ、少しは止めなさいよ。」

「ホントに、ハズキとか困らせてどうするの?彼女らも怪我人なのよ。」

「俺だけが悪者かよ…」

泥酔した二人をなぜ野放しにしたのかという繭とラヴィーンからの叱責に一緒に飲んでいたウキグモが愚痴をこぼす。

「ルノ君!めちゃくちゃいい湯だったよ〜。一緒に入ろ!!」

「ル、ル、ルーチェ!!服着て!!」

「バスタオル巻いてるから大丈夫じゃない?」

「いや大丈夫じゃないよ!!」

「みんな子どものようにはしゃぐのはいいが…俺はお前らがいるのは納得がいかん。」

わあわあと騒ぎ立てる傍らでヒムロはマクベス、リピル、セキア、メア、しまいにはラミアまでここに呼んでいることに強い苛立ちを覚え、軽い舌打ちをする。
こんな時に同じように反対してくれるオルキスは何処にいるのかとその姿を探すが、彼女は何やら七福に話しかけており、助けを求めるのは無理そうだ。

「あら?アタシは人と風呂に入るのは嫌いよ。だから夜まで入らないわ。」

「そういう問題ではない…話にならん。」

「貴様!殿のご行為でこちらに連れてきてもらったのにその程度は失礼だぞ!」

「エイザン隊長、そういう問題でもないです。」

「そう言われてもセキアさんは寝てますし、メアさんが…」

「zzz…」

「もうのぼせちゃってェ…全然動け無くてェ…」

マクベスとリピルの二人はぐったりしているメアに水を飲ませ、タオルで身体を仰ぎ看病している状態だ。これではどこにもいけないだろう。

「zzz…ん?」

「アンタも手伝いなさい!てか、アンタ隊員からクレーム来てるわよ!洗わずに風呂入るって!!」

「え…?あの人は何も言わなかったけど…」

「・・・・・・」

アシュラは一言も声を出さないが、布越しに少し顔を引き攣らせ、それだけで嫌だったことが伝わる。

「ヒムロ、そう怒っていたら疲れが取れないアルよ。全員ボロボロ。これは湯治という立派な修行の一環アル」

『『『『いや、それはどうなんだろう』』』』

四天王は全員心の中で呟く。

「ま、とはいえ。氷のボウヤの言う通り、アタシ達をここに呼ぶのは感心しないわ。ね、ラミアちゃん?…あれ?」

今の今までここに座っていたラミアがいない。
敵陣とはいえ一言も発さない姿におかしいとは思っていたが…

「ハァ…総督さん。アンタからも「カムイ!サウナ勝負じゃ!!こちらの世界で儂はお前に9999戦5000勝4999敗。ここで一歩リードとさせてもらう。」

「馬鹿を言うな。サウナ勝負はこれが一回目。カウントにはならない。それに。この勝負は俺が勝つ」

「いや子どもかアンタら!!」

マクベスは自分でもらしくないツッコミを二人にしたことを少し恥ずかしく感じ目を伏せるが、その後すぐに呆れた顔になる。

「ったく…何なのよアイツ。」

「ホッホッホ…若様の考えていることは儂らにもわからん。ただ、ガサツで不器用で人一倍まっすぐ。それがあのお方じゃ。」

「それに、こんな終戦後の場で覇王も何もありはせん。気にせずゆっくりするのじゃ」

いつの間にか背後に居たヴァサラが四神に優しく微笑みかける。
ヴァサラの後に続くように七福も四人の間に入り、ガッと肩を組む。

「ま、ヴァサラはああ言ってっけど、お前らとは色々あったしなぁ…これからよろしくな。従業員。え〜っと…オネエヴァンパイア、ロリコンメイド、傭兵寝太郎、図書委員。とりあえず復興の金を得るためにお前らには隠し芸でも習得してもらうかね。耳から焼きそば食え焼きそば」

「総督の言う通り今はいいだろ、それに言い方も悪い。」

七福の脅しともからかいとも取れる言葉をエンキが嗜める。

「ったく…お前という男は。そういう言い方をやめなければいつか痛い目を見るぞ…」

「いやいや、今回に関してはこのくらい言ってもいいじゃんよ、な?ラミア…ラミア?」

七福はその場にラミアが居ないことに気付き、周囲を見回すが、オルキスに呼ばれそちらへと行く。

オルキスは七福に一枚のメモ紙を渡し、話を続ける。

「この街で小さな子どもが黒炎を出して暴れているという情報があった…」

「んあ?待て待て!研究員の女は自殺したし、ストレスで子どもは生まれる前に死んだって聞いたぞ?」

「ワタシにもわからん。ワタシの隊舎にこの紙が届いていた…だが、これが本当だとするなら…この戦。まだ終わってはいないのではないか…」

オルキスは『当然お前も行くだろう』と一言加え、優しく微笑む。

「大丈夫だ。今回の件でワタシはお前を見直した。その場所へ行くときは同行しよう。今回は別働隊だが、次そこへ行くときは『幸神』の七福として隊を引っ張ればいい。」

七福は『あ~』とめんどくさいとも照れ隠しとも取れるように言葉を濁し、特徴的な癖毛を掻く。

「新米隊長が何言ってるんよ…ったく…」

「な!ワタシは大真面目に…「そうさな。そん時は…」

七福は仮で渡していた自身の血がついた青い布を外し、オルキスの綺麗な赤髪に青色のリボンを結ぶ。

「そん時はもっとそのリボンが似合う隊長になってっかもな。街をありがとう、『麗神』オルキス。」

オルキスは少し顔を赤らめて俯くが、あることに気付き、七福の体を止める。

「待て、七福。この先は女湯だ。赤い布が見えないのか」

「んあ?お構いなく、一緒に入…べふっ」

オルキスの本気のヒザ蹴りが七福を捉え、その場に蹲る。

「ったく…お前というやつは…」

「ま…待って。マジ動けねぇんだけど。」

七福とオルキスの悶着を傍らでニコニコと眺めるジャンニ。そのジャンニの足にしがみつく金髪に黒マスクの子ども。ヴァサラはその子どもに気付き、カムイとジャンニに誰かを尋ねる。

「あ、総督。なんだか懐かれてしまって…カムイさんの隊の見習いの子らしいですよ。」

「ヴァサラ、こいつは俺にくっついてきた半妖の子だ。迫害されているのを助けたきっかけでな。この子を俺の世界の未来の隊長…にしたいと思っている」

「ほう…名はなんと?」

「ラ、ラセツ…ラセツです…」

「そうか、ラセツ。カムイを助けられる良い隊員になるのじゃぞ」

ヴァサラはラセツの頭を優しく撫で、カムイにしっかり鍛えるようにと声をかけ、再びサウナ勝負についてカムイと舌戦を繰り広げ始めた。

ジャンニは一人取り残されてしまったラセツに微笑み、椅子に座らせると、こちらの世界の話を少しラセツに語る。

「ラセツ。君の世界のカムイさんはいい人だね。」

「うん!救ってくれた人!大好きだ!」

「そっか…そうだよな。こっちのカムイさんもきっとそうなるから。ヴァサラ総督にかかれば簡単さ。」

「そうだね!カムイのおじさんの兄弟だもんね!」

ジャンニはラセツが目を輝かせるのを嬉しそうに見つめて、コーヒーを一口すする。姿の見えないラミアと少し話そうと思っていたがアサヒの姿も見えないことから『もう少しこの子と話してもいいか』と考えながら…

温泉街で全員が騒ぐ中、ラミアは一人すっかり綺麗になったゼラニウム街の屋根の上を眺めてぼんやりとしていた。
頭から上着がかかる感触に気付き、そちら側を眺めると、咥えタバコを唇で遊ばせながらアサヒが立っていた。

「こんなとこいたら湯冷めしちまうぞ。」

「あなたはタンクトップですけどね…」

「俺はまだ入ってねぇんだよ、ほっとけ!!」

アサヒはなかなか火が点かない湿気たタバコを地面に吐くと、真面目な表情でラミアに語り出す。

「お前の過去は七福から聞いた。極みが使えないことで街中から迫害されて全身に傷があんだって?」

「…」

「信頼してた親代わりの人はお前の臓器にしか興味がなかった…殺されてし売り飛ばされる予定だったんだってな。」

「…」

「お前の過去は確かに悲惨だよ。俺がお前の立場なら同じことをしたと思う…へっ。『ゼラニウムの過去そのものか』うまいこと言いやがるぜ七福の野郎…でもお前もわかってんだろ?薄々。力だけじゃ何も変わんねぇって。」

「前向いて歩け、ですか?その言葉は「言わねぇよ、誰が言うか。傷なんか少しずつ癒やしていけばいい。」

アサヒは乱暴にラミアの首を横に向かせる。

「立ち止まっても絶望しても横を見ろ。お前にゃ一緒に歩いてくれるダチがいるだろ。」

ラミアが向かされた先に居たのは七福。アサヒは後は任せたとばかりに七福の肩を叩き、ヴァサラ軍の宿へ帰っていく。 

「ごめ…「お前バックレんなよな〜。あの四人に労働力がなんたるかを教えてこい。懇切丁寧に。首を縦に振らん」

「それはまた七福が変なこと言ったからじゃないの?」

「耳から焼きそば食えって言っただけなんよな」  

「それだよ!変わらないね君は!!」

「お前もやるんよ?」

「やんないよ!!」

「おう?なんだ?こんだけ大怪我させて反抗か?キズガイタイナー」

「はぁ…からかうために来たの?ホントに相変わらずだね。」

「…ごめんな。」

「え?」

七福の口から出た謝罪をラミアは思わず聞き返すが、軽く肩を殴られ、はぐらかされる。

「二度も言わすなキャベツ太郎」

「懐かしいね、それ…」

「いや、お前はお前なりに過去を清算しようとしてたのもわかんよ。やり方の良い悪いは置いといてよ、ちょっとお前の苦しみに気づかなすぎたかな〜なんて思ったり?」

「…」

ラミアの肩が小さく震え頬から涙が零れるのを気付かないフリをして七福は続ける。

「ゼラニウム街はこっから良くなる。いや、俺達でよくしていかんとな〜。そんな話はいっか。」

「…」

「忘れんなよ、ラミア。俺は一生お前の親友だ。」

「うん。ごめん…」

「おお!レアだな!お前謝るんはレアよ!てかそれヴァサラ軍に言えよ。」

「…うん」

「じゃ、体冷やす前に戻れよ〜。冷凍キャベツになっちまうぞ。あとあれだぞ、ヴァサラ軍の女顔面偏差値高いぞ。女湯もあるからな」

「それは一人で行って」

「急に冷たいなオイ!」

「君のそういうのでどれだけ被害被ったと思ってんの、僕のことも考えてよ」

「ま、今後も末永く頼むぜ『筆頭極師』サマ」

「筆頭…え?」

その制度は撤廃するのでは無かったのかとラミアは頓狂な声を上げる。

「お前も四神もそのまんまよ。街が戦に負ければ侵略するやつも沢山現れる。しかも北の真上は科学都市だ。あっという間に飲み込まれんぞ。お前らの力が必要なんよ、言ったろ?ゼラニウム街はここからだって。それに…」

黒炎の話をしようとし、和解した今にわざわざ話すことではないなと考え口をつぐむ。

「ま、よろしくな。大変だったんだぞ?あの四人説き伏せんの。アホみたいな福利厚生言いやがって…」

七福はブツブツと文句を言いながら宿へ戻っていく。ラミアのにも聞こえる音量で『耳から焼きそば』と聞こえてくるほどにしつこく四人に絡んでいたが…

「お、キャベツ太郎がお戻りだぞ、焼きそば雑技団」

「ラミアちゃん、アイツぶっ飛ばしていい?」

「ご命令を。焼きそばはともかく。ラミア様をキャベツキャベツと…」

「うるっさいなぁ…アイツ。眠れないよ。」

「彼はちょっと、口が過ぎるねぇ…」

戻ってきたラミアに四神から非難の嵐が飛ぶ。この先やっていけるだろうかとラミアは苦笑する。

当の七福は人気のない場所でソラと会話していた。

「オルキスに送ったのお前だろ?」

「まぁ…君に送っても良かったんだけど信じない気もしてさ。第三者からのほうが信憑性あるでしょ?」

「やるじゃんよ、相棒。また、いいネタあったら頼むぜ」

「君も一緒に探してくれないかな、命がけなんだよ?」

「へいへい。」

七福はソラを頭の上に乗せる。後に続く七福とソラの情報屋の始まりだった。

「ラミア、遅かったではないか。街を変えるのは大変だと思うが儂らも極力力を貸そう」

「手始めに花を植えるのはどうじゃ?見栄えも良くなるぞ?」

「ちょっと待つアルよ。子どもを集めるなら道場の建設に決まってるアル。」

「花じゃ!」

「道場アル!」

「ホッホッホ…団子屋などどうですかな…?」

「タバコ屋なんかあると助かるな。」

「戯けがッ!いっぺんに言われても困るじゃろう。ったく…こやつらは…ともあれじゃ。今日は全てを忘れて…」

ヴァサラは全員を見回し、大きな声で言う。

「宴といこうか!」

その言葉で全員の肩の荷が下りる。

ー これは、かつての隊長達が経験した、最も過酷な戦いの話である ー

ヴァサラ戦記FILM:RIVERS 並行世界と旧隊長
終わり



おまけ【劇場版おまけあるある】:出なかったキャラが出る雰囲気

「…というのが我々ヴァサラ軍がかつて経験した戦いだ。」

「うおおおおお!その頃からすげぇんだな。ヴァサラ軍ってのは!!」

茶髪に髭を生やした聡明そうな男の話を興味深そうに聞く快活な少年と帽子を被った中性的な容姿の少女とアフロの男。
三人はキラキラと目を輝かせている。

「あれ?でも、その昔の隊長さん達ってのはどこにいんだ?」

「引退したんだって。僕達が入るよりずっと前の話みたいだよ。」

「へっ、俺達も強くなったからよぉ。引退した隊長には勝てんじゃねぇか?」

「バカだな。お前じゃ相手にならないに決まってるだろ」

「何だと!!」

「落ち着け、そんなに言うなら試してみるか?」

髭を生やした男が声をかけたのは先程まで活躍を聞いていた昔の隊長達。
引退したなら楽勝だと思っていた少年はそのオーラで『まだ流石に勝てないかも』と内心思う。

「そうか。ワタシ達には勝てそうか、丁度いい、総督に話もある。久々に隊長が結集した。相手になろう」

「へぇ~。元気で面白そうじゃん、僕が一番最初ね。」

「ゴホッ…僕は遠慮しとくよ。体調悪いから…」

「お前十一番隊なんだってな、じゃあ遠慮なく本気でやっていいよな?」

「ゔー…頭痛ぇ…やるなら早く決めてくれ…マジで。てか俺は無理かも…二日酔いが…」

「結構かわいいね。これは成長が楽しみだなぁ…」

「さぁ、誰からでもいいぞ!好きな隊長を選べ!」

髭を生やした男はジンとヒルヒルの肩を強く叩いて戦闘を促す。

「ヒ、ヒイイイイイイ!!」

「おいおい。この人数はキツイぜ。でも…ここで引いてちゃ覇王になんてなれねぇ!」

少年は刀を旧隊長達に向け、高らかに宣言する。

「俺の名はジン、この国の覇王になる男だ!!」

おまけ
【劇場版おまけあるある】:出なかったキャラが出る雰囲気
終わり

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