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学芸美術 画家の心 第52回「バンクシー 赤い風船と少女 2002年」

 愛らしい少女の手から赤い風船が離れたのか、それとも女の子は赤い風船を取ろうとしているのか、見る人の気持ち次第でどちらにも受け取れる。


模写「赤い風船と少女


「バンクシー シュレッダー事件 2018年」

 この絵は2017年、イギリス人の好きな絵画で1位に選ばれ、ある事件を切っ掛けに人びとの話題にもなった。

 その事件は2018年に起きた。場所はサザビーズのオークション会場。
 この絵が1億5千万円で落札れると、額縁の下に仕込まれていたシュレッダーが働きだし、絵の下半分が切り裂かれたのだ(下の写真)。

 会場は悲鳴が飛び交い大騒ぎとなった。慌てふためいたサザビーズはこの絵を倉庫にしまい込んだ。会場に集まっていた皆は当然ごみ箱行きだと思われていた。

 この大騒動にバンクシーはしてやったりと、腹を抱え大笑いしたことだろう。

 ところが3年後の2021年11月サザビーズはこの切り裂かれた「赤い風船と少女」を再びオークションにかけた。

 落札価格はなんと、29億円。わずか3年たらずで17倍の値上がりだ。ゴミ箱どころかサザビーズはがっちりと儲けを懐に収め、ざまあみろとほくそ笑んだ。 

 そして、この時のサザビーズの言い分はこうであった。
 「この作品はシュレッダーにかけたのちに完成したのだ」、と。
 世にいうところの「シュレッダー事件」の全幕である。

 バンクシーはイギリスのブリストルで路上アーティスとして活動していた。俗にいう、町の落書き屋で、当局としては困った連中のひとりだった。

 そんなバンクシーだったが、グラフィティーアーティストとして、さらには映画監督、社会運動家、大学教授もこなすマルチプレーヤーになっている。

 さて今回のシュレッダー事件だが、彼はこの事件で何を主張したかったのだろうか。

 この事件が起きる前、彼は有名な美術館に、それも勝手に自分の作品を並べ置いた。
 歴史的に有名は作品と、自分の作品が同等だと言いたかったのだろうか。
 それとも別の意味をこめたのか、バンクシー自身は何も語らない。

 そういうこともあり、彼の絵がうわさになり、イギリスで、世界中で大きな話題になり、彼のイラストが高額で販売されるようになる(因みにだが、彼の年収は300億円を下らない。しかしその多くは慈善団体に寄付されているようだ)。

 彼はこれを良しとしなかったのではないだろうか。

 有名にならなければ、金や権力を持たなければ自分の意見は通らない。錆びついた街の若者の鬱屈した気持ちを晴らすため、壁に落書きをする。そんな彼らにとって絵を描くとは、アートとは、芸術とはいったい何を意味していたのだろうか。

 そんな仲間のひとりだったバンクシーの前にひとりの男が現れる。
 ベン・エイン。もともとはカメラマンだったようで、ストリートアートの写真を撮り、そしてバンクシーを見つける。

 ベンはそれ以後、いかにしてバンクシーを売り出すか、腐心することになる。
 それが、傘を差した謎のネズミだった。

 可愛らしさと愛らしさ、誰が見てもホッとなごんでしまう絵に、皆の関心が集まった。
 謎に満ちたバンクシーが誕生した瞬間だった。

 「シュレッダー事件」は意図したようにはならなかったが、その後も活動を続けパレスチナガザ地区で彼の新作「風船と少女」の絵が発見されている。

 バンクシーにとって、いやわたしたちにとって絵画とは、いったい何なのだろうか…。

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