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禁足41日目 もさもさの春、不思議なクミコのその後

もはやちょっとした買い物に出るくらいしか外出する機会がないが、歩道で見かける犬たちの毛が長くなっている。チワワとかプードルとかの本来はおしゃれなはずの小型犬が、毛が伸びすぎて毛糸の玉に足が生えたような格好になってよちよち歩いている。美容院が閉まって困るのは犬も人間も一緒だが、あんなにもさもさの犬は見たことがなくて、ちょっと可笑しい。人間もそれなりに髪は伸びているが、犬の方が毛が伸びるのが速いのかもしれない。犬と人間の、毛が伸びる速度の差など考えて見たこともなかったが、たぶん犬の方が速い。

そういえば自分も、前髪が伸びすぎて目に入って邪魔で仕方ない。パリに越してきた2012年から、ずっと同じ人に切ってもらっていて気に入っているので、禁足明けまで我慢してすっかり長髪になった自分を笑おうと思っていたが、毛玉状態になった犬を見ていたら、自分もあの毛玉犬のようなものなのか、とか思ってやっぱり切ってしまう気になった。どうせなら前髪だけでなく、全体的に長さを整えたいが、後頭部などはどうしても一人だとうまくいかない。そういえば、クリス・マルケルの『不思議なクミコ』ではクミコさんは自分で髪を切っていたな、など思い出した。わたしは、服は灰色って決めてるの、髪は自分で切ってるの。ぜんぜん平気よ、みたいなことを言っていて、たしかにこのクミコさん、日本にいる日本人なのにちょっとパリジェンヌっぽいところがあって面白い人だな、と、いぜん思った。Youtubeに上がっていたのでリンクを貼っておくけれど、見直したわけではないのでこの記憶はテキトウかもしれない。

これを見たのが、まだわたしが東京で大学生だった時なので、それから歳月は流れて、パリの日本食料品店で在仏邦人向けに発行されている新聞を手に取ったら、なんとそのクミコさんの近況が載っていた。

OVNIの「マダム・キミのシルバーラウンジ」という連載で、フランスにやってきて50年経ちました、とか、最初は船に乗ってきたんですよ、とか私はシベリア鉄道で、という強者、というか大先輩たちが自らの人生をかいつまんで語っている。皆それぞれのストーリーがあってフランスに渡航しているのみならず、山あり谷ありの人生が短い文章にダイジェストされていて、たまに殴られたような読後感がある。

クミコさんの回も、読んだときは衝撃が大きかったのだけど、ググったらすぐに出てきたので、読んでみて欲しい。

だいいち、私の記憶はその64年の映画の中の、若々しくて、ちょっとアンニュイなクミコさんで止まっているので、今は83歳と言われてもピンとこない。だいたいこの記事も5年も前のものなので今もお元気なら88歳ということになる。この記事からすると要はあの映画で撮られた後フランスに渡航し、娘が二人いて、今は老人ホームにいる、ということになる。だがどちらかというと、その50年間の中身が気になる。

と思ったら、その娘が本を出していた。

老人ホームに入ったのなら、髪はさすがに自分で切ってないだろうけど、服はやっぱり灰色を着ているんだろうか。

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