専業主婦歴20年 浦島ハナコの病院受付奮闘記#40 <勝ち取れ円満退社>
貴方の職場はホワイトですか? おめでとうございます。そのままずっと腰を据えましょう。
まさかのブラック……? 残念ですがお仲間ですね。
就職活動はしんどい、にもかかわらず採用された職場がブラック企業だったら?
悩んでいる暇はない。さっさと転職しましょう。時間は無限ではないのだから。
私の反省を込めて贈りたい。あなたのこれからの選択の助けになりますように……。
<勝ち取れ円満退社>
院長との面談は3日後の昼と決まった。
退職時は院長から散々な嫌味を言われるスタッフ、退職時期を大幅に伸ばされるスタッフがいる。
クリニックを去った先輩からそう聞いていた。
しかし私は院長の脅しに屈しない覚悟を決めている。
その上で”円満退社”と言われる去り方をしようと考えていた。
退職に至った経緯については、曖昧な理由や引き留められる可能性がある話はしない。
クリニックへの不平不満は避け、ポジティブな理由のみ伝える。
いざ出陣!
その日は、いつもより早く出社し院長室の前で待っていた。
「まずはハナコさんの退職理由から聞きます。これまでの私の言動の数々で不適切な言葉もあったかと思いますが、あくまでもそれは私の一意見であり、それが絶対というものではない。何か不満に思っているなら言ってください。退職する人には一応形式上理由を聞くことになっているので」
不機嫌そうに現れるや否や牽制してきた。
そんな風に言われたら本音で話せるわけがない。
「クリニックに対して不満は一切ありません。大変お世話になり感謝しています。ですが、私には以前から夢があり、それに向かって今後は邁進していきたいと考え退職を決意致しました」
事前に用意していた建前を口にする。
「どうして今辞めなくちゃならないんだ?」
院長はさらに深く理由を聞いてくる。本当の理由を言ったら怒られるだけでしょ?
「私の都合だけで申し訳ないのですが、年齢的にも新しい事を始めるには今がラストチャンスと考えたからです」
いつやるの? 今でしょ!
「そちらにとっては都合が良くても、こちらにとっては都合がわるいんだ。契約書では一か月前に言えば良い事になっているが、一緒に働いたメンバーに迷惑かけることになる」
「仲間のことを考えないで辞めるなんて人としてどうかって話だ」
いちいち憎らしいことを言う人だ。
でもそんな脅しには乗らない。
一緒に働いたメンバーには二か月前から伝えています。だから問題ないです。
「物書きなんてもっと後からでもできるでしょう?一日書き物ばかりしているわけじゃなし」
延々と攻める院長の言葉は、まるで患者さんからのクレームのようであった。
「どうしても小説だけを書いて過ごしたい感情に駆られてしまい、それを抑えることが出来なくなってしまったんです」
アコガレクリニックの事を書き始めちゃったので早く辞めたいんですよ。
「ハナコさんを入れての受付人数で考えているんだ。ハナコさんが抜けた分は新しい人を入れないと、残る人に仕事の負担がかかる」
その言い分はおかしい。
「私はこれまでずっと辞めていった人の穴埋めをしてきました。それなのに自分が辞める時は残る人に穴埋めをさせないと言う事ですか?」
院長はその後有り得ない事を口にした。
「ハナコさんが社員になりたいとい言うから、その熱意を汲んで社員にしたんだ」
違います。望まれて社員になったんです。
「それなのに社員が辛いからパートにも戻りたいと我儘を言う」
騙されたことに気付いたからです。
「それも認めてあげたのに今度は辞めると言う」
院長に幻滅したからです。
「ハナコさんの事、自分勝手で残念な人だと思わざるを得ない」
その言葉そっくりお返しします。
「ハナコさんを社員にする時、イケメン課長から、「本当にハナコさんを社員にするんですか?」と反対されていたが、今となっては彼の言葉が当たっていたことになる」
自分の決定を否定するんですか?
辞めたイケメン課長の名前まで出して……。なんて卑怯な人だ。
イケメン課長が辞めた後も、彼の悪口を周りに言い触らしていること私は知っていますよ……。
”ここで社員になることはどういう事か分かっているの? ”イケメン課長の言葉がフラッシュバックする。
イケメン課長!
貴方の言葉今わかりました!
確かに私は納得して社員になった。
だからそれは自己責任であり“社員にならなければ良かった”なんて言葉に出すつもりは毛頭ない。
しかし、院長にこんな言われ方をされたら黙っているわけにはいかない。
「院長、一つだけどうしても訂正させていただきたい事があります。」
私は自分が社員になった経緯を院長に説明した。
「もうお忘れですか? 私の記憶では、三年前に院長とセッカチさんから、どうしても社員になって欲しいと頼まれて社員になったと記憶しています。言わば院長とセッカチさんの期待に答えるために社員になったんです。それなのに社員にしてあげたと言われるのは心外です」
すると突然、院長は諦めた様に苦笑いをした。
「そうだったか~」
惚けた様に頭を書きながら椅子にのけぞる。
数秒の沈黙のあと、院長は穏やかな表情にかわった。
「ここからは雑談にしよう」
これ以上の話はメリットがないと判断したのだろうか?院長の態度が変わったことで私の緊張はほぐれた。
「退職は了承しました。今後は残る受付の人とシフトを含めて話します。ハナコさんのシフトを埋められるか話し合って大丈夫そうなら一か月後に退職でいいです。ダメそうなら少し協力してもらうかもしれません。要は保険です」
数分前までとは人が変わったように、スムーズに話を進めていく院長。
けたけたと笑う彼の顔はまるで少年のようであり、言い知れぬ不気味さが醸し出されていた。
それはともかく、長引かずクリニックを辞められることとなり、私の目的は無事達成されたのだった。
その日私は、夕食を食べてすぐに床に就いた。
コロナにかかって休んでいた時以来、久々に深い睡眠をとれたような気がする。次回は最終話<ハナコの目に焼き付いたもの>をお届けします。
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