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扇風機の恋

起きたら、恋人が扇風機になっていた。扇風機は部屋の隅に立って俯いていたが、私がすぐに状況を理解したのを見てほっとしたようだった。
かくいう私は扇風機と添い寝していないことに安堵していた。家電とセックスする趣味はない。
最近暑かったから扇風機になってくれてありがとう。大好きだよ、と抱き締めると彼は羽をカチカチ鳴らした。コンセントを差してやり、首振りは左右、風は強めに設定する。扇風機はブーンと羽を鳴らして首を右左に動かしはじめた。

家電になってしまった彼の分の朝食を作る必要もないし、ありもので済ませよう。冷蔵庫から昨日の残りのカレーを取り出して電子レンジで温める。食パンもトースターに突っ込み、電気ケトルでお湯を沸かす。2日ぶりに天気もいいので、パジャマと洗剤を洗濯機に放りこんでスタートボタンを押した。

家電増えたなあ、と部屋を見渡す。
最初にトースターになった恋人は高校の頃から付き合っていた人だった。私が大学に入って他の人を好きになり、別れた。というか、彼と約束した喫茶店に行くと、案内された席には赤いトースターがぽつんと佇んでいた。トースターは間違いなく、私の恋人だった。私はブレンドコーヒーを2杯頼み、1杯を飲んだ。その後、真っ赤なトースターを抱えて家に帰った。

それ以降、私の恋人は付き合ってしばらくすると家電に化けていく。トースターの次の人は電気ケトルになった。冷蔵庫の彼は、玄関の前で変身したせいで家の中に入れるのが本当に大変だった。洗濯機の彼はおとなしい人だったから、最初からちゃんと所定の場所にいた。

次の恋人は一体何になるのかなあ、今年はもっと暑くなるらしいし、エアコンがいいと思わない?扇風機くん。
扇風機は何も言わずに、左右に首を振り続けた。

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