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思う事があるんですpart6

どうもこんにちは はんちゃんです!!
これは私の書きたいことを文章にしたエッセイみたいなモノ。

今日は「気を遣う」について書きたいと思う。

友達から「気を遣ってくれてありがとう」と何かをプレゼントをしたり、
声をかけるとそんな言葉が返ってきます。

この言葉にモヤモヤした感情が現れます。

なぜ、モヤモヤしてしまうのか?自分で原因分析を一人でしてみました。

「気を使う」と「気を遣う」調べるとこのような内容が出てきます。
あれこれ配慮をすること・気遣いすること
どちらも言葉は一緒です。

ですが、あるブログに
「気を遣う」は人のために
「気を使う」は自分のために
という内容が記載されていました。

例で行くと
・「お気遣いいただきありがとうございました。」相手に関して使っています。

もう一つの方の例は
・「人に気を使いすぎて疲れた」という自分へ向けた言葉になるようです。

私はある友達の一言が感謝を述べられているのに、なぜかよそよそしさを感じていました。

それを知るために調べ納得行くこの説明です。

私は友達に言われて感謝を受け取る「気を遣う」よりも
「気を使う」方で受け取っていたのです。

これを調べた後に納得する言葉が見つかり、今まで感じていたモヤモヤが少し晴れた気がしています。

未だモヤモヤした感情は気になります。
友達には自然に受け取ってほしい気持ちがあり、普通に「ありがとう」だけで十分なんです。

まるで自分が気を使いすぎて渡していると囚われられているんだと感じています。

友達に「そんな気にしなくてよかったのに」と言われますが、
気持ちは「私が渡したいだけなのに!」となっています。

「この関係はなんだろう」と考えでた事が
「親しき中にも礼儀あり」という答えでした。

「親しきなかに礼儀あり」の意味を調べると
親しみが過ぎて遠慮がなくなると不和のもとになるから、親しい間柄でも礼儀を重んじるべきである」という内容でした。

私はここでモヤモヤがスカッとしました。

その友達は礼儀正しい人であることに気が付きました。
また、私に対して「親しき仲にも礼儀あり」を教えてくれる人であることに気が付きモヤモヤがなくなりました。

私はこれを発見して改めて自分の友達を尊敬しました。
言葉の一言は人によって捉え方が本当に違い、調べてみると全く違う世界が見えてきます。

日本語って本当難しいなと思う部分はかなりありますが、
いいことを学ぶことができました。

このモヤモヤした感情も晴れ、また友達を見る目線を変えることができました。

この記事はここまでにします。
読んでいただきありがとうございました。




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