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おかっぱとボブの旅とごはんの話。3

市場の地下食堂。

到着したらまず1食目は何を食べよう?
韓国へむかう上空で、いつも考えていること。

おかっぱキヨコとの旅では、「ユッケとビール」をいつ、どこではさむか、ということも、とても重要なミッションになるのだけれど
(夏場に朝、昼、晩、3食ユッケを食べた旅もあったなぁ。
 おかっぱは無類のユッケ好き。あ、レバ刺しも。)
ソウルの空港へ降り立ったらすぐ、今日の晩御飯は何にする?
街をぶらぶらしながらも、明日の朝ごはんはどうする?
韓国を旅している時はいつも、食べ物のことを考えつづけている。

韓国語を習い始めた時、親しい人同士の「おはよう!」の挨拶が「アッチム モゴッソ?」(朝ごはん食べた?)というのだ、と習った。
なんていい挨拶なのだろう。
いつかこの「アッチム モゴッソ?」が口から自然に出てくるように、勉強しつづけるのだ!と忘れないようにメモを取った。

言語には、その国の文化がとてもよく反映されていると思うのだけれど韓国は「食」をとても大事にしている国だなぁと感じることが多い。実にたくさんの「食」に関することばが日常の会話に登場する。

食事の中でも、韓国で食べる朝ごはんはおかっぱとボブにとって特別な時間だ。何を食べるかということももちろん重要なのだけれど、食堂で忙しく、手際よく働くおかあさんたちを見るのがそれと同じくらい大事。
常連さんたちとのやりとりを見るのもおもしろく、魅力的なひとときなのだ。

早めの時間にホテルを出発して、まず、活力のあふれる市場へくりだす。
ビジネスマンが動きだす前、交通量もまばらで、まだ人気のすくない街のピンとはりつめた空気も気持ちがいい。

市場の地下にある食堂のご飯は、
おいしいものに出会える確率が高いのでまずそこを目指す。

迷路のような市場をぐるぐると回って、地下食堂への入り口を見つけると嬉しくなる。訪れていつも思うのは、どこのお店もとってもきれいにしているなぁということ。

野菜の種類ごとに、ナムルがきれいにこんもりと、小さな山のように盛られていたり、仕込みのおわった刻んだ野菜や食材が整理整頓して置かれていたり。カウンターもぴかぴか。
ちらりとキッチンの中をのぞくと床も磨き上げられていて、油を多く使うようなお店でも、「キタナシュラン」に出てくる厨房で見かけたようなギトギトのガス台にはお目にかからない。

先日、ふたりで釜山を旅した時に訪れたチャガルチ市場の中にある新東亜水産物総合市場の地下食堂もぴっと清潔で、気持ちのいい場所だった。

地上では、あちこちから威勢のいい声が響き、赤・ピンク・紫のカラフルなビニールエプロンにゴム手袋をしたアジメ(釜山の方言ではおばさん=アジュンマをこう呼ぶ)たちが隣の店のアジメたちと賑やかにおしゃべりをしながら、次々と魚を捌いていく。どんなに口が動いていても、大きなまるいまな板の上で包丁を動かす手はとまらない。おかっぱの構えるカメラも、右へ左へ忙しくその風景をおさめ続ける。市場と市場で働く人たちが大好物のキヨコである。

1969年にこの場所が埋め立てられる前、潮がひくとチャガル(砂利)が目立ったから「チャガルチ市場」と呼ばれることになったという釜山を代表する魚の市場。

共同魚市場、新東亜市場、忠武洞(チュンムドン)市場と海沿いに市場がつづいていく。
魚とアジメに目を奪われて露店沿いに歩いていると、いつの間にか違う名前の市場に辿り着いていたりする。

赤、黄色、緑、青。色鮮やかなパラソルの花がわたしたちを出迎えてくれる。
にょきにょきところ狭しと並んだパラソルの間から差し込む太陽の光が、濡れたアスファルトにやわらかく反射して美しい。

花柄のシャツにラメ入りのパンツ、赤いキャリーバックをガラガラとひいたアジメがわたしたちの横を通りすぎる。

とにかく色に圧倒される市場だ。

目の前に並ぶのはサバ、イカ、サワラ、タチウオ、テナガダコ、エイ、カレイ、アンコウ、イシモチ、サザエ、アワビ、サメ、ヌタウナギ…。

半人半魚(パニンパノ)と呼ばれる人と魚で賑わう場所。

ここで働く、数多くの人の胃袋を支えているのが地下食堂だ。

お店に足を運んで食事をする時間のないアジメたちが電話で注文をすると、ジョンシク(日替わり定食)の乗った大きなお盆を頭にひょいっとのせたアジメがお店まで運んでくれるシステムになっている。露店の奥で、食事をするアジメの姿もちらほら見かけた。

パラソルの森を抜けて市場の階段を降り、地下一階へ。
入ってすぐ左側にある「タミャン食堂」で、その日は朝ごはんを食べることにした。

「ジョンシク ジュセヨ。」(日替わり定食ください)と注文をすると1分を待たずしてわたしたちの前にパンチャン(おかず)がどんどん置かれていく。

おかっぱがあわててシャッターを押す。
「うわっ、エェにおい。あっ、テンジャンチゲ!おいしそー!
 あ、キムチ出てきたや〜ん。」

体をひいてカメラを構えては、シャッターを押す。心の声がもれる。シャッターを押す。

おとなりさんとおしゃべりをしながら、忙しく魚を捌き続ける地上のアジメの姿と重なって、なんだか笑ってしまった。

この椅子、背もたれがないから体をひきすぎないでね。
ひっくりかえりそうなスタイルでシャッターを押しているおかっぱに心の中でつぶやく。

テンジャンチゲ、もやしのナムル、大根のはっぱのスープ、豆腐、ケランフライ(目玉焼き)、じゃこの炒めもの、キムチ、そして釜山名物の鯖と大根の煮物と黒米のはいったごはん。山盛りの海苔とカンジャン。

海苔が飛んでいかないように、スッカラでぱかんとおさえている様子を気に入ってカシャカシャと連写するおかっぱキヨコ。

目の前でテンジャンチゲの湯気がゆらゆらとゆれる。
アサリのたっぷり入った出汁の香りが充満して、鼻がひくひくしてくる。あぁ、ハラペコ限界です。箸を構えた右手も震えてくる。
キヨちゃん、そろそろ箸をつけてもよろしいでしょうか…。

そうこうしている間にも、カウンターはお客さんでうまっていく。

わたしたちのような観光客もいれば、となりに座った常連さんとおぼしきおじさんはアジメに「オハヨウ!」と挨拶をしただけで、山盛りのクッパが出てきた。
目と目で通じ合う、みたいな小気味なやりとり。ちょっと憧れるなぁ。

カメラがコトンとテーブルに置かれた。やった!「食べてよし。」の合図だ。
あぁ、朝一なのにビール飲みたくなっちゃうね。

思えばソウルでは、なかなか魚を選んで食べることがない。釜山ならではだなぁと思いながら、鯖の煮物を大きめにとって頬張る。見た目は唐辛子粉の色で真っ赤なのだけれど辛味はほとんどなくて、鯖の旨みがじゅわっと、しっかり口の中に広がる。これ、延々と食べ続けていられるなぁ。
そして、鯖のだしが沁みこんだ大根がまた、格別にうんまい。

鯖、ごはん、鯖、ごはん、大根、鯖、ナムル、ごはん、鯖。

ズッキーニのナムルも、香りのつよいごま油とちょうどいい塩けで、また食欲をそそる。ナムルってなんて素敵な食べ物なんだろう。

おかっぱキヨコは横でずーっとテンジャンチゲをすすっている。
釜山ならではの海鮮出汁がきいたテンジャンチゲは、たしかにスッカラを動かす手が止まらなくなる味だ。「あぁ、これ持って帰りたいわ!」と言いながらスッカラをせっせと口に運んでいるキヨコ。アサリの出汁がじんわり溶け出したスープにしっかりとした食感の木綿のお豆腐。朝の体に優しい、テンジャンチゲ。日本でもこれが食べられたらいいのにね。

韓国で食べるキムチはお店によって味が違うから、自分のお気に入りの味に出会うととびきり嬉しくなるのだけれど、タミャン食堂のキムチは白菜の甘さもすっぱさもちょうど好みの味。また、ごはんが止まらなくなる。

じゃこの炒めものは、カンジャンを少しつけたのりとごはんと一緒に口に運ぶ。噛めば噛むほど思う。今日1日、ごま油とジャコの香ばしさを連れて歩きたい。

あぁ、お腹がいっぱい!と顔をあげると周りのお客さんたちの顔が変わっていた。忙しい朝の市場は、みんな食べるスピードも速い。

日替わり定食6000W(約600円)なり。お腹も心も大満足の朝ごはん。
私たちもそろそろ、散策に戻りますか。

チャルモゴッスンミダ!(よく食べました!=ごちそうさま)



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