ニケの翼③

『あなたたち日本人ランナーは、どんなランニングシューズがあるとよいと思いますか?』

『私は今回はトラックの10000mに出場しましたが、昨年から本格的にマラソンにも取り組んでいます。マラソンの前半は地面からの衝撃を吸収してくれて、足が疲れてくる後半は反発するような素材のシューズがあるといいですね。』

『ファンタスティック!たしかにそんなシューズができると最高だね!』

今から23年前の1996年の夏、アトランタオリンピックに出場した私は、現地でナイキのシューズディレクターの方と話す機会がありました。
当時から世界中で多くのランナーがナイキのシューズを履いていましたが、日本では長距離種目のトップレベルでナイキを履いているランナーはごくわずかでした。私も故障が多かったこともあって、別注シューズで対応してくれる国内のスポーツメイカーのシューズを履いていました。
アトランタ五輪から帰国後、チームがナイキとウェア契約をしたこともあり、ナイキから何度か試作シューズをもらいましたが、怪我に敏感な私の足には合いませんでした。
あれから20数年を経て、ナイキは世界のマラソン界を席巻するすごいシューズを世に送り出しました。

『現役時代にこのシューズを履いていたら、すごい記録が出たんじゃないですか?』

とお世辞を言ってくれる人もいますが、果たしてどうだったでしょうか。繊細だった現役時代の私の足には合わなかったかもしれませんし、仮に履きこなせたとしても、当時の周りのライバルたちも同じように履きこなしていたら、相対的にタイムも上がって、結局は同じ位置か、もしくは順位を落として、いまある実績を残せずに別の人生を歩んでいたかもしれません。
スポーツの歴史において、記録の向上を支えるのはもちろん選手たちの飽くなき挑戦と努力に違いありません。そして、やはり用具の進化も見過ごすわけにはいかないのです。
陸上競技、特に長距離走は用具をほぼ必要としないシンプルなスポーツだと私は考えていました。しかし時を経て、用具としてシューズをどう使いこなすかが勝敗を左右する時代が来てしまったということではないかと強く感じています。