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『京都祇園祭の染織美術ー山鉾は生きた美術館』祇園祭に持っていきたい本、京都書院アーツコレクション


いまはなき京都書院

以前京都に㈱京都書院という出版社が存在しました。京都書院の創業は1924年。国内外の伝統的美術、デザイン関係のユニークな本を数多く出版していた美術書専門の会社です。残念ながら京都書院は1999年に倒産しましたが、一部の本は現在も流通しています。

数万円する豪華本はなかなか手が出ませんが、それらを一冊1000円程度の手頃な文庫本サイズにした『アーツコレクション』(全251巻)があり、人気のシリーズでした。カラー写真が中心の「見る本」です。

わたしが以前働いていた会社で『アーツコレクション』を扱っていた関係で、染織・絵画シリーズを中心に30冊ほど持っています。
倒産当時、営業停止後も社員の方々が、自主的に本の販売継続のため奔走されていました。一部の本は京都の宮帯出版社など、他の出版社から現在も販売されていますが、惜しいことに絶版になった本もあるようです。

『京都祇園祭の染織美術』


アーツコレクションのなかで、個人的に絶版にしてほしくない本を紹介したいと思います。
今回は『京都祇園祭の染織美術』です。
発行:1998年
監修:吉田孝次郎(当時は㈶祇園祭山鉾連合会副理事長)
写真撮影:弓削政

菊水鉾 フリー画像

京都の7月は祇園祭の月


祇園祭は7月一か月にわたる八坂神社一連の祭礼です。日本三大祭の一、山鉾行事は国の重要無形民俗文化財
また2009年 「京都祇園祭の山鉾行事」としてユネスコ無形文化遺産登録されました。
※「八坂神社」は1868年の神仏分離で改称したもの、それまでは祇園社

本書では、出版当時の山鉾巡行において、32基の山や鉾に飾られる懸装品けんそうひんの写真と解説が掲載されています。山鉾鑑賞の事前知識として見ておくと、面白さが倍増すると思います。

※「懸装」は山車や神輿に付ける道具や飾り物。本書では「けんそう」、「けそう」としているサイトもある。「懸想文(恋文)」などの「けそう」ではない。

▼25年前の出版で、現在の実際に見る懸装品と違うものがあります。
注意する点は

  • 各山鉾が保有する懸装品の数が厖大で、すべては収載されていない。

  • 2014年から 7/17 の前祭さきまつり・7/24 の後祭あとまつりにわけて巡行が行われている。復活した大船鉾(2014)、鷹山(2022)の2基が増え、現在は前祭23基・後祭11基の全34基の山鉾が出る。

  • 本書に掲載されているものでも、古い染織品は傷みが激しいと出てこない。もしくは復元品(レプリカ)が飾られることも多い。

  • 懸装品は年により変わることがある。

  • 本書出版後に新調された懸装品がある。


動く美術館ー町衆の高い審美眼


どの山・鉾も、絢爛豪華な染織品で美しく装飾されており、錺金具かざりかなぐや組み紐などの工芸品もすばらしい。
長い時間をかけて蒐集された遠い異国の古いタペストリー、絨毯や更紗が、力や情熱を象徴する赤色をベースとして懸装品に仕立てられ、そこに日本の織物や刺繍を見事に合わせる、昔の日本人のセンスの良さ。
さまざまな由来を持つ懸装品が一体感をもっているのは、異国の染織品の中から逸品選ぶ、各山・鉾町の町衆の審美眼が高かったからといえます。
まさに「生きた美術館」「動く美術館」です。
※山と鉾は山車の形状が違う。

南観音山 フリー画像

疫病の退散を願う祇園祭の華「山・鉾風流やまほこふりゅう」は、非日常的状況を現出し、そこに諸々の疫病神を集め、聖地神泉苑に祀り、これを水に流し去って子々孫々の栄を願う造り物である。

はしがきより引用

風流とは美意識のひとつで、人を驚かせるような華やかな趣向を凝らすこと、都の洗練された美。もとは「みやび」と訓じられていたという。

祇園祭は、貞観11(869)年の祇園御霊会ぎおんごりょうえに始まるとされています。平安時代、疫病流行は無念の死を遂げた怨霊の仕業と考えられていました。怨霊を御霊に祀り上げることで、疫病流行を防ごうとするのが御霊信仰です。朝廷中心の「祀り」は、14世紀中頃の南北朝時代に経済力を持った町衆による「祭り」へと発展し、山・鉾が出現します。
応仁の乱で京都は焼け野原になり、山鉾も焼失しましたが、1500年に再興。その後も大火の被害に何度も遭うも、その都度復興してきました。


本の表紙(部分)鶏鉾見送

重要文化財になっているもの


山や鉾を飾る絢爛豪華な染織品は、中国大陸・インド・中近東・欧州・朝鮮より渡来したものが多く、古いものは16世紀に作られています。
以下の3つの山鉾にある、16世紀に作られた綴織のタペストリーは重要文化財。ただ実際の巡行に飾られるものは復元品です。

  • 表紙の鶏鉾にわとりぼこ見送みおくり 「ホメロスの『イーリアス』出陣するヘクトールと妻子との別れ」飾毛綴かざりけつづれベルギー、16世紀後半、1815年新調

  • 函谷鉾かんこぼこ前懸まえかけ「旧約聖書創世記24章、アブラハムの子イサクの嫁選び」飾毛綴かざりけつづれベルギー、16世紀中頃、1718年新調

  • 鯉山こいやま:前懸、胴懸どうかけ2枚、水引2枚と見送は、一枚の毛綴(16世紀)を裁断したもの。「『イーリアス』アポロン像を礼拝するプリアモス王とヘカベー」毛綴 ベルギー、1793年新調 


舶来品なら何でもよい訳ではなく、懸装品にふさわしいもの、デザインが吉祥であることやサイズが各山鉾に合うものであることが求められました。これらの舶来品が、どのようなルートで各山鉾町が入手したのか知りたいところですが、購入先を明らかにした記録がないそうです。
本書では、交易関係のさまざまな資料や絵画から、交易品や献上品、豪商たちが東南アジアで懸装品用に仕入れたとみられるものなどの入手ルートを検証しています。
18世紀以降は、懸装品のために京都で作られた特別誂えの錦織、綴織、刺繍が加わります。

南北朝の動乱の最中に自立してゆく商人達の意気を背景に創設され、現在まで650年の時を過ごしている。(中略)風流の面目である趣向に磨きをかけ、異国の染織品や故事を山鉾の装飾に採用し続けたために、今では生きた美術館と愛称されてもいる。

はしがきより引用

「祭」は非日常を演出する


異国文化の舶来品を飾るということは、見たことのない珍貴な文物で彩り、人々の目を楽しませる「非日常の演出」です。
またその文様は、四神・鶴亀・松・蓮・梅・牡丹・麒麟・獅子などの吉祥文様が好まれたそうです。
ただ西欧伝来のタペストリーの題材は知らなかったと思いますが…。

祇園祭の神紋「左三つ巴」と「五瓜に唐花」

後記 本が売れない時代

近年、電子書籍の広がりなどで出版業界や本屋は紙の本が売れず、どこも経営は大変だと思う。
わたしが好きだった文化出版局の雑誌、”暮らしと趣味の本”『季刊 銀花』も売れ行きが芳しくないということで、2010年に休刊になった。
京都の寺町二条上ルの個性派書店「三月書房」さんは2020年に閉店。一度閉店した京都の丸善は、2015年京都BALに復活。梶井基次郎の『檸檬』に出てくる書店で、檸檬をテーマとしたオリジナル雑貨もあり、いまも『檸檬』押しだ。『檸檬』=丸善、これは本屋として大きな強み。

山鉾巡行を見るなら

2023年の山鉾巡行を見る1席40万円の「プレミアム観覧席」が全84席中、8割近い65席が売れたそうだ。(朝日新聞デジタル 2023年7月17日の記事)

2024年は15万円で、河原町御池交差点付近に設置されるプレミアム観覧席60席が売りに出されている。飲み物、パラソル付き和風特別席とか。もっと安い席もある。
祇園祭のころの京都は酷暑のため、屋根のある四条通などの商店街で見るのがおすすめ。間近で辻廻しが見られる高島屋あたりが最高だが、観光客が多すぎて、朝一から場所取りが大変だ。
また厳しい交通規制が実施されるため、巡行ルート周辺はバスが動かない。道路横断すらできなかったりする。

宵山期間は、各山鉾町の町会所に展示されている懸装品を見ることができる。また三条高倉の京都文化博物館では、祇園祭の期間に「山鉾巡行の歴史と文化」の展示がある。

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