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タイムマシンで抱きしめて

私の人生に「がん」という言葉がつきまとうようになって1年が経った。

「これからがんと告知されて、子宮と卵巣を失い、化学療法で髪の毛を失い、リンパ浮腫と再発に怯えながら生活する日が来る」と、1年前の自分に言っても信じてもらえないと思う。
自覚症状が全くなかったのだから。

もしもタイムマシンで1年前に戻れるのなら、不安と恐怖と悲しみで1日中泣いていた私に会いに行きたい。
「治療は辛いけれど、1年後には復職してまた普通の生活を送っているよ」と伝えられたら、当時の私はどれほど救われるだろうか。
ステージは、予後は、これからの治療は。いつまで治療が続くのか、治療で自分はどうなってしまうのか、また働くことができる日は来るのだろうか。いつまで生きられるのか。先の見えない不安で押しつぶされそうな私を抱きしめたい。


とんでもなく濃い1年だった。
次男が1歳になる頃、育児も一段落したので週3勤務だったのを週5日勤務にした。
けれど、そのあとすぐに休職にしがんの治療をすることになった。
さんざん泣いて、とぼとぼ歩いて、立ち止まって、進めなくて。
また立ち上がって、そして前と同じような日々に戻ってきた。
こうして仕事をして育児をしていると、あの1年が夢だったんじゃないかと思えてくるが、鏡に映るベリーショートの自分にそれが夢ではなかったことを突きつけられる。

今も、2ヶ月に1回は通院している。精神的にも少し落ち着いて、急に涙がこぼれてくるようなことはなくなったけれど、それでも不安はなくならない。
仕事で半年後の発表の担当をお願いされると、快諾しつつも「そのときに自分が再発していてまた休んでいるかもしれない」という思いが頭をかすめる。
キャリアアップの話をもらうと嬉しいのだけれど、「再発したら自分の努力も、自分に割かれるリソースも水の泡になってしまうな」と後ろ向きにもなる。
それでも、前を向いて前に進むしかないのだ。再発するかどうかなんて誰にもわからない。再発の恐怖におびえて立ち止まっていたら何もできない。

今でこそこう思っているが、こう思えるようになるまではかなり時間がかかった。同じように苦しむがん患者の仲間に、「前を向こうよ」と声をかけられるかと言ったら答えはNoだ。自分で受け止めて、自分で乗り越えるしかない。


先日、ザ・ノンフィクションで子宮頚がんの患者さんの特集があった。
再発を繰り返し、余命わずかな44才の女性がスイスで安楽死を選んだドキュメンタリーだった。
他人事ではない。自分に重ねて落ち込むかもしれない。見ようか見まいか、かなり悩んだのちに見ることにした。

中学3年生と小学6年生の子どもを含む4人家族だった。もうすぐ母との別れが来るとわかっている毎日は一体どのようか、と想像さえできなかったが、その家族はとても普通だった。母がごはんを作りみんなで食べる。みんなでゲームをする。ときどき頭痛で頭をおさえたり咳が止まらなかったりするくらいで、その女性も比較的「元気」に見えた。

母と娘が空港で別れるシーンも「バイバイ、元気でね」と気丈に振る舞う母と子。「死にたくない」「もっと生きたかった」「いかないで」と叫びたかったのかもしれないが、彼女たちはそうはしなかった。
彼女たちは「強い」。きっと大半の視聴者はそう思うのだろうなと思った。確かに強いのかもしれない。別れのシーンで涙を見せないように、最後は笑ってお別れしようねという母との約束を守ろうとする10代の娘たちの姿が健気だった。

でも、私は知っている。「別にそうしたくはないのだけれど、そうせざるを得なかった」のだと思う。自分がそうだったように。

「強いね、私だったら無理だ。」
そう言われることが苦手だった。
強くなんかない。できれば辛い治療はしたくない。けれど、生きるためにはやらざるを得なかったのだ。強いからできた訳でも、弱いからできない訳でもない。がん患者は、生きるために闘っているだけなのだ。
「弱いから私には無理。」「耐えられなさそうだから、今回はパスで。」そう言えたらどんなによかっただろう。自分の体内にがん細胞がいて、自分が頑張らなければ死が近くなるだけ、という状況で、「強くないから無理」と放り投げられる人はどれだけいるのだろうか。

あの家族も、きっと同じだ。強いわけではない。「行かないで」「死なないで」と泣きわめいたところで、母が近い将来死んでしまうという事実は変わらない。それを痛いというほどわかっているから、最後は母の意見を受け入れた。母のことが大好きだからこそ、想いを尊重したかった。

子どもの思い、母の思い、がん患者としての思い。他人事ではなかったからこそかなりダメージは大きかったが、彼女の安らかな最期に、海外での安楽死という選択肢もあるのだと少し安心もした。

まだ告知から1年。
腺がんは治療終了後5年経過したあとも再発する可能性があるのでいつまで経っても気は抜けないのだけれど、ひとまずは「再発の多い治療後3年」を無事にクリアできるよう祈る。

1年後の自分がタイムマシンで来てくれないかな。
「1年後も、とりあえずは大丈夫だよ」って抱きしめに。


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