引退して奴隷を買った冒険者は幸せと言えるのだろうかを出版します!
完全に著者の趣味全開の「引退して奴隷を買った冒険者は幸せと言えるのだろうか」を出版します。
冒険者を引退したジョーがカプリという港町で再起していく話なんですが、一番初めに書いた頃からだいぶ変わっていて、自分の好きな話を詰め込んだ作品になったかと思います。
それほど人気があるわけではないですが、どこにでもある話の様で、誰も決定版を書いていなかったので、書きました。
こういう話がないと、ものすごく強い英雄譚や圧倒的知識の領地経営ものも、薄くなってしまうような気がしています。
勇者と呼ばれる人はどういう人なのか、英雄と呼ばれるのはなぜなのか、市井の人たちにとって最も身近な人たちについて書きました。
遠くで魔王を倒した勇者の話ではありません。超能力を手に入れたり、身体を改造されたり、レベルが上がったりはしません。ただ、剣と魔法の世界で懸命に生きている人たちの話です。
最近は、とにかくカッコいい中年男、かわいい女の子などが持て囃されていますが、そういう人たちだけの世界もあるでしょうが、そういう人たちだけでは世界は回りません。
21世紀も半ばに入っていく中で、社会構造の限界を見ているようなニュースも多く見られます。武力ではなく、資本による封建制のようなシステムがまかり通っている企業もあるでしょう。メディアは特に外資に晒され、方向性も見えぬまま食われてしまった企業が多く、マスゴミと呼ばれ続けています。
日本人、特に市井の人たちはとにかく騙され続けているという印象がありますが、ニュースの編集を続けていた自分は、AIも発達してきて翻訳もあっさり出来るようになった時代なので、そこまで陰謀論に嵌れないのではないかとも思います。だからこそ宗教絡みの事件が多いのでしょう。
その中で、「強ければ経営も問題ない!」「面白い奴が一番偉いんだ!」という人たちだけで社会は構成されていませんし、どんどん趣味嗜好は多様化していっています。
今や、アイドルや推しは大量にいて、漫画、小説の作品数は過去類例を見ないくらい多くなってきました。だからこそ紹介者や解説者の存在が大きくなっていったのでしょう。
ただ、毎回似たような作品や要素をピックアップして、ひたすら紹介、解説していくのも、いいのか悪いのか疑問ではあります。
情感が大事になっていく世の中で、こういう面白さもあると発信していくこと。それこそが、民主的であり、自由な資本主義になっていくのではないでしょうか。
多様性を考えるのであれば、こういう趣味に走った話の方が需要になってくるのではないかとも思っています。
幸せは人の数だけ違います。それこそが民主主義です。
それでも、多くの人は誰かの価値観に傾き、時代の欲求を感じ取りながら、社会的な地位を目指したり、性欲や食欲を満たそうとしていきます。間違えたくない、失敗したくない、負けたくないという思いが強くなっている時代でもあります。
果たしてそれは本当に幸せなことなのかどうか、自分の幸せなのか、それとも誰かが考えた借り物の幸せなのか。わからない時代だからこそ、書けた作品です。
よろしければ、kindleにて発売しています。なろう版よりも詳しく書いています。
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