大黄(だいおう)という生薬
だいおうと聞くと、大王に聞こえますよね。でもここでは生薬の大黄のことを書きたいと思います。
古典落語が新作落語であった時代には、いまよりもずっと漢方薬が生活に根付いていたのでしょう。上方落語の「地獄八景亡者戯」のなかでは、鬼が閻魔大王を飲み込んで、大王(大黄)の下剤としての働きを期待する、といった内容のさげになっています。庶民がそれを聞いて笑えたということは、大黄が下剤として働くことが共通認識だったと言えると思います。
さて、その大黄の主な作用は、便を出してあげる下剤作用です。そのほかにも、抗菌作用、抗炎症作用、気持ちを鎮める作用なども報告されています。しかし大黄のどのような作用を期待して処方に入っているかは別にして、大黄が含まれている場合には大なり小なり下剤作用が出てくる可能性を考えておく必要があります。
大黄の効き方は個人差がかなり大きいです。便秘に悩む方で、市販の緩下剤を利用している方もおられると思います。薬の種類によってはお腹が痛くなったり、猛烈に下痢をしたりというようなことが起こります。それと同じように、大黄に対する反応は個人差がとても大きいのです。
大黄の瀉下作用(下剤作用)は含有されるセンノシドの働きによるものとされています。この下剤効果は、腸内細菌によって大黄の主成分であるセンノシドAが代謝されレインアンスロンとなることで発揮されるとされます。つまり個々人のもつ腸内細菌の種類や多寡によって、効果に大きな違いが出てくることになるわけです。それは一つの個性です。その個性に合わせるのが、漢方処方を選ぶ行為になるわけです。
大黄を含む漢方処方には、大黄甘草湯、調胃承気湯、麻子仁丸、三黄瀉心湯、大黄牡丹皮湯、防風通聖散、大承気湯、桃核承気湯、乙字湯、大柴胡湯その他多数あります。これらは、含まれる大黄の量も異なりますが、当然大黄以外の生薬の組み合わせも異なります。ですから便通だけでなく、個人の体質や症状によって、どの組み合わせの処方が適しているかを考えて、最終的に処方薬を決定することになります。
センノシドは単一成分として西洋医薬でも存在します。しかし漢方薬ではセンノシドだけでなく多成分を含有した大黄そのものが丸ごと入ってきます。ですから大黄の持つ他の作用も引き起こすこととなりますし、一緒に含まれる他の生薬との組み合わせの妙味も引き出されることにもなります。そのような漢方薬を患者さんを観察する中から作り出してきた眼というのは、科学する眼といってもよいのではないかと思っています。
漢方薬は一般的に、構成生薬の数が少ない方がキレが良いとされる一方、耐性ができやすい、つまり使っているうちに効きが悪くなってきやすいと言われています。便秘の漢方基本処方は、大黄甘草湯と言って大黄と甘草、二種類の生薬で構成されたものです。これを便秘に対して長期に使ってもよいのですが、次第に効きが悪くなる可能性があることは覚えておいた方がよいですね。
一方大黄が入っているとひどい下痢になる方がおられます。そのような方には必ずしも便秘に使う漢方薬ではないけれど、他の症状を改善する中で便通が良くなることはめずらしくありません。体の調子を整えるという視点で処方を選べば、体のいろいろな不具合が解消されていくわけですから面白いですね。元気がない人に補中益気湯を出していたら、便通が良くなったと喜ばれたり、血の巡りが悪い人に桂枝茯苓丸を出していたらやはり気持ちよく便が出ると言われたりします。これは病名が決まれば処方が決まるという考え方だけではとらえにくいですね。
皆さんが便秘で困っていれば、医師に便秘であることを伝えれば緩下剤を出してくれます。でも漢方好きの医師に対しては、便秘以外にどんな不調があるかを語ってください。全体を見てから処方を考えてくれると思いますよ。
ちなみに、地獄八景亡者戯は、桂米朝師匠の語りが滑らかで緩急自在、好きでした。
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