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【短編小説】5・7・5・7・7 (Chapter3)


Capter3. リュンヌ - ジュゲム


1. リモート

2020年の夏。昨年末から続くCOVID19のパンデミックで、リュンヌの会社も陽性になる社員が日に日に増えていった。

世界の国々ではロックダウンや出入国規制など、日本よりも厳しい措置が取られていたが、一向に感染者数は減らず、死亡者数の推移も膨れ上がる一方だ。リュンヌは、誰もが早急に答えの出ない問題を目の当たりにして、不安や恐怖を感じているのだろうと思った。またSNSを見ると、ほとんどの人が諦めている一方で、全体主義的な社会へ不満を抱えている人も多いように感じた。

世界中が不穏な空気に包まれる中、日本でも政府から緊急事態宣言が出され、時短要請やまん延防止策が講じられた。国民も外出時のマスクの着用、ワクチン接種、リモートワーク、ステイホームやソーシャルディスタンスという感染症対策が余儀なくされ、一部の人からは不満や疑問が噴出しているように思えた。

リュンヌの部署も交代制を取り、出勤人数を減らしながら対応している。だが、夏になり国内の陽性者数が増加した為、完全リモートワークが社内全体で推奨されることとなった。また国内のコンサートやイベントも、政府からの自粛要請を受けて中止することが発表された。そうした例にもれず、リュンヌ企画のWebドラマの制作も、延期か中止の方向で話が進んでおり、先の見えない状況にクリエイターたちは次々と辞退した。

リュンヌにとって頼みの綱であるアマネからも「脚本を一時保留にしたい」との連絡が入り、彼女は瀬戸際に立たされていた。社内の誰もが口には出さないが、この大きなプロジェクトの頓挫が、19歳の若者の未来に残酷な結果を残すだろうと薄々感じていた。

リュンヌは、社会や世間や会社の空気を十分に感じ取っている。だけれど、ただじっとしてはいられなかった。とりあえず仕切り直しをするにも自分が動かなければ何も始まらない。まずは今回辞退を申し出たクリエイターたちに手あたり次第連絡をする。どうにか思い留まってくれるようにお願いしたが、あまり良い返事はもらえなかった。まだ見ぬ若い才能にも積極的に声をかける。シンプルに「わたしと一緒に新しい感性のドラマを作ってみませんか?」とDMやメールを送ったところで、何の返答も得られなかった。

最初から誰も引き受けてくれないことはわかっていたのに。どうしてこんなに落ち込んでしまうんだろう。情けないな。悔しいな。

リュンヌはどうしても諦めることが出来ずにいた。悔いの残らないように出来るだけのことはしようと誓いを立て、日々同じことを繰り返す。


ある晴れた日曜日のことだった。リュンヌは12時過ぎにようやく目覚めると、いつものようにiPhoneのチェックを始めた。特に気になるニュースやメールもなかったので、次はSNSをチェックする。たまたまインスタを開くと、フォローリクエストと1通のDMが届いていて、そこには「俺やりますよ」っと一言だけメッセージが書かれていた。リュンヌは八方塞がりだった毎日に、希望の光が差したようですぐに連絡した。

今回、急遽アートディレクションを担当してくれることになったのは、新進気鋭のアーティスト・通称「ジュゲム」だ。彼は本当に不思議な人だった。年齢不詳、国籍・本名非公開、所在地不明の謎多きクリエイターとして、2年前にネット界隈にフラッと現れて、1年間音沙汰がないと思ったら、海外の有名ファッションブランドのWeb広告を手掛けたことで、一躍有名になった。

リュンヌのSNSのおすすめには、海外のクラブでDJをしているジュゲムの姿がよくリポストされていたが、今までまったく関心がなかったので、彼のことはよく知らなかった。ただ感度の高い人たちの間では、知る人ぞ知る稀有な存在であることは確かだ。

ジュゲムの風貌も少し異質で、いつもキャップを目深にかぶり、黒い大きなマスクで顔の半分が覆われている。唯一眼だけが見えるのだが、大体サングラスをかけているか、もしくは長い前髪が目にかかっているので、どこを見ているのか視線が定まらない。リュンヌは、そんなジュゲムのことを「たぶん彼はシャイで他人にあれこれ詮索されるのが苦手なのだろう」と密かに思っていた。

ジュゲムとのリモート会議には英語と日本語が飛び交う。彼は1年の大半を海外で生活しているデジタルノマドなので、必然的に日本語と英語のミックスになることが多かった。


ひまわりのまだ咲く季節。8月の残暑の厳しい東京の夏の終わり。ジュゲムとはほぼ毎日のようにリモートで話していたので、仕事仲間というよりも気のおけない友人のようになっていた。

今夜リュンヌはある告白をすることにしていて、ジュゲムを自分のミーティングルームに招待した。きっとジュゲムくんは理解してくれる。そんな淡い期待が右往左往する。

リュンヌが約束の時間より前に入室すると、すでにジュゲムはいてリュンヌが来るのをどことなく待ち侘びている様子だった。

「Thanks for coming. ジュゲムくん来てくれてありがとう」

「今日は何? 仕事の話?」

「ううん、ちょっと誰かと話したくて」

「Okay. そんなときもあるよ」

「Umm, Are you seeing anyone? 突然だけど付き合ってる人いるの?」

「What? I have no partner. I'm happy being single. 俺は別にひとりでも幸せだよ」

「Oh, my bad. ごめん 」

「It’s OK. 別にいいけど」

「わたしは正直なところ、国籍も人種も職業も年齢も性別も、特にどうでもいいと思っていて。How about you?」

「I feel you. 俺もわかるよ」

「わたしにとって大切なひとだったらそれでいい」

「つまりすべては数字や記号に過ぎないってことだよね」

「でも好きになってもらえるかは別問題だけれど」

「肝心なことは自分の好きな相手に愛してもらえるかでしょ」

「それで言いにくいんだけれど。たぶんわたしはアマネさんのことが好きみたいなんだ」

「That’s good. 別に。俺に気を遣わないでよ」

「Haha, Sorry. やっぱりWスコアのシングルマザーに恋愛感情を持つなんて変だよね?」

「No problem. 変かどうかは自分で決めなよ」

「でもやっぱり非常識だと思うでしょ?」

「Anything goes. 何でもありだよ。そもそも常識なんて誰が決めるの?」

「I'm not sure. わかんないけど。わたしはそんなことが話したいわけじゃなくて」

「たぶんさ、常識って社会背景や文化や風土、その時代時代で人間が作ることだと思うんだ」

「でも現時点でジュゲムくんにしか話せないよ」

「まぁねー今はそうかもしれんけど。あまり世間体は気にしなくてもいいんじゃない? SNSの知らん奴らの言葉に一喜一憂するのもナンセンスだし。本来は誰も他人のことをジャッジしていいわけじゃないんよ。自分の気持ちを大切にしなよ」

「Thanks. だけどね、わたしには戸惑いがある」

「そりゃ戸惑うよ。だって恋って幻想や錯覚かもしれないじゃん」

「バッサリと言ってくれるね。今夜花火大会があって、アマネさんと19時に待ち合わせをしているんだけれど」

「Good for you. 楽しんできなよ」


ジュゲムの部屋からはいつもクールな音楽が流れている。リュンヌは「あっ、この曲いいね。好きだなぁ」と心の中で思うけれど、変なプライドが邪魔をして、本人になかなか訊くことができなかった。


いつだって彼とはフェアな関係でいたい。こっそり調べればお気に入りリストに追加曲も増えるし。何より彼の音楽のセンスが好きだ。ジュゲムくんにはダサイ奴だと思われたくない。



2. goodbyes


縁日の 黒蜜味の かき氷
ひとりぼっちが 似合うキミにも


先週の花火大会の夜。リュンヌはジュゲムとリモートで話してから、新調したばかりの浴衣に着替えて、アマネと彼女の娘に会った。

今夏はコロナ過ということもあり、抽選に当選した区内在住者が入場できる仕組みとなっていて、かなりゆったりとした座席の空間が保たれていた。リュンヌたちの周りにはほとんど誰もいない。ほぼ貸切のような状態だ。リュンヌは、浴衣姿のアマネといられる時間に深い喜びを感じていた。

しかも花火大会だと言うのに、屋台はかき氷屋しか出ておらず、ほぼ飲食禁止の状態だった。リュンヌはアマネの娘と屋台に並んでかき氷を買う。アマネの娘はメロン味のシロップがかかったミドリーノ、リュンヌは白玉にきな粉と黒蜜がかかったかき氷。アマネに少し子どもっぽいと思われても構わないから、夏の風物詩を味わいたかった。

花火も後半に差し掛かったところで、アマネから小さな紙袋が手渡された。中にはアマネお手製のレモネードとアイシングクッキーが入っていて「今日のお礼です。持込飲食NGみたいだからお土産にどうぞ」と手渡された。


今日会社のリモート会議が終わったら、ジュゲムくんをわたしのFace Timeに呼び出さなきゃ。だって話したいことがたくさんある。彼のおかげで少し気持ちがラクになれたこと。アマネさんとの近況や嬉しかったことも聞いて欲しい。何より彼に感謝の気持ちを伝えたい。


「ジュゲムくん、急にこっちに呼び出したりしてごめんね」

「大丈夫だよ。ここ来るの久しぶりだね。ところでアマネさんに想い通じた?」

「えっと、まだ本心は伝えられていなくて。どうして?」

「別に関係ないけどね。ちょっと気になったから聞いてみただけ」

「ずっと心配してくれていたの?」

「いや、別にどうでもいいけれど」

「じゃどうして気になるの? まさかわたしのこと好きだとか?」

「それはない。悪いけれど特別な感情はないよ。クライアントでただの友だち。それよりどうなったか聞かせてよ」

「そうだよね。仕事相手でただの友だち。だったらせめて無関心でいてくれるかな?」

「それは無理。今まで他人に感情を揺さぶられたくないって思ってきた」

「じゃ、なぜ?」

「だから自分でもよくわからないんだよね。今まで恋愛相談なんてされたことねーし。自分の言ったことで人生変わったとか聞こうと思ってるなら、おこがましいしさ」

「だったら、そっとしておいて欲しいな」

「無理。俺はウザいって思われても引かないよ。正直言うと好奇心ってやつかもしれん。知らんけど」

「Are you making fun of me? もしかしてからかってるの?」

「これから彼女とどうなりたいの?」

「別に何も考えてないよ」

「気にすることなんてないよ。自分は自分、他人は他人。恋愛も自由でいいんじゃない?」

「ジュゲムくんには関係ないことなんでしょ?」

「そもそもそっちから相談しておいてそれはないんじゃない?」

「どうでもいいって言ったり、励ましてみたり。ジュゲムくん変だよ。もういいかげん疲れたよ。何もかも不毛に思える」

「そう思うならごめん。もう退出するわ。じゃ、さよなら!」

「そうだね。さよなら!」


3. アメーバ

リュンヌはさっき別れたばかりのジュゲムと、もう1度会って話したいと思っていた。もしかしたら、もう会えないかもしれないと思うと、胸が押しつぶされそうになる。「わたしは愚かだ。なぜ感情をコントロールできなかったんだろう?」と自問自答を繰り返しながら、リュンヌは徐々に冷静さを取り戻していった。


「アレクサ、クレイロの『Amoeba』をかけて」

ここ最近ジュゲムの部屋からずっと流れていた音楽を聴く。


― Nobody yet everything, a pool to shed your memory ―


わたしは誰かや何かと関係性を持つと途端に弱くなる。それに比べてジュゲムくんはなんて孤高なんだろう。羨ましいな。


リュンヌにとってジュゲムは気のおけない頼りになる友人だった。そんなことはもうとっくに知っていたはずなのに。他者を理解することや寛容になることの難しさを痛感せずにはいられない。リュンヌは気を取り直して、内省する時間を持てたことに感謝しようと思った。「きっとわたしに降りかかることすべてに何かしらの意味があるんだ」と柄にもなく言い聞かせた。リュンヌは彼を失ってみて、自分の余計な部分を削ぎ落としてくれる存在だったことに初めて気付く。リュンヌは唇をギュッと噛んだ。

ジュゲムくん、キミは飄々と自由に生きていて、俗世間のしがらみから上手に距離を取りながら、すべてのことをまるで俯瞰しているように見えるよ。キミと話していると、自分がとても幼く思えて恥ずかしかった。今までどう頑張っても、キミとは対等になれない自分に、ずっと嫉妬していたんだ。でもジュゲムくん、キミは本当にひとりでも幸せなの?


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#創作大賞2024 #オールカテゴリ部門

初めまして。見て読んで下さって、本当にありがとうございます。これからも楽しみにしていて下さい♡