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【短編小説】5・7・5・7・7 (Chapter1)

【あらすじ】
主人公のリュンヌ(19)は短歌と音楽が好きなエンパス傾向のある女性。彼女はIT企業でWebサイトの企画編集者として日々奮闘しています。ある日入社して間もない彼女の企画書が社内選考を通り、Web配信ドラマのディレクターという新人としては異例の大抜擢を果たします。リュンヌは理想の実現に向けて動き出すのですが…。またリュンヌが出会う登場人物もそれぞれ個性的です。ノンバイナリーでポリアモリーの歌人×ニノミヤ、ニューエイジリベラルでシングルマザーの脚本家+アマネ、正体不明のWebデザイナー兼DJ-ジュゲム。彼らとの出会いや別れを通して主人公が成長していく姿を描きます。



Chapter1. リュンヌ × ニノミヤ


凛とした 冬の太陽 包み込む

罪悪感と 揺らめく気持ち


1. 記憶

夜明け前。リュンヌの隣りで眠っているのは、昨夜出会ったばかりの歌人ニノミヤで、彼(もしくは彼女)の大きな歯軋りの音で目が覚めた。

白いレースのカーテン越し。薄暗い窓の外。ベランダの真正面に見える20階建てマンションの(恐らく)共用廊下の灯りをぼんやりと眺めながら、アップルウォッチに目を落とすと、まだ5:55で二度寝をするには少し物足りない時間だった。

わたし、どうしてここにいるんだろう?

昨夜のことはあまり覚えていなかった。彼女はベッドから抜け出すと、まだ眠りから覚めていない身体を引きずるように、薄明りの差し込む出窓のそばに立ち、ブラインドの隙間から見慣れない景色を眺めていた。

白くて丸い太陽は、曇り空にうっすらと浮かび、まるで月が完全に沈むのを待っているかのように見えた。何となく真下に目を向けると、小さな河川を挟んで広がる木立からは、騒々しい鳴き声とともに、数羽のカラスが飛び去って行く。

ああ、もうじき夜明けだなあ。

リュンヌはそう呟くと両手で顔を覆いながら、背後から聞こえてくる歯軋りの音に深いため息をついた。

後ろを振り返ると、30畳ほどある大理石の床にはスナック菓子の袋、飲み残しのペットボトル、何かの包み紙、汚れたコップ、恐らくお互いの洋服が散乱していて、さらに気が滅入りそうだった。

彼女は自分の洋服を拾いながら、昨夜の記憶を手繰り寄せる。

確かこの人とはお互いにベジタリアンの家庭で育ったという話題で盛り上がったんだっけ?

リュンヌは洋服を着ると、ダイニングテーブルの椅子に座り、飲みかけのペットボトルの水を2口ほど飲んだ。

テーブルの上には、白紙のノート1冊、短歌のような文章が書かれた紙切れ、ラクガキと文字の羅列が書かれたメモが数枚あり、この部屋に着くなり、ニノミヤとふたりで短歌を考えたことを思い出した。

彼女は、夜明けとともに自分の記憶が蘇ってくることを感じながら、また深いため息をついた。


2.どこにでもよくある話

昨夜リュンヌの勤務するIT企業の現CEOの退任が決まり、社内のカフェでささやかな立食パーティーが開かれた。

事前にアルコール不可というアナウンスが出されていたにもかかわらず、いくつかのコップの中にはお酒が混ざっていて、リュンヌは何も知らず口にしてしまったようだ。

リュンヌは頭の中で回想をはじめた。

わたしはあのとき同期入社の同僚たちと一番後ろのテーブルに着いた。CEOやチームマネージャーの挨拶がひと通り終わり、みんなで乾杯をするタイミングで、一見男性に見えるこの人が慌てて入ってきて、わたしの隣に立ったんだっけ。そして、わたしたちひとりひとりの顔をグルっと見回すと「初めまして。わたしはニノミヤといいます。歌人です」と早口で名乗った。それから肉料理が並ぶテーブルを見て「これは参ったな」と呟いたので、わたしはすかさず「わたしもお肉ダメなんです!」と言うと、ニノミヤは「そう、君も」と言って笑顔で頷いてくれたんだ。

リュンヌとニノミヤはいろいろと話していくうちに、お互いベジタリアンの家庭で育ったことがわかった。

リュンヌの母親は、小鳥を何羽も飼育するほど大好きなのに、なぜかポーヨ・ベジタリアンで、ときどき申し訳程度にチキンをパラパラ料理に入れることはあっても、リュンヌの「焼き肉が食べてみたい」という要求は一度も通ることはなかった。リュンヌが大人になる頃には、すっかり肉食への欲求は無くなっていて、肉の焼ける匂いがしただけで、うんざりしてしまうほどだった。

ニノミヤはオボ・ベジタリアンで、彼の両親の影響と倫理的な理由からだと言う。

確か「小学校時代の学校給食の時間は地獄だったよね」って話しで、わたしたちは意気投合したんだ。

そう、わたしはいつも最後までひとり残されて、泣きながら給食を食べていたので、クラスでもかなり浮いた存在だった。そんなダサい子にクラスメイトは近寄ってくるはずもなく、小学4年生になるまで友だちと呼べる子はひとりもいなかったんだ。

ニノミヤは両親が同じ学校の教師だったこともあり、担任に申し送りをしていたので、自分だけ給食ではなく母親の手料理、つまりお弁当を持参していた。それは子どもたちにとって異質なことで、好奇の目に晒されることを意味する。ほどなくしてニノミヤはクラスメイトの冷やかしの対象となった。

ニノミヤは「取捨選択の自由がある中、大人になってもベジタリアンを選んだ理由は何?」とわたしに訊いてきた。

それからのことは曖昧にしか覚えていないけれど。たぶんお互いの共通言語である「ベジタリアン」の話題で終始盛り上がって、気がついたら、わたしはここにいた。こうした失敗談は、飲み会の席でよくあることだと、先輩から聞かされていたけれど。まさか自分が当事者になるなんて。夢にも思わなかった。


3.ブラックバード

リュンヌは身支度を済ませると、ニノミヤを起こさないように、そっと部屋のドアを開けて玄関へ向かった。玄関のシューズボックスの棚には、直径30センチほどの大きなホログラムが大切に飾られていて、まるで某アミューズメントパーク内にあるお化け屋敷の女のゴーストの頭のように見えた。リュンヌは少しゾッとしながらも、この場から早く立ち去りたい一心で、自分の靴を探したがどこにも見当たらない。

あれ、わたしの靴がない?

リュンヌはリビングの扉をそっと開けて「きっと見つかる。大丈夫」と小声で呟きながら、焦る気持ちをどうにか抑えようとした。部屋に戻ると、まずダイニングテーブル付近を探すが見当たらない。次はキッチン。「まさかね」っと思いながら戸棚をすべて開けて確認する。何も入っていない。次はソファの上。ここにもない。今朝見たばかりの出窓の上。もちろんない。キャビネットにもないし、バスルームにもトイレにもない。ひと通り思い当たる場所の確認を終えたタイミングで、ニノミヤの眠るベッドの傍らにあるサイドボードの上に自分の靴がきれいに二足並べられていることに気がついた。「嘘でしょ?」落胆からか思わず大きなため息が漏れる。

リュンヌはニノミヤを起こすと面倒なことになりそうな予感がした。とにかく音を立てないように細心の注意を払いながらベッドの上に昇ると、彼(または彼女)の身体の上を通過するように、サイドボードへ片腕を精一杯伸ばした。だけれど、なかなか靴に手は届かない。

ああ、マジでありえない!

リュンヌはフゥーッと深呼吸をして苛立つ気持ちを紛らわそうとした。

落ち着け、わたし! いざ出陣だ!

彼女は自分を奮い立たせるように心の中で変な気合を入れてみる。何度か体勢を変えながら、試行錯誤の上、やっとの思いで靴をキャッチすることに成功した。我に返ると、うっすらと汗ばんでいる身体が妙に気持ち悪くて、昨夜の思い出したくない記憶をまた思い出してしまいそうだった。

ああ、良かった。これでもう帰れる。

ホッとしたのも束の間。ほんの一瞬の出来事だった。しっかり掴んでいたはずの二足の靴は、なぜかニノミヤの顔の上に命中しており、自分でも何が何だかわからなかった。リュンヌは突然のことに動揺する。さらにおかしな体勢のままバランスを崩すと、ニノミヤの顔に身体ごと覆い被さり、リュンヌは慌ててニノミヤから離れようとした。だが時すでに遅しで、ニノミヤは舌打ちをするとベッドから上体だけを起こして、彼女の顔をマジマジと見つめた。

「今何時? まだ朝だよね? 君さ、何やってんの? よくわかんないけど。マジ勘弁してくれないかな」

「すみません。わたし泊めていただいたみたいで。それで、あの、今日これから出勤なんです」

「ああ、そっか。これから仕事なのね。わかったよ」

「わたしもこんなつもりじゃなかったというか。実は昨夜のことはあまり覚えてなくて。本当にごめんなさい」

「別にいいけど。あのさ、レコード。何でもいいからかけてくれないかな?」

「はい。レコード…ですね。承知しました」

ニノミヤは不機嫌そうな口調で指示するとまたベッドに潜り込んだ。

ニノミヤが指差した方向には大きなキャビネットがあり、ガラス扉の中にはレコードがぎっしりと入っていた。近づいてよく見ると、アーティスト別・タイトル順に整然と並べられていて、思わず見惚れてしまうほどだった。リュンヌは自分の状況がどうであるかよりも、歌人ニノミヤのもうひとつの顔を垣間見れたような気がして、少しだけ誇らしく思った。


リュンヌは数あるレコードの中から丁寧に1枚を引き抜いた。真っ白なジャケットのアルバムだ。もちろん音楽好きな友だちから、バイラルやソノシート、カセットテープの話は聞いたことがあるけれど、レコードを見るのは初めてだった。いかにも高価そうなビンテージのステレオは、きれいに手入れされていて、まだ現役であることが素人目にもわかった。彼女は黒いターンテーブルに、レコードをゆっくり乗せると慎重に針を落とした。

鳥の鳴き声とギターの掠れた音が流れる。柔らかな朝の陽ざしを連想させるような優しい歌声。「Blackbird, fly~」というフレーズが耳に残る。ジャケットには黒文字で「The BEATLES」とだけ書かれていた。

リュンヌはその場にパタンと座り込むとしばらく音に聴き入った。


 *

ニノミヤの部屋を後にするとスマホで最寄り駅までのルートを検索した。

ここから5分くらい歩けば着くのかな?

知らない町の知らない商店街。人気のない目抜き通り。まだゴミ収集車は来ておらず、道路の両脇のダストボックスいっぱいにゴミ袋が溢れかえっている。すれ違う人は誰もいない。まだ眠っている町には、数羽のカラスが降り立ち残飯をついばんでいる。

リュンヌはあらゆることが不本意に思えて何となく悲しかった。

ただそれだけのこと、それだけのことだ。なんてことはない。だってよくある話だもの。わたしは惨めなんかじゃない。わたしはわたし。そう決して揺らいだりはしない。

彼女は後悔していた。本当は泣きたかった。何度もわたしはわたしだと自分に言い聞かせては、このどうしようもない気持ちをどこかで抑えようとしていた。きっと俯いてしまったらすぐにでも涙が零れてしまいそうだったから。

「Blackbird」と呟くと唇をキュッと結んで空を見上げる。「ブラックバード、フライ~」頭の中でさっき覚えたフレーズがリフレインする。

Chapter2.→


Chapter2. リュンヌ + アマネ
https://note.com/hana_yumi_/n/n7af60ae1bb09

Capter3. リュンヌ - ジュゲム
https://note.com/hana_yumi_/n/n56169f3f7719

Chapter4. リュンヌ ÷ 短歌
https://note.com/hana_yumi_/n/ned42fcfc1e0f

Chapter5. リュンヌ = ライフ
https://note.com/hana_yumi_/n/n9d216deaec33


#創作大賞2024 #オールカテゴリ部門

初めまして。見て読んで下さって、本当にありがとうございます。これからも楽しみにしていて下さい♡