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夫婦別姓は誰のためのもの?

夫婦別姓を希望する意見を最近よく目にする。
個人の意思を尊重する社会は大事で賛同できる部分もあるが、正直今は反対の気持ちが大きい。その理由は、夫婦の間に産まれた子供の平等性が尊重される制度のように思えないからだ。

産まれる子供の苗字についての議論ももちろん沢山目にするが、大抵は「自分と子供の苗字が違うことの弊害について」であり親目線な印象だ。
「子供が他の兄弟と苗字が違うことによって感じること」「子供が自分の苗字をつけられなかったことによる義祖父母からの扱いに差が出てしまうこと」などについてあまり触れられていない気がする。

もちろん、第一子は夫の名前、第二子は妻の名前など、いくらでもやりようはあるだろう。
しかし、それは本当に子供のためなのだろうか。
自分がもし兄弟と違う名字だったときのことを考えてみてほしい。たとえば自分は父姓、兄と妹は母姓。本当になんの不平等も感じず育つだろうか。もし父が嫌いだったら?父が死んだときはどうなるのだろう。遺産の相続は本当に平等にされるのか?好きなときに母姓に改正はできるのだろうか。そのときの手続きは?(極端な話、今、自分の苗字の改変を届け出るのに不平等だ、めんどくさいと言ってる方々が、子供の気持ちをないがしろにせず、苗字を変える手続きをしてあげられるのだろうか?)

諸外国では多くの国が夫婦別姓と聞く。そしてそちらと日本の現状のギャップを悲観的にとらえ、いちはやく別姓を選択可能にすべきとの意見も多く目にするが、外国の子供達がどちらの苗字を名乗っていることが多いのか、またそれによる弊害についてはご存知なのだろうか。少し探すだけでも多くの記事が出てくる。結論、子供の気持ちに寄り添っている、またはよりめんどくさい問題を持ち込んでいないのは、間違いなく夫婦同姓制度であろう。

夫婦別姓の反対論として多くが「戸籍で表される家族の絆」という生暖かな表現にしているため、古くさい制度のように感じるが、子供にとっては他の兄弟と差がつかない守られた制度だということだ。
夫婦の平等よりも兄弟の平等のほうが大事だとは思わないのか。
子供を考えていない夫婦別姓を望む方々にとってはわたしの意見は受け入れられないかもしれないが、1度婚姻届と銀行口座の氏名欄から目を離し、日本の人口グラフの現状を見てもらい、他人や自分のまだ見ぬ子供達に思いを馳せてほしいものである。


#育児 #夫婦 #夫婦別姓 #結婚

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