THE DAY オブ スーパー銭湯

玄関を出ると土砂降りで、先輩の待つ車までのたった数メートルを慌てて駆けた。

十年前、はじめてのバイト先で出会った先輩。辞めてからも関係は続き、あるときは深夜のびっくりドンキーで味噌汁を啜り、あるときは深夜のなか卯でうどんを啜り、またあるときは静まり返った公園で夜景を眺め、それから三ヶ月間だけルームシェアもした。当時転職直後の先輩の弁当を毎朝作ったのはいい思い出。
そしてスーパー銭湯もわたしたちの定番スポットのひとつ。コロナ禍や様々なタイミングもあって銭湯のプランは久々だったその夜、わたしは嬉々として車に乗った。乗ったそばから、やったー!と助手席でひとりでぶち上がり笑われる程度にはテンションが上がっていた。

一年半ぶりのスーパー銭湯、塩素のにおい、内湯のいつもの景色、開放感。
まずは頭と身体を洗うけれど、ロングヘア(先輩)とボブ(わたし)のふたり、洗い終わるのがわたしのほうが少し早いのがお決まりのパターン。さくっと済ませてそれではひと足お先にいつものあのお風呂へ!

ああ熱くない!こんなんで温まるかな?の気持ちと、あとからじわじわくるやつだな!の気持ちでじっくり浸かる。じわじわくる温かさで先輩が入ってくるころにはちゃんと温まっている。そしてぽろぽろ始まる近況報告。すっかり温まった身体が茹だる前に、少しぬるいお風呂に移動。いつまでも入っていられそうな炭酸泉にぼーっと浸かっていると、自分の脚に大量の気泡がまとわりついていることに気づく。少し気持ち悪がるわたしの様子に気づいた先輩が自身の脚を確認するも気泡はなく、「なんで…?」と不思議がる彼女。そしてはっと気づいたわたし、「毛ですよ、毛!」
炭酸泉、ムダ毛処理をしているか否かが明確に分かれてしまうおそろしいお風呂。浴場に響かない程度にケラケラ笑うわたしたち。ああ平和。大好き。


内風呂の部を終わらせ、露天風呂に移動。
あんなに降っていた雨は止んでいて、暑くも寒くもない、夏の終わりの外気温。まあるい浴槽の片隅で、垂れ流されているテレビ画面を無視しながら先輩の職場のあれこれを聞く。
「とある人に、更新の面談しましょうって何度か伝えたんだけど、翌日、コーヒーいきましょうね!って話しかけられて。こっちから誘ってないとこんなこと言われないよな…?昨日なんか言ったかな…?ってしばらく考えたんだけど、もしかしてあれ、更新がコーヒーに聞こえてたんじゃないかって…そんなことある?!?!」
この話が彼女の話術によってべらぼうに面白く、わたしはブフゥッといまだかつてないくらい完璧に吹き出した。彼女は大小あらゆるトラブルをネタに昇華する才能があり、そして丁寧にトラブルに出会う。話すたびトラブルの話ばかり聞いているような気もしてきたけれど、そんな気にさせないくらいナチュラルに全部ネタにしてくる神。だいすきな神。

からだがしっかり温まってきたところで、愛してやまない座り湯へ。
常時背中にお湯が流れ、足湯もしながら身体の前面は外気に晒されるこの形態。のぼせずにお湯を楽しめるのでお風呂の中でいちばん好きかもしれない。この露天風呂の個人的ハイライト。
ここ最近ずーっと考えていること、誰かに話したいけどなかなか機会がない人生についてのとあるもやもやをようやくぽつりぽつりと話す。そして最近読んだ本の話と、最近どころではなくもっと長い間考えている議題をえいやっと話す。その話をするときはどんなリアクションをされても構わないと思っているのだけれど、あ〜わかるよ〜〜といってもらえてほっとした。

ほかのお風呂だと水圧や温度で発生する体力の消耗・疲労感が少なからず気になるけれど、水圧のない座り湯はその点心配なし。晒されている前面がすっかり冷えてしまわない限り、背面の心地よさで延々に話していられる。秋のはじまりのこのタイミングは座り湯にとってあんまりにもベストコンディションで、気づけば四十分ほど座っていたように思う。最長記録。
座り湯で話した人生のこと、たまにちらついた雨もなにも気にならなかった無敵モード、気心知れた相手との裸の付き合い、ちょうどよい外気。ウィンタースポーツでめちゃめちゃ良好な天気・雪のコンディションの日をTHE DAYというらしいのを聞いたことがあるけれど、この夜は座り湯のTHE DAYだった。

四十分も外気に晒した身体の前面はさすがにちょっぴり冷えたので、最後に壺湯にちゃぷん。これがまた、ちょうどよい温度で…肩からお尻までをお湯に浸からせて、両手両足は浴槽に引っ掛けて、逆さまになった亀のように空をみると、星は全くなくて!!!あーーー!あくまで日常!これはこれで最高!!
ちょっと冷えてしまった身体をのんびり温めなおして話したり話さなかったりしているうちにだんだん雨が降ってきた。ライトのあるほうを見たら照らされる雨の線は結構な量になっていたけれど、それもやっぱり気にならないくらい、その瞬間の気持ちが最高潮。
何度も来ているこの場所でも、良さをいきなりこんなに更新することがあるものなんだ。いつもはサウナも入るけれど、今日はそうじゃないな、露天風呂が全部もっていったな。気づいたら一時間くらいいるこの露天風呂の記憶、ちょっとしばらく忘れられない。

そろそろあがるかな、というところで先輩が向かったのは内湯の泡風呂、ついていく。
ぬるめのお湯とボタンを押して出るジェットで、ゆるやかかつ猛烈に身体をほぐし、整える。湯の温度とジェットのやわらかで強い圧が絶妙で「ああああ〜〜〜〜」と声が出るけど轟音のジェットにかき消される。散々茹でられた身体が適温の刺激で仕上がっていく。
もうこれ以上のことはない、すべてが完璧だ。
浴槽から上がってなにか呟いてシャワーのほうに向かう先輩に、先あがりまーすと伝えて浴場を出る。ちゃんと伝わった?声届いてたかな?ちょっと自信はなかったけれど、まあ大丈夫でしょう。

脳内に「はあ〜よかった…」の気持ちしかないままゆっくり着替えをしていると、先輩があがってきた。
「かなりいい○○(銭湯の名前)でした」
「あっはっは!いや〜よかったね」
いや〜、ほんとよかったです。久々に文章にしておこうと思えたスーパー銭湯。ありがとうスーパー銭湯、ありがとう先輩。

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