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きっともう会えない、あこがれの人

ゲストハウスのスタッフとして働いて1年と少し経った頃だったと思う。その頃は他の宿に泊まることが半分バカンス半分研修みたいなもので、半年に1度1週間くらいの一人旅をしては、気になるゲストハウスを泊まり歩いていた。

そのゲストハウスに到着したのは旅行3日目、夜8時ころ。イベントで賑わう敷地内は疲れた身体に少し刺激的でウッとなる中、ひょこっと現われ、チェックインの方ですか?と声をかけてくれたのが彼だった。そこからチェックインカウンターにたどり着くまでたった数十秒わたしを先導してくれただけで、なんだか説得力のある背中に 圧倒されてしまった。「ああ、なんかこのひとすごい、信頼できるひとだ。」

荷降ろしを終えてラウンジへ降り、なんとなく所在なさげにうろうろしてたら彼が椅子をくれて、腰掛ける。同じ仕事をしている人と話したい夜だったので、隣にきてくれた彼にいろいろ話を伺う。

半年でひとつの企画の立ち上げに関わり、その後半年で自分自身の宿の立ち上げをやりきり、気づけばいま。「立ち上げ当初より広くなったラウンジでは 全部の把握はできないけれど、その日にそこにいる人の自主性に任せてみる、彼(彼女)らを信頼してみる。今まで信頼してなかったんじゃないかって。」そう話す彼の宿のラウンジは、絶妙にゆるく開放的な空気が流れていた。


わたしがなりゆきで辿り着いたゲストハウスの仕事は、とても楽しくて夢みたいな毎日だった。けれど、オーナー不在で自分含めスタッフ2名で現場をまわす日々。その日滞在のゲスト次第で変わる空気や自分の立ち振舞いかたが果たして正解だったのか、これからどうしていくのが正解なのか、あらゆる正解がぼんやりしたまま「これでいいのか?」の気持ちを常に抱えていた。

「うちはオーナーはもう存在だけで、わたしともうひとりに任されてて。スタッフミーティングもほとんどないけれど、なんとか大きな問題も起きずにやれてます。毎日なにが正解なのか、今日も問題なくやれていたか、もっとできたことはなかったか、わかったりわからなかったりのままなんとかやってるところで」

現状とじぶんのきもちを正直に話すと、5歳上の彼は笑いながら驚きながらこたえてくれた。

「いやーすげーなあ。あはは、ほんとすごい。宿を一任されて、半年間やってきているということ、任されているってことに、もっと自信を持っていいと思うよ」

オーナーはもう存在だけで自分ともう一人に完全に任されているという状況、スタッフミーティングもほとんどないままに、それでも問題なく継続され続けていることのすごさというのを、第三者にすげーすげーと言われて初めて知る。ごく当たり前に日々を問題なく進めてきたけれど、それは簡単なようできっと難しさがきちんとあることなんだ。自信が全くないわけじゃないけれど、すごくあるわけでもない。いつもこれでいいのか迷っている。答えはすぐに見えないからわからない。いいんだと信じて進んでいくしかない中で、ぽろっと認めてもらえると、だからものすごく安心してしまうし、泣けてしまう。当時の勤務先のラウンジでわたしの実際を見た上で、5つ上の彼から同じことを言われていたら、きっとわたしは泣いていた。経営すること、雇うこと、続けること。全部すごく難しいこと。いつもベストを考えて、前に進もうとする。たった5つしか変わらないここのオーナーの彼は、なんだかとってもとっても大人にみえたしすごくかっこよく見えた。たくさんのことがみえていて、よりよくするための選択肢を知っていて。その方向性はあたたかくて。そんな人たちのいる世界にいたい、そんな世界でわかり合いたい。そんな変な動機だけれど、今までで一番現実味を帯びた「宿を作ってみたい」という気持ちがふんわり出てきた。空間を作ってみたいし、こんな人たちのいる世界で生きてみたい。不純だけど純粋な動機。


あれから5年。結局自分の宿をつくったりはしていないし、環境もすっかりかわり一人旅もすっかりご無沙汰してしまっているけれど、彼のことをふと思い出す。話した内容はお互いの宿の状況や日々思うこと、いわゆる同業トークばかりだったけれど、絶妙な空気感や柔軟性ややさしさが溢れ出る彼との、あの夜のかけがえのない時間はお守りみたいにずっと覚えている。いまは彼も宿業からは離れてしまったようだけれど、きっと変わらずかっこいいんだろうなあ。ふと思い出すたび、定期的に人生相談させてもらえるような関係になりたかったな、とすこしさみしくなるのだった。






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