感想:初夏の訪問者

初夏の訪問者 吉永南央

紅雲町珈琲屋こよみシリーズ8弾


●あらすじ

高崎駅(新幹線の駅があって、大きな観音様の像がある北関東の町なのでおそらく)近くの紅雲町にある珈琲屋さん「小蔵屋」の女主人お草さんのシリーズ第8弾。

若いころ、山形の名家に嫁いだが、小さな息子を残して家を出ざるを得なかったが、その後、息子は水の事故で亡くなってしまっている。

が、最近近くに引っ越してきたらしい50代くらいの男がその息子だと名乗ってきて、お草さんは心乱れて……。

その男は、詐欺なのか、本当に息子なのか。


●感想(書評ではなくただの感想)

初めてこのシリーズを読んだとき、70代のおばあさんが主人公の日常ミステリということで珍しくて気軽に読み始めた。確かに、殺人事件なども起こらない、ちょっとした事件の解決に導く(といっても、直接解決するわけではない)日常ミステリなのだけど、もっとなんていうか、現実で日常で人生を感じた。

今回もそう。

お草さんは、戦争を体験し、ドラマチックな恋をして、嫁ぎ先や夫から疎まれ、息子のためを思って一人家を出た。一つ一つが大きな物語。その物語にも続きがある。白雪姫屋シンデレラは、王子様と結ばれてめでたしめでたしでお話は終わるけど、日常は、人生はそうはいかない。

私は10代のころ、本気でゲームの世界に行きたかった。目が覚めたら金の髪の乙女になっていたかった。そのゲームの主人公のように、銀河から選ばれし女子高生になっていたらいいのに、と思って眠りについた。もちろん、そんなことは起こらない。でも、その主人公も魅力的な体験と魅力的な守護星様たちとの恋のあとは、待っているのは、日々変わりない日常、そして、失われる若さ。もしかすると、「こんなはずじゃなかった」と思う日もあるかもしれない。

お草さんは、激動の日々を越え、しっかりと自分の足と自分の意思で前を向いて生きている。

昔なじみの、それに新しく知り合った、友人たちと。過去は過去、これからはこれから、と時折過去につかまりそうになりながらも、振り返らずに胸にしまって生きていく。

「今この時を生きるのよ」

お草さんに聞こえた声を、このシリーズは優しく私に伝え続けてくれている。

次回作の楽しみ。


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