「真剣勝負」という言葉の魔力
「田村潔司! 俺と真剣勝負してください」
とんでもないことを言い出す奴だなと度肝を抜かれた。拳王のことだ。今、個人的に拳王がもっとも気になるプロレスラーだし、ノアのせいでプロレスというジャンルに対する関心が極限まで高まっている。
それにしても拳王は素晴らしいプロレス頭の持ち主だと思う。拳王のマイクは田村がUWFインター時代に高田延彦へ呼びかけた歴史的名言「高田さん、僕と真剣勝負してください!」へのオマージュになっている。24年前の出来事を今さらぶり返しているのだ。
ここで言う「真剣勝負」とは「真面目にプロレスに取り組む」という生ぬるい意味ではない。「プロレスの範疇を逸脱し、ケツ決めなしのシュートで闘う」という非常にデリケートなニュアンスをはらんでいる。
プロレスから総合格闘技というジャンルが生まれようとしていた過渡期において、現場の選手たちは様々な葛藤を抱えながら必死でもがいていた。俺たちは強くなりたい。八百長だと世間からバカにされたくない。自分たちがやっていることに誇りを持ちたい──。プロレスと格闘技が完全に分離された今となっては信じられないことだが、田村の高田に対する発言の根底には青臭いけど純粋な思いが流れていたことは間違いない。
今回の騒動でまず頭に浮かんだのは、全日本プロレスのオーナーを務めていた白石伸生だ。白石オーナーは「WWEや新日本はヤラセプロレス」と切り捨てつつ、「全日本はガチンコセメントプロレスを行う」とマニュフェストを挙げた。このときも私は「『週刊ファイト』・I編集長(井上義啓氏)みたいで最高じゃん! ガチンコセメントプロレス超観てぇ!」と興奮したものだ。だが実際は現場のレスラーから総スカンを喰らい、武藤敬司らが団体を離脱するという最悪の事態を招いてしまった。まぁ考えてみたら、当時の全日本にはシュートに対応できる選手がいなかったのだろうから当然か。
……でも、拳王だったらどうだろう? 日本拳法で世界一に輝いた実績もある拳王なら果たして? それに田村だって49歳。さすがに体力面で衰えも隠せないのでは? これらを踏まえて私が予想する田村VS拳王(真剣勝負Ver.)の試合展開は以下の通り。
ゴング。開始早々、大きく踏み込んだ右の直突きで拳王が威嚇。普段のプロレスとは明らかに違う動きに会場はどよめく。対する田村もローキックを中心に試合を組み立てるが、互いに決め手を欠いたまま1R終了。
2R序盤、相手のキックに合わせてタックルを仕掛ける田村。だが、拳王は素早くこれを切る。この後も田村は何度かテイクダウンを狙うものの、意外に腰の強い拳王はなかなかこれを許さない。そのたびにUWFファンからは「あぁ……」というため息が上がる。徐々にスタンドで被弾していく田村は、たまらず引き込むかたちでグランドに。拳王は下からの三角締めや足関節に注意しつつも、表情ひとつ変えず無慈悲にパウンドを落としていく。20発、30発……田村の全身から力が完全に抜けると、レフェリーの和田良覚が試合を止めた。2R2分30秒、「令和の新格闘王」が誕生した瞬間だった。
(2019-11-16:初出)
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