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祈り

指先は絵の具やクレパスで汚れている。いくら綺麗にネイルを塗っても、指先はいつも汚れている。生きることは手を汚すことでもある。私は神様でもあるまいし、肉を喰らい、手を汚して、祈りを込めながら絵を描く。芸術は祈り、と考えている。美しいものを守ること。戦争が起きている。静かな夜に耳をつんざくような爆撃の気配を感じ取る。私は旅に出る。旅先で拾った石ころに、浜辺の貝殻、通り過ぎてしまいそうなちいさなときめきに神聖を見出すこともある。お地蔵さんに手を合わせる。土地の神々に頭を下げる。そうしてまた旅に出る。家にこもって、ときめきや祈りを額縁にとじこめる。蝶の標本をつくるように。ひとつひとつのときめきを、忘れないように。

小さな頃、私は不思議な夢を何度も見た。白い人間の体が青い水槽に入っている。いくつも水槽が置いてある、生まれるのを待っているのか、それとも死んでしまっているのか、研究や解剖に使われているのか…。「おーい、いくよ」と母の声がする。声をかけられて、束の間の白昼夢から目覚める。「ぼーっとしないで、手を離さないで!」
不器用なワルツを踊る。悲しみをわすれたくて、とびきり洒落たハイヒールで、不器用なステップで。幼い頃の夢遊病のように、淡い色の夢を見ながら。


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