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コロナ禍で3ヶ月入院していた80代の母へ、葛藤のラブレター

今年の2月初めに大腿骨を骨折し、入院していた80代の母が先日やっと退院した。コロナ対策のため面会は不可だったので、久しぶりの再会だ。寂しさや不安でどうにかなっていないか、とても心配だった。

退院日の朝、実家の父と少し緊張しながら迎えに行った。
今回は入院前後における母に起こった性格の変化と、それにともなう複雑な想いを書いてみようと思う。

歳をかさねた小さな子ども

入院前は謎の上から目線で話しがちな母だった。
ところが看護師さんに車椅子を押され久しぶりにあらわれた彼女は、どこか魂が抜けたようなやわらかい佇まいで別人のようになっていた。
看護師さんたちへお礼を言い、私の車に父母を乗せ実家へ向かった。道中、出来るだけ明るく大きな声で母に話しかける。彼女はかなり耳が遠い。

「お母さん!退院出来て良かったね!」
「散歩とかしてた?!」
「おやつ食べた?!」

最初はまるで寝ぼけているような上の空な返事が続き、涙が出そうになる。しかし、家に近づくにつれ少しずつ会話が出来るようになってきた。
嬉しい。

家に着いてあらためて母を見ると、すっかりやせたようだ。
あまり食欲がないとのことだったので、無理もないか。
以前よりもさらに歳をとったようで、と同時に小さな子どものようにも見える。
リビングに入ると疲れた、と言ってすぐにソファに横になってしまった。
大丈夫かなと心配になる。

父が見ていてくれるので私は車で30分ほどの自宅へ戻り、用事をすませ少し眠ることにした。
なぜだか実家関係の用事をすると妙に疲れる。もともと気にしいな性格だが、さらに敏感になりがちだ。
もっとこうすればああすれば、などと考えれば考えるほどきりがない。

ちょっとのつもりがかなり寝てしまった。あわてて支度をし車に乗る。午後には福祉用具の設置に業者やケアマネージャーが来る予定なのだ。

実家に着くと父が打ち合わせをすすめる中、母はひとりぽつんとソファに座っていた。でも表情はおだやかだ。
本当に毒が抜けたような優しい表情をしている。

母はもともとはすごく優しい人だった。私はそれに何度も救われた。
ど天然なところもあるが聡明で、おしゃれで、人づきあいが好きで、好奇心旺盛で何より私や3つ年上の兄にとても優しかった。

そして母は60歳を過ぎた頃から長いこと、うつや睡眠障害に悩んでいる。
メンタルクリニックに通い、抗うつ薬などの服用もしており調子のよい時もあったが、なかなか治らなかった。

変わっていく母、変わっていく私

そしてここ数年、母は性格が徐々に変わってきている。頑固でわがままな一面を見せるようになり、今までは考えられないような言動をするようになっていた。

時には母のことを面倒だ、うとましいと思うこともある。
前はこんなんじゃなかったのに、もう元の優しい母はいないのかと絶望することもあった。

そんな母のいる実家に行くのは気が重く、約束の時間になると腹痛が起こることもある。電話がかかってくるとしんどくなり、出ないで気持ちが落ち着いてからかけ直すこともあった。
昔は私の子どもを預かってもらったり、旅行に連れていってくれたりと沢山世話になっていたのに。今は私の子どもたちも成長し、逆に母の介助をしたりするようになった。

でも今の、少なくとも退院したばかりの母は少しだけ以前の母のようだった。それが良い変化によるものなのか、悪い変化によるものなのか?
いずれにしても今生きていて、退院してきてくれたことは嬉しい。

80代の彼女が今後どのようになるかはわからない。
変わらないかもしれない。
いずれにしても、母が悲しい思いをせず、生きていてくれることを望んでいる。

消えない記憶の中の母

今日、母のことでちょっと面倒なことがあった。疲れていた私にとってはやりたくないことだが、やらなければならない。夫が代わりにやろうかと言ってくれたが、そうもいかない。うだうだ言っている私に笑いながら夫が言った。

「やってあげなよ、親なんだからさ」

なぜなのか、この言葉に気持ちが少し楽になれた。
そうだよな、まあしょうがないか。
素直にこう思えたのは、夫の穏やかな声のせいか、
はたまた記憶の中の優しい母のおかげなのか?

もしかしたら、変わっていく母をどこか他人のように感じてしまっていたのかもしれない。でも変だけど、私の親だったことを思い出したのだ。

もしも母がずっと毒親だったなら、こんな風には思わないだろう。
「親なんだからさ」と言う言葉は、下手をすれば呪いの言葉にもなると思う。今後その言葉が私を苦しめる時がくるかもしれない。

でも訳のわからないことを言われたって、母は私の母だ。
わがままを言ったり、面倒なことをしでかしたり、こちらの体調などおかまいなしに自分語りし続けられたりしても。
どんなに腹が立ったとしても、まだどこかで優しかった母が消えない。こんないい歳した娘でも、いまだにほめてもらいたい。認めてほしい。
恥ずかしい話だが、「よくがんばっているね」と笑ってほしいのだ。


時にきつく言い返して母を傷つけてしまうと、今度は自己嫌悪にさいなまれる。こちらが悪いのかとぐるぐる悩んで眠れなくなる。

でも彼女がこの世からいなくなってしまったら、きっと私は後悔するだろう。

だんだんと呆けていくようにみえる母は、思うように動かない体にもどかしさを感じているだろうか。聞こえにくい耳で家族の会話に入れず悲しい思いをしていないだろうか。
私は、母に悲しい苦しい思いはしてほしくない。

辛い記憶を手放せるなら、呆けることも悪くないのだろうか。


もうすぐ母の日だ。
彼女は、今何を一番望んでいるのだろう。

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