母に「母」を求めることを諦め、私は「私」を生き直す
2月3日の夜に、母から逃げるように自宅に戻ってきて一週間が経った。
自宅に戻ってから、いわゆる毒親とはどういうものか、心理的虐待とはどういうものか、教育虐待とはどういうものか、他の毒親の育ちの人たちはどんなふうに今を生きているのか、愛着障害とはどういうものかを、TwitterやYou Tubeを眺めて考えるようになった。
出産が近いせいか、ストレスが溜まっていたせいか、夜になるとお腹が張って痛くなったり、精神的に不安定になりすぎて夫の前で泣いてしまう日も多かった。
そんなとき、夫はこんこんと
と私に言って聞かせた。
以前は母のことを悪く言われるとムッとしたし、そんな風に言わなくても……と思っていた。
しかし、3日の夜、実家を出ていくとき、夫が母に「(泣いてる私を指さして)実家にいるのにこんな状態になってるのおかしいでしょ?傷ついてるんですよ。あんまり人を傷つけるようなこと言わないほうが良いですよ。落ち着くまで当分帰しませんから」と言ってくれたのだけど、当の母は話が飲み込めないのか、理解するつもりもないのか、何故か傷ついたような顔をして「そうよね、お願いね」と言い、私に「何かあったら帰っておいで」と言った。
母の第三者的な、被害者的な表情や言動に、「なんかもういいや」と私の中の何かが切れた感覚になった。
それから、今までピンときてなかった苦しかった気持ちや違和感の理由、夫の言葉の意味、精神科の主治医の言いたかったことがちょっとずつ理解できるようになってきた。
今まで当たり前に思ってきた「自分さえ我慢すれば…」「自分には価値がないから酷い扱いを受けてもしかたない」「自分は生きているだけで迷惑だ」「他人がするのは許せるが、私が同じことをするのは許されない」という自己否定に他者を納得させられるほどの理由がなかったこと(盲目的にそうだと思いこんでいたこと)、私が我慢したところで事態が良くなることはないこと(私が問題の理由ではないから)、価値がない=酷い扱いを受けてもいいとは限らないこと、そもそも命に貴賤はないことに気づいた。
実家ではいつもソワソワして落ち着かず、なんの家事もできなかった。
何もできないことに罪悪感を覚え、どんどんしんどくなるばかりだったのが、自宅に戻ってから自分のできること(お洗濯くらいしかないけど)を無理のない程度に進んでやるようになった。
夫には仕事、家事、パニックになった時の私のお世話など、負担をかけてしまっているが、私の気持ち的には実家にいるより安心している。
人がくれる「愛」というものは薄っぺらいものだと思っていたが、夫が根気強く話を聞いてくれたり、俺には迷惑をかけてもいい、なぜなら家族だから。と言ってくれたりすることで、本当の愛はあたたかいことを知った。
あしたから妊娠10ヶ月に入るが入院準備すらまだできてないし、産後どうするか全く決まってないし、どうすればいいの~~~~~と思うことしかないけど、とりあえず…………
子どもが生まれる前にここまで気づけて良かった!
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