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浪花の恋の物語

2020.8  シネ・ヌーヴォ

内田吐夢没後50年特集、浪花の恋の物語を観る。ここ数ヶ月、仕事で近松に取り組む羽目になり苦手な時代物を遅々読む日々だったのだが、映像で観るとさすがに浸透がすばやい。

中村錦之助の忠兵衛と有馬稲子の梅川。うぶな錦ちゃんは養子先の飛脚屋に可愛い許嫁がいるくせに、親友の八っちゃん(千秋実)に連れていかれた廓で心優しく色っぽい稲子さんにハマってしまい、田舎の大尽(東野英治郎。ゲスい)が金にあかせて稲子を我が物にしようとするのに焦り対抗して、八っちゃんに借りた金や商いの金を身請けに注ぎ込む蛮行に出て…という近松浄瑠璃「冥土の飛脚」が原作。

片岡千恵蔵が、廓の一室を借りて執筆してる近松門左衛門本人役で登場するのだが、時代劇スターのオーラ消しがたく、裏方・作家というにはカッコよすぎる。中庭吹き抜けになっている廓の廊下で稲子さんがよよと泣いてるのを観測したり、稲子が可愛がってる女童を抱き寄せてなぐさめたりするのが多少キモいけど、センセセンセとちやほやされるシブい千恵蔵は、武家出身で人気作家である近松の貫禄を醸し出し、神目線で物語を俯瞰する役割を全うしている。

錦ちゃん稲子さんは、錦ちゃんの田舎に逃げていく。その田舎というのが奈良の新ノ口。私の地元の近所で驚く。なぜ新ノ口!免許センター以外には何もない、江戸時代とさして変わらぬ無名な場所。実家が新ノ口の貧しい農家、浪花の商家に差し出した息子を憂う実親の立場、貧しい土地の荒涼感閉塞感など、痛いほど解る。富岡多恵子も『近松浄瑠璃私考』で現地に足を運んで、何もない盆地の冬を体感したことを書いていた。雪降る季節の凍える厳しさつらさ。まったく、錦ちゃんのバカ!

結局ふたりは新ノ口の実家に着く前にお縄となり、男は絞首刑・女は元の廓勤務に戻り狂ってしまうという結末だった。ふたり(というか梅川)を不憫に思った近松はこの事件を浄瑠璃台本に書き下ろし、劇中で、ふたりを親に会わせてあげるのでした…と、実際の人形浄瑠璃舞台のシーンでこの映画は終わる。

この話は心中ではないけど、男がアホでアカンタレでしっかりしてるはずの女が流されて不幸になるという上方世話物の定石が描かれている。そして上方の人ってのは、こういう話をとやかくワイワイ話題にするのが好きだし、近松はそれがことのほかウケるので、ゴシップ実録記事みたいに頼まれるがままにせっせと書きおろして、ワイドショー感覚で浄瑠璃上演されてたんだな、と思った。

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