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佐野市葛生化石館に行ってきた

Twitterのタイムラインに「葛生化石館がすごい」という主旨のツイートが流れてきたので、ちょっと行ってみた。

葛生化石館はどこにあるのか

「葛生」と聞いても、ほとんどの人にとってどこにあるのか分からないと思う。そもそも「どこにあるのか」という問いを立てるには、「葛生」が地名であるということを知らなければならないわけだが、それすら多くの人にとっては難しいだろう。(僕も含め。)

「葛生」は、かつて栃木県の南西部にあった町の名前で、現在は市町村合併を経て佐野市の一部を構成している。今は、町域名として、住所に名前を残している。
その小さな町にある、化石の展示をメインとした小さな博物館が葛生博物館だ。

例によって僕は公共交通機関で移動するので、その視点から話をするのだが、葛生博物館の最寄り駅は「葛生駅」。路線は東武佐野線だ。
佐野線は、群馬県館林市と栃木県佐野市の2市だけを走るローカル線で、その終点が葛生駅である。

その葛生駅に向かうため、館林駅から佐野線に乗り込む。

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2両編成のワンマン運転だ。
館林駅から乗車時間30分ちょっとで葛生駅に到着する。

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駅から徒歩6分で葛生化石館に到着。

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葛生化石館の展示

建物の入口を入って左手が化石館の展示室。右は剥製展示室。
まずは化石館から。(フロアマップはこちらを参照。)

入ってすぐに掲示されていた解説板によると、葛生で産出する化石は古生代ペルム紀、中生代三畳紀・ジュラ紀の海洋生物と、新生代新第三紀の陸生生物のようだ。

まずはペルム紀の生物の化石から。

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フズリナやウミユリなどの原始的な生物に始まり、昆虫や両生類、陸生植物などの展示がなされている。

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そして、ペルム紀といえば単弓類。

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ここでは3種類の単弓類の全身骨格標本が展示されていたが、いずれも地元の産出ではなく、ロシアや東ヨーロッパの産出であった。

ペルム紀には葛生は海の中であっただろうから、陸生成物である単弓類の化石は出にくいだろうなぁ、とは思う。

単弓類の向かいには、全国の石灰岩がずらりと展示されている。

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なんでここでいきなり石灰岩なのかといえば、この葛生には一部石灰岩地層があり、ペルム紀の化石はそこから産出されることが多いためだろうと思う。
また、そもそも石灰岩は古生代(特に石炭紀やペルム紀)に生成されたものが多い(だからこそその時代の化石が見つかる)ので、そのつながりでの展示だろう。

正直、この博物館の展示の中で、僕はこの石灰岩の展示に一番興奮した。
ここの石灰岩展示の何がすごいって、全国各地で産出される石灰岩の化学組成がいちいち記載されていて、

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見た目の違いだけじゃなく、組成の違いまで見比べることができるのだ。

今までいろいろな博物館の展示で、「石灰岩と言ってもいろいろな色でしょ? 成分が違うからなんですよ。」という解説は散々見てきたのだが、具体的にどう違うのかの解説なんてほとんど無かった。それが、産出地別に事細かに掲示してくれているなんて感動である。

嬉しくて、全部写真に収めてきた。後からよく見返して勉強しようと思う。

なお、石灰岩層があるということは、例にもれず、葛生にも石灰岩産業(石灰やセメントを作る第二次産業)があり、それらの産業に関する展示もあった。

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地元の子供達が学ぶ場であることを考えれば、決して外せないコンテンツだろう。

また、ここまで石灰岩を詳しく展示するぐらいなので、地元の地質データについての展示ももちろん有る。

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詳細(20万分の1)な地質図と共に、その地質図に載っている岩石の実物を展示している。
僕は地質について初学者のままで立ち止まっているため、いまだに地質図がうまく読めなくて、こういう懇切丁寧な地質図の解説があると本当に嬉しい。

また、石灰岩に関連して、洞窟堆積物という形での化石化についての解説もあった。
石灰岩は水に溶けやすいため洞窟ができやすいのだが、水に溶けやすいために地表からその洞窟まで届くような亀裂もできやすく、そんな亀裂ができるとそこに動物が何匹も何頭も落ちて死体が堆積し、たくさんの骨が固まって見つかったりするのだそうだ。
で、そんな骨の標本も展示されていた。

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これがもう、いろんな骨の塊なので、上から見たり斜め下から見たり、いろいろな角度から楽しめる。

そして、この骨の塊を皮切りとして、葛生層と呼ばれる地層(石灰岩の地面の裂け目とかにできたものらしい)から産出された新生代の動物たちの化石がずらりと展示される。

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この真中の骨格標本、サイですよ、サイ。日本にもサイがいたんですよ!
これも、佐野市内の石灰岩採掘現場の割れ目から見つかったそうで。

このコーナーには、この他にも、小型から大型まで様々な哺乳類や、カメなどの爬虫類の化石も展示されている。

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やはり石灰岩層からの産出だけあって、保存状態が良い。(クリーニングはメチャクチャ大変なんだろうけれど。)

さて、ここでいったん常設展は中断。企画展の部屋に入る。

この日の企画展は、「絶滅の前と後~古生代ペルム紀末の絶滅の謎をさぐる」展。
実はこの企画展を楽しみにして、はるばる片道3時間かけてここまで来たのだ。

実際、展示されている化石も、葛生化石館所蔵のものはもとより、群馬県立自然史博物館や栃木県立博物館、国立科学博物館、さらには個人蔵の物まで、約100点の展示がされている、とても気合のはいったものだ。

みんな大好きディプロカウルスの頭骨も。

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見るたびいつも思うのだが、何を食ったらこんな頭骨になるんだろうか。この頭骨の形が生存するのに有利だった環境ってどんな世界やねん。

それはさておき、充実した化石標本の展示もさることながら、ペルム紀末の大絶滅がなぜ起こったのかについてのメチャクチャ分かりやすい解説板が一番印象的だった。

恥ずかしながら僕は、地球に生命が誕生して以来5回とも6回とも言われる大量絶滅のうち、原因についてどういう学説があるのかを曲がりなりにも知っているのは白亜紀末のヤツぐらいで、他は全く知らない。
こんなことだからいつまで経っても初学者のままなのだが、こんな僕でも非常に腹落ちのする解説板であった。(是非現地で見ていただきたい。)

また、この企画展のニクいところは、「ペルム紀末の絶滅の話をする展示だから、そのあとのことは知らない」なんて姿勢ではなく、その大量絶滅によって空いたスペースに、今度はどんな生物たちが進化していったのかが「後日談」として展示されている。(これ以上書くとネタバレになりそうなので、自粛する。)

さて、企画展の部屋を出ると、そこは現在の地元の自然に関する展示が広がる。

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「現在」といっても、部屋の中央には何万年も前に絶滅したナウマンゾウやオオツノジカが陣取っているのだが。

その奥に、本格的に現生動物の標本が展示されている。

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そんな部屋の一角に、ひっそりと悲しい展示がある。

それは「葛生原人と言われた骨」。

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原人というのは、ネアンデルタール人やホモ・サピエンスなど「新人」が現れる前の50万年とか100万年とか前の人類である。
今の定説では、原人は日本にはいなかったとされているのだが、昭和の頃には、きっと日本にも原人が居たに違いないと躍起になって探している研究者がけっこういたのである。

そんななか、昭和20年代に葛生で見つかった人骨が、凄まじく古いものっぽいぞ、と。
さすがに「原人」といえるほど古くはないだろうけれど、旧石器時代の人類なんじゃないのか、と。

それが当時「葛生原人」と名付けられたのだが、平成になって再鑑定したところ、原人どころか旧石器時代人ですらなく、中世(鎌倉時代とか室町時代とか)の人骨だという結果が出でしまった、と。

なんかもう、涙なくして語れない話だなと。

ただ、そういう残念な話でも、ちゃんと詳らかに展示する姿勢は、学問の在り方として敬意を表すべき態度だと思う。

これにて化石館の展示は一通り見終わった。
所要時間は概ね1時間。
コンパクトではあるけれど、中身の詰まった1時間であった。

葛生文化センター剥製展示室

さて、先に述べたとおり、この建物には化石館の他に剥製展示室というのがある。

佐野市の公式HPによると「宇都宮市在住の剥製コレクターである芳村安司さんのコレクションの一部を展示しています。」ということなのだが、どういうコンセプトなんだろう?

ということで、入ってみると、いきなり剥製のお出迎え。

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パッと見では、博物館によくある原寸大ジオラマコーナーと変わりない。

が、個別の剥製をよく見てみると、ちょっと驚くぐらい美しい。

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僕は田舎育ちなので、親戚の家にはいろいろな生き物の剥製が飾ってあったりしたし、博物館を訪ね歩くのが趣味なので散々剥製を見てきてもいるのだが、ここの剥製は全然モノが違う。毛艶が全然違うのだ。

剥製を美しい状態で展示するには、ざっくり、3つの関門がある。

1. 対象の動物が、美しい剥製が作れるような状態で死ぬこと。
2. 剥製を作る人の腕が良いこと。
3. 剥製を、ホコリもかぶらせず、虫に食わせもせず、色アセさせず、パサつかせず、保管すること。

当然、どこの博物館だってこれらには気をつけてるはずだ(たまにカビが生えたまま展示してる博物館もあるが...)と思うのだけど、なんでここのはこんなに美しいんだ??

全く分からんけど、とにかく一見の価値がある。

メシ

せっかく佐野市まで来たのだから、噂に名高い佐野ラーメンを食べてみたい。

そんなわけで、佐野駅で途中下車をして入ったのが「叶屋」。

道を歩いている人も全然いない、車も大して走っていない、というこの場所で、お店の中はほぼ満員。

チャーシュー麺を注文して5分。登場した美しいラーメンがこちら。

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澄んだスープは、淡白なのかと思いきや、まるで旨味の塊。
麺は、佐野ラーメンの特徴なのだそうだが、コシが強めのちぢれ麺でつるつるもちもち。
チャーシューがまた、ジューシーさを残しつつ、スープにとてもよく合うキレとコク。

普段、ラーメンのスープは半分残すことにしているのだが、つい全部飲んでしまった。

こんな店が自宅の近所にあったら、完全に僕の栄養バランスが糖質と脂質と塩分に偏ってしまう。
片道3時間の場所で良かった。危なかった。

こうして、ラーメンで〆た佐野の博物館の旅であった。


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